女王vs友を想う剣
認めたくはないのですが、ワタクシは女王として誕生したにも関わらずあの忌まわしきヒト如きに敗北を喫しました。
『あ……あぁ……』
今ほど明確な自我が芽生えていなかった事など単なる言い訳にしかなりませんが、ワタクシに付き従う兵士達を呼び出し、戦わせても全て音夢と名乗ったヒトの娘が作り出すワタクシ達よりも暗い闇に、飲み込まれ耳に残る旋律は止まる事を知らず、ワタクシの兵士を飲み込めば飲み込むほどより大きく深い闇へと進化していく地獄の様な光景を見て、ワタクシの胸には避けられぬ『死』への強い恐怖心が刻まれ、ワタクシは自らの胸に生まれた強い感情に従い、その場で屈辱を飲みながら傅き、生きながらえた……あぁ、本当に今思い出してもはらわたが煮え繰り返る怒りに支配されそうになりますわね!!
「……私に従うの?」
『はい……ワタクシの全ては音夢様の為に……』
けれど、死ぬ恐怖に比べればその怒りも飲み込めました。
ワタクシは女王!ワタクシが命じ、死んでいった兵士の為にもワタクシはこの命を繋いでいかなければならない……その為なら例え、恥辱に塗れようと、誇りを穢されようと、泥を飲んでも生きて生きて生き続けるとあの日、ワタクシは誓ったのです。
『だから……とっとと死になさい!!忌々しい火の娘!!』
ワタクシからすれば蝿の様な大きさでブンブンと飛び回るうざったいヒトに向けて、ワタクシの巨体で体当たりをしに行きましたが、小さいだけの事はありクルリと機動力を活かして避けられてしまった。
ワタクシの動きが鈍重なのを分かっているからか、背後で何かしらの言葉が聞こえると共に熱を感じ始める。
貴女から見れば、今ワタクシは無防備に背を向けている愚かな蟻の女王に見えるのでしょうけど、ワタクシの力は個ではなく群れの力という事をお忘れで?
『噛みつきなさい!!』
「なっ!?自分達を足場にして!?」
ワタクシの命令を受託した兵士達が、飛べない身体で空を飛ぶヒトを喰らう為に幾重にも積み重なり、先端の兵士が顎を閉じるが僅かな隙間をヒトはすり抜ける。
『まだです!』
ワタクシにも引けを取らぬ巨大な体を持つ兵士、ディノハリアリが近くにいる普通の兵士を強靭な顎で掴み上げると、勢いよく砲弾の様に投げつける。
当然、一つでは容易く避けられてしまうのは目に見えているで次々とディノハリアリには投擲を続ける様に指示を出す……さぁ、放置しても構いませんが飛ばされた結果、街に彼らが侵攻するかもしれませんよ?
「良いエイムで飛ばしてくるわね……火の鳥よ、敵を啄め」
握り拳くらいの大きさをした火の鳥達を次々と生み出して、飛んでくる蟻達とぶつけ合わせ燃やし尽くしていく。
次々と飛んでくるとはいえ、決して避けれない訳ではないけど私が避ければ、投げられてる蟻達は街に到着するかもしれないと思うと、一々迎撃を選ばずにはいられなかった。
最初の女王の突撃、らしくないとは思ったけどなるほど、私を誘導する為なら納得だわ。
「下を蠢く蟻達も、次々と重なり私を喰らおうと伸びてくる……狭い場所じゃないから有利だと思ったけど、そんな事なかったわ。寧ろ、上下左右全部見なくちゃいけないから不利じゃない?」
軽口を叩いたところで状況は変わらないのだけど、心の余裕を作るのには向いているからね。
……見えた、あそこが狙い目か。
「ふっ!」
火の翼を大きく広げ、一気に推進力を生み出し砲弾の雨を紙一重で駆け抜け、私の狙いを見抜いたであろう女王の巨大な体を利用した妨害を、その身体に沿う様に飛行する事で蟻達の妨害を許さずに抜け、巨大な蟻が足元の蟻を捕まえようとしているタイミングで、視界が一気に広がった──ヨシッ、狙い通りね!
