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伽藍堂

「茂光さん!いい加減、教えてくれ!日野森は何処に行ったんだ!?」


 日野森が本家へと姿を消してから四日、ADの本部で先森は茂光へと彼女の所在を聞き出そうとしていた。

 今日に至るまで、何度も居場所を聞き出そうとしたがそれとなく誤魔化されたり、アビス・ウォーカーの対処をしたり、警察官達との訓練と重なったりして本部まで足を運び、茂光へと問い掛ける時間を確保出来ていなかったのだ。


「何度も言った事だが、現在、彼女に関する事は私より上の立場の者によって他者への口外を禁じられている……分かってくれとは言わないが、どうか今は下がってくれ先森君」


 目を吊り上げ詰め寄る先森をどうにか、宥めようと落ち着いた声で所謂、大人の理屈を口にする茂光だが、そんなものを大人しく聞き座っていられるのなら、先森という男は不良行為に走っていない。


「友達が突然姿を消して、何の連絡も取れねぇのに大人しくしてられる訳がないだろ!?日野森のお母さんにも会えねぇし……なぁ、あいつはちゃんと此処に戻ってくるんだよな!?」


 更に詰め寄る先森は、ただ黙って目を伏せるだけの茂光に苛立ちから、襟元を掴もうとするがその瞬間、ADのアプリがインストールされている携帯が、けたたましく着信音を掻き鳴らし苛立ちと共に伸ばしかけたその手で、携帯を手に取り確認すると、アビス・ウォーカーの反応が二箇所で確認され、そのどちらも急遽出現したと報告が入っていた。


「こんな時に……!くそっ、茂光さん!帰ったら全部教えて貰うからな!!」


「……」


 部屋を飛び出しながら、叫ぶ様に叩きつけた言葉であっても返事が返ってくる事なく、虚しく自動で閉まる扉が吐き出した僅かな空気音だけが、耳に届きより先森は苛つくがEPSを着込み、アビス・ウォーカーが出現したとされる東京スカイツリーへと向かった。











「なんだ綾人じゃないんだ。蟻の方に行ったんだね」


 もう一つの出現場所である秋葉原の交差点にて、本来なら多くの人によって賑わい佇む事など出来ない中央に、自らの能力で作り出した黒い軍服を身に纏った音夢は、来訪者である伊藤を残念そうに見る。


「……そのアビス・ウォーカーは自らの手で殺したのか?」


 彼女の背後には倒れている幾重にも人を折り重ねたような、百足型のアビス・ウォーカーの頭部が綺麗に消滅している死体が転がっており、わざわざ問わなくても誰が殺したかのかは明確であり、音夢が答えを口にすることはなかった。

 だが、この伊藤が聞き出したい真実はそこにはなく、音夢という人物像を測りたいが為の前置きであった為に沈黙に対し苛立つことはなく、極めて冷静に本題へと移る。


「──何人見捨てた?」


 事前に出現を感知していれば、犠牲が出ないように避難を行うが今回の様な出現ではそれが間に合わず、多くの人が犠牲になる危険性があり、それはどんなに伊藤が急いだところで後手である以上、変えられない真実であった。


「……さぁ?私に反応したのか知らないけど、呼ぶより早く勝手に出てきたのがコレだし。動きはトロかったけど、それなりの大きさだし、そこそこは殺したんじゃないの?」


 まるで日常会話の一つの様に語る音夢の声や、動くことのない表情には罪悪感や、悲嘆を感じることはなく、音夢という少女が人の死に対して、何も感じるところがないと伊藤は理解し──斬りかかった。


「いきなりだね」


 伊藤の抜刀は、鍛え抜かれた事もあり一切の無駄がなく、それでいて素早く相対する相手に可能な限り、予備動作を見せない所謂、無拍子と呼ばれる技術で一気に二メートルの距離を詰め寄り胴体を斬り裂こうとしたのだが、音夢の膝から伸びる黒い靄で作られた装甲で、足を軽く上げるだけという簡単な動きで防がれてしまった。


「先森少年が気にかける者故、穏便に行こうと思っていたが……死にゆく人々に何も思わぬ外道であれば、この場で殺すだけよ」


「あっそ。私は綾人だけが側に居てくれればそれで良いの。その他大勢なんか知らないよ」


「であれば、もはや言葉など必要あるまい」


 伊藤が刀に力を込め、片足立ちという不安定な体勢になっている音夢の華奢な身体を弾き飛ばし、浮かび上がった彼女へと地面に着地する前に追撃のために、自身も跳躍し上段振り下ろしで音夢へと斬りかかるが空中で、器用に身を捩りまるで、空を泳ぐ様に紙一重で避けると伊藤に向けて蹴りを放ち、それを伊藤が鞘となっている杖で受け止め、両者は弾かれた様に、距離を取って着地する。


