深まる因縁
初めて見た時の緩慢さは嘘の様に、指揮者の演奏に合わせその細い体躯を屈め、地を滑る様に疾走しながら鎧を身に纏った先森へと、腕を鞭の様にしならせ振り下ろす。
「くそ!」
二体の人形による同時攻撃を、下がりつつ避ける先森であったが、振り下ろした腕を回転させるという人体ではまず、不可能な動きをしながらその腕一本で、身体を支え人形は側転をするかの如く、身体を動かし片足が地面に着くと同時に後方へ下がった先森へと跳躍。
空中で身体を錐揉み回転させると、二体の人形は足を重ねてドリルの様に鋭くするとどの様な原理かは、不明だが加速し先森へと突進する。
「アリかよそんなの!」
予想していなかったその攻撃に対し完全に反応が遅れた先森は、咄嗟に両腕を盾にするが直後、凄まじい勢いで着弾した人形が巻き起こす爆風によって、大きく吹き飛ばされ屋上を囲うフェンスに激突してしまう。
その衝撃に口から苦悶に満ちた声を溢すが、視線の先では床に着地した二体の人形がゆらりと立ち上がり、伽藍堂になっている瞳を向けてきており、攻撃体勢に移っているのは明確だった。
「くっ、闇よ鎖となり我が敵を拘束せよ!」
鳴り響くバイオリンの音に混じり、先森の詠唱によって具現した黒い霧を纏う鎖が蛇の如く、波打ちながら金属音を鳴らし膝を曲げている二体の人形を拘束せんと迫るが、より一段と魔王を奏でる音楽がその音圧を強めると呼応するように、二体の人形はそのまま跳躍し鎖による拘束を逃れる。
「逃すかよ!」
手を上に向けると鎖もその動きを変え、空中へと飛び上がった人形へと迫っていき脚に鎖が触れ、捉えたと先森が内心で喜んだ瞬間、僅かに鎖から逃れていた片方の人形がもう片方を庇うように、錐揉み回転をし鎖へと衝突。
回転する事でその身体に一気に、鎖が巻き付いていくが音夢の演奏に応えるようにギチギチと音を立てながら、人形は鎖の拘束に抗う為に回転しようとし──引き千切る。
「……嘘だろ?」
自分が生み出す鎖の耐久性を信じていた先森は、目の前で起きたその光景に驚き、固まってしまいもう片方の人形の接近を許してしまう。
真横に着地した音を聞き取り、慌てて振り向いたその瞬間、先森の腹部に鈍い痛みが走る。
「がっ……」
痛みに呻くと同時に視線が落ち、鳩尾に人形の拳がめり込んでいるのを捉えると同時に人形による足払いが行われ、大きく体勢を崩される。
倒れる身体を咄嗟に支えようと突き出した手を人形は、鮮やかな動きで絡めとると一気に捻りあげ、関節を固めると共に先森を地面に組み伏せ、関節を固めたままその背を跨ぎ伸し掛る事で動きを完全に封じた。
「ぐっ……離れろ……!」
どうにか拘束から抜け出そうと藻搔く先森だが、身体を動かす度に固められた関節が悲鳴を上げその痛みから、力による突破は無理だと悟り、諦めたように動きを止める。
そんな先森を完全に拘束しようともう一体の人形も、近づきその腕をまるで剣のように変化させると、先森の首に当てて抵抗するなという意志を示す。
「捕まえた♪」
魔王の演奏を止め、動きを止めた先森を愛でようと近づいていく音夢。
その距離が、残り一メートルとなった時に音夢の視線の先、先程まで諦めていた風に見えた先森がニヤリと笑う。
「……闇よ、飲み込め!」
「そっか。吸収も出来るんだったね」
思い出した様な軽い声色の音夢の先で、先森を拘束していた二体の人形は彼から溢れ出た闇に触れると、一切の抵抗なく飲み込まれその存在は消えていき、残ったのは拳を構える先森だけとなった。
「……どうしても戦わなくちゃダメか?」
「綾人が私の手を握ってくれるのなら」
少しだけ悲しそうな表情を浮かべて告げる音夢に対し、顔が完全に覆われている先森の表情は見えないが、彼らは向かい合う鏡の様な物……その表情はぎゅっと力を込められた拳で伝わる事だろう。
音夢もそれに応じる様に、握られていたバイオリンが闇の中へと消えていくと、トントンっというリズムで小さくジャンプをしながら上半身は自然のまま揺れている。
「もう一度、友達になりたいと思っていたんだけどな」
「なれるよ」
「これから殴り合うのにか?」
「うん!男の子は、こうやって友情を育むんでしょ?」
「ちょっと間違った知識な気がするけど」
まぁ良いかとお互いに笑みを浮かべて、音夢がジャンプの勢いそのまま弾かれたように、先森との距離を詰めながら脚を振り上げ、横腹を狙い蹴りを放つ。
