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貴方の為に

 遅れました!読書してたら時間を見てませんでしたね……すみません!

「──らぁ!」


『ハハハ!!』


 綾人の左ストレートとデクスターの右ストレートが交差しながら、互いの顔面を勢いよく殴り飛ばす。

 根性だけで立っている綾人の拳など本来であれば、万全のデクスターが避ける事など容易い筈なのだが、愛しき人間が死ぬ気で絞り出した攻撃を避ける……そんな砂漠で水筒の水を一滴も飲む事なく、ばら撒くかの様な勿体無い行動を取るはずもなく、満面の笑みを浮かべたまま殴り飛ばされる。


『ッハハハ!』


 そして自身が体勢を立て直すより早く、腹部に叩き込まれた蹴りにより歓喜の笑いを深めるデクスターと、全身の倦怠感による不快感を増加させる笑いに顰めっ面を浮かべながら、当てたままの膝に意識を集中させると詠唱を行う。


「闇よ……集まり……我が敵を喰らえ」


『そう来るか!!なら己も応じるとしようか!』


 膝を起点にデクスターを構成する闇を吸収し始める綾人に腕を伸ばし、首を掴み同じ様に綾人の纏う闇を吸収し始めるデクスター。


「ぐっ……あっ……」


 少しずつ首へとかける力を強められ、呼吸が乱れていく綾人だがそれでも闇を吸収する事をやめず、デクスターもまたそんな彼と楽しげに競い合いを行っていく……一人の少女の決意に気がつく事なく。






 彼はボロボロになっても、何度も地に倒れても、決して諦める事をしない人だった。

 

「がっ!」


「たくっ、小学生がなに粋がってんだ?高校生に勝てるわけがないだろ!」


 その日、学校の帰り道、見るからに不良と分かるガタイの良い男子高校生が、同じ制服を着た根暗そうな男子生徒を虐めて、お金を巻き上げているところに運悪く遭遇してしまった。

 周囲の人達が必死に目の前で起きている光景に目を背けている中、私と手を繋いでいた彼は手を離すとランドセルを下ろし、何一つ迷う事なくその二人のところに走って行き、綺麗なフルスイングで不良生徒の背中にランドセルを叩きつけて、こう叫んだんだ。


「誰かを苦しませるのはいけないことなんだぞ!!」


 いつもお父さんに憧れていると言っていた彼らしい正義感からくる行動だったけれど、小学生が高校生に真正面から挑んで勝てる訳もなく、火に油を注ぐだけとなった彼は高校生の暴力を一身に受けて何度も、何度も、何度も……数えきれないほど殴られて蹴り飛ばされて、地面に倒れても歯を食いしばって立ち上がっていた──もうすでに、助けた根暗な高校生はその場に居ないのに。


「……はぁ……悪い、事は……しちゃ……ダメなんだ……」


「〜〜ッッ!あーもう、気色悪いなお前!」


 居なくなった事に気がついてすらいない彼の相手をするのが嫌になったのか、それとも周囲が騒がしくなってきたのを察知したのかは分からないけど、悪態を吐いて不良生徒はその場を走り去って行った。


「……あれ?居ないや……まぁ……いっか。帰ろうぜ、音夢」


 全身ボロボロで、ふらふらとした足取りなのにそれでも誰かを助けられた事を誇らしげにしながら、彼は綺麗な笑みを浮かべたんだ。


 自分の正義を信じて疑わず、その為なら自分がどれだけボロボロになろうとも諦めず、何度だって立ち上がる。


「……本当に変わってないね綾人」


 『今』の彼になってもそれは何一つ変わっていなかった。

 守るべき装置は壊れているのに、右腕はもう持ち上がらないほどボロボロになっているのに……それでも彼はアビス・ウォーカーという『誰か』の脅威になる存在が許せなくて、片腕というハンデを背負いながらも戦っている。


「ぐっ……あ……」


『ハハハハハ!!どうした、その程度か!!先森 綾人!!』


 万全の状態の私と綾人が揃っても、あの化け物を完全に殺し切る事はできなったのに、今は綾人が右腕を動かせないというハンデまで背負った状態で、真正面から挑んでも勝てる未来はとても想像できない。

 なら、綾人があの化け物によって気絶した瞬間を狙って、掠め取る事を目標に……ううん、違うそうじゃないよね。

 私がどれだけ酷い事をしてもきっと、彼は怒らないとは思うけどそんな彼の勇気を嘲笑う様な手段で彼を手に入れても、綾人は私を見てくれない。


「──きっと怒るんだろうなぁ」

 

 髪留めを取り出して、長い髪を後ろで一本に纏め、久しぶりに左目で世界を見た、その瞬間、全身が沸騰する様に熱くなるのを感じた……残り僅かな私の時間を削ってでも、もうこれ以上、『誰か』の為に自分を擦り減らす彼を見たくない。


