乱入者は二度来る
長年、積み重ねて来た経験が告げる直感というのは存外、アテにならないものだと悟る。
儂が担当した場所を取り囲むように、装置の破壊が目的ではなく何処かに行かせないようにするかの様な蟻のアビス・ウォーカー共を数百体ほど、斬り殺しただの足止めであり子供達の方が本命だと理解した儂の前にその女は現れた。
「流石はADが誇る歴戦の戦士……女王の指揮下にない軍勢では一時間が足止めの限界ですか」
黒スーツに身を包み、その上から少し草臥れた白衣を身に纏う長身の女は薄ら笑いを浮かべているが、儂が反射的に刀を握り締めるほどの圧と悪意を放っておるとんでもない魔性の女であった。
「その顔……なるほど、局長が恩師と呼ぶ確か、日輪とかいう者だな。お主、本当にあの男の師匠か?随分と仄暗い雰囲気を纏っておる」
「ふふっ……長生きをすれば世界は醜く残酷なものであると悟るものでしょう?」
「……ふん。そういうところが益々、局長とは正反対だな」
儂が知る限り、茂光 郷という男はどれだけこの世界が残酷で醜いものだとしても、懸命に生きる者達の為に全てを背負う覚悟のある善性な人間であり、斬ること即ち、何処まで行っても殺す事しか能の無い儂には真似できない選択を取れる強い男だ。
そんな儂の心情を読み取ったのか目の前の女は呆れた様な笑みを浮かべると、何一つとして光を宿していない昏き瞳で儂を見据えると一呼吸間を空けて、話しだす。
「──まぁいいでしょう。私は一つ、貴方に提案を投げ掛けに来たのです」
「提案?」
何を言われようが儂がこの女に同調する事はなく、初めから話の無駄だと思うのだが目の前の女から発せられる空気が儂に他の手段を取ることを許さない……まるで、王か何かの様なカリスマに似た嫌な圧だな。
「貴方に復讐の機会を与えます。代わりに先森綾人君を差し出して──まぁ、好戦的なおじ様ですね」
「アホな事を吐かすからだ……珍妙な鎧なんぞ纏いよってからに」
「何も対策をせずにこの身を晒す訳がないでしょ?」
平然な顔でどの様な原理かは儂にも分からぬが、儂の刀を受け止められるほどの鎧であれば、スーツの下に着れる程の薄いものである筈がないと言うのに黒光りする何かの金属の様なもので受け止められ、火花が刀身と鎧の間に散っていた。
……どれだけ現代の技術の先を走っているんだこの女は?
「……仕方ないな。来るが良い小僧、音夢が目的を達成するまでの間、少々遊んでやろう」
「ッッ!」
凄まじい殺気を向けられ本能的に後方へと飛び退く……どれほどまで人を憎み、恨み辛みを募らせればこれほどまでに、身を刺すような禍々しい殺気を放てるのだ?
「おぉ、怖い怖い。案ずるな、ただの遊びよ」
そう女は嗤い、遊びを始めるのだった。
「あーもう、本当に数が多いわね!」
燃やし尽くした直後から何処からともなく次々と補充の入る蟻型アビス・ウォーカー達の一体一体はそんなに強くないから、別に良いんだけど偶に混ざってるデカイのとか、爆発する奴とかが地味に鬱陶しいのよね……女王を守ってるクソデカイ奴も何回かに分けて、攻撃すれば消し炭に出来る事は分かったけど、それだけ時間をかけてるとすぐ他のが私の方に群がってくるし……どうにか掻い潜って女王本体を狙うしかないわ。
『中々足掻けるようですけど、そろそろ疲れてきているのではなくて?顔色、先ほどより悪くなっていますよ?』
定期的に煽ってくるコイツの声もイラつくのよね……初めはなんかふわふわしてる声だと思ったけど、そのせいか煽り性能高いわこれ。
……よし、一列に並んだわね。
『ん?』
「何かに気づいたようだけど、もう遅いわよ!火よ、火よ!我が手に収束しその業火で我が敵を吹き飛ばせ……蒼華槍!」
私が使う技の中で、最も威力と貫通力に秀でた大技……以前の私ならそう簡単に切れるカードじゃなかったけど、常時、蒼い火を使えるようになった今の私なら比較的簡単に使えるわ!
