落涙
しっくりくる。
学園で初めて、アビス・ウォーカーに襲われ、死ぬかもしれない所を飛鳥に救われその後、当初は自分だけが助かれば良いと思ってサードアイの力の使い方を学ぶためにADに所属して……色々と愛着とか親愛とかそういうので自分以外の戦う理由が出来て、力は馴染んだものだと思ったけどこの理想のヒーローの姿をしている今が一番、何をすれば良いか明確に分かる。
「ヒーローだと?姿が変わっただけで何を」
「……そりゃあ、勝てるとは思ってない。テメェは、万能通り越してチートみたいな奴だしな」
なんだよ、火に土?石?に水に雷って、一人で四つも贅沢に使いやがって。
俺の言葉を後ろ向きと受け取って、ニヤついた笑みを浮かべるのは構わないがそういう慢心が唯一の弱点だと思うぞ壱与。
「俺は音夢をテメェの脅威から、守れれば勝ちだからな──剣よ、爆ぜよ!」
「ッッ!?」
壱与を取り囲むように黒い剣が突き刺さり、爆発すると真っ黒な煙幕を生み出す。
「逃げるぞ音夢!」
「ふぇ!?」
抱き抱え──所謂、お姫様抱っこをした俺も悪いが、耳元で可愛らしい悲鳴をあげないでくれ、心臓に悪い!
天井に大穴を開けて、動き易くなった身体能力を活かし、忍者の様に壁ジャンプをして外へと飛び出るのは、ゲームをしているようで少し楽しかった。
そうして、目論見通り建物の外に出る事には成功し、音夢を抱き抱えたまま灰都を爆走しているのだが……なんだあのクソデカいきしょい奴は!?
目を凝らせば火の粉が散ってる?……という事はあそこで戦ってるのは飛鳥か!
「遠目でも気持ち悪さが伝わってくるぞ……」
「……厄災だね。私が呼んじゃった……世界を滅ぼすアビス・ウォーカー……」
「世界を?って、音夢!?大丈夫か!?顔色が……」
血の気が無くなりまるで、死人の様な白さに爛々と輝く赤い左目と服の下から見えてしまう、アビス・ウォーカーの様な黒い靄に嫌でも、最悪の想像が広がっていく……漸く、思い出せたっていうのに……俺は!!
「ッッ!」
「うおっ!?」
胸に強い力を感じたかと思うと、俺は音夢を手放してしまい勢いよく尻餅をつく。
慌てて身体を起こした視線の先で、音夢はフラフラと立ち上がり俺を見ていた。
「……音夢?」
「ごめんね、綾人……私、もう、限界みたい」
何がと問い掛けるより早く、音夢は泣きそうな声と共に袖を捲り禍々しく、変質し水掻きのあるドラゴンの様な腕を見せる。
辛うじて、人の大きさを保っているが、後どれくらいこの状態を維持できるのか……馬鹿な俺でも考えるまでもなく、もう限界なんだと分かってしまう。
「綾人……お願い、私と戦って倒して」
「ッッ……でも」
「このまま私を連れて行けば、きっと私は何も分からず化け物に堕ちて、綾人もあそこで戦ってる女も襲っちゃう……それは嫌だ……最期まで誰かの足を引っ張りたくない……!ぐっ……!」
音夢はこうなる事を覚悟の上で、力を手にした……それは分かってるけど、例え、自業自得であっても目の前で苦しんでる大切な人を俺は……殺さなくちゃいけないのか?
