信頼は擽ったい
「ヨシッ、取り敢えず頼れる人と連絡は取れたんで、すぐに合流出来るように店の入り口で待ってグェ!?」
「ありがとう……本当にありがとう……君を頼って正解だった……!」
耳元で聞こえてくる嬉しそうな声に気分が良くなるが、それはそれとして濡れた状態で抱き付かれるとその色々とですね、アレなんで離れてくれると嬉しいんですが……って、意外と力強いなこの人!?
「しょ、翔子さん、一旦離れて……」
「あっ!」
恐らく顔が赤くなっているであろう俺を見て、状況を察してくれた翔子さんが勢いよく離れてくれたので、止まっていた呼吸を再開させる──危なかった……普通に首が極まってた……
ペコペコと謝る翔子さんに大丈夫と伝えながら、念の為お互いにもう一度タオルで水気を拭き取り、先ず俺がゆっくりと扉を開け、顔だけ出し周囲を見る。
「……怪しい人影は無し。行きましょう」
翔子さんと共に部屋を出て、曲がり角などには注意をしながら店の入り口まで戻ると、珍しく話し声が聞こえて来たので、ジェスチャーだけで静かにと伝えて、耳を澄ます……普通の客なら良いんだけど。
「相変わらずお前は厄介ごとを持ち込む天才だな?」
「……知るか。勝手に向こうから来るだけだ。俺は関係ない」
「その種を抱え込むのが上手いと言っているのだ」
店長の声と……女性の声か?なんだか、結構親しそうなトーンだけど。
これなら外に出ても大丈夫か?
「……貴重な客だ。それくらいサービスしてもバチは当たらないだろう」
「だそうだぞ。良かったな、店主が甘くて」
「「ッッ!?」」
完全に今の女性の言葉は、隠れている俺達に向けられたもので、俺達はビクッと身体を震わせながら顔を合わせ、覚悟を決めてから何があっても良いように俺が翔子さんを庇いながら、ゆっくりと彼らの前に姿を現す。
いつもの様に新聞片手に煙草を吹かしている白髪の店長の覇気のない視線と、受付に当たり前の様に腰掛け、小柄だが、店長と同じ白髪でとても綺麗な女性の愉しげな視線が向けられた。
「……おい、警戒されてるぞ」
「おや、私の様なか弱い女の何処に警戒する必要があると言うんだ?」
「……そういうところだ」
「アレは……ウチの!?」
入り込む隙何処?って言いたくなるぐらいのやり取りに、どうしたものかと思っていたら翔子さんが、何かに気がついた様で指を伸ばしており、その先を視線で追うと店の入り口にどっかで見たことのある黒服が倒れていた……え?何、殺人現場的な何か?
「……死んでない。そこの女の邪魔になっていたから、後ろから気絶させただけだ」
「くっ……いやぁ、今思い出しても滑稽だな。私の見た目ににすっかり見惚れて、背後から迫るこの男に気付かず、あっさり昏倒される間抜けの顔は。知り合いなら忠告してやるといい、見目麗しい女に見惚れて、注意力散漫になるなど三流も良いところだと」
「あ、はい……?」
うん、分かる翔子さん、下手人にそんな事言われてもなんて返していいか分からないわな……というか、この二人何者なんだ?
