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悪趣味なゲーム

「……誰だ。お前?」


 スカイツリーへと到着した俺を待っていたのは、無数の蟻型アビス・ウォーカーに囲まれながらも、怯える様な素振りを一切見せず、寧ろそうあるのが自然といった感じで、ゴスロリ調の黒いドレスを纏い蟻の仮面を身に付けた少女で良いのか……そんな奴が、優雅に立っていた。


『あら、ワタクシの所に来ましたか……いや、ほんとなんでこっちに来たんです?嫉妬から理不尽に怒られるのワタクシでしてよ』


 なんだコイツ。

 アビス・ウォーカー特有の嫌な気配は感じられるが、デクスターのキチガイ野郎と違って、なんというか気が抜けるぞ。

 今も、言葉通りの落胆を示す為かグデーっと前屈みになってるし……本当になんだコイツ。


「アビス・ウォーカーで良いんだよな?」


『それ以外の何に見えまして?ワタクシのフォルムが、あまりに美しく愛らしいと賞賛して下さるのなら、まぁ、褒め言葉を受け取るのも吝かではありませんが……いえ、それでもワタクシは誇りあるこの子達の女王、ヒトと同列に扱われるのは勘弁でしてよ』


「いやまぁ、格好は似合ってるとは思うがって、女王?もしかして、お前がアビス・ウォーカー達の元締めか!?」


 女王っていうぐらい目の前のアビス・ウォーカーが偉いのなら、此処で倒す事が出来ればこれから先に起きるかもしれない脅威を、少しは減らせるかもしれない。

 鎧を身に纏うと口を開くと、目の前のアビス・ウォーカーが手を伸ばして静止してきた……なんだ一体?


『何かを勘違いしている様なので訂正を。ワタクシは、蟻の女王であって他の連中は知りませんよ。というか、ちゃんとこの子達と言いましてよ。貴方、頭が弱いのではなくて?』


 呆れた様子で肩を竦めながら、見え見えの態と演ってますと示す溜息を溢しやがった。

 言葉の節々や、所作が妙に人間臭く、周囲に蠢いている蟻型アビス・ウォーカーが居なければ、俺は多分目の前のコイツを変わった格好の少女としか捉えられなかっただろう。

 

 だから、歓談する様な空気感になっていた俺の意識を引き戻すその悲鳴は、やけに耳に残った。


「だ、誰か助けて!!」


「ッッ、まだ人が!?」


『あらあら……タワーの中から出てこなければ、その命落とさずに済んだのかもしれませんのに』


 俺の視線の先、つまり蟻型アビス・ウォーカーの向こう側にあるスカイツリーから、恐怖心を堪えきれなかった女性が涙をその目に浮かべながら、走りづらいであろうハイヒールで必死に走りながら飛び出し──今頃になって、届くはずのない手を伸ばした俺の視線の先で、蟻型アビス・ウォーカーに噛みつかれ、その身は黒い靄となり服だけを残し、消えていった。


「──闇よ!!我が身に纏いて、鎧となれ!!!!!」


 分かっていた筈なのに、言葉を操ろうとコイツらは理解し合えない化け物だと、知っていた筈なのに、目の前のコイツが見せる人間臭い所作に気を抜いてしまった……馬鹿かよ俺は!!


『甘い。本当にとんだ甘ちゃんでしてよ』


 俺を嘲笑う様に、口元に笑みを浮かべた女王へと走って、肉薄し俺の怒りに応えてかは分からないが、普段より尖った棘の様なものが飛び出した右手を振り上げる。

 仮面を砕いてやろうと考えながら振り下ろした拳は、首を傾けるだけで避けられてしまい前のめりになった俺の足を、女王は足払いで体勢を崩すと追撃をする訳でもなく、二、三歩前に出ながら転ばない様に耐えた俺と位置を入れ替えた。


「……なんのつもりだ」


『簡単なゲームでもしましょう。今、貴方の後ろには先ほどのヒトが、飛び出した入り口があります。そこへ向けて、兵隊を向かわせますので、貴方は見事に凌いで下さいな』


「ふざけ──『別にワタクシは、貴方を無視して中のヒトを殺しても良いんでしてよ?』──ぐっ……分かった」


 先ほど飛び出した女性は、完全に独断だった様で今の俺の立ち位置から、見える場所に人の姿はないがだからと言って、スカイツリー全体に人が居ないという判断が出来るわけじゃない……ただ、従う事しか出来ない。


