男の選択
「日野森ーー!!何処だーー!!返事しろーー!!」
塀を飛び越え、日野森翔子を抱き抱えたまま、器用に庭先に着地すると同時に叫ぶ先森の声に反応し、屋敷の中で何事かと待機していた者達が次々と現れる。
銃の様な火器は持っていないが、現れた者達は皆その手に刀や、槍、短剣などといった近接武器を持っており、明らかにこの場所が治外法権であることを示していた。
「場所なら私が案内を!」
「あ、完全に勢いのままやっちまった!!……とりあえず、俺の後ろから離れないでください……闇よ、我が身に纏いて、鎧となれ」
先森自身の宣誓もあるが、現れた者達は皆一様に殺気立っており、話し合いが通じる様な状態ではない事を、喧嘩の経験でしか知らないが、察しておりサードアイを使用する先森と、彼が自分達の一族とは違う奇跡の使い手だと理解した日野森の者達の警戒がより一層に深まる。
「……日野森飛鳥のところに案内してくれれば、穏便にいくぞ」
「我らが次期当主の場所に、貴様の様な不審者を案内する訳がないだろう。皆、かかれ!!」
「「「うぉぉぉぉ!!!」」」
「そうか。じゃあ、手荒にいくぞ。闇よ、我が敵を拘束せよ!!」
先森の詠唱に合わせて、木の影などから鎖が現れ、自らの元に向かって来る者達を次々と縛り上げ、拘束していくが、今は夕方でありアビス・ウォーカーが生み出した暗闇の中ではないために、数の精製が追いつかず鎖を潜り抜けた者達が先森へと、迫る。
「ぜぁぁ!」
先陣を切ったのは、先ほど号令を出した男であり、夕陽を受けて僅かにオレンジに輝く刀身をなんの躊躇いもなく、先森へと振り下ろすが、待ち受ける先森には何一つ焦りの様子が見られない。
「なっ!?」
振り下ろされた刀は、真剣白刃取りで受け止められたあと、力の流れを逸らされ、先森の横へと刀がズレ、前のめりになった彼の腹部を先森は、勢いよく殴るとその一撃で、男は気絶しポロっとその手から刀を手放しながらその場で倒れる。
「やぁぁ!!」
号令を取った男が気絶したというのに、怯む事なく突っ込んで来る十文字の槍持ちに対し、先森は足元に転がっていた刀を蹴り上げると、自分と槍の間に突き刺し槍を一時的に受け止める。
「闇よ、足場となれ!」
詠唱をしながら斜め前へと跳躍。
自由の効かない空中へと逃げた事に、甘いと思いながら十文字槍を上へ持ち上げる男だが、既にそこには黒い箱の様なものがあるだけで、先森の姿はなく何故?っと思った瞬間、顎に鋭い一撃を受けて昏倒した。
足場を上に作り出し、まるで瞬間移動の様に地面へと移動していた先森は、今度は自分が少し離れた隙に、翔子を人質にしようとした男へと、まるで特撮ヒーローの様に飛び上がり蹴りを叩き込み、後ろの塀に勢いぶつける。
「くそ……なんだこいつ、強いぞ!?」
瞬く間に無力化された日野森の者達間に、動揺が走った瞬間、まるで何かが爆発した様な音が響き渡った。
その場にいた全員が、思わずその方向へと視線を向けると、あまりの高熱ゆえか景色が歪んでいる場所を見つける──その場所こそ、日野森飛鳥が居る祀り場であった。
「剣が目覚めたか!?」
「いや、御老公の全力かもしれないぞ!」
「どちらにしろ我々には神風だ!!」
自らの当主、もはや神として崇めるレベルの者達の隔絶した力を見て、失いかけていた戦意が戻っていく日野森の者達と対照的に先森は兜の内側で、困惑に顔を歪めていた。
「……日野森の火か?アレが?」
先森の知る日野森飛鳥の火は、見ているだけで心が暖かくなる様な、安心感を覚える火だった。
だが、あの景色すら歪めるほどの熱の根源たる火を実際に見ている訳ではないがそれでも、ピリピリと感じ取れる気配には暖かさなんてものは微塵も感じず、一種の恐怖すら覚えていた。
戦意が上がった日野森の者達と、殊更に不機嫌になった先森が睨み合いを繰り広げて居ると、そこへある男が現れる。
「──アレが護国の剣足り得る者の火だ」
熱で歪んでいた景色の向こうから、感情の伴っていない平坦な言葉を投げかける黒スーツの男が現れる──御老公への報告が終わり、侵入者の対処を命じられたのだろう。
カチャリと僅かにズレたサングラスを直すと、両手に身に付けた黒い手袋をギュッと伸ばす。
「お前達は下がっていろ。意欲があったところで、実力が伴わなければ何も意味はない」
縁側から庭へと、降りると同時に他の日野森の者達に下がる様に命じる。
その命に不服そうにしながらも、この場の全員が反抗したところで勝てない実力を持つ男に逆らうだけ無駄と、大人しく下がっていく日野森の者達。
男は先森との距離を十分に保ったまま、後ろの女性、翔子をサングラスの奥の瞳で見る。
「──それが君の賭けか。翔子」
「──えぇ。そうですよ、律騎さん」
見つめ合う二人の間に割り込む様に、先森がその身体を盾にし、サングラスの男──律騎を睨みつける。
「アンタ、何者だ?」
「飛鳥の父親だ」
「なっ──」
予想していなかった敵に息を呑む先森。
母親である翔子が、一族に反抗する気を見せている以上、その旦那である父親も同じく一族の敵だと思っていたのだが、その実態はまるで真逆であった事に驚きを隠せない。
「……アンタは日野森が……自分の娘がどうなってもいいのかよ!?」
「それをお前に教える必要性はないな」
サングラスによって隠された感情は何一つ、揺らぐ事なく先森が期待した言葉を返す事はない。
「……そうかよ」
律騎の変わらない平坦な返事を聞くと先森が纏っていた闇が霧散していき、同時に鎖に拘束されていた者達も解放されるが、先程以上に先森から放たれる威圧感は増していく。
「なんのつもりだ?」
威圧感も相まって律騎には自らの優位性を手放す先森の行動が、全く理解できず解放され、仲間達の元へと戻っていく日野森の者達を見ながら、疑問を投げかける。
「アンタは俺自身の拳でぶん殴らないと気が済まなくなった」
キッと律騎を睨みつけながら、右脚を前に出し、左足をその後ろに移動させ、軽く膝を曲げ腰を落とし右手を胸の高さに握り拳を作り置き、左手は腰に握った時の指が上を向く形に苛立ちと共に拳を構える先森。
サードアイとしての力を一切使わず、ただの普通の人間として、律騎をぶん殴られなければどうやら腹の虫が治らなくなった様だ。
自らの感情を最優先し、最適解を手放すという実に未熟な子供らしいその甘さに小さく、息を零し薄く笑いながら律騎も両膝と肘を軽く曲げ、両手が額の高さにくる様に拳を開いた状態で構える。
「飛鳥を救いたいと願うのなら、この俺を討ち倒して見せろ」
「言われなくてもその澄まし顔これでもかってぐらいぶん殴ってやるよ」