帰ってきた平和な時間
日野森を助けに行って起きた一連の騒動は、あれから怒涛の勢いで『大人達』が後片付けをしてくれた。
先ずは、御老公という絶対の指導者を失い、アビス・ウォーカーから人々を守るのを信条にしていたにも関わらず、その指導者がアビス・ウォーカーへと身を堕としてしまい、大暴れたした事に対しては日野森の親父さん──自己紹介を改めてして貰った──である律騎さんが臨時でトップに立つ事で責任を取るらしい。
「日野森の一族は間違いを犯した。その罪と、家に関わりたくないと言うのなら今すぐ、この場を立ち去り何も知らぬ一般人としての生を享受すると良い」
あの戦いの中、一族の人達を避難させていた律騎さんは、後日、一族の人達を前に壇上に立っていた。
次期当主だった飛鳥の親父として、彼らの前に立つ律騎さんを責める人はおらず、彼の言葉を聞いてもその場から立ち去る者は一人も居なかったらしい。
「……そうか。では、この場に残った者達は自らの罪と向き合う為に、例え汚水を啜る事になろうとも歩き続ける者達だと認めよう。我々は、日野森として手にしていた特権を全て手放し、我々に比べれば未だ歴史の浅い新設組織、ADの所属となる──当然、風当たりは良いものではないだろうが、それでもこの命を神と崇めるただ一人の為ではなく、無数の名も知らぬ『誰か』の為に使う事が出来るだろう。
……罪は消えない。だが、これからの歩みで贖罪し続ける事は出来る。皆、それで良いな?」
その問いに日野森の人達は同意を示す言葉を迷いなく返した。
そして、俺にはいつそんな準備をしていたのか全然察する事が出来なかったのだが、くたくたに疲れ切って、元気になった頃には茂光さんが俺達の上層部、つまり政府相手に日野森が行ってきた守護の役割を本格的に、ADに認めさせたらしい。
「あの、茂光さん!俺、舐めた口を!」
その事実を知った俺は、飛鳥を助けたいと思うばかり、茂光さんにあんまりな態度を取っていた事を謝罪しに来たのだが、部屋に入って俺が頭を下げるより早く、柔和な笑顔を浮かべる茂光さんに止められてしまった。
「君が行動を起こさなければ、私が介入する隙間もなかった。君が動いた事で、私の権力を最大限利用すれば、残った日野森の者達と飛鳥君、そして君の安全を確保する事が出来たんだ……君が案ずる事は何もない、君が彼女を助け出したのと同じように、私も私の務めを果たしたまでの事さ」
それが組織の長としての役割だったとしても、俺にはなんて事のないように微笑む茂光さんが途方もなく、大きな人に思えた。
そして、そんな大人達に守られた子供達は、何も憂うものがなくなり清々しい気分で、なんかめちゃくちゃ久しぶりに感じられる学園へと登校していた。
「全部が一週間の事の出来事とは全然思えねぇなぁ……」
「そうね……私も到底、人がして良い時間の過ごし方をしてなかったし、ほんと『綾人』が来てなきゃどうなってたか」
「チラッと報告書で見たけど、あの婆さんどんだけ『飛鳥』の事、考えてなかったんだが……伊藤の爺さんの方がまだマシだぞ」
いつも通りの道、いつもの通りの光景を見ながら、少しだけ変わった呼び名でお互いを呼びながら、まったりと歩く俺達。
呼び方が名前に変わったのは、ちょうど話題に上がっている報告書を二人で作成していた時の事だった。
今まで通り、苗字で呼んでいたのだが休憩するかと、カフェオレを淹れて飲んでいる時に飛鳥が、少しだけ頬を赤くしながら、
『ねぇ、名前で呼んで良い?』
と提案してきたので、一つ返事で了承し、俺達は互いに名前で呼ぶようになった。
勝手に口が動く感じでしっくりきていた音夢と違って、初めて名前で呼べる友達が出来てめっちゃ嬉しいのは心の内に秘めておく。