「火の槍よ、我が敵を貫き爆ぜよ!」
右手に生み出した火の槍をトップスピードを維持したまま、捕まえられている蟻目掛けて投擲し槍が、蟻を貫き捕まえている大型の蟻の顎にも刺さると同時に、その巨躯を吹き飛ばすほどの爆発を起こし煙幕の向こうから頭部が消えた巨大蟻の骸が力なく地に伏せた。
「よしっ!」
『舐めないで下さいまし。ワタクシに付き従う兵達よ、此処に集いなさい!』
ッッ!!粘つくような空気が濃くなった!?なるほどね、どうやら私は女王の本気を引き出してしまったらしいわ。
空に数え切れないほどの穴が開き、そこから無数の蟻が群れを成し、落下してくる。
その中には当然、先ほど倒したデカイ蟻も含まれているのだから嫌になるわね……人と同じ群れを力とするのは本当に厄介だわ。
「……ん?は?ちょっと待って!?」
視界の先で地面を這っていた蟻の一部がブルブルと震え出したかと思うと、次の瞬間には背を大きく丸め黒い外骨格の内側から一対の翅が飛び出した。
「……アイツの報告書にあったけど、これがアビス・ウォーカーの進化」
翅の生えた蟻は女王へと付き従い、その姿はまるで空軍の様に思えた。
自身の配下が突然進化したことに驚いているのか、付き従う羽蟻達を何度か見た女王は何か納得がいったのか自分の翅を煩く鳴らし、私が耳を押さえると同時に彼らは一斉に飛び掛かってくる。
「火よ、花の如く咲き誇れ!」
『その程度では数が足りませんわ!!』
分かってるわよそんな事!
咄嗟に作った火の花は何匹か焼き尽くすが、二枚の花弁で少なくとも十匹以上はいる羽蟻を止められる訳がなく、上空へと逃げるが私より速い蟻が追いつき、体当たりをされてしまう。
「きゃあ!?」
体格差からくる衝撃はどうにも防ぎ切れず、下に向けて降下してしまう。
寸前のところで体勢を立て直したが、すでに地面スレスレであり当然の如く、蟻達が私を見下ろしていた……これは次の事とか考えてる余力はなさそうね……お願いだから保ってよ私の体力!
『キシャァァァァ!!』
「餌になる気はないわよ!!……今一度、その力を我が身に……全てを邪悪を祓う剣となり、昏き闇を断ち切らせたまえ──布都御霊剣!!」
私を喰らおうと迫ってきた全ての蟻を、右手に生み出した布都御霊剣で斬り裂き、燃やし尽くすと私を囲う火の壁となり、増援による追撃を防ぐ。
顔を見上げれば上空から私を見下ろす女王と羽蟻達と目が合う……表情は分からないけどきっと、睨んでいるのでしょうね配下を燃やし尽くした私を。
そんな事を考えながら切先を女王へと向ける。
「私の首が欲しければ来なさい」
『安い挑発ですね……けど、良いでしょう乗って差し上げます』
人の姿へと変わりながら女王は私が用意したリングへと、乗り込む。
悠々とした足取りはとても優雅で、私に対する恐れなどは微塵も感じさせない。
『ワタクシの兵ではこの火の壁を越えられず、元の姿では自滅するだけ……なるほど、考えましたわね』
「少しは怯えてくれても良いのよ?貴女、結構ビビりでしょ?」
『……臣下の前でその様な姿を見せるとでも?』
女王は両腕から蟻の脚をまるで、刃物の様に生やしながら口元に薄い笑みを浮かべて答える。
……どうやら私はこの期に及んでもなお、相手を見誤っていたらしい。
「訂正するわ。貴女、立派な女王よ」
『当然ですが』
貴女のノブレス・オブリージュには敬意を示すわ……けど、私も譲れないのよ。
合図はなく、私達はほぼ同時に目の前の敵へと駆け出した。