閃きは力
「……大層な言葉だが、所詮、蟻は蟻だろ?」
パラポネラとかジバクアリとか……正直、蟻の種類なんて全然知らない以上、俺から見てその図体が変わっただけで特別何か変わった様には思えない。
名前的にジバクアリには注意した方が良いのだろうが、もう片方の奴はただデカくなっただけじゃないのか?
『では試してみます?その身で』
「がっ!?」
女王が言い切ると同時にパラポネラと呼ばれた、他の蟻より数倍も大きい蟻が食い破った俺の壁を容易く、乗り越え車と錯覚するほどの勢いで突っ込んで来たのに驚きながら両腕をクロスさせ、防御するがその速度と図体に見合う衝撃が俺の腕に伝わった瞬間、弾き飛ばされてしまい、気が付けば俺は宙を舞っていた。
「くそ!?」
近づいて来た地面へと受け身を取りつつ、着地し体勢を立て直そうとした瞬間、近くのジバクアリが爆ぜ衝撃を和らげようと地面を転がるが、爆風と共に周囲へと散らばった毒液を浴びてしまった。
毒液はどうにか纏ってる闇が吸収してくれる様でどうにか防げているが、それもどれくらいもつか分からない以上、可能な限り避けるのが得策なのだが──くそっ!
「落ち着く暇すらねぇ!」
立ち上がった瞬間に、顔面へと迫る蟻の顎を掴み、腕の力だけで身体を持ち上げ、膝を曲げる事で噛みつきを避け、ブランコの様に勢いをつけ、膝蹴りをし蟻の頭部を叩き潰すと同時に、真横にいた蟻の毒針が顔スレスレを通過していった。
女王の剥き出しの殺意に応える様に俺を取り囲む蟻の数が多いのも相まって、攻撃が止まることを知らない……こんな事を考えている間も、視界いっぱいのただの蟻や、パラポネラ、ジバクアリが群れを成し、我先に俺の命を奪わんと迫ってきている……はっきり言って、俺はデクスターの奴と比べて女王は、群れを操るだけで大した事がない奴だと侮っていた。
これだけ自分の殺意を、一瞬で群れに伝え的確に操る事が出来るのなら、それはまるで音夢みたいで彼女に押されていた俺に勝ち目など、ほとんどないだろう。
「……だからって、諦めて良い理由にはなんねぇよなぁ!」
頭に過った嫌な考えを去勢と大声で投げ捨てる。
どれだけの人が居るのかは分からないが、俺の背後にはまだ人が居て、俺が諦めればその命が失われる事になる。
それだけは……それだけはなんとしても阻止しなくちゃならねぇ。
そんな俺の想いを嘲笑う様に、力を込めた握り拳は先陣を切ったパラポネラの顔面に勢いよく当たり──カァン!という軽い音共に弾かれた。
「──は?」
間の抜ける声と共に俺は、パラポネラの突進を受けて弾き飛ばされ、碌な受け身を取れないままスカイツリーの入り口を破壊しながら、無様に地を転がった。
右手を伝え痺れは、俺が事実を認識するより分かりやすく、攻撃が通じなかった事を如実に語っていた。
『キシャア……』
壊れた扉を踏み砕きながら、パラポネラがゆっくりと迫ってくる。
光の一切を発さない無機質の様な黒い複眼が、俺を獲物と見定めカチカチと顎を鳴らしながら巨大化した事で、その先端がより鋭く人なんて容易く刺し殺せそうな複数の脚が、人工物である床と当たり酷く耳障りな音が無音のスカイツリー、入り口に響き渡る。
僅かな明かりに照らされる奴の頭部には傷一つなく、攻撃が効いてない現実を叩きつけられる。
「くそ……」
ガラスの破片を退かしながら、身体を起こし体勢をクラウチングスタートの形にする。
「……3……2……1……ゼロッ!!」
場所が狭いからか知らないが、ゆっくり向かってくるぐらいならこっちから、向かってやる……なんせ、さっきの破壊音で心配なった奴が降りてこないとは言えない以上、此処で長々と戦ってやる訳にはいかねぇんだよ!