「それにしても……しばらく外に出てない間に梅雨は終わったの?陽射しが凄いんだけど」
「今日が偶々ってだけじゃねぇ?まだ、六月は下旬に入ったばかりだし……あ、テスト勉強全然してねぇ」
「……え?アンタにそういうの気にする感性あったの?」
「あるわ!だって、補習がめんどくせぇ!」
「そう思うならそのいつ見てもペラッペラな鞄、どうにかしなさいよ……」
飛鳥の呆れを多分に含んだ視線が、俺の持つ教科書など一切入っていない鞄へと、突き刺さる事から視線を逸らすと、久しぶりに見かける綺麗な黒髪が目に入った。
「……ふぅ……ヨシっ!」
「ちょ!?綾人!?」
急に走り出した俺に驚く飛鳥の声を置き去りにして、黒髪の女子生徒へと走っていき、俺の足音を聞いたのか振り返る彼女より早く、元気一杯な声で挨拶をする。
「おはよう音夢!」
「……うん!おはよう、綾人!!」
一瞬、驚いた表情を浮かべた音夢だったが、すぐにフニャッとした笑顔を浮かべていつもの様に勢いよく抱き付いてきたので、優しく彼女を受け止める……なんであれ、音夢を見掛けたら挨拶をすると決めていた俺の第一目標、クリアだ。
「久しぶりだなこの感じ」
「エヘヘ……綾人の匂いだぁー、安心するなぁ」
グリグリと頭を擦り付けながらギューっと抱きしめてくるのは、少しばかり恥ずかしいんだが、こうなるだろうと予め予想してたし、周囲の生徒の視線ぐらいどうとでもなる……いや、ならないかもしれないな……なんか背後からの視線の圧が凄い。
「……仲が良いのはわかるけど、道のど真ん中で抱き着くのはどうかと思うわよ?」
「グェ!?」
不機嫌な声と共に、後ろから襟をを引っ張られ、潰れたカエルみたいな声が声が出た気がする……引き剥がすにしてももっとこう、優しい方法がなかったのか飛鳥。
「……お邪魔虫」
「綾人と先に登校してたのは、私よ。お邪魔虫はどっちか分かる?」
「綾人から私の方に来た。なら、邪魔はそっち」
……あれ?なんか二人の空気が悪い様な……しかも、これ気のせいじゃなければ俺が原因だよな?
二人とも俺の名前を呼んで、なんかすっごい怖い顔になってるし……ん?これは……よし、これにしよう。
「なぁ、二人とも!」
「「なに?」」
シンクロするなって怖いから……って、そうじゃねぇ。
ハイライトがなんだか仕事していない二人に向かって、ふと視線に飛び込んだポスターを指さして俺は口を開く。
「七月になんか、祭りやるらしいぞ。良かったら、皆んなで行かないか?」
提案して気がついたが、確かにこの辺にはなんだか祭りの準備らしきものがあるし、祭りの名前になっている『拝火祭り』も学園の名前と同じだ。
咄嗟に指差したポスターには、名前通り火を中心に盛り上がってる絵が描かれていて、キャンプファイヤーみたいな印象を受ける……こんな、祭りやってたんだな、前は自分以外の事なんてなに一つ興味なかったから気が付かなかった。
「……土御門、分かってる?」
「うん。嫌だけど、拒否すれば流れるのは確実……手を組もうか、火」
「日野森よ。サードアイで人を認識するのやめて」
「綾人以外興味ない……でも、仕方ないから覚えとく日野森」
「……なにをコソコソと話してるんだ二人とも?」
喧嘩してるかと思いきや、俺に聞こえない様に耳元で話しているし……女子ってよく分からんな。
「いえ、なんでもないわ。そうね、祭り行きましょうか。土御門もそれで良いでしょ?」
「うん。本当は綾人と二人っきりが良いけど、日野森も許してあげる」
「アンタねぇ……」
飛鳥の笑顔が盛大に引き攣っている気がするが、なにやらあの音夢が苗字で呼ぶくらいは、いつの間にか仲良くなったらしい……益々、女子ってよく分からんな。
まぁ、友達同士が仲良くなってくれるのなら俺としても嬉しいし、これでいっか!




