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まさかの提案

 あれから数日経って、包帯は相変わらずだが、とりあえず少しは動ける様になった俺はAD本部の医療室から、退室という扱いになった。

 身体を休めたのだから今度は、心を休めろという事だったのだが……いや、無理だろと、目の前に広がる『お祝い』として、用意された美味そうな料理を眺めつつ思う。


「先森君、アレルギーとか苦手な物とかこの中にある?」


 俺の部屋じゃカップ麺を沸かすぐらいにしか使ってないキッチンから、俺と日野森が座っているダイニングテーブルの方を見ながら、楽しそうに笑顔を浮かべている一見、日野森の姉にしか見えないほど若々しい彼女の母親、日野森 翔子(しょうこ)さんが快活に話しかけてきた。


「あ、大丈夫っす。大抵、なんでも食えるんで」


「ならよかった!もう少ししたら、ご飯そっちに持って行くから食べてても良いわよ〜!飛鳥、先森君が不便そうにしてたら手伝ってあげてね」


「分かってるわよ」


 横に座る日野森が、いつもの様に返事を返すと視線で、食べないの?っと訴えかけてくる。

 そうされては固まってる訳にもいかず、左手で、用意されたフォークを持って目の前にある唐揚げを口に入れながら食べるが、緊張で味が良くわからねぇ……前のお弁当からして多分きっと、美味いんだろうけど!とそんな事を考えながら、今に至る経緯を思い出す。







「片手しか使えない状態じゃ、包帯を巻くの難しいな……」


 AD本部から出てすぐに、右手に巻かれていた包帯が解けてしまい、自分で巻こうとしたのだが左手一本だと、どうにも教わった巻き方がやり辛くて、しょうがなくある程度形に出来たと思っても、何処かが緩かったりしてまた元の状態に解けるというのを繰り返していた。

 だんだん、これ腹立ってくるな……一旦戻って、桜井さんに巻いてくれる様に頼んでくるか?いや、でもしばらくは一人でこれやんないといけないし、慣れないとなぁ。

 稽古として世話になっている伊藤の爺さんは、傷が治ってからにしろってのとその間に調べたい事があるとか言って、またふらふらと姿をくらましている……歳なのに、本当によく動き回る人だよな。


「道のど真ん中で何してるのよ?先森」


「ん?あぁ、日野森か。いや、包帯が上手く巻けなくてな……お前も今帰りか?」


「そうよ。諸々の被害算出が終わったから、そのまま私に始末書が回ってきてね……疲れたわ」


「お、おう、お疲れ」


 まるで、残業終わりのOLみたいな雰囲気を醸し出して、枯れた笑みを浮かべる日野森に思わず、引き攣った同情が口からこぼれ落ちてしまった……くっそ、また解けた。


「あーもう、貸して」


 見ていられなかったのだろう彼女によって、何回もぐちゃぐちゃになった包帯は綺麗に巻かれていく。

 おぉ、体感でしかないけど桜井さんに引けを取らないくらい手際も良いし、慣れてるな。


「はいっ、終わり。どう?キツくない?」


「あぁ、大丈夫だ。ありがとう」


「どういたしましてだけど、アンタこれからどうするの?一人じゃ巻けないでしょ。伊藤さんを頼るの?」


「いやぁ、伊藤の爺さんは仕事があるらしいからなんとかするさ。うし、帰ろうぜ日野森」


 住んでるマンションは同じなのだし、このまま一緒に帰ろうかと思い日野森に声をかけると、何やら顎に手を当てて少しだけ、考える素振りを見せると徐にスマホを取り出して、電話を始めた。

 何か急な用事だろうか?それなら、先に帰るかと思って歩き出した矢先、彼女に服をガシッと掴まれてしまった。


「な、なに?」


「ちょっと待ってて──あ、お母さん?うん、今から帰るんだけど、ウチ部屋って余ってたよね?……そうそう、本家の方に行ってるお父さんの部屋……友達が怪我をしてってもう、今は話を聞いて!……うん、それで不便があるから暫く泊めてあげられないかなって……うん、ありがとう」


 通話が終わり、日野森はスマホをしまう。

 あのー、なんとなく予想出来てるんですけどもしかしなくてもこれって……


「先森、アンタウチに来なさい」


「だろうと思った!?いやいや、そこまで世話になる気は」


 ただでさえ、返せてない恩があるってのにこれ以上世話になったら、俺はどうやって彼女に恩返しすれば良いんだ?ってなる。

 抵抗しようとする俺に自然な足取りで、距離を詰めた日野森は軽くコツンっと、俺の胸に拳を当てる。


「友達なんでしょ。困ってるときは、お互い様よ」


「……それを言われたら敵わなねぇな」


 否定する言葉を出せば、日野森に友達になろうって言ったのが嘘になってしまう。

 他にも断る術はあるのかもしれないが、少なくともそれを持ち合わせていない俺は、このまま日野森と一緒に帰る事になり、時間は今に至る。


「はい、ご飯どうぞ」


「ありがとう、ございます」


 キッチンから戻ってきた日野森の母さんが、茶碗に山盛りになった白米を置いてくれる。

 隣の日野森には、普通盛りだからこれは男という事で多く盛られたのだろうな、ありがたい……しかし、左手一本だとどうにも行儀悪い食い方になるな。


「ふふっ」


「(……なぁ、なんでお前の母さん、あんなに楽しそうなんだ?)」


 家に来てからというものずっと楽しそうにしているのがなんだか気になって、隣にいる日野森に小声で話しかけると、それが少しだけくすぐったかったのか、少しだけピクリとした後同じ様に小声で返事が返ってくる。


