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翼は初めから

「何も知らぬ子供が……知った口を!火よ、我が怒りを具現せよ!!」


 祀り場を薪にしながら、更に昂り荒ぶる業火は、御老公の詠唱通り長い時の間に積もりに積もった怒りそのものであった──それが何より、先森の言葉を通りである事を他ならぬ御老公本人が気が付いていない。


「日野森の親父さん、日野森を頼んだ!」


「それは無論だが……お前、アレと戦うつもりか!?無茶だ!この場は逃げろ!!」


 自分達より一歩前に、一切の恐れなく踏み込む先森を見て、律騎が慌てて呼び止めるが彼はその声に振り返る事なく、荒狂う業火の前に笑みを浮かべながら口を開く。


「大丈夫。今は俺の時間だ──闇よ、我が身に纏いて鎧となれ!」


 業火に照らされてなお、あらゆるところに広がる闇が先森の詠唱に応じ、彼の身体を包みその身を守る鎧となる。

 燃えたぎり、視界にある物全てを焼き尽くさんと荒ぶる業火に対するは、ただ静かに全てのものに寄り添い、包み込む優しい暗き闇。


「火よ!!」


「うぉぉ!」


 空に巨大な五つの火球が現れ、まるで隕石のような勢いで全てを飲み込もうと先森に向けて、降り注ぐがそれら全てをその身に宿した闇で、殴り蹴り飛ばし、打ち消すと先森は一切の恐れなく、燃えたぎる祀り場へと向かって走り出す。


「火よ、憎き我が敵を穿て!!」


「闇よ、我が身に降り掛かる火を全て飲み込め!」


 走る先森を迎撃する様に放たれる数えるのが億劫になるほどの無数の、火の槍を迎え撃つ様に先森の背後から、伸びた無数の闇で出来た槍が飲み込んでいく。

 律騎との戦いで傷付いた身体をものともせず、全力で走る先森を御老公が怒りのままに放つ火の槍は、ただの一度も捉える事がなく、その足を止められず祀り場への侵入を許した。


「神聖なこの場に、土足で踏み入りますか」


「はっ、何が神聖だよ。こんだけ燃えてたら煤の匂いしかわかんねぇよ!」


「黙りなさい。元より、燃えたぎる火は我々、火ノ守にとって有利な場、生意気な口をこれ以上聞けるとは思わない事ですよ。激れ、火よ!!」


 先森の近くで燃え盛る火が膨らんだかと、思えば爆ぜる。

 その爆破を御老公の側へと、飛び避ける先森であったが着地すると同時に足元の火が再び爆ぜ先森を吹き飛ばし祀り場の入り口まで戻す。


「……任意の地点爆破か」

 

 御老公にとって得意な戦場というのもあるが、たった一言で視界一杯に広がる火の海を全て、地雷原に仕立て上げたのは流石と言えるだろう。

 

「闇よ、足場となれ」


 だが、そんな事で止められるほど先森の覚悟も甘くはない。

 一瞬で、御老公の場所へと至る道を作り上げた先森は、飛び上がり飛び石の様に点在している闇を足場に可能な限り火の海に近づく事なく、御老公の場所へと駆けていく。


「火の鳥よ、羽ばたけ!」


 舞い散る火の粉が、その詠唱と共に鳥へと姿を変え、先森の元へと飛んでいき、彼が近くなると水中にばら撒かれる機雷の様に爆ぜていく。

 一発一発は、小さな火の粉である為にそこまでの威力はないがその分、数が多く瞬く間に先森の全身は煙幕に包まれる事となる。


「これが古より、国を守ってきた火ノ守の力です!」


 今もなお、爆発音が響き渡るその場所を眺めて勝ちを確信した御老公が、歓喜の表情で叫ぶその姿には一種の狂気すら感じられる禍々しいものであった。


「──舐めるんじゃねぇよ」


「は?」


 煙幕から勢いよく飛び出した先森は、小さな火の鳥を握り潰しながら包囲網を駆け抜け、御老公の元へ飛び降りながら拳を振り下ろし、火のバリアに防がれる。


「攻防一体……これを超えたければ自らを焼く覚悟を!?」


 驚きに目を見開く御老公の視線の先で、彼女が渾身の守りと自負する火のバリアが、先森の纏う闇に侵食されていき、徐々に先森の拳がめり込み始めていた。


「アンタは……他人の人生をなんだと思っていやがる……」


「他人?あぁ、剣達のことですか。全て、火ノ守という一族のため、この国の為に必要な事をしたまでです!」


 御老公は己が間違ったことをしているとは微塵も思っていなかった。

 一族のため、国のため、人である事など許されずただ化け物と戦う為に、個人の感情を消す──道具として己もそう育て上げられてきたのだから、その行為の何処に疑問を覚えようか。


