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魔が時

「完全に怒らせちまったな……」


 一時間目終了の鐘の音を聞きながら、未だに校舎裏から動く事なく俺は未練がましくずっと日野森の顔を思い浮かべていた──クラスメイトに見せていた顔や、昨日俺を助けてくれた時とも違うはっきりと侮蔑の色が浮かんだあの表情を。


「……火よ、我が敵を刺し貫け」


 日野森がやっていた様に手を掲げて適当に目の前に生えてる木を狙ってみるが、何も変化は起きない。

 そりゃそうだろうな……こんなんで力が使える様になったらご都合主義も良いもんだよ。


 ピピッ!ピピッ!!


「うおっ!!なんだ、スマホか?……って、あの見覚えのないアプリじゃねぇか」


 純白の盾になにの略語かはさっぱり分からないがADと書かれたアプリが画面一杯に表示されている。

 よく分からんが……取り敢えず、タップすれば良いか?日野森から返却されて増えてたアプリだから多分、あの人ら関係のものだと思うし。

 恐る恐る、タップすると昨日聞いた茂光さんの渋い声が聞こえてきた。


『む、繋がったか。先森君、そこは教室ではない筈だがどうかしたのかね?』


「茂光さん……どうして俺の連絡先を?」


『ん?日野森君から聞いていないのかい?』


「なにも……多分、俺が怒らせたからだと思いますが」


 スマホの向こう側で茂光さんがため息を溢す音が聞こえた。


『すまない。君と彼女の相性の悪さは感じてはいたが、ここまでとは思っていなかった。後でこちらから注意をしておこう……そうだな、それなら今から彼女がする筈だった説明を私の方からするが構わないかね?』


 組織の長として日野森の管理が出来なかった事を悔いているのだろう言葉からも分かるが、かなり謝罪の色が滲んでいる声色だった。

 ……どうせこのまま授業をサボる事に変わりはないし、説明を受けるとしよう。


「大丈夫っす」


『そうか。大人としては、授業は受けておけと言うべき所なのだがそういった小言は我々の過失もあるからしないでおこう』


 それはもう小言を言っていると同義っすと突っ込むべきだろうか?そんな事を思っていると電話越しから部下に何かを言われたのか茂光さんが咳払いをした。


『先ずはそうだな、現在通話に使用しているアプリだがそれは我々が開発したものであり、君達の位置情報確認も可能となっている。プライバシーの観点で忌避感はあると思うが、君達は唯一の戦力にして最も狙われやすいのだ許して欲しい』


 そういや、アビス・ウォーカーはサードアイを優先的に狙う性質があるんだったか。

 確かにそれなら位置情報を常に確認できた方が安全か……本当に俺のプライバシーは消え去るんだな……


「そう言えば、このアプリのマークってなんなんですか?」


『あぁそれか。それは、我々の組織──アビス・ディフェンダーの略称だよ。我々は深淵から来る化け物に対抗する組織であり、何物にも染まらず気高き組織であれ。その様な願いを込めて白い盾を採用している』


 なんというか……やっぱりこういうのって素面で聞くとなんだかこっちが恥ずかしくなってくるな。

 具体的には中学二年生の時に患う病気を突かれてる感じがなんともむず痒い……とは言え、今この場面は茶化す所でもないし見返りを求めてるとは言え、俺が所属する事になる組織の名前だ慣れていかないと。


『さて、サードアイが具体的になんであるかは説明していなかったね』


「うす。通常兵器が効かない連中に対抗する唯一の手段って事しか知らないです」


『そうだ。連中は如何なる手段は用いているかは不明だが、我々の世界の物理現象に適用されておらず、例え核兵器を用いて辺り一帯ごと吹き飛ばしたとしても連中には傷一つすら負わないだろう。全く、本当に理解の外側にいる化け物だと改めて認識させられる』


 そう言われて思い出すのは、逃げる時に使ったばら撒いた掃除道具がアビス・ウォーカーに踏まれたにも関わらず、折れる事もなくそのままだった昨日の光景だ。

 

『そこで君達の力の出番だ。サードアイによる力の具現化は連中と同様に物理法則を完全に無視しており、その性質ゆえか連中に対しての対抗札になっている。例えば、日野森君の火を起こす力だが我々の実験で真空となっている空間にも火を起こす事が可能であり、これは完全に我々の知る物理法則を無視している現象だ』


 燃焼を続けるには燃える物体と、その周りにある酸素が必要なのは小学生でも習う簡単な物理法則だ。

 ふと、日野森が言っていた事を思い出す。


「……サードアイは、この世界に理を示す力」


『日野森君から聞いたのかね?その通りだ、サードアイは使う者によって性質が異なり様々な属性がある。細かく説明するのはまたの機会とするが、覚えて欲しいのは扱える属性は一つのみという事だ。もっとも、比較対象の数が少ない為に絶対そうだとは言えないが複数の属性持ちは確認されていない。