それを防ぐ為に右腕を盾にするが、膝が伸びきっている彼女の蹴りは横腹を蹴り上げる事なく、通り抜けその伸びた脚で、回り込む様に鋭く尖っている爪先が先森の腎臓辺りに突き刺さる。
「ッッ!?」
「──驚くのは早いよ」
予想外の背後からの衝撃に前に飛び出してしまう先森の顔面を、今度は靴のエッジを利用した蹴りが勢いよく当たり吹き飛ばされるが、受け身を取りダメージを抑えると、揺れた視界を堪えながら体勢を整える。
「今の一撃で昏倒させるつもりだったんだけど……ふふっ、綾人はタフだねぇ」
「……独特な蹴り方だな」
脚をぶつけるのではなく、鋭い靴で相手を蹴るという先森の知識にはないその蹴り方に、どう対処をするべきか考えるがその暇はなく、ニコッと笑みを浮かべた音夢が常にジャンプしているその力の方向性を変え、弾かれる様に距離を詰める。
蹴りの体勢を見せる音夢に対し、拳が主体である先森はリーチの都合で劣っており、このままでは再び蹴り飛ばされる未来が待っているが、それを直感で理解した彼は音夢の姿勢を見るや否や、彼女の間合いに飛び込んだ。
「これならあの蹴りは、使いづらいだろ!」
拳を振りかぶり、殴ると見せかけ音夢を傷付ける覚悟が未だに出来ていない先森は、途中でその手を開く先程、人形が己にした様に音夢の手を掴み、関節を固めようとする。
「優しいね。でも、それだけじゃダメだよ?」
「なっ!?」
人形を指揮し、戦わせていたのは他でもない音夢である。
慣れた手つきで稚拙な動きをしている彼の手を払い落とし、最小の動作かつ至近距離で使える足技──足払いを行い体勢を崩すと、腹部に二発、拳を叩き込みタンっと踵で地面を蹴り距離を開ける。
「させるか!」
今度は体当たりする様に、音夢へ近づくがその距離が詰まるまでの刹那の猶予に、詠唱を許してしまう。
「足場よ」
その詠唱と共に後ろに飛び上がる音夢は、自らの力で出現した黒い靄の壁をパルクールの要領で、蹴り飛ばし先森の頭上を軽々と、飛び越えて着地。
勢いよく音夢が居た場所へと突進していた彼に、その動きを追える筈がなく大慌てに自らの動きを止め、振り返るがその時には既に間合いへと詰められており、視界に彼女を捉えた直後に爪先を当てる事に特化した鋭い蹴りが、横腹に突き刺さり、苦悶の声を溢す。
「クソッ!」
それでもと反撃に放つ右ストレートは、腰も入っておらず痛みからキレもない為、身体を少し逸らすだけで避けられてしまいその崩れた重心を更に、足払いをした音夢によって大きく崩された先森は、地面に向かって倒れるその身体をどうにか利き足で、支えようと足掻くが顎を掠める様に放たれた踵によって脳が大きく揺らされ、ガクンっと彼の足から力が抜ける。
「しっ!」
初めて短く息を吐いた音夢は、崩れていく先森の腹部をまるでサッカーボールを蹴る様に蹴り飛ばし、口から大量の空気を吐きながら彼は、入って来た屋上への扉に背中から叩きつけられその痛みから、立ち上がる事は出来ずその場に崩れて落ちてしまった。
力量の差は勿論のことだが、最も大きなものとして手荒な真似をしてでも先森を連れ帰ろうとする音夢と可能な限り無傷で、取り押さえて話をしようと願った先森の差がこの結果となった。
「ぐっ……ね、む……」
「驚いた。まだ、意識があるんだね。本当にタフ。でも、今度は立てないみたいだから、目的は達成と言えるかな?」
脳が揺らされたこと、何度も呼吸を乱され軽い酸素不足に陥っていること、そしてほとんど彼女に手も足も出なかったという事実が先森から戦う意志を奪っており、どうにか立とうと藻搔くのが精一杯であった。
そんな彼の愛らしい抵抗を完全に止めようと、音夢は彼に近づいていき──目の前を火の壁が遮った。
「──本当に邪魔」
憎々しげに呟いた彼女の視線の先には、呼び出したアビス・ウォーカーを全て打ち倒したのか火を纏い、周囲の闇を照らす日野森が、空を飛んでいた。
「そいつがアンタの為に、どれだけ悩んだと思ってるわけ?」
「……」
「私と会話はしたくない?それとも、分からない?まぁ何でも良いわ。何であれ──」
日野森に呼応する様に、彼女が纏う火が荒ぶる。
彼女は怒っていた。
今日からやっているソシャゲのランキングイベントが始まったこと、放課後の学校というまだ、残っている人が大勢いる場所でアビス・ウォーカーを無視し、戦っていること……そして悩んでいる友人の好意を踏み躙った音夢に対して。
「──友人を傷付けたアンタと長々、話す気なんてないから」
「……黙れよ。お邪魔虫」




