闇夜の開戦
綾人と音夢の誓いから二日後、約束の日に綾人は万全の状態で待っていた。
「……」
守らなければならない装置──見た目はただの発電機にしか見えないが、その中央部には三つの勾玉の様なパーツがそれぞれ、電気を帯びながら浮かび上がり回転しており、そこからエネルギーが供給される形で特殊な電磁バリアを展開している──の前に綾人はただ、静かに闘志をその身に激らせながら、既にEPSの上に鎧を纏った状態で腕を組み立っていた。
「綾人、ちょっと良いかしら?」
「ん、なんだ飛鳥?」
同じ様にEPSの上からあの日の様に、巫女服の鎧を身に纏っている飛鳥がその顔に心配の色を濃く浮かべながら、彼の前に立つ。
「アビス・ウォーカーの出現が確認されたら、私は蟻の相手をする……来なければ貴方と一緒に土御門と戦う……それで良いのね?」
綾人と違い、邪険に扱われてはいたが飛鳥であったが数日、互いにテスト範囲を勉強し合い、互いに想い人との時間を過ごす為に協力したり……まるで友達の様な過ごし方をしてきた為に自身の胸の中に迷いがあるのを理解していた。
自分でこれなのだから、より深く関わっていた綾人の迷いも強いだろうと声をかけた彼女を安心させるかの様に力強い声で、綾人は言葉を返す。
「あぁ。あいつは必ず此処に来る、飛鳥は蟻から他の人達を守る為に戦ってくれ。今の俺にその余裕はないから」
友達になりたいと思う相手と戦わなくちゃいけない迷いが、綾人の中から無くなった訳ではなく、それを上回るほどの音夢を止めたいという強い想いが彼の胸中にはあり、自身もまた似たような想いに救われた彼女はその手をゆっくり、綾人の頬へと合わせる。
「飛鳥?」
突然の事に理解が追いつかない様だが、そんな彼に飛鳥は優しく微笑むと背を伸ばし顔を近づけ──綾人の額へとそっと触れる様なキスをした。
「……!?」
「ふふっ、真っ赤な顔だけどそっちの方が、さっきまでのアンタより『らしい』わよ」
鏡合わせの様な彼女だが、自分も迷いや不安が消えていくのを感じていた。
可能なら自分も戦いに加わりたいが、この二人に比べれてしまえば自分が抱える気持ちなど小さいものでしかないと悟った彼女は、せめて自身の想いも背負って欲しいと少年へと託したのだ。
「じゃ、土御門の奴に負けないでよ!私も言いたい事あるんだからね!」
ドンっと自分の胸を叩き、軽い足取りで離れていく少女を真っ赤な顔で見送った綾人は、少しの間固まっていたが、瞬く間に広がる暗闇と、嫌な気配に意識を切り替えて拳を構えると上から飛鳥が戦っていると思われる爆発音が響き、誰も降りてこない筈のエレベーターが動き出す──互いの場所など知らしていないというのに、運命は彼らを呼び寄せた。
ティン!
軽快な音が響くと共に扉は開かれ、カツンカツンと音を立てながら軍服を身に纏った音夢がエレベーターの中から現れ、手に持ったバイオリンで『魔王』を奏で始めるとそれに呼応し、五体の人形が姿を現し獣の様に背を丸めると、放たれた矢の様な速度で綾人へと駆ける。
「闇よ、幾重にも広がり、我が敵を捕らえよ!」
対する綾人も行動は早く、駆け出す直前に詠唱を行うと彼を中心に、無数の糸或いはワイヤーの様に細い闇が伸ばされていき、そこに触れた人形は絡め取られるか勢いのまま切断されていき、その身体は細い闇の中へと溶け込んでいき綾人の力へと変わる。
「穿て」
演奏を続けている為か再び二体の人形が生まれると、今度は両手両足に鋭い刃の様なものが生成されており、綾人の闇へ触れる直前に跳躍しながら、錐揉み回転すると糸の様に闇を巻き取り斬り裂きながら綾人へと迫っていく。
「──っらぁ!」
ドリルの様に迫る二体の人形と真正面から綾人の右ストレートがぶつかり合い、数歩、綾人が後方へと下がるが怯むなく吼えた綾人の拳によって、二体纏めて吹き飛ばされる。
「……」
その光景を見た音夢は魔王の演奏を止めると、自身に向けて走り出した綾人を見ながら『ばらの騎士』へと演奏を切り替える。
切り替わった演奏に呼応する様に伊藤が戦った時と同じ、黒薔薇の騎士が大剣を構えながら走る綾人の進路を遮る様に現れ、上段から加減なしに大剣を振り下ろす。
「邪魔をするんじゃねぇ、木偶の坊!」
