灯り
「……あいつ、結局一度も顔出さないじゃない」
ぼーっと誰も居なくなった教室で椅子に座りながら今朝の事を思い出す。
私達に協力すると言ったのに何一つとして覚悟も出来ておらずチャラチャラとした外見の割に、連中へ恐怖からかビクビクした様子を見せる情けない男……はぁ、茂光さんから力の使い方や組織の事を教えてやれと言われてたけどついつい、突き放す物言いをしてしまったわ。
「それでも貴重な戦力を遊ばせてる余裕は…んっ、連絡?もしかして今日の事で怒られるのかしら」
スマホが着信を知らせた時私は今現在、先森に起きているあまりにも絶望的な状況へと考えなど巡るわけもなく茂光さんに怒られるかもなんていう子供らしい思考のまま気楽にスマホを手に取った。
「もしもし、茂光さん?」
『ッッ、日野森君!!急ぎ、今から指定する場所に向かってくれ!!彼が、先森君の反応が突如として途絶え同時に、アビス・ウォーカーの出現が確認された!!』
アビス・ウォーカー!?そんな、まだ夕暮れで連中が活動する夜にすらなってないのに現れたっていうの!?
驚きと先森を一人にしてしまった責任感から震える手で、送られてきた場所を確認すると学園からさほど離れては居ないが、この時間ではまだ人通りも多い……主婦や帰り道の学生がよく使用する商店街付近だった。
『現在、我々の方で避難誘導を行なっているが対応できるサードアイ覚醒者は、君だけだ。頼む!』
「直ちに向かいます!」
通話を切りながら窓を開けて空中へとその身を翻し、力を使用する。
「火よ、我が身を運べ!」
足からジェット噴射の様に火が噴き出し、空を飛行する。
監視カメラや目撃者などはいるかもしれないけど、その辺はADの後処理に全てを任せて全力で飛翔していく……自らの失態でより大きな損失を生むなど日野森の人間として相応しくないにも程がある!!
「あれか!」
アビス・ウォーカーが出現している場所は特有の陰湿さ鬱屈感といった良くない空気に支配されており、夜の時は気にならなかったが、商店街は夕暮れを少し超え暗くなりつつあるとはいえ明らかに周囲より暗い場所が出来上がっており、そこにアビス・ウォーカーが居ると主張してくれているのは有り難いわね。
──もっと分かり易い生物で喩えるのなら蜘蛛だろうか。
独特な円形のフォルムに、黒い糸で巣のようなものを形成している姿は正しく蜘蛛と言えるだろう……但し、胴体から繋がっている脚の全てが人間の腕を数倍大きくしたものであり、八個ある眼のうち二つが人間の眼である事を除けば。
全高二メートル、全長は……五メートルっていったところかしらね。
相変わらず、アビス・ウォーカー共は気色が悪いし黒い霧みたいなものを纏ってるわね。
「火よ、数多の礫となり我が敵に降り注げ!」
先ずは何より先制の一撃を取る。
アビス・ウォーカーの頭上を陣取り両手を翳すとそこから彼岸花の様に広がった小さな火球が次々とアビス・ウォーカー目掛けて落下していく。
『キシャァァァァ!!!!!』
「ッッ、器用ね!」
爆炎で私を認識できない筈なのに飛んできた糸の塊を避けつつ、今度は高度を下げて真横を陣取る。
奴の眼は先ほどの攻撃で塞がれている筈、この攻撃に対処は出来ない!
「火よ、我が敵を!?」
『キシャァァァァ!』
「火よ!我が身を包み、守りたまえ!!」
何処からともなく人間大の大きさの蜘蛛型アビス・ウォーカーの群れが私目掛けて飛び掛かってきたのを一先ず、火の鎧を身に纏う事で防いだけど、一体何処から……!?
