鎮魂の火
『ハ、ハハハ虫ケラガ、ドレダケ集ロウトモ、化身ヲ滅ボセル訳ガ無カロウ!!』
もはや人らしい理性など微塵も感じられないほどに狂った声で叫ぶ御老公に応じ、赤い宝石から八咫烏型アビス・ウォーカーへと赤い筋を通り力が送られ、巨大な羽から一枚ずつ羽根が分離していきそれら全てが己へと飛来する先森と、日野森に向けて空気を裂きながら迫る。
「分かってるわね先森!」
「あぁ、あの時と同じだ!!防御は任せろ!闇よ、我らを守る盾となれ!」
二人の脳裏には水族館で戦ったクラゲ型アビス・ウォーカーとの戦いが、鮮明に思い出されており、詳しい打ち合わせなど一切していないというのに先森が、無数の羽根に対処するべく盾を三枚ほど、自分たちの周りをクルクルと回転させながら、待機させその守りを信じて日野森が一切の恐れなく迫る羽根の雨へと、勢いを落とさずに突っ込んでいく。
「はぁぁぁ!!」
蒼い火で出来た翼を羽ばたかせ黒い羽根の雨へと突っ込む日野森は、盾の守りがない正面からの攻撃だけを戦闘機の様な挙動で避けていき進路を変え左右から迫る羽根は、全て先森が生み出した盾が吸収し無力化していく。
『ナルホド、腐ッテモ、我ガ血族!簡単ニハ、潰レヌカ!!ナラバ、コレハドウカ!!』
再び、赤い宝石が光り輝くと共に、降り注ぐ羽根から突如としてギョロッとした血走った目が作られると、そこから放射状に広がった光線が放たれ鳥籠の様に二人を閉じ込め、そのままじわじわと二人へと迫っていく光景はまるで処刑の様だが、肝心の二人には一切焦りがなかった。
「火よ!我が敵を刺し貫け!!」
詠唱こそ今までの変わりはないが、一瞬で自分達の周囲全てに蒼い火で出来た槍が生成され、日野森の指鳴らしを合図に広がり、八咫烏型アビス・ウォーカーが生み出した鳥籠を瞬く間に破壊すると、その煙幕が晴れるより早く、彼女に投げ飛ばされた先森が八咫烏型アビス・ウォーカーへと闇を足場に駆けていく。
『ハハハハハ!!気デモ狂ッタカ?羽根モ持タヌ虫ケラ如キ!!』
「はっ、別に俺を見てても良いけどよ、下ばっかり見てたら痛い目見るぞ?」
器用に差し向けられる羽根を避けていく先森が放った言葉に疑問を覚えると、同時に八咫烏型アビス・ウォーカーの頭部へと蒼い火で作られた無数の礫が降り注ぎ、その一部が右眼を貫いた。
『ガァァァ!?!?虫ケラガ、イツノマニ!?』
「煙幕からそこの馬鹿をぶん投げたすぐ後よ。図体ばかりで視野は小さいのね、もっと視野角広げたら?」
煙幕を目隠しに八咫烏型アビス・ウォーカーの頭上を取った日野森による強襲によって失った右目を再生させながら、八咫烏型アビス・ウォーカーは上を見上げるとそこには、勝気な笑みを浮かべた日野森がまるで太陽の様に、佇んでおり、それが肥大化したプライドの塊である八咫烏型アビス・ウォーカーの怒りに火を注いだ様で、再び赤い宝石が光り輝き──
「よぉ?」
『ハ?』
──御老公の目の前には、ニヤリと笑みを浮かべる先森の姿があり、それを認識すると同時に拳が振るわれ、一瞬の拮抗の後、膨大なエネルギーによる壁によって、先森は弾き飛ばされた。
「チッ、人間の時と同じで防御だけは念入りだな!」
「掴まって先森!」
「おう!」
差し出された手を取り、地面に叩きつけられる事は逃れた先森。
抜群の連携を見せ、不意をついた攻撃であったが八咫烏型アビス・ウォーカーの右目は既に修復され、分かりやすい弱点を壊そうとした目論見は、先森の力であっても侵食出来ないほどのエネルギーを持つバリアによって、阻止されてしまった。
