集う者達
サブタイが思いつかなくなってきた今日この頃
ふっとまるで、太陽が雲に隠されたように視界が暗くなった。
まだ、時間は十七時頃……真冬でもあるまいにこんなに暗くなる事はあり得ないはず……は?
「なんだ……なんだってんだ、こいつは」
巨大な蟻。
そう表現するしかないものが窓の外には現れており、コイツが明かりを遮ったのかと思ったが空はまるで、夜の様に暗闇に閉ざされており、僅かに射し込む太陽の光がなければ恐らく、この蟻にすら気がつけなかった。
その太陽ですらこの暗闇で、見つけられるという事実が俺の削れてはいけないものを削っている……そんな感じがし太陽から視線を逸らした。
「訳が分からん……っと、そうだ生徒達は!?」
彼らに何かがあれば俺が、教師になった意味がない。
声を上げながら校内を走り回りながら携帯を取り出すが、何処にも繋がらず画面を見てみれば圏外と表示されていた……何がどうなっているんだ本当に。
学園には何人かの生徒と教師が残っており彼らに教室から出るなと伝え、学園の外に出るとそこには避難してきたのであろう運動部の女子生徒と、そんな彼女を追いかける人と同じくらいの大きさをした蟻を見つけた。
「危ない!!」
生徒の為に鍛えた筋肉を今、使わずにいつ使う!
全力で走り、転びそうになっている女子生徒を抱きしめ飛び退くと、そこに蟻の強靭な顎がガチンっと通過していき、背中に冷や汗をかいたが、このまま女子生徒を抱きしめている訳にもいかん。
「立てるか?立てるのなら、走れ!」
「せ、先生は!?」
教師という頼れる存在を目にしてしまったせいか、動くより前に言葉を投げかけてくる女子生徒の不安そうな様子を安心させる為に、俺は笑みを浮かべて彼女の背中を叩く。
「他の生徒を助けに行ってくる。安心しろ、見ての通り俺は鍛えている!」
待つのは限界と言わんばかりに、顎をガチガチと鳴らしやがってこの蟻め……先ずは俺がコイツを引き付けなければならんな。
返事を聞く暇は無さそうだが、そこは彼女を信頼するしかない。
「そら、化け物!!こっちだ来い!!」
「先生!?」
言葉を理解したのかは分からないが、走り出した俺に狙いを変えて蟻は追いかけてくる。
後ろをチラリと見れば、先ほどの生徒は無事に校内へと入っている事から一先ず、安心して良いだろう。
問題はこの化け物をどうやって、振り切るかだが……見た目相応に移動は速いし、障害物にも気を取られている様子は無し……速度はギリギリ俺の方が速いがスタミナの問題で恐らく俺の方が先に限界を迎えるだろう……ん?
「だ、誰か助けて!!」
「嫌だ……嫌だ……死にたくない!!」
格好からして陸上部の生徒達か!
くそっ、通じるか分からないがやるしかない!!
「うぉぉ!!化け物ども!!こっちだ!!」
背後からの大声に釣られた蟻二匹が、ぐるりと俺の方を見て迫ってくる。
やはり、コイツら言葉を理解しているのか?
それとも単純に音に反応しているのか……ええい、そんなものは生物科の先生が考えることで俺の考える事ではないな!
今は、タイミングを狙って……ここだ!
「オォォォぉ!」
スラインディングで、前から来た二匹の蟻の真下を滑り抜けてると、蟻同士が激突する鈍い音と、ぶつかり合った自分達を敵と見たのか争い始めたのを、尻目に生徒達に近寄り立ち上がらせる。
「逃げるぞ!他に生徒は!?」
「お、俺たちで最後です!でも、松田のやつが足を!」
「わかった!俺が背負うからお前達は──「先生!?」どう……した……」
松田の悲鳴に振り向いた先には、蟻が喧嘩をやめて俺達を餌にしようと、迫ってきていた。
このままでは、生徒達が危ない!!
