平和な日常?
PM 1:00 AD本部、第二演習場。
「実戦形式でやるけど、文句はないわね?」
「……否定の返事させる気ないだろ日野森」
「えぇ、そうよ?少しは賢くなったじゃない」
最新のAR技術により、東京の街並みを再現している演習場にて、日野森が既に両手へと火の玉を浮かべ先森を待っており、その姿は完全に問い掛けなど無意味だと悟らせるには十分であった。
『あー、あー、念のため言っておくが、今君たちに見えている景色はAR技術で再現したに過ぎない。決して、やり過ぎない様に。危険だと判断したらこちらで、合図をするから大人しく従う様に。分かったかね?日野森君』
「分かってるわよ!!」
先森と違い、日野森が感情的になり易く直情的な性格である事をよく知っている茂光は、念のため釘を刺すがそれはどうやら逆効果だったらしく、名出しで注意された恥ずかしさと何故、アンタは呼ばれないという理不尽極まりない矛先が、真っ赤な顔と共に先森へと向けられており、より一層先森は逃げ出したい気分に駆られるのであった。
『……では、これよりサードアイ覚醒者同士による実戦形式訓練を始める。両者、準備は良いかね?』
「出来てるわ」
「選択肢が一つしかないんで」
『よろしい。では、始め!』
合図と共に動き出すのは、もちろんやる気に満ち溢れている日野森である。
「火よ、刺し貫け!」
先森の周囲を囲う様に火の針が出現し、日野森の命令通り先森を刺し貫こうと動く。
初手からかなり殺意の高い技を放つ日野森だが、直撃させるつもりはなく先森が何かしら対応が出来なければギリギリのところで止めるつもりである。
周囲の酸素を奪い、熱を放ちながら迫ってくる火の針を先森は睨みながら、あの時の感覚を思い出し口を開く。
「闇よ、我が身に纏いて全てを飲み込む力を授けよ!」
詠唱と共に黒い霧が現れ、先森の身体を包み込んでいきその過程で、日野森が放った火の針をも飲み込み爆ぜる。
煙が晴れた先には、両手両足に黒い装甲を身に纏い、頭部全体を覆う兜を身に付けた先森が立っており、その姿は日野森やこの戦いを観戦している者たちに、古代ローマの剣闘士を想像させた。
「よしっ、出来た!」
少しばかりくぐもった声ではあるが、喜びを感じさせるその声は兜の向こう側で、先森がどの様な表情を浮かべているか容易に想像できるものだ。
これがただの訓練であれば、よくやったと褒めたいものだが今は実戦形式、視界を遮った相手への追撃を行わないというのは失策だ。
「火よ、数多の礫となり我が敵へと降り注げ!」
先森が喜んでいる間に、距離を取っていた日野森が両手を上に掲げて詠唱すると、その手から小さな火球が発生し動きを止めたままの先森へと降り注ぐ。
「っと、ヤベッ!」
能力による対処ではなく、その場から走る事で回避を試みる先森であったが、逃げ場を無くす為に円形に広がり、降り注ぐ火球から逃れ切る事は出来ず、火球を三個ほど避けたところで上を見上げた瞬間、そこには視界一杯に広がる火球が迫ってきていた。
「うぉぉっ!?」
咄嗟に身体を丸め、被弾面積を減らす先森だったが一切の容赦なく、火球が降り注ぎ身に纏う装甲へ触れた瞬間、飲み込まれて消えていった。
「……なるほどね、それがアンタの鎧の力って訳か」
「よ、鎧?」
火球を飲み込んだ張本人ではあるのだが、何が起きたのかイマイチ分かっていない様子の先森に向けて、呆れつつも生み出した火球を消しながら言葉を続ける日野森。
「私が火を纏うのは知っているでしょう?私達は目覚めた力に応じて、その身を守る為にその性質にあった鎧を纏うの。当然、火を纏っている訳だから私は触れた物を燃やし尽くす事で、防御しているわ。だから、あまり物理的な攻撃への防御力は高くないの」
現実でも、火はそこへ飛び込んできた物を燃やし尽くす事は出来るが石や、それこそ小さな火であれば人の手や足でも消せてしまう。
その性質を日野森が使う火も受け継いでおり、燃やし尽くせない攻撃には滅法弱くなっているのは、先の戦いで蜘蛛に数の暴力で押し切られた事実が何より示しているだろう。
「なるほど……」
「まだ話は終わってないわよ。肝心なのは、ここからでアンタの詠唱を聞く限り、その力は闇を使うもの。闇なんてもの性質の定義を考えるのが、難しすぎるけど光が無いところに際限なく、広がって飲み込むところから私の火を飲み込んだじゃないかしら?物理的にも、多分防げるから割と万能の守りじゃない?生意気ね」
髪をかき上げながら、頑張って整理中ですと言わんばかりに動きが止まっている先森を睨みつける日野森。
彼女が遠距離攻撃の技ばかり使用している理由の一つに、防御力の無さがある為に自身の予想通りなら、何一つ憂う必要のない先森が少しばかり羨ましい様だ。
「つまり……お前と俺の相性は良いって訳か」
「はっ倒すわよ?良いわ、調子に乗ってる様だから教えてあげる、古来より人がどの様に闇を払ってきたか──火よ、我が身に纏え」
燻っていた火に油を注ぐ様な、不用意な発言の結果、日野森の全身を火が包み込んでいく。
