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残された時間

「三日も経ってるのか……」


「うん。壱与が使った瞬間移動の真似事を可能にしたアレ、私の力を解析して作った物なんだけど慣れてないと、物凄く酔うというか……負荷が大きくて、元々ダメージも蓄積してたみたいだから」


 二人しか居なくなった場所で、黒い椅子に黒いベルトで拘束されたままの綾人と、簡素な黒いワンピースを着て床にペタンと座っている音夢は互いの状況把握を行なっていた。


「音夢は大丈夫なのか?暴走してたみたいだけど……」


「……うん。大丈夫だよ、ゆっくり休んだから」


「そっか」


 儚気に微笑む音夢の言葉がなんとなくだが、何かを隠していると思う綾人であったがそれを追求する事なく、可能な限り明るい声で返すがその脳裏には、赤い瞳を輝かしていた音夢の姿がはっきりと浮かび上がっていた。


「音夢はその、壱与の奴が何をやろうとしてるのか知ってるのか?」


 本当は聞きたいけれどそれを聞いたら、何か取り返しがつかない気がして綾人は、暗い表情を見せる音夢に直近で最も気になっている事を尋ねる。

 人類を選定すると言っていたが、良くも悪くも話の規模が大き過ぎる壱与の説明では、具体的に何をする気なのか理解出来ていなかったのだが、綾人の期待虚しく音夢は首を横に振った。


「私も壱与が何をしたいのかは知らない。私を拾って育ててくれた恩はあるけど、はっきり言って私達はお互いを利用してるだけ。私が綾人に会う為に彼女の駒になってるのと同じ」


 一流音楽家の娘と言えど、なんの権力もない彼女が想い人を見つけ出すのには、どれだけの時間があったとしても難しく、また当時、中学生程度の小娘では一人生きていくことすらままならない。

 だからこそ、音夢は自らを預かると提案してきた壱与に乗っかり、差し出せる物全てを差し出してまで、今この場に座っているのだ。


「……音夢はどうしてそこまで俺に拘るんだ?」


 断片的にしか彼女との過去を思い出していない綾人にとって、彼女と自分は家族で出掛けるぐらいには付き合いのあった関係だとは分かっても、必死になって探し出しあからさまな好意を示すほどの関係には思えず、尋ねると数回の瞬きののち、目尻を下げ音夢は愛おし気に話し出す。


「綾人が私のヒーローだったからだよ今も昔も変わらずに。だから、今度は私が綾人の助けになろうと思ったの。たった一人で苦しむ事しか出来ない貴方の手を握って、私だけはずっと……今度こそ何があっても例え、災害が私達を襲っても隣に居続けたいって」


 身動きの取れない綾人の顔にそっと指を添わせて、泣いてもいない彼の目元を優しく親指でなぞる。

 

「私はね、綾人。人の手はとても短くて小さい事を知ったの。どれだけ大切な宝物を抱え込んでいても、必ず人生という長い時間を歩いている中で、零れ落ちて忘れ去っていってしまう……だからね、選んだの。

 私は貴方の為に、貴方以外の全てを捨てるって。たった一つの宝物くらいなら私の小さな手でも、忘れずにずっと抱えていられるから」


 ()()()()()()()()()()()()()()の正義は間違いなく、大衆にとっての悪でしかなく彼女の事を想うのなら既に手遅れだったとしても、自分を大切にしろ、世界はそんなに悪い物じゃないと伝えるべきでそれがきっと正しい事だと、頭の何処かで思っていても綾人の心がそれを許さず、反射的に開けた口からは言葉にならない息が溢れるだけだった。

 そんな悲痛な表情を浮かべる彼を、音夢は相変わらず、優しい顔で見つめてゆっくりと頭を撫でる。


「悲しい顔をしないで綾人。折角、私と綾人だけで話を出来る時間なんだからどうか、笑っていて。ね?」


「ッッ……けどよ音夢……お前のその生き方はあんまりにも……」


「良いの。これが私の信じた道、人生だから……全くの後悔がないって言えば嘘になるけど」


『七月になんか、祭りやるらしいぞ。良かったら、皆んなで行かないか?』


 祭り……それを存外に彼女は楽しみにしていたのだ。

 けれど、壱与からはちょうど祭りの時期に何かを仕掛けると聞いている以上、祭りには行けないだろうし綾人が自由に外を歩ける訳がない。

 彼女の力でチョーカーを外してしまえば、綾人は囚われの身では無くなるがそれをしてしまえば、間違いなく綾人が悲しむ結果を呼び込んでしまう……それは彼女の望みではなかった。


「そう、だな、うん。じゃあ、少しでも後悔が無いように楽しく話すとするか!そうだなぁ……アレは俺がまだ学園に入ったばかりの時だったんだがな?早速、ルールを破ってる訳だから獅子堂の奴にすーぐ目をつけられてさ、なんて言われたと思う?」


「え……んー……ルールは守れ!って言われた?」


 突然、話を切り替えた綾人に驚きつつも、音夢が答えると彼は悪戯が成功したような無邪気な笑みを浮かべた。


「『これから毎日、俺が見張ってやるから覚悟しろよ!!』って、ふつー入学直後の奴に言うかぁ?俺、どんだけ問題児だって思われてたんだよって話だよな。まぁ、その通りだから獅子堂の直感は何も間違っていないんだけどな」


「綾人、入学時から髪を染めてたの?」


「あぁ。格好良いだろうこれ?男なら一度は不良に憧れるというか……まぁ、俺はどうでも良かっただけなんだが。まぁ、つまり、男の夢ってやつだなって、それで言うならな──」


 ニコニコと笑顔を浮かべたまま、綾人は自分がどの様に学園生活を送ってきたか、どれだけ自分が好き放題やりたい放題ルールを破ってきたか音夢に話していく。

 音夢にとってそれは、自分の知らない先森 綾人の姿でありどの話もとても新鮮で、それでいて綾人が楽しそうに話すものだから釣られて、彼女も楽しくなり次第に彼らは笑顔だけを浮かべて楽しそうに会話を広げていく。


「それで、宮崎?宮本?だったか、そいつがオーバーヘットキックしてやる!って格好つけたら、ステーンっ!って目の前で転ぶ訳よ。だからもう、悠々とボール奪ってそのままシュートしてやった。アレは、すげー笑える空気だった」


「ふふっ、それでそれで?」


 体育の授業の話、調理実習で未確認物体を作った話、獅子堂との逃走劇、テストで赤点祭りだった話など、どれもが音夢にとっては堪らなく楽しい物で、まるで寝物語を乞う子供の様な表情で綾人の話に耳を傾けていた。

 そんな彼女の様子がとても微笑ましく、綾人も可能な限り話を楽しく話し、ほんの少しだけ脚色したりして退屈させない様にずっと話していた。


──お互いが一緒に居られなかった時間を埋める様に、彼らはまるで幼い子供に戻った様に無邪気に笑顔を浮かべて、時間の許す限り、思い出の許す限り話をするのだった。

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