「闇よ、我が身を宿りその質量を増加させろ!!」
全力疾走しながら詠唱すると、周囲の闇が俺を包み込み沈んでいき、その瞬間、前に向けて踏み込んだ足によって地面に大きくヒビが入った。
今の俺で足りないのなら……もっと、もっと、俺を重くして単純な力を跳ね上げる。
「質量はパワーだぁぁぁぁ!!」
『キシュァァ!?』
パラポネラの頭部とぶつかり合い、床を砕きながら押し込み、左手で勢いよくパラポネラの頭を真下から叩き上げ、そのまま奴の毒針に注意しながら、腹部を掴みスカイツリー内部から完全に押し出す。
「闇よ!!我が右手に集まり、敵を叩き潰す槌となれ!!」
全身に吸収していた闇を右手の一部分に集め、パラポネラのど真ん中に向けて振り下ろすと、一瞬の拮抗の後にその身体は潰されて、二つに引きちぎられる。
一気に重くなった右手で千切れたパラポネラの頭の方を吸収し、僅かに体力を戻しながら右から迫ってくるジバクアリの自爆より早く、その身体を叩き潰し、再び吸収する。
「オラァァ!」
真正面から毒針を刺そうとしてきたパラポネラの毒針をへし折りながら、ぶっ飛ばしスカイツリーの上に登り待機していたのか、上から降ってきた蟻に一度、潰されかけながらも吸収し、次々に迫る蟻達を槌となった右手を振り回す事で、叩き潰していく。
『貫通できないのなら叩き潰してしまえ……馬鹿の理論ですけど、実行するだけの胆力があればまぁ、有用な策と言っても良いでしょうね。まぁ、ワタクシ達の特性を忘れているようですけど』
女王が何か合図を出したのか、パラポネラ達が一度下がり、通常蟻達が二十体ほど俺を取り囲みながら、一斉に迫ってくる。
今までと同じ様に全て叩き潰すと、そいつらにピッタリとくっついて隠れていたのかジバクアリ達が突如として、現れて爆ぜ、毒液を大量に被ってしまう。
「ぐっ……まだまだッッ!?!?」
急に視界が歪み、立っていられなくなった俺は膝立ちの状態になる……くそ、一体何が……さっきまでは、毒液を被っても平気だったはず……!
「身体がいてぇ……毒で爛れたか」
『一点特化にした事で、纏っている闇が先程より減っている事に気がついていませんでしたのね。ふふっ、滑稽ですわねぇ……数ばかり増え、安寧を手にしたヒトがこの程度とは』
嫌味全開で、答えを教えてくれてありがとうってか……クソッ、そりゃそうか……意識してというか深く考えず、使える闇は掻き集めるイメージしたもんなぁ……しかも、毒性が強いのか汗までかいて……ん?
「……闇よ、鎧となり我が身に纏え」
『あら、諦めましたの?』
右手を槌にする前の状態に戻った俺を見れば、そうやって愉しげな声を出すよなお前は。
「頼むから上手くいってくれよ……闇よ、広がれ、余す所なく広がれ──」
『ッッ、パラポネラ!!』
「──!!」
噛みつきにより両腕に走る激痛に思わず悲鳴を上げそうになるが、死ぬ気で堪える……ここで、詠唱失敗なんてなったら本当に勝ち目が無くなる。
「──物がある所、闇あり、全ての闇よ我が意に従い、我が敵を……呑み込め!!!!!!」
瞬間、俺が知覚出来る全ての闇が泡立ち、色濃くなったかと思うと触れている周囲、全てのアビス・ウォーカー達が悲鳴を上げながら呑み込まれ始め、ジバクアリ達が爆ぜたところでその隙間は即座に闇が埋め尽くす。
『キシュァァ!?』
パラポネラ達はその優れた身体能力で抜け出そうと踠くが、逃さまいと泡立っていた闇から人の手の様なものが現れ、引き摺り込んでいく光景は我ながら、ドン引きしている……なんか、凄く禍々しいんだが。
『ヒッ……なんで……なんで、貴方まであの方みたいな真似が!?!?』
先ほどまでの余裕が嘘の様に、怯え切った泣き声になりながら、いつの間にか背中に現れた翅を広げて空を飛んでいる女王。
そういや、女王蟻って翅があるんだっけ……まぁ、そんな事は良いか。
──毒で苦しくてかいた汗が、地面に落ちて染み込んでいくのを見て閃いた技だったけど、上手く出来てよかったわ。
「──これが、馬鹿にした人間の発想力ってやつよ。舐めんな」
空を飛ぶ女王に親指を下に向けながら、勝ち誇ってやる。
傷の回復効果まであるのか、吸収した蟻達のお陰で痛みとかが薄れてきているから出来て……ん?つまり、今の現状はほとんど、あの女王の自業自得では?
『このっ──ンンッ、良いでしょう。今はワタクシが引いて差し上げます。精々、目に見える範囲で守れたものを誇っておけばいいですわ!』
何もない空間に腕を振り下ろし、消えていく女王を見ながら霧散していく闇を可能な限り集めて、回復に使いながら視界の端でこちらに向かってくるADの人達を見つけ、安心感から意識を手放して倒れた。




