表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/89

厄災

 飛鳥と女王が一対一の戦いへと発展した頃、先を進んだ自衛隊と伊藤は目当ての場所と思われる隠されたハッチを発見し、内部に侵入するためのハッキングを行っていた。


「まだか!」


「もう少しです……くっ、予想より抵抗が強いですが、これなら!」


 端末を操作していた男がギリギリのところで入力を終わらせると同時に、ハッチが音を立てながら開き、地下への暗闇へと続く階段が露わになる。

 

「……不気味だな」


「空気が澱んでおるな」


 隊長と伊藤は培った勘から此処が当たりである事を見抜き、警戒を強めると二人の雰囲気に触発された隊員達も、気を引き締め、この中で最も経験が浅い者は手に持つ銃を御守り代わりに握り締める。

 

「……行くぞ」


 隊長の言葉を合図に、一つの乱れなく隊員達が降り、階段の先がエントランスの様に広々とした空間になっている事を確認し、周囲を警戒してから安全であると判断すると無線で伊藤と彼の護衛に着いていた数名に降りてくるよう連絡取り、それを受けた伊藤達が降りていく。

 彼らが降りたエントランスは、必要最低限の灯りが確保されてはいるものの、掃除は行き届いておらず四方には埃や灰が積み重なっていた。

 そして、彼らからちょうど正面には電子制御された扉が冷たく佇んでおり、先ほど同様、ハッキングを行っているようだが担当している隊員の顔色は芳しくなく、誰がどう見てもセキュリティとして強固なのだと分かった。


「ふむ。手荒に行くとしよう、下がっておれ」


「しかしそれでは敵方に」


「阿呆。既にアビス・ウォーカーを差し向けて来ている時点で儂らには気がついている……憎たらしいが、その上で遊ばれておるのが現状よ」


 伊藤の言葉に隊員達は言葉を返す事が出来なかった。

 彼の言葉が真実だとすれば、今こうしてこの場にいる意味が無いのではと思っており、それは事実、真実であった。


『流石は歴戦の勇士というところですね。ようこそ、我々の本拠地へ。そして、無駄足ご苦労様。計画はもう貴方方の存在など変数に足りないところまで来ているのです』


 表情は見えないが、嘲笑しているのだと分かる声が何処からともなく聞こえ出した直後、入り込んだ時以上の嫌な空気が閉じられた扉の向こうから漂い始める。


『結局、貴方方では何も救えない。時間を作ったところで、私の計画に揺るぎはなかった。それでは皆さま、抗えぬ絶望の厄災を前にどうか生きてみせてくださいね?』


 壱与の言葉が言い切られると共に、僅かな灯りが明滅を繰り返したかと思うと、サードアイを持たぬ人間にも視覚できるほどの暗闇が扉の向こうから、世界を侵蝕する様に溢れ出しまるで空間そのものが揺れ、悲鳴を上げているかと錯覚する地震が起きる。


「な、なんだ!?」


「……これは。急ぎ、出るぞ!!あの女、寄りにもよって厄災を呼び寄せたか!!」



 事の始まりは伊藤達が本拠地へと侵入する数分前だった。

 音夢はその手に使い慣れたバイオリンを握り締め、灰都で最も高く形を残したビルの屋上に燕尾服に身を包み、普段隠している人ならざる瞳へと変質した左目を、顕にし赤い光を放ちながら佇んでいた。


「……これで綾人と共に居られる世界が作れる」


 耳に付けた通信機から合図となるノックが二回聞こえ、彼女はそっとバイオリンを構え、大きく息を吸い込み目を閉じる。

 

『七月になんか、祭りやるらしいぞ。良かったら、皆んなで行かないか?』


『そうね、祭り行きましょうか。土御門もそれで良いでしょ?』


『うん。本当は綾人と二人っきりが良いけど、日野森も許してあげる』


 ──迷いはある。

 けれど、この身は既に当たり前の日常になど戻る権利を失っているのだから、例え愚かと言われようが幾つもの後悔を積み重ねようが、土御門音夢という少女はこの道を歩くしかないのだと、迷い(平和)を断ち切るかの様にバイオリンを奏で始める。


 自らと壱与の理想を体現する様な曲、『新世界より』を。


 テンポが良くクラシックの中でも美しいと称される曲は、音夢の突出した演奏技術もあり寂れた廃墟と灰の世界であっても、何処か幻想的で輝かしいものと錯覚してしまう魅力に溢れていたのだが、曲に呼応する様に彼女の赤い瞳がより一層輝き始めると、少しずつ音夢の表情に苦悶の色が浮かび上がり、やがて彼女を中心に闇が泥の様に溢れ落ち、美しい演奏の中に何処か、退廃的で狂気的かつ悍ましいものが宿り始める。


 崩れた塔を零れ落ちた闇は飲み込み、染め上げると一気に地面や空などの周囲を黒に染め上げ、巨大な門を形成する。


「ァ……ァァァァア……!!」


 演奏を続ける手が止まる事はないが、音夢は苦しげな声を漏らすがそんな彼女とは対照的に、左目が放つ赤は爛々と輝きを強めていき、彼女の意思とは別に形成された門の内側から現れる存在を讃美する様に一際輝くと、門が僅かに開きそこから、鱗の様なものを持った爬虫類の如き、腕が勢いよく飛び出す。


『────!!!!!』


 聞く者全てを怖気させる到底、この世のものとは思えない叫びが腕によって力づくで開かれる門の内側から聞こえたかと思うと、六つの腕が門を抉じ開けソレは暗闇の向こう側から姿を現す──


 ──日本や中国で語らわれる竜の伝承に近しいフォルムに、先ほど門をこじ開けた六つの腕が前脚として動き、六メートルはあるかという長さを経て、蠍の様な尻尾周辺に虫の様な細い脚が同じく六つ生え、触覚の代わりなのかその脚には剣の様に鋭い刃がチェーンソーの如き、回転している。

 

 全身は爬虫類の鱗に包まれているが、時折、鱗の表面には充血した人の瞳が何度も瞬きを繰り返しながら獲物を探し、六枚の鴉の羽根が不規則に動き誰がどう見てもソレを飛行に使っているとは思えず、竜の頭部は祈りを捧げる女性を幾重にも積み重ねた形で構成されており、血の如き赤が滴り落ちている。


『ガァァァァ!!!!!』


 虫とも人とも、獣とも取れてしまう重低音な叫びが門より現れたアビス・ウォーカー『厄災』から放たれた。


 そして、土御門 音夢が門を作るための存在だとすれば、鍵となる男先森 綾人は今。


「ぐっ……ガッァ……!?」


 全身が黒い靄に包まれ、苦悶の声を漏らしていたがやがて──


「……」


 ──ピクリとも動かなくなり、黒い靄が完全に彼を覆い隠してしまうのだった。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