侵食が進んでいる為か、黒い靄が身体から吹き出しこぼれ落ちていく音夢を見つめながら、俺は覚悟が決まらずにいた。
「綾人の夢……ヒーローになるって……私はもう、ずっと前から救われてた……だから、お願い?もう一度だけ私を助けて、私のヒーロー」
──音夢以外の全てが見えなくなるほど、その笑顔は美しく見惚れてしまい、気が付けば身体の震えは止まっていた。
全てが何もかも遅かったのだろう。
けれど、俺の我が儘を貫けばただ悪戯に彼女を傷付け、終わりのその瞬間まで後悔と苦痛に満ちたもので染め上げてしまう。
「……分かった。俺はお前のヒーローとして、絶望から救い出す」
何もかも失敗してしまった彼女の結末に、僅かでも救いを与えられるのは俺だけだ。
「ありがとう、綾人」
その言葉を最期に、音夢から表情というものが消え去り、その身を人型のドラゴンと呼ぶのが相応しい姿に変貌させると、背中に生えた翼を広げ襲いかかってきた。
ボタンが何か一つでも掛け違えば、彼等は手を繋ぎ幸せに生きている世界もあっただろう。
或いは、ただ二人だけの世界を謳歌する世界もあっただろう。
「……」
全てを失い、それでも手元に残った愛の為に何もかもを費やしたドラゴンの雄々しい尾が、同じく全てを失い、空虚に生き続け、漸く生きる理由を取り戻した人間と振り下ろされる。
避ける素振りを見せず、尾を真正面から身体で受け止めた人間は、自らの力で生み出された爪をドラゴンへと正拳突きと共に放ち、殴り飛ばすが、広げられた翼により勢いは殺され雨で泥濘んだ地面に線を残すだけとなる。
雨に濡れているのが気に障るのか、ドラゴンは大きく翼を広げ雨粒を吹き飛ばすと、口を広げそこからバイオリンに似た音波を、ゲームでよく見るブレスの様に放ち、降り注ぐ雨のカーテンが音波に合わせ穴を空ける。
「……」
より力が馴染んだ事で、元より複雑なイメージなどをしなくても生み出せていた盾が出現し、ドラゴンの叫びを受け止め、人間はドラゴンへと歩みを進めていく。
それを見て泣き叫ぶ様に音波の力が強まるが、人間の覚悟を強く反映した盾は砕ける事なく、ただ静かにドラゴンの音波を受け止め続け、やがて埒が明かないと音波を止めたドラゴンは、自身へと不用意に近づいた人間へと鋭い爪を振り下ろす。
「……」
しかし、人間はそれに合わす様に腕を上げ、受け止めると沢山見てきた彼女の蹴りを再現する様に、つま先の一点に力を集約し、ドラゴンのガラ空きの顎を蹴り上げると、受け止める必要がそのまま自由に動かせる様になった身体をその場で、クルリと回転させ勢いよく回し蹴りを放ち、ドラゴンを蹴り飛ばす。
「……」
地面を数回跳ねながらも、立ち上がるドラゴンは、再び、バイオリンの様な咆哮を上げると今度は、歪な人間とドラゴンを中途半端に掛け合わせた人形が現れ、逆関節に曲がった足で器用に立ち上がり、人間へと跳躍し、手刀を振り下ろすがマントに絡め取られ、そのまま吸収され、人間に力を与える結果に終わった。
けれど、足掻くようにドラゴンは咆哮を続け、その度に人間に吸収されていき、やがて再び彼らの距離はゼロになり、示し合わせた様に爪と蹴りがぶつかり合い、両者の力の影響か黒い波動が走る。
「……」
二度、三度と弾かれる度に攻撃はぶつかり合い、黒い波動を周囲に放つと、それに吸い寄せられたのか今もなお、空に空く穴からアビス・ウォーカーが彼等に襲い掛かろうとするが、派手に攻撃がぶつかり合った際に、放出されたエネルギーを受けただけで、塵となって消えていった──もはや、両者の間に割って入れるモノはいなかった。
ドラゴンは全てを失い、それでも残った愛に突き動かされ目の前の人間を、手に入れようと足掻くが理性が消え失せ、ただ欲望のままに力を振るうだけの存在になってしまった『彼女』では、悲しくも辛い覚悟を決めたヒーローに勝てる訳がなかった。
「……」
何度目かの激突で、彼女の爪は砕け散りヒーローの蹴りが直撃する。
顔を覆う仮面の奥で、全てがコマ送りに見えているヒーローがその隙を逃す訳がなく、何度も行ってきた行動をなぞり、腰を落とすと突き出した爪で彼女の身を守る鱗を貫いた。
──力が入らなくなった身体を預ける様に、ヒーローへと身体を傾ける『音夢』は自身の身体が崩れていくのを感じながらも、笑みを浮かべ仮面を消し、雨に濡れる愛しい人の顔へと手を這わせる。
「……泣かないで……これは、私が望んだ選択の結果だから……」
「泣いてねぇ……ヒーローはいつでも笑顔、だからな」
立つ事が出来なくなった音夢を支える様に綾人はしゃがみ込む。
「ふふっ……ねぇ、綾人、一つだけ良い?」
「あぁ」
精一杯の作り笑顔を浮かべる綾人の顔を、自分の近くに引き寄せそっと唇を重ね、自分を忘れないで欲しいと刻みつける為にわざと少しだけ噛む音夢──初めては血の味がした。
「……音夢」
「好きだよ……愛してる……ふふっ……漸く……言えた……本当は君から聞きたかったけどね」
最期に自らの想いをしっかりと言葉にして、ほんの少しの未練を伝えて音夢の身体は重くなり、綾人は背を丸める。
アビス・ウォーカーへと変異していた事もあって、空気に溶ける様に消えていこうとする彼女の遺体を、自らの力で包み吸収すると、降り頻る雨の中、誰もいなくなった地面を見つめる。
「……ありがとう音夢」
顔を上げ立ち上がると同時に仮面が再び、彼の顔を覆う為、どの様な表情をしていたのかは分からない。
そして、ヒーローは新たな戦いの場へと向かうのだった──悲しみを仮面で覆い隠して。
ストックが切れました。
次回以降、定時は約束出来ません。