望まれぬ乱入
暗闇を照らす日野森 飛鳥の火が燃え上がりながら、その火をもってしても一欠片も照らされる事のない闇を携える土御門 音夢へと迫る。
「はぁぁ!」
「壁よ」
音夢の詠唱と共に瞬時に出現した黒い壁と、日野森の火を纏った拳がぶつかり合い、周囲に激しく火の粉が飛び散り、両者の顔を照らし出す──憎々し気な表情と、怒りに満ちた表情を。
壁の性質を知っている日野森は、このままぶつかり合うのは不利だと、判断し火の加速力を利用した回り込みで、音夢の横を取ると、その勢いを乗せた鋭い回し蹴りを放つ。
「邪魔しないで」
動きを完全に目で追っていた音夢は、頭に向かって飛んでくる蹴りをしゃがんで躱すが、そのまま頭上を通過していくかと思われた蹴りは、本来の方向に逆らう様に噴き出した火によって無理やり軌道が変わり、しゃがんだ音夢の頭上で踵落としへとその進路を変える。
それでも、音夢に焦りの色はなく両腕を盾にするように頭上で重ねて、その蹴りを防ぎきる。
「チッ!火よ、槍となりて我が敵を貫け!」
防がられたと認識した瞬間、彼女の判断は極め早く即座に自分の蹴りを受け止め、身動きが取れなくなっている音夢を取り囲む様に火の槍を生成し放つ。
「飲み込め」
「ッッ!」
音夢の身体が噴き出す様に現れた黒い霧に、嫌な予感がした日野森は急ぎ、彼女から離れる。
その予感は、正しかった様で飛来する火の槍の全ては、その黒い霧に触れると共に飲み込まれていき、完全に消えてしまった。
直後、魔王の演奏が暗闇の奥から聞こえ出すと、そこから機敏な動きを見せる人形が二体、飛び出し跳躍すると先森の時と、同様にドリル様に身体を回転させ日野森を貫こうと迫る。
「火よ、火よ、収束し爆ぜよ!」
その詠唱と共に、迫る人形の周囲に火の粉が集まり小さな火球になると同時に、爆ぜて人形を消しとばすと日野森は爆煙に乗じて、駆け出し音夢の目の前まで一気に接近すると、僅かに油断していた音夢の腹部に膝蹴りを叩き込むと、そのまま手を絡め取り、一本背負いの要領で投げ飛ばす。
「火よ、我が敵を刺し貫け!」
未だに空中にいる音夢に向けて、火の矢を作り出し放つ。
彼女の怒りを乗せた矢は、真っ直ぐに飛んでいき音夢に当たると爆発を起こし、煙を生み出し僅かに射し込んでいた太陽の光を覆い隠す。
「はぁ……はぁ……これでどう?」
蟻型アビス・ウォーカーから引き続いての連戦による疲労を感じているのか、肩で息をしながら立ち昇る煙を睨み付ける日野森──そんな彼女の耳に、歌声が届く。
「かーごめ、かーごめ」
煙幕の向こう側から、無邪気な子供の様に聞こえ出すその歌声が、戦いの場には似つかわしく無いというのに、何故か酷く邪悪なもののように思えて、日野森は動きを止めてしまう。
「日野森!!周りを見ろ!!」
「これは──!」
僅かに回復した先森の忠告と共に、日野森が周囲を見るといつの間にか自身の周囲を取り囲む人形達が居た。
その人形達は、音夢が歌う童謡を使った遊びの如く、一体一体が手を繋ぎ日野森を取り囲んでおり、その目的が彼女の動きを制限するものである事は明らかであった。
「わざわざ、大人しく捕まっている訳ないでしょ!──火よ、礫となりて降り注げ!」
上に掲げた掌から、無数の礫が生み出され人形達へと降り注ぎ、破壊していく。
だが、壊れた人形は修理されていくかのように、破損箇所が見る見るうちに修復していき元の形を取り戻してしまう。
「かーごのなーかのとーりはー、いーついーつでやーる」
日野森の妨害など気にしていないのか歌は止まる事なく、続いていきくるくると人形達は彼女の周りを回り始める。
気のせいでなければ、人形一つ一つから、子供の様な笑い声が溢れ出している。
「つーるとかーめがすーべった、うしろのしょうめーん──」
ずんぐりむっくりとしたデフォルメされた鶴と、亀が日野森の目の前に現れるとこれまた、コミカルな動きで滑った様に転び、ブワッと黒い霧を噴き出す。
「な、何!?」
歌声と人形達の不気味さに、固まっていた日野森も目の前で起きたソレが攻撃だと、判断し構えを取り──完全に不意をつかれる事となる。