咄嗟に、彼らを庇う様に前に飛び出しその手に握り拳を作ると、背後からその手を優しく握られ下された。
「──導き手はその役目を最後まで、捨ててはならん。だが、よく頑張った。あとは、儂ら専門家に任せい」
閃光と共に蟻達は綺麗に真ん中から切断され、消えていき俺が気がついていなかった別方向から迫る蟻たちも、空から降り注ぐ火の玉によって、燃え尽きていく。
空にいる人は誰だか見えないが、隣に立っている爺さんを見ると年季を感じる皺の上に、俺や生徒達を安心させる優しい柔らかな笑みを浮かべて、次の戦場へと向かっていった。
「全く、付近の見回りをしていて良かった。こんな急に仕掛けてくるとはな」
「そうですね……私も迂闊でした。彼を一人にしてしまうなんて」
獅子堂を助けた伊藤と、日野森の二人は会話をしながらも蟻型アビス・ウォーカー達を殲滅していく。
学園を中心に噴き出す様に現れた蟻型アビス・ウォーカーであったが、その一体一体は極めて弱く最も火力が低い攻撃であっても簡単に殺せるほどだが、その数が多い。
「此処に来る前に一報だけは入れてあるが……先森少年の姿はまだ見えんか?」
索敵と捜索を兼ねて、空を飛んでいる日野森であったが窓から確認できる校内に、彼の姿を見つけられず伊藤の質問にただ力なく首を横に振る。
「そうか」
「あと見てないのは屋上ですけど……黒い霧が濃くて全然見えないんです」
余計な邪魔が入る事を嫌った土御門 音夢によって、展開された学園を包む黒い霧は屋上に近づくほど濃くなっておりその内側で、何が行われているのか肉眼での確認は出来ず、あらゆる電波を遮断している為に連絡も出来ないという牢獄そのものであった。
そんな事を知る由もない二人は、先森が既にアビス・ウォーカーに捕食されてしまったという最悪の想像をしつつも、学園内に残る無辜の民を守る為に、蟻型アビス・ウォーカーを殲滅していく。
「火よ、火球となり降り注げ!」
特に日野森は自分が通う学園という事もあり、得意な範囲攻撃をかなり使用しており、それを神妙な面持ちで見つつも伊藤は、不気味なほど静観を決めている学園の建物と同程度の大きさを持つ、羽根を持った巨大な蟻──所謂、女王蟻の動きを観察していた。
身体を支える脚の全てが、人の腕となっており丸々と太った腹部には人の瞳が幾つも開いており、相変わらず不気味な出立ちの女王蟻型アビス・ウォーカーなのだが、戦いが始まり自身の兵隊がその数を減らしているというのに、屋上付近から微塵も動かず、戦場を眺めている。
木偶の棒なのかと思えば、空を飛ぶ日野森が屋上に近づき過ぎればそんな彼女を威嚇する様に、ガチガチと顎を鳴らしたり、その巨体を動かしたりしている姿はまるで、門番の様だと伊藤は思った。
「(だが、門番だとして奴は何を守っている?校内にいる人間を餌として喰らいたければ、壁など気にも留めない連中ならスルリと中に入れば良いはず……それに先ほど、助けた生徒や教師が校内に入った瞬間、他の蟻まで興味を失った様な挙動を見せたのはなぜだ?)……気味が悪いな」
視界の先にいる二十近くの蟻型アビス・ウォーカーを一太刀で、殺しながら目的を考える伊藤だが、彼は生粋の剣士であって、軍師ではない。
纏った答えが導き出せることはなく、面倒だから全て斬ってしまえば良いかという思考に辿り着いた瞬間、空を飛ぶ日野森からその答えは焦った声で、投げられた。
「先森!?それに、土御門も!?」
「何があった?日野森の嬢ちゃん!」
「ッッ、すみません!屋上を覆っていた黒い霧の一部が、薄くなって中が見えたんですけど、そこで先森と件の土御門が、戦っていたんです!!」
「なんだと!?」
生きていたという一先ずの安心は得るが、それでも先森と彼の記憶に深く関係している土御門 音夢が争っているという事実に、驚きを隠せない伊藤と霧の向こう側で見えてしまった先森の、今にも泣きそうな表情に怒りを隠せない日野森。
「……理解者を語るなら、アイツを裏切ってんじゃないわよ!」
胸中で煮えたぎる怒りを反映したかの様に、その叫びに合わせて彼女が纏う火がその火力を大きくし、周囲に火の粉を飛ばすほどに荒ぶる。
その荒ぶる火を見て、流石に静観を決め込むのは無理と判断したのか女王蟻がその羽根を羽撃かせ、巨大を宙に持ち上げ日野森の目の前を塞ぐ。
「邪魔よ。落ちて」
『───!!!!!』
「そう」
日野森を握り潰そうと、人の腕を伸ばす女王蟻型アビス・ウォーカー。
一本一本が、丸太の様に太いその腕に少しでも掴まれれば、握力から握り潰されるのは絶対だが、荒ぶる日野森にその程度の恐怖など怯むには値せず、その包囲網を最も容易く潜り抜けるとアビス・ウォーカーの眼前に躍り出て真っ直ぐに踵を上げる。
「火よ、加速して」
詠唱と共に火によって加速した鋭い踵落としが、女王蟻型アビス・ウォーカーの額に激突。
外骨格にヒビを入れながら、女王蟻型アビス・ウォーカーは配下の蟻を何匹か巻き込みながら、地面へと墜落していき、藻搔くがそれにトドメを刺すわけでもなく、日野森は屋上へ乗り込もうとし黒い霧に阻まれる。
ドーム状に広がったソレは外敵の侵入を防ぐ目的もあった様で、多少薄くなった程度でその役目を失う程柔な設計ではない様だ。
「火よ、火よ──「流石に大技はやめておけい」ッッ、でも!」
手のひらに火を収縮させようとした日野森を伊藤が呼び止めながら、刀を一度納刀し居合の形を見せる。
何をするのか悟った日野森は、彼の邪魔をしない様に少しだけズレる。
「──雷神の一太刀」
閃光と轟音が走りると、黒い霧には一筋の線が走っておりその向こう側へと侵入が可能になる。
その場から一歩も動くことなく、雷を斬撃に乗せそれを飛ばすという離業を用いて、伊藤は屋上への入り口を作ってみせた。
「行け。日野森の嬢ちゃん」
「ありがとう」
それでもゆっくりと元に戻ろうとする黒い霧を抜けて、日野森が屋上へと乗り込み今にもトドメを刺そうとしていた土御門 音夢の動きを遮る。
──酷い顔、そりゃそうよね。アンタは決して、強い人間じゃないもの。
一言、二言だけどうしても我慢できない言葉を土御門 音夢と交わした日野森は、一気にその火を激らせながららしくない接近戦を選び、向かっていく。
握られた拳は、直接ぶん殴ってやらないと気が済まないという彼女の怒りの現れであった。