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意地と意地のぶつかり合い

 音夢が使う足先だけを用いる独特な蹴りは、フランスを発祥の地とする『サバット』と呼ばれる蹴りである。

 本来であればソレ専用のシューズを履いて行うものだが、音夢はサードアイの力を使いより鋭く、重い破壊力を発揮できる様に改造した軍用シューズを用いており、その蹴りは彼女の自身の練度が極めて高い事もあり、生半可な相手であれば防御しようと掲げた腕の骨を容易くへし折る余りある威力を誇っている。


「ふっ!」


 それでも、綾人の腕を覆う同じくサードアイを用いて作られた手甲の防御を超える事はなく、足が振り下ろされ腕とぶつかる度に、鈍い金属音にも似た音が二人しか居ない戦場に重く、響き渡る。

 自身の蹴りを右腕一つで受け止め、両手利きであるが故にスムーズな動きで放たれる左ストレートを下から逸らし、生まれた隙を利用して右足を下ろすフェイクからの、爪先で脇腹を抉ろうとするが数瞬、綾人は早く後方へと飛び退き攻撃を躱す。


 離れた距離は音夢にとって曲を演奏するだけの時間があったが、彼女は演奏をする事なくトントンっと一定のテンポで小さくジャンプをして、綾人の一挙手一投足を見逃さない様に全神経を集中させる。

 この場に来ての開幕戦闘で既に彼女は彼に対し、サードアイのエネルギーを集約させて生み出しただけの傀儡は通用しないと見抜いていた──遠距離攻撃だけに集中する傀儡を使えば、或いはあるかもしれないがこの場所は狭すぎる。


「しっ!」


 短く息を吐くと同時に、綾人は全速力で音夢に向けて突撃する。

 そこには防御を取ろうなどという考えは見受けられず、なにが来ても真正面から最短で音夢の元へと辿り着くという強い意志を感じられるほどの愚直さである。

 人によってはそれを愚かだと断じるだろうが、元より先森 綾人という人間は自らが正しいと信じる選択に、全賭けする男であり、彼が覚えていない時間を知っている彼女は強くなっても変わらない愚直さに小さく笑みを浮かべながら、殴る構えを見せる彼の側頭部目掛けて鋭い回し蹴りを放つ。


「はっ!」


「ふっ!」


 一秒にも満たない時間、瞬きの様な時間を見誤れば側頭部を蹴り飛ばされ、意識を失っていたのは綾人であっただろう──しかし、その刹那を見切った彼は音夢が体勢を切り替える余裕がないタイミングで、しゃがみ頭上スレスレを通過し、髪を少し斬り裂く鋭い蹴りを見事、避けてみせ真下から顎を狙い、右拳を振り上げる。

 

「……」


「ッッ!?」


 完璧だと思った攻撃を音夢は、笑みを浮かべたまま予測していた様に配置された左手で突き上がってくる彼の右手を捕まえると、蹴った勢いを殺さずに巻き込む様に身体を捻り、関節に走る痛みからその流れに従うしかない綾人は音夢の思惑通りに導かれ、彼女と交差すると持ち上げられた腕を捻られ、背中から地面に崩れ落ちる。


「ッッ──うおっ!?」


 衝撃と痛みから目を閉じてしまった綾人が目を開くと、頭部に向けて音夢の足が勢いよく振り下ろされようとしてる瞬間であり、慌てて頭をズラし直撃を避ける。

 しかし、いまだに右腕は拘束され寝かされている自分と上を取る音夢の力関係が変わるわけではなく、続け様に今度は大きく動かすことが出来ない腹部、それも鳩尾に音夢の蹴りが沈む。


「がっ!?」


 EPSと鎧の守りがあると言えど、全ての力を打ち消せる訳ではなく綾人の口から苦悶の声が漏れると共に呼吸が奪われる。

 人間、思考を回したり身体を動かすには肺や脳へと酸素を取り込むしかなく、連続で鳩尾に蹴りが叩き込まれる事で、正常とは程遠い呼吸を強いられている綾人の視界は徐々に明滅を始め、地下を照らす薄い灯りすらまともに捉えられなくなろうとしていた。


「がっ……ァァァァア!」


「無理やり!?」


 このまま気絶する事を良しとしない綾人の咆哮と共に、力づくで拘束していた右腕を解放すると痛みもあるはずなのに、そんなものを一切感じさせない右ストレートが音夢の横腹を捉え殴り飛ばす。

 