警戒というより困惑が勝り始めて、思わず店長さんを見ると視線が重なって、小さく首を横に振られた。
「……諦めろ。コレはこういう女だ。そんな事より、もう良いのか出てきて」
「なんだ、随分と偉そうな物言いをする様になったじゃないか?」
「……話が進まん。後で、珈琲でもなんでも淹れるから少し、静かにしててくれ」
横目で女性を見る店長さんと、そんな視線を受けてなお口元には薄く笑みを浮かべる女性は、肩を小さく窄めた後、俺達から視線を外した。
「えっと……急がなきゃいけなくて、足になってくれる人との連絡が取れたので待っていようかと」
「……僅かな時間すら惜しむという事か。そういう事なら、店の外で待っていると良い。そこの倒れてる奴と同じ連中は、この辺には居ない」
なんでそんな事分かるんだ?って質問しようとして、店長の視線がパソコンへと向けられてるのに気がつく。
此処、この人の店だしもしかして、近くに防犯カメラとか仕掛けててそれで確認した?それならまぁ、確かに不審な人間が居ない事はすぐに分かるか。
「あの」
「その言葉は発しない方が身の為だと思うぞ。私達は、互いに利用する店が重なっただけの客、そうだろう?」
翔子さんが何かを言おうとし、それに被せる様に女性が話し最後にもう一度、笑みを浮かべた。
その笑みは、とても綺麗な筈なのに背筋に寒気が走る様な、仄暗い笑みだった。
「……分かりました。ありがとうございます」
「なに、礼をするならそこのお人好しにすると良い。私はなにもしていない」
「……はぁ、時間がないんだろ?早く外に出ていると良い」
「は、はい。行きましょう翔子さん!」
急かされた俺は翔子さんの手を取り、駆け足で店を出て行った……結構、気に入ってた場所なんだけど、これからだと怖くて行けないかもしれねぇ……
「料金は良かったのか?」
「……短時間の滞在だ。別に、金を取るほどじゃない」
「くっ、何時間であろうとそのつもりだった癖によく言う」
「……さぁな。それより、飲むんだろ珈琲」
「あぁ。サービスを頼むよ龍牙」
「……あぁ、適当に座って待っていろ薄羽」
「……先森」
「……はい」
白いワゴン車の車内にて、運転席に座る獅子堂と、助手席に座っている日野森翔子、そして後部座席に座っている先森の間に流れる空気は気不味いものだった。
教師である獅子堂からすれば、詳しい説明を求めたがよほど言えない事なのか、両名が揃って誤魔化すために雨が降っているとはいえ、濡れた痕跡のある生徒と生徒の母が一緒にいたのかが気になって仕方がなかった。
「お前を信じて良いんだな?」
「ッスゥー……はい、そうしてくれるとありがたいっす」
「はぁ……まぁ良い。もう乗せてしまっている以上、俺は目的地まで二人を届けるしかない」
そう言って獅子堂は、高速に乗る直前に事前に買っておいた缶コーヒーを、コンソールボックスから取り出し、先森へと投げ渡し、翔子へと手渡し、自分の分の蓋を開けて飲み始める。
「すみません……詳しい事情もお話し出来ず……」
「構いませんよ。貴女がここに居るという事は、飛鳥さんの事でしょうし、なにやら深い事情もあるご様子。まぁ、教師として生徒が巻き込まれているのは、心配でしかありませんが……信じると決めましたので」
高速に乗った事で、加速すると同時に獅子堂はバックミラー越しに、缶コーヒーを飲んでいる先森へと視線を向け、それに気が付いた先森が自信満々の笑みを浮かべて返すと、安心したように微笑む。
「……彼のこと、信頼しているんですね」
「見ての通り、金髪にイヤーカフ、そして最近は真面目に来てますが、授業はサボるわ喧嘩をして、怪我をしてくるわ穴埋め目的の補習も隙あれば逃げ出そうとするウチの学園随一の、問題児ではありますがね──」
『婆さん、それ重いだろ。持つぞ』
学園への通学路の途中で、重い荷物を持ってゆっくりと歩く老婆の荷物を誰もが、自分の事で手一杯で、見逃していた中、先森は足を止め、その荷物を代わりに運んでいた。
『……んだよ。寄ってたかって、弱い者イジメか?』
路地裏でカツアゲに遭っていた他校の生徒の為に自ら首を突っ込み、ボロボロになるまで喧嘩する先森。
「──他人を思い遣る気持ちはあるんですよ。まぁ、分かりやすい暴力などを解決策に選ぶんですが」
「あぁ……それ、私も分かる気がします」
「……あの、その話題、そこまでにしれくれないっすかねぇ」
自分の事で盛り上がり、なんだか優しい声を出している大人二人に、気恥ずかしさから落ち着きのない先森。
そんな彼を見て、大人達が微笑ましさから笑いを溢し、また先森は羞恥心に襲われるのだった。