女王の指揮下にある事は動きから理解していたから、場所が広いのも利用して飛び回り、攻撃を誘導して倒すべき敵と残しておく敵を厳選して、彼女の元まで一直線上に並んだ蟻達を、私の両手から放たれる螺旋を描く蒼い火の槍が次々と刺し貫き、燃やしながら女王へと迫っていく。
『ッッ……舐めるなよ、ヒト風情がぁぁ!』
漸く、女王から余裕という物が消え去り吠えると同時に迫る私の火をクソデカイ蟻がその身を盾にするところまで私から見え、直後に大きく爆ぜた為に結果を確認出来なくなる。
「……これ、もしかしてまた始末書かしらね」
機械の何個かがスパークしている気がするけど、戦闘中だし致し方のない犠牲って事で許してくれないかしら……無理ね、はぁ……綾人に頼んで何か飲み物や甘い物でも買ってきて貰って書くことにしよう。
『……何、終わった空気を出しているのですか?ワタクシはまだ、死んでいませんことよヒトの娘』
「ッッ……アレを耐えたっての……」
煙幕の中から声と共に歩く音が聞こえ、そちらに目を向けると服装は所々がボロボロになり、右眼の一部を失ってはいるものこちらに向かって確固たる足取りで歩いてくる女王の姿があった。
私の火に穿たれ、破壊された右目からは爛々と光る赤い瞳が輝いており、不気味さに拍車をかける。
『兵が全てを捧げ、守るが女王……命じたのがワタクシであったとしても、捧げられた命には最大、報いて足掻くがこのワタクシです』
彼女を守った蟻が瀕死の状態で、首を垂れて這い蹲るとなんの躊躇いもなく口を大きく開けた女王は、自らの臣下に噛み付き下半身を徐々に蟻の物へと変化させると、まるで大切なものの様に抱き抱え、命を捧げた蟻の全てを飲み込み、右眼を修復するとその身体を人の姿から巨大な女王蟻へと完全に変化させる。
落ちてくる瓦礫を避けながら、飛び上がり私は真の姿を見せる女王と対面した。
『白兵戦は趣味ではありませんが、自由に空を飛び回るヒトに対しては自ら戦うしかないのでしょうね』
「意外ね。そういうのは嫌うかと思ったけど!」
長い脚ではたき落とす様に振るわれた攻撃を、避けて懐に入り込もうとするがそれを阻止する様に、巨大に頭部が下がってきて、迫ってくる……良いわ、真正面から相手してあげる。
「『はぁぁぁぁ!!』」
ブーストのように火の翼から更に火を噴き出して、漸く女王との拮抗状態が成立するなんてね……一瞬でも気を抜いたら吹き飛ばされてしまいそう……この大きさはやっぱり虚勢でもなんでもなかったか。
辛うじて成立していた拮抗も、女王が持つ翅を動かし始めたことで徐々に私が押されて始める。
『このままミンチにして差し上げましょう!』
「……それは嫌ね!……火よ、我が体を支えよ!」
詠唱により翼からブースターの様に放出される火の勢いが更に高まり、今度は逆に私が女王を押し始めると、彼女は苦悶の声を吐きながらも、翅を更に羽ばたかせ抗う。
そんなただの意地の張り合いは、突然、真上から現れた黒い流星によって中断された。
『ハハハハハ!!!強い輝きだ!!己を惹きつけて止まない人の輝き!!そこに居るのか……先森 綾人ォォ!!』
『何っ!?……あぐっ!?』
「きゃあ!?」
私を吹き飛ばし、女王の頭部を踏み付け地面へと叩きつけておきながらこちらに一目も向けず、落ちてきたゴリラの様な体躯に、特徴的な鉄仮面で顔の右半分を覆っているアビス・ウォーカー……デクスターと呼ばれる右手を黒く輝かせ、地面に向けて振り下ろすと床を砕きながら地下へと落ちて行った。
「……なんなのよ全く……って、女王は!?」
あの変なのに加えて、女王まで地下に降りられると流石の綾人もヤバいと思って周囲を見るが、既に女王の姿はなく、焦燥感に駆られた私の目に映ったのは、空間に開く黒い穴……その先に見えるゴスロリ服であっと間の抜けた声が出ている間に、消えて行ってしまった。
「……早く追いかけなきゃっと!?」
立ち上がった瞬間、ガクッと足から力が抜け纏っていた火も消えていき、途方もない疲労感が襲ってきた。
……ごめん、綾人……ちょっとすぐには行けそうにないや。
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