 一度、距離が開いた事で音夢はその手に自身の力を効率よく使えるバイオリンを闇の中から、取り出し演奏を始めようとするが、それより早く再び伊藤が彼女に詰め寄る──


 お前の力は、演奏に大きく寄るものだと過去の戦いから知っている、そう簡単に演奏はさせぬぞ。


 その行為に僅かばかり驚きつつも、先程と同様に刀を受け止め口を動かす。


「獣よ」


「ぬぅ!?」


 短い詠唱に応じる様に、音夢の背後に全身を逆立つ黒い毛で包んだ巨大な、山羊の様な化け物が二足歩行で現れ、その巨体を活かし伊藤を叩き潰そうと、前足を振り下ろすが鈍重すぎるその動きは見た目のインパクトこそあれ、素早い伊藤を捉える事はなく、ただズンッと鈍い音を立てるだけであった。

 それだけであれば、即座に追撃に移る事も出来たのだが、生み出された獣は短い詠唱により生み出された為か、それとも演奏によって生み出されたものではない為か、その存在を維持する事が出来ず前足を叩きつけた直後に、グスグスと崩れ落ち、周囲一帯を黒い靄で覆い隠してしまい、伊藤の視界から音夢を捉える事が出来なくなった。


「目を封じた程度で、儂が止められるとでも?」


 気配のみで、音夢の居場所を見つけ出すと刀を一度、納刀し彼女の元へと駆け出す伊藤であったが、その僅か数秒とも呼べる時間を彼女が得てしまえば、演奏を始める事など容易い事であった。

 伊藤の耳にバイオリンのまるで、歌声の様な音色が届くと同時に駆け出していた足を止め、今この瞬間にも現れようとしている敵に備える。


──音夢が奏でるは、リヒャルト・シュトラウスの『ばらの騎士』だ。

 本来であれば、オペラで語られるべき物語は音夢の卓越した技術によってバイオリンの音に置き換えられ、その演奏に応じる様に黒い靄が集約し、黒い甲冑の騎士が音夢と伊藤の間に、その姿を現す。

 

 曲名をもとに音夢が強くイメージしたその騎士は、黒い甲冑の胸や関節部といった部分の飾りに薔薇の花をデザインしたレリーフが、刻まれており両手で握る中世の頃の両手剣の持ち手先端部には、黒い薔薇が取り付けられていた。


『──』


 語る言葉など持ち得ない黒薔薇の騎士は、音夢の演奏が行われる中、両手剣を右肩に担ぐ様に構え伊藤を敵として捉える。

 それと同じように伊藤もまた、無言のまま納刀した刀へと手を添え黒薔薇の騎士の何者も映す事はない兜のその先を睨みつけながら構える。

 例え、黒薔薇の騎士が言葉を発する事が出来たとしても、両者が言葉を交える事はなかっただろう──刀と剣、それだけあれば十分なのだから。


 それを示すが如く、合図も無しに両者は駆け出し速度に勝る伊藤が、先ず刀を振り抜こうとしそれを制する様に二メートル近い剣を握る黒薔薇の騎士が、リーチを活かした後の先を取り圧倒的な膂力を用いた剣が、伊藤へと振り下ろされるが、剣の腹を杖で軽く小突き横に逸らすことで、避けた伊藤が杖から刀を引き抜き、高さの下がった頭部を切り飛ばそうとするが両手剣を振り下ろし、地面へと沈む自身の身体に抗うことなく、寧ろ自らの沈む事で伊藤の目算より、遥か下に頭を下げる事で避けてみせる黒薔薇の騎士。


 隙を見せた伊藤に向けて、剣を引き上げながら横一文字に振り抜く黒薔薇の騎士だが、その刹那伊藤は跳躍し、上へ逃れて避ける。


『──』


 それを見上げながら、重力に従い落ちてくるであろう伊藤を斬り裂こうと剣を上段に持ち上げる黒薔薇の騎士の視線の先で、伊藤の身をバチバチっと雷が纏う。


「──雷震」


 詠唱の直後、伊藤の姿が掻き消えたかと思うとその次の瞬間には、黒薔薇の騎士が上段に掲げていた剣の切先に、伊藤が着地しており、それを黒薔薇の騎士が認識するより早く振るわれた刀が、頭部を斬り飛ばした。


「……まぁ、伽藍堂の騎士などこの程度よな」


 剣より飛び降りた伊藤の背後で、黒薔薇の騎士はゆっくりと地面へと崩れ落ち、その存在は数瞬も後には初めから存在していなかった様に消える……かと思われた。

 自らを守る騎士が敗れたというのに、未だ音夢の演奏は高らかに続いており、その事実に伊藤が眉を顰めた瞬間、崩れ落ちた筈の黒薔薇の騎士が再び、再起動し立ち上がる。


「──私が実体を与えているだけの、生命以下の伽藍堂なのは認めるよ。けど、伽藍堂だからこそまだ、戦える」


 失った筈の頭部が再生しており、兜の向こう側は相変わらず何も映し出していない黒い深淵が広がっていた。


「なるほど……これは少しばかり、骨が折れそうだ」


 そう溢す伊藤の口元には、言葉とは裏腹に笑みが浮かんでいた。


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