「ゲホッゴホッ!……ぁ、ああ〜……クソ苦しいな」


「折れるかもしれないのに普通、強引に突破する……あぁ、でも綾人らしいと言えばそうかも」


「人を脳筋の馬鹿みたいに言うなよ」


「違うの?」


 ほんの少しの休憩時間に軽口を叩き合う二人は、全く同じ瞬間に小馬鹿にする様な笑みを浮かべると互いに周囲の闇をその身へ吸収させ、相手に向けて走り出す。


「刃よ」


「闇よ盾となれ」


 音夢には付き従うナイフ十本が、綾人にはその身を守る様にクルクルと回る三枚の盾が現れ、彼らの激突より早くぶつかり合い、一つの盾につき三本のナイフが突き刺さる──やはり、単純な力の使い方では音夢に軍配が上がった。

 残された一本がまるで意志を持つように、複雑な軌道を描きながら綾人へと襲いかかり、それを迎撃しようと殴ろうとした瞬間、軌道を変え音夢の元へと戻る。


 その瞬間、綾人は先手を取られた事を理解した。

 攻撃を振らせる事で、綾人の体勢を強制的に事後にさせた音夢は己の元へと戻って来たナイフを逆手に持ち、何の躊躇いもなく──例え、刃が守りを貫通しようともそこで綾人が抗戦を辞めてくれれば、即座に拠点へと連れ帰り治療するつもりなのだろう、綾人の左胸へと振り下ろす。


「……まぁ、そう簡単にはいかないよね」


 サードアイの力で作られていようとそのイメージの根底は、現実に存在するナイフでありその程度の刃物であれば、鎧の下に着ているEPSの防刃性で防げる。

 見た目は薄いが、ナイフの刃を通す事ない守りに防がれた音夢は半ば予想通りという表情で、即座に一歩後方に距離を取り、綾人の裏拳を避ける──何かしらの防御策がある事など、防ぐ構えを見せなかった綾人の行動で悟っていたのだろう。


「闇よ幾重にも広がり、我が敵を捕えよ!」


 開戦した時と同じように綾人を中心に再び、糸の様な闇が広がりながら音夢へと迫っていく。

 自らに迫る闇を冷えた瞳で見据えながら、逆手に構えたナイフをクルリと回転させ、順手に戻した音夢はバターを斬るように容易く、迫る糸を斬り裂きその瞬間、いつのまにか綾人が自身の右横へと迫るのを捉え驚愕の表情が浮かび上がった。


 蜘蛛は自らの巣に捕らわれる事なく、罠に掛かった哀れな獲物へと辿り着くことが出来る。

 自らの罠に引っ掛かるほど愚かではないというのもあるが、彼らは巣を作るときに粘性のある場所と無い場所を作っており、獲物へと迫る時にその粘性が無い場所を使って移動しているという。

 そんな話をなんとなく記憶していた綾人は、自身が足場として使えるほどの強度を持たせた糸を使って逃げるのではなく、迎撃を選ぶと信頼した音夢へと迫ったのだ。


「らぁ!」


「くっ!」


 迫る糸を斬るために伸ばしていた腕は即座に引き戻す事が出来ず、綾人の手刀によってナイフは叩き落とされ音夢の手を離れたナイフは闇へと霧散するように消えていく。

 勢いよく広がった糸は、自身の行動を隠すためかと音夢が理解しつつ遅れながらも、迎撃を選択し綾人の拳が音夢の頬を捉えると同時に、蹴りが綾人の脇腹へと突き刺さり、二人揃って反対側へと吹き飛ばされ、地面を転がる。


「イタタ……まさか顔を殴られるとは思わなかった」


「悪りぃな……手加減するほど余裕がないんだわ」


 ダメージはお互いに蓄積しているものの未だ、しっかりとした動きで二人は立ち上がり構えながら、揃って楽しげな笑みを浮かべる。

 壮絶な殴り合いをしているというのに二人はこの『喧嘩』を何処か楽しんでおり、相手からの攻撃が自分を捉えれば捉えるほど、どんどん闘志が膨れ上がっていた。


「闇よ、我が道を指し示せ!」


「獣よ」


 先程の糸より大きく、まるで道のように広がる闇を遮るように羊の頭部を持つ二足歩行の獣が姿を現し、綾人が生み出した道を全て砕きながら、綾人へと迫り砕かれた道から新たに伸びた道にとって、その身を磔にされた。


「爆ぜろ」


 音夢の詠唱により、獣が道を巻き込みながら爆ぜ黒い靄がまるで、煙幕のように広がり相手が見えなくなるが、二人は臆する事なく、煙幕へと突っ込んでいき互いの中間地点で拳と蹴りがぶつかり合う。


「音夢!」


「綾人!」


 ──揃って犬歯を剥き出しにしながら、二人は至近距離での応酬を続けるのだった。


『ハハッ!』


 その輝きに吸い寄せられる蛾が現れる事も知らずに。

 

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