発電所襲撃
深夜、都内某所にある発電施設から一切の明かりが消え、辺り一体を包み込む暗闇に支配された。
所属されている職員達は突然の暗闇に、驚きを見せるが即座にその場にいる全員が常備している懐中電灯と、平和な日本には似つかわしくない黒塗りの拳銃を握り締める。
「本部への通信は?」
「試しましたが遮断されています。恐らく、拝火学園で起きた事例かと」
「……他の者達に確認も取れん。兎に角、サブ電源を起動させよう」
「「「はっ」」」
まるで軍隊の様に統率の取れた動きを見せる五人の職員達は、明かりの一切がない空間を己の記憶と手に持つ懐中電灯を頼りに、一糸乱れぬ駆け足で進んでいく。
「……敵影なし。いけます」
曲がり角では常に一人が先行し、照らした先に何も居ないのを確認し声とハンドサインを合図に、残りの者達が駆け出し、また次の曲がり角では先ほどとは別の人間が確認を行い、同じ様に進んでいく。
順調に思われた行軍は、暗闇に響き渡る銃声によって、停止した。
「……確認を」
「ラジャー」
先頭を走っていた男の指示で、迷いもなく駆け出した男は慎重な動きで曲がり角へと、その身を隠しながらゆっくりと顔を覗かせ、通路の先で起きている『地獄』を見る。
『……』
「くっ!この!この!ぐぁぁぁ!!」
黒い靄によってその身体が形成されている蟻型アビス・ウォーカーへと手に持つ拳銃を放つが、物理的攻撃など一切、効かないアビス・ウォーカーには何一つ意味がなく、銃弾はすり抜けていき発砲者の向かい側にある壁に銃痕を残すだけであり、悲鳴を最期に蟻型アビス・ウォーカーに噛みつかれ、身体を黒い靄へと変えていき死亡した。
その様な光景が一つだけではなく、男の視線の先で幾つも起きているのだからこれを、地獄と呼ばずなんと言えば良いのだろうか。
「ッッ……隊長、駄目です!」
「分かった、ルート変更を!?おい、後ろだ!!」
『あら、バレてしまいましたね』
無数の蟻、その統率個体である女王がいつの間にか、男の背後に立っており愉快で堪らないといった感じの声を発した後、女王の特徴的なゴスロリドレス、その下半身がグパァ……と開き蟻の脚が飛び出すと、後ろを振り向こうとした男を背後から抱きしめ、その身体をへし折り絶命させると、そのまま男の首元を軽く齧り黒い靄へと変えると吸収してしまうのだった。
『偶には自ら行う狩りというもの悪くはないですわね。あぁ、でも獲物の血で汚れるのは嫌ですわ』
「くっ……桜井さんの報告書にあった知性個体か!全員、交戦はするな!力のない我々では勝ち目などない!」
言葉を発した女王を見て、即座に転身する判断を下す隊長と呼ばれた男と、それに従い転身する残りの男達。
自らとは違う、統制の仕方を見て女王は少しばかり考える素振りを見せた後、カツンカツンと態とらしく音を立てて逃げた彼らを追いかける──どうせ、彼らは逃げられない……此処はもう蟻の巣の中なのだから。
「アビス・ウォーカーが攻めてくるなら事前に、予兆があるんじゃなかったのかよ!」
「例外があると最新の報告書には書かれていただろう!アレが、その例外、知性個体だ!」
「せめて通信が使えれば……うわぁぁ!?」
逃げる彼らの最後尾を走っていた男が、突如として足元から現れた蟻に噛みつかれ、何一つの抵抗も出来ずその命を散らしていくが、それでも残された者達が足を止める事なく、サブ電力へと切り替える為のレバーがある地下へと向かって全力で走っていく。
その道で、襲われている仲間やこの施設の統括を担当していた者が、喰われていく光景を見たがそれでも彼らは立ち止まらず、走っていき地下へと繋がる非常時でも使えるエレベーターの前へと、辿り着く。
「はぁ……はぁ……これで漸く!?」
エレベーターを起動させようと、ボタンに手を伸ばした直後、隊長は嫌な予感に駆られ視線を上に向けると本来であれば、地下から動くことのないこのエレベーターが動いている事に気がつき、後ろへと伸び退く。
その突然の動きについてきた者達は困惑を隠せないが、黙って上を指差すその動きに釣られて、上を見て状況を理解、即座に拳銃をエレベーターに向けて構える。
「……明かりは戻ってない」
「あぁ、という事は仲間が下にたどり着いた訳じゃない……上がってくるのは間違いなく、敵だ」
全員が緊張から、無意識に唾を飲み込み、冷や汗が額から溢れ、静かな空間なせいか嫌に耳につく心臓の音に僅かばかり苛立ちながらも、視線はエレベーターから一切逸らさず、敵が現れるその瞬間を待っていた。
ティン!
