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彼女の描く理想郷

 人の歴史とは争いの歴史である。

 皮肉な事に何もせずとも、外敵から身を守る為の手段を放棄して知恵を手に入れた人類は、その賢すぎる知性を同族に向けてしまった。


 どうすれば効率よく他者を殺せるのか。


 どうすれば己が願いが叶うのか。


 どうすれば飢えのない生活が送れるのか。


 どうして、自分は周囲と比べて何も持っていないのか。


 人という種は豊かな大地を平等に分け合う事を良しとせず、大地の実りを少しでも多く自分達の物にする為に、国を作り法を敷き、知性を持ってその手に武器を握りしめる。

 そして、とても簡単な引き金で本来であれば、肩を組み手を握り合う筈の同族を代わりに握った血の通わない武器で、殺し血を浴びてなお止まる事なく、自らの欲の為に走り続けているのが人類の歴史だ。


「……うっ」


 青銅の武器が何も知らず、先程まで稲穂を弄っていた女性へと振り下ろされる。


 鉄製の鏃が最も容易く人の首を貫き、その手から投げようとしていた槍を落とす。


 無骨な巨大な剣が、頑丈な鎧の上に振り下ろされ中身を擦り潰す。


 耳を塞ぐほどの轟音と共に放たれた弾丸が、鎧など嘲笑う様に風穴を開ける。


 数えるのが億劫な程の人間が銃を手に持ち、ぶつかり合い有害なガスを吸って苦しみ、踠きながら死んでいく。


 太陽と錯覚する輝きが一瞬で人を殺した。


 そんな人類の業とも言える戦いの光景を、綾人は目を逸らす事もできず見せつけられ、やがて心は限界を迎えたのかその口からドロドロとしたものを吐き、下を向き身体を丸め、物理的にも目の前で起きる悲惨な光景から目を逸らすが、この世界はそれを許さず下を向いた直後、口から血を溢し動かなくなった少女と目が合う。


「ヒッ!?」

 

 よく見ればそれは、その少女の姿は日野森 飛鳥であった。

 特徴的な赤髪は泥に塗れ、強気に輝いていた瞳からは色彩が失われ、蝿が這っているがそれは間違いなく、日野森 飛鳥という少女の成れの果てだった。

 もう二度と動くことのないであろう彼女だったものから、反射的に飛び退く綾人であったが続いて彼の視界に映り込んだのは、より凄惨なものであった。


「ぁ……あぁ……」


 乾いた声を漏らす彼の視線の先には、折れた日本刀を握り締めたまま首が無くなっている伊藤の姿、手に拳銃を握り締めながら、胸に風穴を開け立ったままの茂光の姿、アビス・ウォーカーと思われるナニカに齧られている桜井の姿、それ以外にもAD本部で何度か顔を合わした事のある人達の見るも無惨な死体達が、まるで道端に捨てられなんの価値も無くなったゴミの様に打ち捨てられていた。


「な、んで……」


 顔を逸らしても、今度は学園のクラスメイト達が身体の一部だけを残し死んでいる光景と、そんな彼らを守ろうとして死んだと推測できる両手を広げ、身体に無数の穴を開けた獅子堂の何一つ成し遂げる事の出来なかった成れの果てが広がっており、完全に血の気を失った綾人は逃げる様にその場から走り出し……


「……お前まで……音夢……」


 逃げ道を塞ぐ様に落ちてきた血塗れの音夢を見て、完全にその心を閉ざしその場で胎児の様に丸くなるのだった。



 時を同じくして、日本いや世界中の人達はテレビや、スマホが外部からハッキングされ、強制的にとある光景を見せられていた。

 そこに映るのは生物としての理を明らかに無視した厄災の姿であり、その悍ましい外見に悲鳴をあげる者や、所詮CGか何かだろと鼻で笑う者といった人々の反応は千差万別ではあったが、今、この瞬間は全ての人間が厄災の姿を見ている事に変わりはなかった。


『これをご覧の皆様、ご機嫌様。まず初めに、今、皆様が見ている光景は現実のものだと言っておきます。この様な大々的なハッキング及び、自衛隊の砲撃などが現実だという証拠です』