『ワタクシも鬼ではありませんから、そうですわねぇ……入り口は今の貴方がいる場所だけに絞って差し上げましょうか。それと、具体的な数ですけど千体……この数の兵隊を見事倒せば貴方の勝ちとしましょう』


 千体!?っと叫びたい気持ちをグッと、抑えて黙ったまま頷くと、それが恐怖心や絶望の類だと受け取ったらしく女王は、もはや俺の事をただの玩具と見ている様で舌舐めずりをしながら目の代わりなのか赤い光を猫の様に細める。

 

『では始めましょうか。ふふっ、すぐに潰れたら退屈ですので、死ぬ気で足掻いてくださいね』


 女王が言葉と共に、指をパチンっと鳴らすと同時に、群がっていた蟻達が顎を鳴らしながら、一斉に俺へと向かってくる……本当はあの女王をぶん殴りたいが、先ずはお前らを先に殺し尽くしてやる。


「闇よ、壁となり我が敵を飲み込め!」


 まずは、敵の数を制限するために両手を広げ、左右に壁を生み出すとそこへ何体かの蟻達が、突撃し食い破る事なく俺の闇の中へと、沈んでいき……それに呼応するように壁を生み出した疲労感が消えていった。

 俺が直接、触れてなくても吸収を命じておけば機能すると確認が出来たのはデカいな。


「そらよ!」


 真正面から突っ込んできた蟻の顔面に右ストレートを放つと、ゴシュッ!と音を立てて貫通し蟻の動きが止まる。

 引き抜くより早く、駆け抜けようとする蟻目掛け、振り上げた蟻を叩きつけながら腕を引き抜き、背後から迫る蟻の頭を両手で掴み上げ、捻り壊しながら壁へと投げつけ、飲み込ませる。


「闇よ、我が敵を縫い付けろ!」

 

 ワイヤーの様に周囲の闇が形状を変え、俺の命令に従い空中を蛇の様に動き回りながら、対処が追いついていない複数の蟻達を巻き上げ、直後に先端がアンカーの様に鋭くなり地面に突き刺さる事で、蟻達の動きを拘束していく……これなら、このまま押し切ることもって!?


『キシュァァ!』


「くそっ、拘束を掻い潜ったか!やっぱ、ぶっつけ本番はそう簡単に上手くいかないか!!」


 一番近くにいた蟻を蹴り飛ばし、拘束を掻い潜った蟻の顎を両腕で受け止めるが、凄まじい力を両腕に感じ思わず片膝をついてしまう。


『蟻の顎の力を舐めないでくださいまし……というか、想像以上にやりますわね……もっと簡単に悲鳴を上げるものだと思ってましたが』


「……はっ、そりゃ見立てを間違えてるな……闇よ、喰らえ!」


 両腕に纏っていた闇が広がり、掴んでいた蟻を丸々飲み込むと、再び疲労感が失せ悠々と立ち上がった俺は女王を睨みつける……まぁ、顔を覆ってる兜のせいで向こうには見えてないのだろうがそんなのは関係ない。


「あの人は俺自身の甘さで死なせてしまった……もうこれ以上、誰も死なせねぇ!命をゲームの駒としか思ってないお前に、これ以上、理不尽に誰かの人生を奪わせはしねぇ!!」


『……キラキラと、本当に貴方達(ヒト)は鬱陶しいですわね。心底、目障りでしてよ』


 女王から漂っていた余裕綽々という雰囲気が消え失せ、代わりに俺の心の中にある様な怒りを感じさせる殺伐とした雰囲気へと切り替わる。

 それと同時に周囲を取り囲む蟻達の気配までも、何処となく禍々しいものへと変わっていくのを本能で理解する……どうやらよほど、あの女王にとって俺の態度は気に食わなかったようだ。


『……ゆっくりと苦しめるつもりでしたが、気が変わりましてよ。残りの九百二十体、一斉に襲わせます』


 どうやら、ここからが正念場らしい……覚悟を改めて決め俺は、拳を構えると同時に、左右の壁が勢いよく爆ぜて、生まれた隙間を蟻達がうぞうぞの乗り越えてくる。


『パラポネラ……数いる蟻の中でも、強靭かつ獰猛、その身に宿す猛毒は激痛でしてよ。そして、ジバクアリと言った方が分かりやすいかしら?その身を群れの為に捧げる勇敢な兵隊でしてよ。さぁ、凌げると言うのなら凌いでみせなさいな?』

 

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