「綺麗に吹き飛ばされたわね」
「うっせ……まぁ確かに、お前に運ばれながら溜められる力だけで殴るだけじゃあ、アレの守りは崩せねぇな。学習したのか知らんけど、ただ受け止められるだけなら吸収してやれるが、弾いてきやがった」
「アンタに殴り飛ばされたのが相当、嫌だったんじゃない?」
再び攻撃が再開され、飛び交う羽根や光線の中を掻い潜りながら、気楽そうに話す二人だが口から出ているほどの余裕は、そこまでなく殆どのところ強がりが占めているのだが、その手の部分は似通っている二人のため互いに指摘する事はない。
『何ヲ呑気ニ話シテイル?我ヲ舐メルナヨ虫ケラァァァ!!』
今まで羽根を飛ばしてくるだけだった八咫烏型アビス・ウォーカーの動きが、叫びと共に変化しその巨体を支える巨大な羽が上下に動き出すと、焼け焦げた祀り場を巻き上げ暴風となり二人の元へと、飛翔する。
「このままじゃ下にいる人たちが!!振り落とされないように掴まってなさい先森!」
返事より早くぎゅっと握られた右手を感じると同時に、下にいる人らを心配した日野森は勢いよく真上へと飛翔し、狙い通りに八咫烏型アビス・ウォーカーの誘導に成功するが、巨大に見合わず凄まじい速度で追い上げてくる八咫烏型アビス・ウォーカーと日野森達の距離は徐々に縮まっていく。
「どこまで上に行くつもりだ!?」
「可能な限り上に!!」
「了解!!闇よ、幾重に張り巡らせた糸となり、我が敵を捕らえよ!!」
その詠唱によって、まるで蜘蛛の巣のように広がる黒い靄が生成され、そのスピードと巨体故に避ける事が出来ない八咫烏型アビス・ウォーカーは勢いそのままに突っ込み、身体を構成する黒い靄の幾分かを糸に絡め取られる事となるが、ものの数秒で抜け出し、一度羽ばたき直すだけで再び、トップスピードに戻り追走を再開させる。
「猪かよ!」
「理性を期待する方が馬鹿でしょ!!火よ、大輪の花の様に咲き誇れ!」
日野森の詠唱と共に左手に、バスケットボールほどの大きさをした火球が生成され八咫烏型アビス・ウォーカーの元へと飛んでいく。
『コノヨウナ小サキ火デ、ナニガデキル!?』
そう言葉を発した瞬間、蒼い火球は花火の様に爆発を起こし、暗闇しかその目に捉えていなかった為に爆発と共に至近距離で発せられた強烈な灯りは、一瞬で八咫烏型アビス・ウォーカーの視界を真っ白に染め上げ、使い物にならなくなせた。
「おぉ……流石は日野森って言いたいんだが、今度は一言言ってくれるか?俺の目もイテェ……」
「ご愁傷様?」
「……謝る気持ちが無いのってこんなにも腹が立つんだな」
『キェェェェェ!!!!!』
「「ッッ!?」」
漫才の様な仲の睦まじい様子を見せていた二人の耳に、甲高い叫びが届き背後を振り返ると、巨体を左右に揺らし寄り道をしながらも、自分たちへと迫る敵の姿があった。
『例エ、視界ヲ失ナオウトモ!!貴様ノソノ、忌々シイ……虫唾ガ走ル、ソノ火ノ熱ヲ見失ウト、思ウタカァァァ!!』
一寸先すら見えぬ暗闇であろうとも、目を抉られ潰されようとも、自らの運命を狂わせた『火ノ守』の火を……アビス・ウォーカーにその身を堕とすほどに、憎悪する存在を感じ取れなくなる訳がなかった。
血涙の様にその瞳から、赤い光を溢しながら見えずとも、感じる忌々しい輝きの元へとその巨体を飛ばしやがて、彼らは──雲を超えた。
「……さっむ……お前が近くにいなきゃ凍死するわ」