「──だぁれ?」
「え?」
「日野森!?」
耳元で囁く声が聞こえ腹部に熱を感じると共に、迫り上がってくる不快感が日野森の口から零れ落ちる。
赤く、粘性があり鉄に似た匂いのするその液体が血である事を認識すると共に、自身の背後に現れたのは音夢であり腹部を貫く黒い剣が、彼女によるものだと理解した頃には、すでに日野森はその場に崩れ落ちていた。
「あ……ぐっ……」
「立てない?立てないよね?この剣は、私や綾人が使う闇から生まれたもの……ただの人には苦しいでしょ?」
刺された場所を蝕む様に広がる黒い靄に苦しむ日野森を楽しげに見つめながら、音夢は再びその剣を構えて今度は、彼女の右肩へとその剣を突き刺す。
「ぐっぅぅ!」
「日野森!!音夢、やめろ!!もう勝負はついただろ!!」
「ついてないよ。だって、まだ生きてるもん」
日野森を心配する先森を、音夢はどこまでも暗く澱んだ瞳で見つめる。
そこには今まで、無邪気に彼に向けられていた熱はなく言葉の通り、日野森が死ぬまで彼女の攻撃は止まらないという強い意志が込められていた。
「綾人にとって大切な場所だから、校内にいる人間には手をつけてないし、周辺にも何もしてない。でも、コイツは自分の意思で此処に来て、私の邪魔をした。なら、殺しても良いよね?」
その言葉と共に右肩に突き刺した剣を更に深く突き立て、日野森が苦し気な悲鳴をあげると楽しそうな笑みを深め、剣を引き抜き今度は、足を刺そうとした瞬間トンっと軽い衝撃を受けて、狙いがズレ何もない地面を刺した。
「ぐっ」
「──諦めないね本当に」
気合いで立ち上がり、体当たりをしたのは先森であった。
だが、それが最後の抵抗だった様で纏っている闇はほとんどないし、力もほんの少しだけ音夢をズラす程度しか残っておらず、誰がどう見てもほんの少しだけ先延ばしをする程度の無駄な抵抗でしかなかった。
それでも日野森が殺されるのが──音夢に誰かを殺させるのも嫌だったのだ。
「はぁ……はぁ……闇よ、鎧となれ」
まるで日野森の火を受け継ぐかの様に、気力を掻き集め力を振り絞り身に纏うその闇は、黒い火の様に揺らめき先森の周りに集まっていくが、火の様な闇は両腕に纏うのが精一杯であった。
「……ふらふらなのにまだやるの?」
「当たり前だ……お前に誰も殺させねぇ……」
地面に刺さっていた剣を消し、再び素手になった音夢の容赦ない蹴りが先森を蹴り飛ばし、受け身すら取れていないボロボロの状態でありながらも、フェンスを掴みどうにか立ち上がる先森。
「この状況で勝てると思う?」
「……相手はあの馬鹿だけじゃないわよ」
「まだ、意識が……!」
日野森を跨ぎ、ふらふらな先森のトドメを刺そうとした音夢の足を、意識を失ったと思い込んでいた日野森が掴み、慌てながらも引き剥がそうとするが、それは明らかに今までは違い音夢が見せた決定的な隙であった。
「音夢!!」
大きく前に足を踏み出し、先森が残った力で音夢を殴り飛ばそうと走るその姿は、ふらついており格好悪いものではあるが音夢は、その瞳に宿るこの状況であっても諦めていない確固たる意志に魅入られ、攻撃を防ぐための詠唱が行えなくなる──その両者の間に、禍々しい黒い靄が集まるその時までは。
「「「ッッ!?!?」」」
三人はその気配を感じ取り、驚きの表情を浮かべると、同時にその靄が周囲の空間を捻じ曲げ破れた。
『見つけたぞ。あぁ──漸く見つけたぞ!』
固まる三人の目の前に、歓喜を感じさせる声と共に二メートル三十センチほどの大きさを持ち、頭部の右半分を鉄仮面の様なもので覆い、左半分は額から鬼の彷彿とさせるツノと暗闇においてなお、爛々と輝く血の様な赤い瞳が先森を見ており、ゴリラの様に筋骨隆々かつ幾重にも折り重なる様に生えている黒い体毛からは、黒い靄を放出している未知の化け物が現れた。
『人の輝きを宿す者よ、さぁ、己を殺してみせろぉぉ!!』
「なん──ぐっ!?」
狂気を感じさせるその言葉と共に、剛腕が振るわれ咄嗟に防いだものの先森は大きく吹き飛ばされ──
バキッ!!
「なっ──!?」
──容易く屋上のフェンスを破壊し、落下していくのだった。