「……あいつが涙を流しても、何も思わなかったのか?」


「その様な感情は不要!我々は──」


 御老公が展開していたバリアの全てが、黒く染まり先森へと吸収されていく光景に、御老公は言葉を紡ぐ事が出来ず、ただ息を呑む。


「テメェの前で、泣く人間一人救えずに、大勢を救える訳がねぇだろ!!」


「がっ──!?」


 鋭い拳が、御老公の顔面へと叩き込まれ、燃え盛り脆くなっていた壁ごと吹き飛ばされ、地面を転がっていく──決着はあまりにも呆気なく、簡単についたかに思われた。


「ッッ!?この気配は!!」


 慣れ親しんだ嫌な気配に、先森は弾かれる様に祀り場を抜け出し、律騎達の元へ戻るとその場に、日野森 翔子もおり泣いている娘の頭を撫でていた。


「先森君!」


「翔子さん!?ちょうど良かった、今すぐこの場を離れろ、この嫌な気配はアビス・ウォーカーが」


 先森の言葉を遮る様に祀り場が、その火に耐えられず轟音と共に崩れ落ち、それと同時に辺り一体が、暗闇に閉ざされていき、星の光も届かなくなる。


──崩れ落ちた祀り場のその向こうに、漆黒の大きな翼が突如としてその姿を現す。

 広大な敷地を誇る日野森の屋敷を包み隠せるほどの巨大な、翼の中央には鴉の身体と頭部が存在しており、まるで月蝕の様な赤い瞳が、夜空に浮かび上がり何も知らなければ、異常な天体現象かと錯覚するだろう。

 その瞳の下にはまるで血の涙の様な赤い筋が走っており、ちょうど胸の辺りで脈打つ赤い宝石の様にものへと繋がっており、そこから御老公──日野森 美沙希の上半身が飛び出していた。


『ハッ、ハハハハハハ!!!ヘイフクシ、アオギミヨ!!コレゾ、日の本ヲ、テラス、タイヨウノケシン、八咫烏ヨ!!』


 狂った様に叫ぶ日野森 美沙希の姿にはもやは、御老公として座していた頃の神々しさは一切なく、禍々しいアビス・ウォーカーのものへと醜く変貌していた。


『無限にアフレルこの力!!コレコソ、護国ノ剣にフサワシイ!!モハヤ、当代ノ剣イヤ、火ノ守スライラズ!!コノ天下ニハ、ただ一人コノ我コソが、イレバソレデ良イノダ!!ハッ、ハハハハハ!!』


 空へと浮かび上がるアビス・ウォーカーの脚は、皮肉な事に人の足を無数に下り重ねて出来た彼女が言う通り三本の脚があり、語り継がれる八咫烏のものと同じであった。


「言うに事欠いて、テメェが倒すべき化け物に成り下がるとは……何処まで堕ちれば気が済むんだアンタは!!」


『ダマレ!!先程ハ、不意をツカレテ、敗北シタガ、今度ハ違ウ!!貴様ヲ吸収シ、ナニモ出来ヌママ、死ンデイク者達ノ姿ヲ見セツケテヤロウ!!』


「……そうはさせない。私が先森を助けるから、貴女の思い通りには行かせないわよ!」


 空を羽ばたく八咫烏型アビス・ウォーカーを睨みつけながら、涙を拭って、戦う者の顔付きになった日野森が先森の隣へと並ぶ。


「良いのか?休んでなくて」


「あら、私の援護なしに、空を飛ぶ敵と戦うつもりなら止めないわよ」


「ふっ、いつものお前らしくなったな。よっしゃ、俺達の力!あのクソババァに見せつけてやろうぜ日野森!」


「えぇ!」


 日野森は笑みを浮かべながら、右手の胸に当てる。


──お願い、私に家族を、友達を助ける力を貸して!!


「おぉ……」


「……綺麗」


「あぁ」


 日野森の身体を覆い隠す様に、澄んだ青空の様な青い炎が現れるとその身を包み、巫女服の様な形へとその姿を変えていき、赤い小袖に青空の様な色の袴へと彼女を仕立て上げると、蒼い炎で出来た翼が彼女の背中から現れる。


「──行ってきます、お母さん、お父様」


「えぇ、いってらっしゃい。頑張ってきてね」


「行ってこい。そして、先森共々、生きて戻ってくるんだぞ」


 初めて、両親揃っての行ってきますを聞いてまた泣き出しそうになる日野森だが、グッと堪えて先森に向けて手を差し出すと、先森は頷きその手を取る。


「離さないでよ先森」


「あぁ、離さねぇよ日野森」


 互いに笑い合うと、翼をはためかせ、八咫烏型アビス・ウォーカーへの元へと飛翔するのだった。

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