「普通はこんな高さまで来ないけどね。でもまぁ、これなら下の心配はしなくて良いわね」
遮るものがアビス・ウォーカー特有の黒い靄だけになった月明かりを背に浴びながら、二人は自らの元に迫る八咫烏型アビス・ウォーカーを睨み付ける。
「これで決めるわ。大技を出すから、アレを捕まえて」
『笑ワセルナ!!化身デアルコノ我ヲ、捕エル?ハッ、ハハハハハ!!逃ゲ惑ウダケノ、貴様ラニ、ナニガデキル!!』
「こいつ、ほんと他人を見下してばっかりだな……わかった、日野森、手を離してくれ」
「えぇ。頼んだわよ」
足場を作れるとは言え、自在に飛び回れる訳ではない先森の自由落下は、自殺にも等しいが確固たる信頼のもと、日野森はその手を手放し、火の翼を大きく広げる。
「火よ……火よ……古き神話より、火を司る迦具土神よ──」
サードアイの力を日野森 飛鳥は、『この世界に理を示す力』と捉えている。
分かりやすく言ってしまえばその属性に応じたイメージを具現化させる力だと。
故に彼女は、燃え盛る火に己が抱くイメージを忠実に再現させ、鋭い槍にも無数の礫にも、身に纏う鎧にもしてきており、その完成度の高さはほとんど、ノリと勢いでしか能力を使っていない先森を上回っている──そんな彼女が、日本神話にその名を残す火の神を名を呼べば、どうなるか。
──暗い夜を照らし、人に安心を授ける火の輝きが満ちていく。
『ァァアアアア!!!!!キエロ、キエロ、キエロ!!!!!ヤメロ、輝くな!!』
「邪魔はさせねぇよ。闇よ、暖かな火を背にその濃さを強める闇よ、その暗き手をもって我が敵を捉えよ!」
日野森の輝きによって、生まれた先森と八咫烏型アビス・ウォーカーの影から黒い無数の腕が伸び、八咫烏型アビス・ウォーカーの巨体へと絡みつき、その動きを封じる。
「相変わらず禍々しい気はするが……お前にはお似合いだろ、アビス・ウォーカー」
『ハナセェェェェェ!!!!!』
「後は任せたぞ日野森!!」
拘束しながら、離れた場所で足場を作り立つ先森は、上にいる日野森へと合図を出し、それを彼女は笑顔で受け取り、詠唱を続ける。
「今一度、その力を我が身に……全てを邪悪を祓う剣となり、昏き闇を断ち切らせたまえ──布都御霊剣!!」
火が彼女の手へと集まり、彼女の火を象徴する様な美しい蒼い色の刀身を持ち、無数の火の粉を放つ剣へとその姿を変える。
その剣を手に、日野森 飛鳥は翼をはためかせ、一気に八咫烏型アビス・ウォーカーの胸部、つまり赤い宝石に埋め込まれた御老公の元へと、接近すると勢いよく横一文字に一閃した。
布都御霊剣──荒ぶる神を鎮める力を持ち、肉体を活性化させるという伝説を持つその剣に相応しく、容易くバリアを斬り裂くと、そのままアビス・ウォーカーへと身を堕とした御老公……その最後の残滓を焼き尽くす。
『……あぁ──終ぞ、私は、至れ──』
最後に人らしい理性を取り戻した彼女は、遥か遠くの情景を思い出しながら、火に焼かれ消えていきその身体と共に八咫烏型アビス・ウォーカーも蒼い火に包まれ、先ほどの花火の様に爆ぜて消えていった。
「……ゆっくりあの世で休むと良いわ」
剣を消し、全てに別れを告げる様に小さく言葉を発した飛鳥は、後ろを見ることなくまっすぐ前を向き、右手を挙げて待っている先森の元へと向かい──
「お疲れ、最高に格好良かったぜ日野森」
「アンタもお疲れ。ナイスアシストだったわよ先森」
──見惚れるほどの美しい笑顔で、ハイタッチに応じるのであった。