「しまっ!?」
自分の身体が燃え尽きることも厭わず、人間大の蜘蛛型アビス・ウォーカー達が私に押し掛け、仲間の死骸で無理やり火に触れない場所を作り出しそのまま私を押し倒そうとしてくる……はっきり言って、鳥肌が立つほど気色悪いけど此処で乙女らしく悲鳴を上げてる暇なんてないのよ!
「邪魔よ!!」
集ってくるアビス・ウォーカー共を無理やり引き剥がし燃やし尽くす。
纏う火の火力を高めつつ、数を減らしていくがそれでも目の前に蠢く蜘蛛達の数は相変わらず視界を覆い尽くすほどあり、このままだと私の方が先にガス欠を起こすのが容易に想像出来た──そんなの認めない。
こんなところで、こんな気色の悪い化け物に容易く殺されてなるものですか!!
「さっきからずっと見学してるだけの親玉……アンタをやればコイツらだって!」
獲物が弱り、何一つ抵抗出来なくなったところを捕食するつもりなのか知らないけど、参戦せずにずっと私を見ているだけのアビス・ウォーカーを睨みつけながら右手を掲げて左手を添える。
纏う火が赤から青へと切り替わり、瞬間的に纏わりついていた全ての蜘蛛を焼き殺す。
「火よ、火よ!我が手に収束しその業火で我が敵を吹き飛ばせ……蒼火槍!」
完全燃焼に至った火は摂氏約千度を超える。
金属すら溶かす火が槍の様に噴き出し、私とアビス・ウォーカーを結ぶ一直線の上の人間大のアビス・ウォーカー達を一瞬で消し炭にするとその勢いのまま親玉である蜘蛛のアビス・ウォーカーにぶつかり激しく炎上を始めた。
『キシャァァァァ!?!?!?』
「そのまま灰になりなさい」
燃えながらもなお、足掻く蜘蛛を見ながらトドメを刺そうと手を掲げてぐらりと視界が揺らんだ。
「あ、れ?」
真っ直ぐ立っていることすらままならなくなり、重力に従う形で倒れてしまった。
……なんだか、頭までぼーっとしてきた……もしかして、毒?蜘蛛なら……あり得ない話じゃないわね……何処で噛まれたのかは分からないけど……力なく倒れた私を喰らおうと蜘蛛達が迫ってくる。
「……冷静さを欠いてたわね……先森、ごめん」
いつもと同じようにアビス・ウォーカーと対面していればこんな事にはならなかった筈だ。
自らの失態を取り返そうとして、完全にあの蜘蛛のアビス・ウォーカーの巣になっている此処を見て先森の生存が怪しいと判断して、とっとと倒そうと無意識のうちに焦っていたのね私。
パキッ……バキッ、バリッ!
「なんの音?……私が食べられる音じゃないわよね……?」
毒が痛みまで奪っていたら分からないけど少なくとも見える範囲の蜘蛛はまだ私より遠いから、食べられる訳がない。
じゃあ、この音は一体……?
パキパキッ!……ビキッ!