周囲の酸素を吸い上げ、轟々と火の勢いを強めていくその姿は正しく、人が古来よりその知恵で用いて来た火そのものでありただ、彼女がそこにいるだけで明るくなっていき、その眩しさから思わず先森は兜の内側で目を細めてしまう。
「ッッ!?」
直後、彼の身体を襲う浮遊感。
慌てて、目を開けば自身の腹部へと突き刺さる火柱が見え、その先には手を翳している日野森が居た。
自身が纏う火を最大限高め、光源とする事で本来見えない兜の中まで照らした故の奇襲だと、先森が理解したのはこの戦いの後であり、今の彼は困惑しながらも身体を捻り火柱から抜け出し、自然落下していく。
「あら、そんな悠長で大丈夫?──火よ、我が意に従い、敵を狙い撃て!」
指を銃の形にし、自然落下している先森へと狙いを定めて火を放つ日野森。
銃弾よりは遅いが、当たれば火達磨になるその攻撃を落下しながら、どうにか身に纏う闇で打ち消して行く先森だったがそこで彼以外が、ある変化に気がつく。
『……纏う闇が減ってきている?』
桜井がそう呟くと同時に、日野森は両足に火を集めそれを爆発させる事で、一気に先森へと距離を詰めていく日野森は、その勢いのまま足を後ろへと引き絞り──
「ちょ、まっ!?」
「せりぁぁぁ!!」
──先森の顎を勢いよく、蹴り上げるのだった。
「……日野森さんや」
「……何かしら」
「顎がいてぇんだが」
「そうね。でも、包帯、グルグル巻きじゃないんだから良かったわね」
なんで視線逸らして、全力で遠い目をしながら他人事みたいな声を出せるんだこいつは。
結局あの後、日野森渾身の蹴りで意識を手放した俺は、目を覚ますと喋られないぐらいガチガチに包帯で固められていた。
一応、骨が折れてたりとかはしてない様だが念の為だったらしく、次の日には外して貰い湿布を貼るだけで済んでいるのだが問題は、今日が土日明けの月曜日ってところだな、普通に登校日だ。
「獅子堂に何言われるかわかんねぇぞ……」
「その為に私がわざわざこうして、一緒に登校してあげてるんでしょ。アンタじゃ信用ないからって」
「なんでそんなに偉そうな態度を取れるのか俺は、不思議だわ……」
少しは悪びれろやと思うが、多分これでも反省してくれているのだろう。
短い付き合いだが、本当に自分が微塵も悪くないと思ってればビタイチも譲らんだろ日野森みたいなやつは。
「とにかく、アンタは何聞かれても同意してなさいよ」
「よほど変なのじゃなきゃな」
「変なのって何よ?」
「んー?例えば、俺がお前に襲い掛かって撃退したからとか」
「言うか!アンタ、私をなんだと思ってる訳?」
「落ち着け、猫被り解けてるぞ。少ないとは言え、生徒も居るのに良いのか?」
俺がそう言うと漸く、周囲の視線に気が付いたのか日野森は周りを見渡した後に、ごほんっと態とらしく咳払いをする。
多分、それ何一つとして誤魔化せてないと思うんだが……まぁ、良いか、これ以上何か言って怒らせると俺が面倒な事になりそうというか既になってる──主に野郎どもの嫉妬の視線で。
「……お前、本当に人気者だな」
「先森君も日頃から、品行方正な生活を心掛ければ、評価も変わると思いますよ?」
うわぁ……気持ち悪ぃ……ニコニコ愛らしい笑顔で、俺を見てくる日野森に思わず女子に抱くものではない感情を抱いてしまった……ヒェ、目が笑ってねぇおいおい、読心術まで使えるのか?
「おはよう!……ん?珍しい組み合わせだな」
「おはようございます獅子堂先生」
「ウッス」
綺麗なお辞儀を見せる日野森と対照的に、軽く頷くだけの俺。
こういうところなんだろうなぁ、日頃の態度ってやつ。
「先森、どうしたその顎?」
うおっ、早速気がついてくるか、頼むぞ日野森っと目配せをすればコクっと小さく頷いてくれる。
「先生、これは彼が休日に私が車に轢かれそうになったところを助けてくれた時に出来た傷です。幸い、大きな怪我はなかったんですけど、私を押し倒した時に顎を地面に、ぶつけたみたいで。今日、同行したのも先森君に頼まれまして。きっと、自分一人じゃ先生達は信じてくれないから説明してくれって」
おお、よくもまぁここまで嘘を一切、詰まる事なくスラスラと言えるもんだ。
やっぱり、日頃から態度まで偽ってる奴は違うという事か……ただまぁ、押し倒したってのは出来れば違う物の言い方にして欲しかったな。
「……日野森さんを押し倒した?」
「なんて、羨ましい……いや、妬ましい……」
「是非、その時の柔らかさを教えて……」
……大丈夫かこの学校?つか、最後の奴はヤバいから話しかけないで欲しい。
「……そうか……そうか!先森、お前やれば出来るじゃないか!!」
「あだだだっ!?ちょ、離して!?アンタの全力ハグは死人が出るって!!」
感極まったのか何かは知らんが、獅子堂が嬉しそうに涙を流しながら俺を抱きしめてくる。
筋骨隆々の野郎に抱きつかれても何も嬉しくないというか、ギチギチ音が鳴ってそうなハグはやめてくれ!!
「それでは、私はこれで」
「……ちょ、日野森……助けて……」
「……ニコッ」
無言で笑みだけ浮かべて立ち去るなぁぁ!!