 ワイプとして映るは、黒髪にこの世離れした美貌を持つ壱与であり、彼女の淡々した熱のない言葉が視聴者達に現実感を植え付けていく。


「……本当なのか?」


「おい、この自衛隊と一緒にいる爺さん、俺、公園で見たことあるぞ!?」


「此処に映ってるの私の夫です!仕事だと言っていたので……」


 彼女の言葉を裏付ける様に人々の言葉は実際の声として、何故か使えるSNSを通し加速度的に周囲へと波及していく中、人々の事などどうでも良いのか壱与は言葉を続けていく。


『この怪物は厄災と呼ばれ、人類が誕生して以来その歴史の裏側で姿を現しては、多くの犠牲を生み出してきた恐るべき存在です。ですが、この怪物ほどと言わなくても人類には天敵たり得る存在が、皆様の知らない場所で暗躍し続けています……その名をアビス・ウォーカー。原因不明の行方不明や、相次ぐ事故の原因です。


 この存在を国は、政府はひた隠しにしてきました。理由はこの化け物には、現行科学の兵器など全くの無意味だからです。見てください、懸命に砲撃を放つ自衛隊の攻撃が全てすり抜け、厄災の向こう側へと着弾する様子を。


 ……この怪物達は明確に人を敵として捉え、喰らい襲う存在です。それは何故か?彼らが人を発端する生命体だからですよ』


 壱与の言葉に動揺と困惑が走る。

 誰がどう見ても人と掛け離れた存在をどうして、人が発端だと思えるのだろうか。


『人は特異な力を有しています。ご覧になられている通り、枯れ木の様な老人が目にも止まらぬ速度で動き、雷を発しながら道を塞ぐアビス・ウォーカーを斬り伏せていますが、これはどう見ても現実離れした光景ですよね。勿論、この段階に至って未だ、嘘だと思っている愚鈍な人間は居ないと思うので、説明を続けますがこの超常の力はサードアイと呼ばれ、人間が見る世界を己が解釈で歪める事の出来る力です。


 かつて、多くの人間がこの力を有していました。言葉も文化も違うのに、人々の伝承には魔女や英雄、神が存在しそれらは皆、等しく超常の力を有している理由がソレです。サードアイという力を伝え残す為にその様な伝承という形にしたのでしょう。


 ですが、徐々に人は世界を自らの目で捉えるのを嫌い始めた。負の感情ですら形にしてしまうのですから、それも致し方ないと言えばそうですが、結果的に本来であれば外に向けられる筈の力が内へと向けられ、行き場を失ったエネルギーは黒い感情の塊となり、本来とは別の形で産み落とされる……もう分かりますね?それがアビス・ウォーカー、引いては厄災の正体です』


 端的に言ってしまえば、現実を直視出来るほど人間の心は強くなかったと壱与は言葉を続けた。

 失敗をすれば、原因が自分にあったとしても他人や周囲に押し付けたくなってしまう……そういう誰もが抱く心理の成れの果てがアビス・ウォーカーの源流であったのだ。


『……私から問いを投げかけましょう。愚かな人類よ、有るべき力を取り戻し、厄災と戦う勇者になるか、これでもなお現実を見ず、誰かが代わりに救ってくれるなどと人任せにし滅びるか……自らの意思で決断すると良い』


 一呼吸入れながら、これから伝える主題を聞き逃さぬ様に言葉に自らの圧を乗せて彼女は発した。


『私はかつて、日の本に邪馬台国を築いた古き女王として、諸君らの勇気ある決断に期待する、以上だ』


 その言葉を最後に壱与──日本、最古の女王『卑弥呼』は画面から姿を消し、厄災が暴れる光景だけが画面に映し出されるのだった。

 卑弥呼が思い描く理想の世界、それは人類がサードアイという超常の力に目覚める事で、差異を無くし世界から争いを無くすというものであった。


 その過程で厄災やアビス・ウォーカーに殺される人間は大いなる犠牲だと彼女は切り捨てたのだ──それで人類は救われるのだと信じて。

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