血飛沫が上がる事はなく、舞い散る埃や切断された糸状の闇がパラパラと散る中、地面スレスレまでに体勢を低くしその不安定な体勢のまま走り込んだ綾人は、黒薔薇の騎士の懐まで完全に入り込んでおり、彼の闘志に呼応したのか刃が形成された右拳を人間であれば心臓のある位置に、叩き込み鎧を貫通するとそのまま黒薔薇の騎士の上半身を吸収すると、崩れ落ちる黒薔薇の騎士に目もくれず、音夢へと距離を詰め演奏を止めた音夢の蹴りと、綾人の拳がぶつかり合う。
「……強くなったね」
「あぁ……音夢、俺は今日此処で、お前をぶん殴ってでも止めるぞ!」
「それはこっちのセリフ……貴方を私は手に入れる!」
二人の叫びが機械しかない地下に大きく響き渡ると共に、込められた力は拮抗しており同時に弾かれる様に、距離を取ると全く同じタイミングで、距離を詰め再び、彼らはぶつかり合った。
「渦巻く火の牢獄よ、我が敵を捕え焼き尽くせ!」
地下で綾人と音夢が喧嘩を始めた頃、地上では無数に湧き出る様々な蟻型アビス・ウォーカーを煌びやかな蒼い火で焼き尽くす飛鳥とそんな彼女を忌々しそうに睨み付ける女王が対峙していた。
『……随分とまぁ、イメチェンしましたのねぇ……無駄にキラキラ、キラキラと』
「なに嫉妬?それにアンタ、誰よ?私、アンタみたいな陰険そうな奴知らないんだけど」
拝火学園で一度、顔を合わせている一人と一体なのだがその時、女王は人型を見せておらず巨大な蟻の姿のままだった為に当然、飛鳥に見覚えはなくただ単純に見た目と言葉から第一印象を、ストレートにぶつけただけなのだが、君臨する者としてのプライドがある女王にとってその侮蔑は心底、苛立つものであった。
『陰険!?この女王たるワタクシを評する言葉がソレとは……なるほど、所詮は真に美しきモノを燃やす事しか出来ない力を使うヒト以下の猿ですわね。このワタクシの完成された美しさを理解しないとは!』
「……へぇ、そう。それはごめんなさいね、私、アンタみたいに全身真っ黒な喪服みたいな格好とか、見た目の気色悪い虫を使役するとか嫌だから、アンタのセンスなんて微塵も理解したくないわ」
自らに迫ってきた蟻型アビス・ウォーカーを燃やしながら、ニコリと微笑みつつ女王全否定の言葉を話す飛鳥と、それに対して青筋を立てる女王。
地下で戦っている二人とは違う、ドロドロとした嫌な空気感がその場に流れており、もしこの場に誰かが居れば胃が痛くなっていた事だろう。
『ふっ、ふふふふふ!えぇ、今理解しましたわ!貴女はとっとと排除するに限る相手であると!』
「奇遇ね!私もそう思っていたところ!火よ、我が敵を刺し貫け!!」
火の牢獄を維持したまま、女王を含む全ての蟻型アビス・ウォーカーの頭上に火の槍が降り注ぎ、次々と刺し貫いていくが、女王は上を見る事なく手を振ると女王を守る様に突如として、背後から現れた巨大な蟻型アビス・ウォーカーが降り注ぐ火の槍をその身で受け止めた。
「此処、天井の高さ、九メートルはあるわよね?」
天井の高さギリギリまでの大きさを誇る巨大な蟻型アビス・ウォーカーはその身体を支える外骨格も他に比べて硬いのか、飛鳥が放った火の槍は浅く刺さっているだけでその身を刺し貫き燃やすまでには至らなかった。
『蟻の中でも最大の大きさを誇るディノハリアリですわよ。ワタクシの尊い身を守るにはうってつけの盾でしてよ』
「そうやって貴女は守られてばかりなの?情けないわね」
『それが女王でしてよ。それにワタクシがこの場にいる限り兵は幾らでも現れますもの』
女王の言葉を証明する様に、周囲から次々と蟻型アビス・ウォーカーが姿を現し、飛鳥を睨みつけながらカチカチと顎を鳴らす。
女王蟻型のアビス・ウォーカーは、単身では硬い・大きいぐらいしか取り柄のないアビス・ウォーカーであるが、その力の本質は女王であるが故に、存在し続ける限り無限に呼び出せる無数の兵隊蟻型アビス・ウォーカーにあった。
「なるほどね……火よ、無数の礫となり我が敵を燃やし尽くせ!」
しかし、それに対するは対多数においては有利となる範囲技を持つ火のサードアイ覚醒者日野森 飛鳥であり、詠唱と共に散らばった小さな火球は蟻型アビス・ウォーカーに当たると瞬く間に燃え上がり、その存在を無に還していく。
「数相手は私の得意分野よ。それにどうやら、一点ではダメでも一気に全部を包んでしまえば燃えるみたいだし、私がアンタを燃やすかアンタが私を擦り潰すか勝負といきましょうか?」
大胆不敵な笑みを浮かべながら飛鳥は女王に真っ向からどちらの矛が勝るかどうか宣戦布告を行うのだった。