「撃て!!」
軽快な音共にエレベーターが到着を知らせ、開き始めた直後に隊長の合図で全員が拳銃を発砲。
撃ち出される9×17 mm の弾丸は、成人男性の腹部を貫くには十分な威力がある為、相手がボディアーマーなどを着ていなければ、十分に殺傷可能な暴力であり、仮に乗っていたのが味方であれば間違いなく死んでいるだろう。
暫くの間、銃声が続き、打ち切ったのかリロードをすると隊長のハンドサインを合図に、二人がエレベーターの入り口を挟む様に駆けていき、中を覗く。
「……誰も居ない?」
中には無惨な穴空きになった死体も、出血した負傷者もおらずただ、壁に出来た弾痕が自分達の攻撃を証明しているだけだった。
それに疑問を覚えた一人が、エレベーターの中に一歩だけ入った瞬間、もう片方の男が視線を上に上げた事で気がつく──軍服の様なものを着ている少女が居ることに。
「ッッ!上だ!!」
「飲み込め」
軍服の少女いや、音夢の詠唱によって警告を発しながら、撃とうとした男は一瞬にして暗闇に包まれ、もう二度とその意識が光を感じる事は無くなった。
その光景に驚いたもう一人の男の頭上に音夢は降りると、白い肌の足をスルリと男の首に絡め、自重を使い容易くへし折ると、その身体を盾に隊長が放つ弾丸を防ぐ。
「……何者だ」
「……」
その問いに音夢が答える訳がなく、彼女は目の前の死体が持つ懐中電灯を手に取ると勢いよく、隊長の方へと投げその光で暗闇に目が慣れていた隊長の目を、光で潰すと盾にしていた死体から離れ、暗闇へとその身を隠し、一言呟く。
「蟻、仕事して」
『はぁーい』
軽薄な声と共に現れた女王へと、反射的に銃と懐中電灯を向けた隊長の視界には、大量に蠢く蟻型アビス・ウォーカーの無数の赤い光が無慈悲に広がっていた。
「……ぁ」
ここまで気丈に保っていた精神も抗えぬ絶望によって、へし折れてしまいガシャンと手に持っていた武器を落としてしまい、それが合図となったのか蟻型アビス・ウォーカーによって捕食され、その命を失った。
残された死体も全て蟻型アビス・ウォーカーによって食い尽くされ、発電施設に居た全ての人間は後日、集団失踪として報じられる事となった。
『お仕事は無事に終わりまして?』
「終わってる。地下にあった発電設備の破壊、そして目撃者の排除。これで壱与からの指令は終わり」
『ならとっとと、帰りましょうか。今、想い人に逢うのはお嫌でしょう?』
「黙って」
あまりにも軽いやり取りをしながら、発電施設を襲撃した者達はその姿を消し、一時間後、定時連絡が無いと駆けつけた綾人達から、見事、その存在を隠しきるのだった。