 故に、我々は一つの結論を導き出した。サードアイの能力は使用者の精神などに紐づいたものであり使用する事で現実をその使用者の力に塗り替えるものだと』


 一気に話が難しくなったな……つまり、えーとなんだ。

 サードアイには複数の属性がある事は確認されているがそれは使用者によって異なり、その中の一つしか扱えないと。


「……世界を塗り替えるってのもイメージが湧かないっすね」


 当然の事だが、俺が今まで生きてきた常識に一切当て嵌まらない現象を説明されても即座に理解は出来ない。

 あんな化け物共に殺されるのは嫌だから理解するしかないのだが……本当にイメージが浮かばないな、日野森が言っていた自分で目覚めろってのも今なら少しだけ寄り添える気がする。


『具体的な力の使い方なのだが……どうやら君の場所に近づく人影がある様だ。次、君の都合が良い時に連絡してくれ』


 そう言い残し、通話が切れたすぐ後にこっちに近づいてくる足音が聞こえてきた。

 今は……二時間目もあと数十分で終わるという頃、こんな時間にここに来るのは日野森かあの人ぐらいだろうな。


「……珍しく朝早く来たと思ったら、結局サボりとは良い度胸だ先森」


「は、ははっ。あっ!あんな所にUFOが!!」


「騙されるかぁ!!授業にはあれほど出席しろと言っただろう先森ぃぃ!!」


 空を指差しながら叫び全力で反転し走り出す俺を、その鍛え抜かれた健脚でまるで地面が揺れていると錯覚する足音を響かせ、獅子堂が追いかけてくる。

 この時間から捕まれば説教からの個別授業の始まり……全力で逃げ切ってみせらぁぁぁ!!







「これに懲りたらもう二度と授業をサボらぬ事だ。先森」


「……」


 逃げられなかったよ。

 怒涛の勢いで追い詰められ、米俵の様に担がれるとそのまま生活指導室に連行され昨日壊してしまった扉の件も含めて説教からの個人授業を受けた結果俺は頭から煙が出そうなほどの熱を感じながら馴染んだ机の上に突っ伏している。


「決して勉強が出来ない訳じゃないんだ。真面目に生きたらどうだ?」


「……アンタにずっと見張られていればそれこそ、呂布でもない限り真面目に従うさ」


「あのなぁ……先森。今、お前がどんな考えを持って生きているか俺には何一つ分からん。だがな、不真面目に生きている人間にはそれ相応の人生しか待っていないぞ。自らの選択肢を削り、生きるのにはまだ早すぎる」


 俺の軽口を受けて獅子堂が、いつにもなく真面目に言うその言葉は確かに教師として何より俺のより長く生きている先輩としての含蓄と重さがあった。

 けど、その言葉を真っ直ぐに正しく受け止めきれるほど俺は大人じゃなかった。


「……それで良いんっすよ。どうせ、報われないのなら好きな様に生きた方が得じゃないっすか」


 真面目に生きたからといって必ず報われた終わりが訪れるわけではない。

 あの街の人間が、俺の家族が、何か悪いことをしたのか?遺体すら満足に遺らず、苦しみに喘ぐあの終わりが報われた終わりだとでも言うのか?


「先森?」


 俺の言葉が聞こえたのかは分からないが、俺を見て首を傾げる獅子堂を見ながら立ち上がり生活指導室の扉に手をかける。


「先森!」


「……それじゃあ先生。さよなら、また明日」


 教室を出る直前に差し出された獅子堂らしくない力強さを一切感じられない腕が何故だか、とても印象に残っている──アンタでも、そんなんになるんだな。

 早起きは三文の徳って誰が言ったんだっけな……全然、そんな事ないじゃないか、今日何か一つでも俺にとって得になる事があったか?何もない怒られて嫌な記憶が刺激されて……そして何より、それを周囲に当たり散らかす事しか出来ない自分が嫌いだ。


「よぉ、先森。ちょっと面貸せ!?」


 今、虫の居所が良くないんだよ、出てくんじゃねぇよ性懲りも無く。

 そんなストレスを込めて、声を掛けてきたチンピラ三人のうちの一人、見慣れた金髪の男の顔を真正面から殴り飛ばすとどうやら鼻の骨が折れた様で、鼻血を出していた。


「くほ!?おふぁえら、やっちまふぇ!」


 その状態でよく喋る元気があるもんだな……無駄な気合だけは賞賛するよ──まぁ、だからって勝てるとは言ってないが。

 残りの二名も殴り飛ばして返り討ちにすると、連中は一番初めに殴り飛ばされた奴を庇いながら、捨て台詞を残して去っていき、残ったのは俺と突然喧嘩を始めた為に、遠巻きで見ていた通行人だけとなった。


 結局、俺の手はこうやって誰かを傷つけてばかりだな……


「……なぁ、親父。俺は、アンタみたいに生きれそうにないよ」


 夕方の薄らと赤く、そして暗くなり始めた空を眺めながら一人胸にポッカリと空いた穴を感じながら歩く──直後、足元の感覚がふっと消えて、浮遊感を味わう。

 空から視線を地面に移してみれば、そこには真っ暗な闇が広がっていて──


「……逢魔時って言うんだっけ。こんな時間」


 ──そんなどうでも良い事を言いながら俺はその闇に飲み込まれるのだった。

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