表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/89

ヒトデナシ

 夕暮れのオレンジ色の陽が差し込む、教室で一人の女の子が複数の男子や女子に虐められていた。

 その女の子は、所謂、帰国子女と呼ばれる子で本人の人見知りな性格も相まって、周囲から話し掛けられても無視するか、漸く喋っても彼女が慣れ親しんだ英語を理解する子は居らず、転入してから僅か数日でクラスに溶け込めない彼女は、顔が隠れるほどの長髪という容姿も相まって、『異端』と思われてしまったのだ。


「幽霊女!悔しかったらなんか言ってみろよ!」


「やめてよ!意味の分からない言葉で呪われたくなんてない!」


「それもそうか!!よーし、じゃあ今日は俺がそのクソ長い髪を切ってやるよ!」


 周囲の子供達の中でもリーダー格なのか強気な表情で、男の子はハサミを取り出し、虐められている女の子をビビらせるつもりなのか、シャキンシャキン!っと音を立てる。

 伸ばした長髪は彼女に取って、周囲を見なくて良い防御策でもあったために、彼女は身を丸めて少しでも抵抗しようとするが、それを取り巻き達は許さずに、丸くなろうとする彼女の両手を掴み取り無理やり立たせてしまう。


「……い、嫌、や、やめ、て……」


 たどたどしい日本語でやめて欲しいと伝える彼女のだったが、虐めている彼らに取ってその日本語は、より深く揶揄う為のスパイスにしかならず、彼らは顔を見合わせるとゲラゲラと笑い出した。


「ちゃんと喋れるんじゃんか。まっ、幼稚園児レベルだけどさ!!」


 リーダー格が一頻り彼女の抵抗を嘲笑い、彼女の長髪を切ろうと長い前髪に手を伸ばし乱雑に掴み取った瞬間に彼は教室の扉を大きく開けて現れた。

 偶々、忘れ物をして学校へと戻ってきた彼は、教室の中で行われていた事を即座に理解すると、勉強道具が入れっぱなしでそれなりに重たい黒のランドセルを下ろす。


「さ、先森これはがふっ!?」


 入ってきた男の子の名前を呼びつつ、引き攣った笑みを浮かべていたリーダー格の言い訳より早く、先森と呼ばれた男の子が放り投げた黒のランドセルが、見事にリーダー格の横っ腹に直撃し吹き飛ばし、周囲が呆気に取られている間に彼は走り出し、その勢いが乗った重い拳を女の子を取り押さえていた子の顔面へと放ち、殴り飛ばす。

 緊張から崩れ落ちそうになった虐められている女の子を片手で支えると、彼は怒りの顔から優しい笑顔へと変わり、彼女を見る。


「土御門さん、俺が来たからもう大丈夫。君を助けてみせるから」


 これが運命に翻弄される事になる二人の初めての出会いだった。


 その後、当然の如く、怒りに駆られたリーダー格達との喧嘩が始まるが、この手の厄介ごとによく首を突っ込んでいた彼は手慣れた様子でリーダー格達をあしらうと、そのまま騒ぎを聞きつけてやってきた教師から逃げる様に土御門 音夢の手を取り、走り出した。

 一心不乱に走った二人は、やがて近所の公園へと辿り着き、備え付きのベンチに座ると先森の方から話し出した。


「ふぅー、疲れたぁ……あ、土御門さん、何処か痛むところとかない?」


 その問い掛けに彼女は下を向いていた顔をゆっくりとあげ、どんな言葉を返すべきかと迷いながら彼を見る。

 

「ん?」


 ──言葉は出なかったけど、彼女は目の前の光景を決して忘れる事はないだろう。

 殴り返されて、腫れた頬に口元を切ったのか僅かに滲む血は痛々しいのに、彼はそんな事を微塵も感じさせない朗らかな笑みを浮かべて、暖かなオレンジ色が暗い心に差し込んだこの日の光景を。







「あら……」


 茫然自失と泣き崩れているだけの音夢を、計画に役立ってくれた報酬としてせめて痛みなく殺してあげようと、振るったワイヤーは首を断つより前に、無詠唱で現れた黒い人形に掴み取られてしまった。

 

「……いつも……助けて貰ってばかりだった……だから、今度は私が……綾人を守るって決めたんだ」


 過去の記憶を見た音夢は、先程とは違い胸に暖かな熱を感じながら立ち上がる。

 覚悟を決めたからなのか、それとももはやこの身は人では無くなったのか、そんな事は今の彼女にとってはどうでも良く、変異による痛みが消えた身体は今までより格段に動けると思えた。


「守る?他ならぬ彼をそんな姿にした貴女が?」


「うん。守るよ、私が原因なら私の力で戻せる。でも、それには壱与、お前は邪魔!」


 二体目の人形が現れ、その手に持つ音夢のバイオリンで魔王を奏でると殺風景な部屋を埋め尽くすほどの人形が姿を現し、その手に剣や槍、弓、果てには銃を握り締め壱与に狙いを定めている。

