難しい時間
「さて少し話をしようじゃないか。先森君」
黒いよく分からん液体に拉致され、目を覚ましたら両手両足を拘束されて猿轡までされているこの状況で、呑気に話をしようだと?せめて、猿轡を外してからもの言いやがれ。
そんな文句を言ってやりたいが、この状況で口を動かしてもモゴモゴなるだけでなんの意味もねぇし、手足がガチガチにベルトで拘束されてるから動けねぇし……今は精々、目の前にいる壱与の野郎を睨み付ける事しか出来ねぇ。
「見ての通り此処は灰都にある今はもう使われていない地下施設だ。隙間から入り込む灰などが実に鬱陶しいが、君達や政府の連中から身を隠すのには最適でね。あぁ、もちろん、君が持っていたスマホはこちらで破棄させて貰ったよ」
チッ、GPSの機能があるアプリがあればと思ったが、そう上手い話はないか。
……ん?なんか良い香りがってか、このやろう、俺が拘束されて動けないってのに目の前で悠々と珈琲淹れて飲み始めやがった。
「飲みたいかい?君が素直にこちらの提案に応じるなら……っとまぁ、そう簡単に首を縦には振らないか」
当たり前だ。
刑事ドラマのカツ丼みたいに珈琲を使ったからって、素直にはい協力するので飲ましてください!って言う訳がないだろ……本題に入る前のアイスブレイクってやつか?
「さて、君はこの不公平な世の中を壊したいと願った事はあるかな?当たり前の幸福を享受する者と出来ない者。両者の違いに関して、君はその頭を悩ませ結果、全てがどうでも良くなり不良行為に走った……違うかい?」
いきなり人の心の中を見透かしてくるなコイツ……けどまぁ、否定する言葉が浮かんで来ないって事はそういう事だ。
俺は火の海で両親を失ってから、どうしてあの二人が理不尽に死んで他の例えば、犯罪者とかが死なないのか心底疑問に思っている……だって、そうだろう?俺の親は決して悪い事をしていない、寧ろ誰かを助ける正義の味方みたいな二人だった筈なのに、寿命どころか遺体すら残らない死を迎えるなんて──不公平過ぎる。
「人間は生まれながらに平等ではない。それがこの世の真実であったとしても、そんな正論は遺された者にとって到底納得し受け入れられるものではない……そうだろう?」
人間は生まれながらに平等ではない……か。
「表面上の薄い善意で君を慰め、それが無駄だと分かれば群れに馴染めない君を弾く……とても愚かしい。君が人ならざる超常の力を持っていると知れば、その拒絶はより大きくなる事だろう。だから、君に提案しよう先森君、私といや、私達と共に人類を選定しようじゃないか」
……人類の選定?一体、何をする気なんだこの女は。
駄目だ、俺如きじゃああの薄気味悪い笑みの向こう側を読み取る事なんて出来ないし、何か自分の中で良くない考えが浮かび上がっているのも感じられる。
俺は心のどこかで、コイツの提案を受け入れようとしているのか?
「君も私と同じ様に世の中そして、人間の不条理を良く理解している筈だ。人間は弱く、理不尽な出来事に何もする事が出来ず、その命を失うというのに自らと少し違うから、自分には無いものを持っているからそんな矮小で下らない事柄を、さも当然に持つ者から奪って良い正義だと掲げ多くの悲しみを産む……そういう人の負を知っている筈だ」
多分、今の言葉は壱与自身の経験も含まれているんだな……すげぇ、重たいというか感情の籠った声をしてやがる。
多くの理不尽を経験し、多くの裏切りを知って、多くの数えきれないほどの絶望を味わったんだろうなってはその声と苦しそうにでも、憎々し気に眉間へと皺を寄せる表情から想像できる。
俺はまだ、全然長生きしてないしそう多くの経験も積んでないから、目の前の女が抱えているドス黒い感情も、その奥に隠された涙も理解してやる事は出来ないし、しちゃいけないんだと思う。
だって、俺はまだ誰かを信じたいと思っているのだから。
「……首を横に振るか。あまりこれはしたくなかったのだがな」
能面みたいな表情で近づいてくると、首に手を伸ばしカチッという音が聞こえた……え?何か取り付けられた?
「本当は真に仲間になってくれると期待していたが、簡単に受け入れないのも容易く予想していた。これはその予備策だよ先森 綾人」
猿轡を外しながらそんな事を言うものだから、何がなんだか全く分からず呆けてしまう俺を他所に壱与の奴は淡々と説明を続ける。
「そのチョーカーは君がサードアイを使用し、拘束の解除及びこの施設からの脱出を目論んだ場合、君の命を断つ様に設定されている。それと、君に反抗の意思アリと判断した場合、ADをまず初めに消し去る事を覚えておくと良い」
「なんだと!?」
「君は自分の命だけであれば容易く放棄する危険性があるからな。君とそれ以外を担保にしなければ、安心出来ない。では、次の話し合いでは良い返事を期待しているよ」
待ちやがれ!!っと叫んでみるが、当然そんなもので奴が足を止める訳がなく、飲みかけの珈琲を手に取り部屋を出て行ってしまった。
……クソッ!!ああ、そうだよ、その推理間違いなく合ってる!俺のせいで、飛鳥や茂光さん達を危険に晒すくらいなら命を断つ選択を取っていただろうよ。
「身動きも取れねぇ……力も使えねぇ……ははっ、完全にただの一般人って訳だ……ん?というかこの状態でどうやって、飯とかトイレとかすれば良いんだ?そういう時は流石に解放してくれるよな!?なぁ!!」
俺は嫌だぞこんなところで、自分の糞尿塗れになるとか!?
「……綾人、起きてる?」
「ん?その声は音夢か!?良かった……無事だったんだな!」
申し訳なさそうに小さく開いた扉から顔だけ覗かせる音夢……なんというかその動作も相まって小さい子みたいだな。
暫く、室内をキョロキョロと見た後扉を完全に開けて入ってくる音夢の手には、菓子パンが一袋握られており、それを見た瞬間、現金な俺の腹はグルグルと空腹の告げる音を鳴らした。
「……ふふっ、良かった持ってきて」
「恥ずかしいから殺してくれ……」
「やだっ。ほら、綾人、口開けて?」
思いっきり拘束されている俺が何かを食べるには介護をして貰わないと無理、即ち袋を開けて菓子パン──多分、アンパン──を手に持った音夢に食べさせて貰わないと無理っと、なるほどね。
「あ、あーん」
「はい、あーん」
これ恥ずかしいわ!!というか、壱与との会話との落差がすげぇ!!いや、うん、良いんだけどね?音夢と暗い話を続けたいとは思わないし……するべきなのはそうだと俺も分かってはいるんだが……
「ふふっ、はいあーん」
今じゃなくても良いよな?