「(友達、連れて来たの初めてだからじゃない?電話した時もはしゃいでたし)」


「(あぁ……なるほど。流石はボッチ)」


「(アンタもでしょうが!!)」


「ふふっ。なーに、二人で仲良く話してるの?」


 微笑ましくて仕方がないっといった感じと、慈愛に満ちた柔らかい笑みを浮かべるその表情はやっぱり、親子というだけあって日野森が時折、浮かべる笑みとよく似ていた。

 とは言え、二人揃って恥ずかしい気持ちに駆られたのか次々と目の前に並ぶ、豪勢な料理に手を伸ばし、逐一美味しいと感想を残しながら食べていくが、それすらもやっぱり微笑ましげに見られてしまい、恥ずかしさを払拭する事は出来なかった。


『足立区に起きた原因不明の水道管爆発ですが、事故現場の調査をした結果、内部の老朽化が原因であったと推測され、関係者達は再発防止に努めるとのことです。続きましては、新宿公園の遊具や木が何者かによって、切断された事件ですが、未だ犯人は見つかっておらず、不審な人物の目撃情報を集めているとのことです。両区画は、突如として避難勧告が行われた場所でもあり、SNSでは何かの陰謀ではないかという声も広がっていますが、政府や警察組織はこれを否定し、憶測で動くことを注意する様呼び掛けています』


 色々と食べ終わり、腹の圧迫感に苦しんでいると、日野森の母さんが付けたテレビからちょうどニュースをやっていた様で、アナウンサーが真剣な声で読み上げる声が聞こえてきた。

 場所的に俺らの現場だよな?表向きは、隠してる訳だから報道とかはこういう感じになるのか、あんましテレビを見ないから知らんかったが、以前からやっていたんだろうな。


「先森、シャワーとかは出来るの?」


「確か、桜井さんが言うには傷を直接濡らさない様にすれば良いらしい。ぬるま湯にしろとは言われたが」


「なるほど。じゃあ、先に浴びて来ていいわよ。その間に包帯とか用意しとくから」


「何から何まですまん」


「良いって」


 日野森の案内に従い、風呂場に行き服を脱ぎ、包帯を外していくと傷口が露わになる。

 どうやっても跡が少しは残るらしいから、温泉とか行ったらヤクザとかそっち系に見られるんじゃねぇかこれ?

 傷口に注意しながら、軽くシャワーで汚れを落とし風呂場から出て、脱衣所で水気を取り下着を着る。


「入っても大丈夫?」


「あぁ」


 肩口にある傷のせいで、上半身は裸だがまぁ、男だし特に恥じる要素はなく、日野森も気にした様子はない様で道具を持って、近くに座るとこれまた慣れた手つきで、俺の身体に包帯を巻いていく。


「どこで習ったんだ?」


「家。言ったでしょ、昔からサードアイに目覚めやすい家系だって。最悪、一人になっても生きられる様に色々叩き込まれたわっと、はい肩終わり。次、右手出して」


「あいよ……俺も喧嘩とかで怪我はするが、ここまでの大怪我は初めてだし大抵、そのまま放置してたからなぁ」


 いつかの喧嘩で、アスファルトの破片を凶器代わりされて、ぶん殴られて額を切った事があったが、流れる血もそのままに返り討ちにして、家に帰って乾いた血が鬱陶しいからって理由で洗い流しただけで、そのあと何もしなかったら、軽く化膿したのは悪い思い出だ。


「そういうところも適当なのねアンタ……いつか、腐り落ちても知らないわよっと、はい最後に脚ね」


「うっす。次、自力でどうにか出来る怪我したら気をつける」


「そこは怪我しないくらい言い切って欲しいものね」


「近接戦主体に無理を言うな」


「あら、伊藤さんはほとんど怪我しないわよっと、はい終わり」


「あの人は……次元が違うだろ。サンキュー」


 軽く体を動かして、包帯が外れない事を確認して日野森に礼を言うと、ヒラヒラと手を振られた。


「次は、私が入るから、出てって」


「うーす」


 ヒラヒラは出て行けって事ね……友人の生着替えを見て、逮捕にはなりたくないので脱衣所を出て、リビングに向かうとそこには、日野森の母さんが湯気を漂わせるココアを用意して、座っていた。


「あ、ねぇねぇ、こっち来て少しお話ししましょ」


「うっす」


 彼女と向かい合う様に座り、用意されたココアを一口飲むと程よい甘さが口の中に広がっていき、ほっと一息を入れるにはちょうど良く、全身の余計な力が抜けていくのを感じる。


「ふぅ……美味しいっす」


「ふふっ、良かった。ねぇ、君は戦うの辛くないの?」


「……え?」

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