 無数の正しく、軍隊と評して良い軍勢の中央に立つ音夢は、変化している左腕を一度見て、鋭い爪のような刃を合わせて、金属音を響かせると、それが合図となり一斉に人形達は壱与へと襲いかかる。


「……アビス・ウォーカーに近づいたからこその力か」


 ワイヤーを手繰り、雷を纏わせると最も高速で飛来する銃弾を綺麗に弾き飛ばし、跳弾で人形の数を減らす壱与だが、減ると同時に再び同じ武器を持った人形が生成される光景を目にし、舌打ちと共に入ってきた扉を破壊し、廊下へと飛び出す。


「逃げるの?」


「いいえ、少しだけ手を変えるだけよ」


 壱与を追いかけ、扉へと殺到する人形達を睨みつけながら、今度はワイヤーに火が発生し、狭い入り口に殺到した人形を一網打尽に燃やし尽くすと、そのまま蜘蛛の巣の様に燃えるワイヤーを張り巡らせ、動く人形や新たに生み出される人形を絡め取り燃やす。


「耐久性がまるで足りないわ」


 簡単に燃えていく人形達を見ながら、勝ち誇る壱与であったが自らの言葉に反応がない事を不審に思い、先程まで音夢の居た場所へと視線を向ける。


「……居ない。何処に?」


 彼を連れて逃げたのか?と視線を向けるがそこには相変わらず、黒い靄に包まれた先森 綾人の姿があり、逃げ出した訳ではない事が判明する。

 なら何処にと視線を彷徨わせた直後、背後からの衝撃を受ける。


「!?」


「へぇ、頑丈だねそれ」


 ──入り口に詰め寄った人形達に紛れ、密かに視線の先にある影の中へと瞬間移動していた音夢は、壱与の背後を取り爪を振り下ろしたのだ。


「チッ!」


 自身の想定以上に力を使い熟している事に驚きつつも、壱与は染み付いた動きでワイヤーを手繰り寄せ、音夢へと放つが彼女の肉体を斬り裂く寸前に、空間へと溶け込む様に姿が消えワイヤーは虚しく、虚空に円を描くだけとなる。

 再び、背後への強襲かと振り返る壱与の耳にばらの騎士の旋律が届くと、振り返った先に黒薔薇の騎士が姿を現しており上段の構えで剣を振り下ろされる。


「くっ!」


 両手でワイヤーを引っ張り、黒薔薇の騎士の西洋剣を受け止める壱与。

 ものの数秒もあれば、次の手として彼女は指一本で動かせるワイヤーを操り、騎士を解体する事が可能だが今、この瞬間は騎士の攻撃を受け止めた事により、隙だらけであり、それを音夢が見逃す筈がなかった。


「死んで。壱与」


「ガハッ!?」


 再び、背後に現れた音夢は左手による手刀で壱与の心臓を見事に貫き、彼女の胸を貫く。

 人体にとって脳に並ぶ重要器官である心臓を穿たれた事で、壱与の口元からは血が零れ落ち、床を赤く濡らす。


 誰の目から見ても勝負はついただろう。


 壱与……いや、卑弥呼が常識の範疇をとうの昔に捨て去っている存在でなければ。


「なっ!?」


 引き抜こうとした左手腕が卑弥呼に掴み取られ、音夢の顔が驚愕に染まる。


「残念だけど……()()()()()()()()()()()()


 ワイヤーが薄明かりに煌めいたかと思えば、黒薔薇騎士はバラバラに崩れ落ち、音夢の身体に決して浅くはない傷が複数、刻まれる。


「な、にが……」


 どさりと力なく音夢は崩れ落ち、卑弥呼の胸から彼女の左手は抜け、そこには確かに貫いた証の風穴が空いているにも関わらず、死んでいない事に驚きと恐怖を隠せない。


「人を救済すると決めたその時に、サードアイの力で私は自らの死を放棄した。命を火と捉え、絶えず燃えるモノと私が捉え続ける限り、私に死はない。残念だったな、音夢」


「……化け物め」


「皮肉のつもりか?いや、そうだな……その言葉を肯定するよ。私もお前も化け物にならなくては、人を他人を救えないヒトデナシに過ぎんな……想い人に気持ちを告げぬまま、何も成せずに死んでいくが良い」


 音夢には全ての光景がスローモーションに見えていた。

 卑弥呼がワイヤーを手繰り、自分の首を落とそうと準備する光景が酷くゆっくりで、死までの恐怖を先延ばしにされている様で不快な気持ちになりつつ、最期に想い人の名前を呼ぼうと口を動かす。


「……綾人……」


 掠れた小さな声ではあったが、彼女は彼の名前を口にする事が出来た。

 ただ、それだけで恐怖が嘘の様に無くなり、処刑を受け入れようと目を瞑ろうとした瞬間だった。


「ァァァァア!!!!!」


「ッッ!?」


 全身に刃を生やしながら、卑弥呼を吹き飛ばすその姿に音夢は見覚えがあり、息を呑みながら涙を溢す──貴方は、そんな状態でも助けに来てくれるんだね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