……例えるのならその音は硬いものを打ち破ろうとしている音、徐々にヒビが入り中のものが飛び出そうとしているような音だ。
人間大の蜘蛛達も音が気になるのか私を見るのではなく、自分達の背後──灰になった先ほどまで生きていた蜘蛛型のアビス・ウォーカーの方を見ており、破裂音が最高潮に達した時ソレは現れた。
暗闇に閉じ込められた。
周囲を見渡しても見えるものは何もなく、何処までも暗闇が広がるその場所で足掻く気すら無くした俺は海に浮かぶように、漂っていたのだがそんな無気力な俺の視界に突如として明るい火が飛び込んできた──あの日見た、命を全て奪い灰に変えていく火とは違って何処か暖かさを感じる火を。
「出なくちゃ」
無意識に口が動いた。
先ほどまでの無気力が嘘のように、まるで何かに背を押された様に俺は立ち上がり真っ直ぐ前に歩き始めやがて壁にぶつかった。
「……出せ、俺を此処から出せ」
喧嘩の要領で勢いよく、壁をぶん殴る──当然、何も起きない。
それでも俺を立ち上がらせてくれたあの火をもう一度見たいという衝動に駆られて、何度も何度も何度もその壁をぶん殴り続けていると、やがて音が少しだけ変わりいつの間にか殴っていた痛みが何処かに消えていた。
「こりゃ、ちょうどいいな」
自分の手を見下ろせば黒い霧の様なものを纏っていた気がするけど構わず、壁をぶん殴るとパキリと気持ちの良い音が聞こえて俺は少しばかりテンションが上がりながら、殴り続けそこから僅かな光が漏れ出したのが見えた。
「ウォォォォォ!!」
渾身の力でぶん殴れば、壁は粉々に砕け散り俺は外へと出る事ができ、そこで倒れている日野森と彼女を取り囲む人間大の蜘蛛が見えて何かが切れるのを感じた──それはきっと無意識にあの火が奪われようとしていると理解したから。
「闇よ、我が身に纏いて暗闇を打ち払う力を授けろ!」
そうするのが自然という感じに意識せず口が動くと、全身を包む様に黒い霧が現れ気がつくと黒い装甲が両手両足を包み、頭を覆う兜の様なものが形成された。
なんだか、よく分からないが直感的に理解する多分これが俺のサードアイなのだろうと……なら、やるべき事はただ一つ!
「助けてくれた礼は今返す、日野森!」
地面を滑る様に走り出した俺を阻むべく人間大の蜘蛛が迫るのを全て、叩き潰しながらただひたすら真っ直ぐに日野森の場所へと向かい走る──それ以外に何一つ考える必要性がないのは楽で良い。
殴り、叩き潰し、蹴り飛ばし、踏み潰し……体液とかを出さない連中に感謝しながら日野森の元へと辿り着く。
「日野森!」
「……はぁ……はぁ……」
抱き上げた彼女の息は荒く、血の気も悪い。
よく見れば腕に小さな咬み傷があり、それ以外に目立った外傷はないから恐らくこれが原因なのだろうがクソ、どうすれば良いんだ?
『キシャァ!』
「ウルセェ!」
苛立ちと共に飛び掛かってきた蜘蛛を殴り飛ばす……また、俺は何も出来ず喪うのか?あぁ、クソッ!!悪い癖が顔の覗かせてる!兎に角今は此処を安全にして……考えるのはそれからで良い。
「……待ってろよ日野森」
視界を埋め尽くすほどの蜘蛛を見つつゆっくりと日野森を下ろし立ち上がる。
一匹、一匹潰すのは大した労力ではないが時間をかけ過ぎると日野森の容態がどうなるか分からないし、俺もいつまでこの状態を維持できるか分からない。
ふと、太陽が完全に沈み広がっていく闇が蜘蛛や俺たちの場所まで広がるのを見え、それを行使できると勘が訴えている。
「……闇よ、果てなく広がり我が敵を飲み込め!」
両手を地面に着くと、牢獄の様に地面から黒い柱が蜘蛛の群れを囲む様に現れ一瞬の内に黒い大きな箱になると全ての蜘蛛を飲み込み、消えていった……確かに出来るとは思ったけどよ本当に出来ちまった……
「っと、そんな事を考えてる場合じゃねぇ」
スマホを取り出し、茂光さんに連絡をつけるとあの人も控えてくれていたのだろう一コールで繋がる。
『先森君!?無事だったのかね!』
「なんとか!そんな事より、日野森の様子がおかしいんだ。多分、蜘蛛に噛まれた結果だろうけど俺じゃどうする事も出来ない!」
『ッッ分かった!今すぐ、そちらにヘリを回す。それに乗って戻ってきたまえ!』
「分かり……ました……あれ?」
なんか凄い疲れが……駄目だ、これ抗えない。
茂光さんのこちらを心配する声を聞きながら俺は倒れ、意識を手放すのだった──親父、俺、上手くやれたよな?