「……深淵を歩く者よ、我が身に宿りて我が敵を滅せよ」


 ──奏でる曲は『悪魔のトリル』








 

 意識が徐々に薄れていくのを感じる。

 力の源である闇を奪われながら、呼吸を少しずつ止められているのだからそれも当然か……音夢の援護もない……ははっ、馬鹿なことしてるって思われてるのかな。


「……」

 それでもなけなしの力を掻き集め、デクスターの野郎を睨みつけると奴は、嬉しそうに牙が剥き出しの口角をあげる。


『ハハハ!さぁ、次は何を魅せて……ん?』


 後ろから哀愁の漂うバイオリンの演奏が聞こえ始めた……考えるまでもなく、音夢なのだがその曲はとても綺麗な筈なのに胸がザワザワするというか嫌な予感が全身を駆け抜けるもので、徐々に曲のテンポが上がり悲鳴の様な高音に変わった時、俺はデクスターから解放された。


『……愚かとは笑うまい。それも人が持つ強さと言えよう』


 一体何を言って……ッッ!?このタイミングで新しいアビス・ウォーカー?いや……その割にはデクスターも動いていないし、音夢も演奏を続けている……じゃあ──


 嫌な予感に支配され、後ろを振り向けない俺の思考を断ち切るのは一瞬だった。

 俺の背後から黒い何かが通り過ぎたかと思うと、次の瞬間にはデクスターが勢いよく吹き飛ばされ、演奏は終わっている筈なのに、耳から離れてない幻聴と共に『彼女』が現れた。


「……音夢なのか?」


 長い髪がまるで、尻尾の様に靡き全身を見慣れた軍服ではなく、獣の様な逆立つ毛皮で包み両手と両足には黒く鋭い爪が月明かりを反射しながら、地面にめり込んでおり何よりも特徴的だったのは、普段隠れている左目から『紅い光』が漏れ出していて……その光はまるでデクスターと同じアビス・ウォーカーみたいだと感じたのを認めたくなく、自分でも驚くほど彼女の名を呼んだ声は震えていた。


「──ァァアア!!」


 普段の音夢からは想像もつかない荒々しい叫びと共に、背中を丸め駆けていく彼女に手を伸ばすが、当然、届く事はなく彼女はその勢いのままデクスターへと爪を振り下ろし、それをデクスターは右腕を盾にして受け止める。


『慟哭の涙を溢すか女!!』


「ァァアア!!」


『……人であるのなら殺されてやるのも選択肢にあったが、今の貴様に殺されたところで己の渇きは潤わぬ!』


 目の前の光景がいや、音夢の身に起きている変化が何一つ分からない俺の目の前で、デクスターは爪を振り下ろす音夢をその剛腕で掴み取ると、勢いよく地面に叩きつけ頭部を踏み潰そうとし持ち上げた右足が音夢の左爪によって、切断され体勢を崩すと同時に解放された音夢がデクスターに対し、跨る様に伸し掛かった。


「ァァアア!!」


 叫びと共に音夢の背中から蜘蛛の脚の様なものが六本生えると、それら全てがデクスターに突き刺さり奴を地面へと縫い付けてしまった……このままでは不味いと分かっているのに音夢の異様な空気に呑まれ、足が体が動かない。


『化け物同士の食い合いなど……なんの意味がある!!』


 デクスターの頭部を潰そうと音夢の爪が振り下ろされるより早く、奴の身体から黒い靄が間欠泉の様に噴き出て音夢を真上へと吹き飛ばすと、そのまま落下してくる彼女の心臓を貫こうと手刀を作るがそんなものは知らないと、空中で身を捻りながら、足場を作り出した音夢は勢いよくデクスターへ向けて跳躍し──


「火よ!爆ぜなさい!!」


 ──両者の中間に火の矢が現れると勢いよく、爆ぜ空中で踏ん張りの効かない音夢を吹き飛ばした。


「綾人!私が休んでる間に何が……って、綾人!?アンタ、その右手!」


「……ッッ!飛鳥!!」


「なにっ!?」


 攻撃をされたなのかは分からないが、音夢がデクスターではなく飛鳥に向けて爪を振り下ろそうとしているのに気がつき、飛鳥を抱えて跳躍し攻撃を避けたが……まさか音夢のやつ、暴走してるのか?


『──興が削がれた』


 好き放題暴れておいて、そんな言葉と共に無表情になったデクスターが後ろの空間を引き裂くと、その中へと消えていってしまった。


「ァァアア……」


 ……あんな奴の事より、音夢をどうにかしないと……俺の事は敵として見てきないのか猫背になりながら睨みつけているのは飛鳥の方だ……ん?


「これは……」


 さっきの爆発で音夢の懐から落ちたのか、今まで無かった年季の感じる手のひらぐらいに収まる亀のぬいぐるみを拾い上げ──


『音夢!誕生日おめでとう!これ、プレゼント!』


 ──彼女との過去を垣間見る。

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