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失われた記憶と笑顔

定時投稿遅れてすみませんでした。

「……ん?」


 目を覚ましたら知らない天井……ではなく、気絶する度に世話になっているAD医療室の見慣れた白い天井だった。

 ……あぁ、そうかそうだったな、新宿に出たアビス・ウォーカーを倒しに行って合体からの強化とかいう、ボスムーブかましてくれやがった奴と戦って……ADの人に助けられて、目の前で人が死んだのを見て……気が付いたらアビス・ウォーカーをぶっ倒して、音夢が目の前に居て話したら気を失ったんだった……は、ははっ、自分の事ながら無駄に良い記憶力をしてやがる。

 腕が動かしづらい……というか足も吊られてるし、こりゃ立てないな。


「……何か物音がって、先森!起きたのね」


「ちょっと前になって、声ガラガラだな」


 自分の声に驚いている俺を他所にまたソシャゲをやっていたのであろう日野森が、スマホを懐にしまうとぐっと俺に近づいて、かなりの至近距離で俺の顔を見つめてきた……近いんですが。


「何か暗い事考えてたでしょ。アンタ」


 ゆっくりと俺の頬を撫でる日野森の手から、じんわりと熱が伝わってくる。

 

「……人が、死んだ……俺が、俺が不甲斐ないばっかりに……」


 今でも鮮明に思い出せる。

 あの人にドンっと、押された時の衝撃、恐怖を感じて歪んでいるにも関わらず俺を安心させる様に笑う最期の表情……名前すら知らないのに、あの人は何も残さずに消えてしまった。


「本当に外見ばっかり強そうで、中身は弱いわねアンタ。覚えておいて、ADに所属する人は皆、自分の命を差し出す覚悟があって戦場に立っている。茂光さんも、桜井さんも、この施設内にいる全ての人、今こうしている間も街中を現地で監視している人達も、みんなアビス・ウォーカーを相手にすると決めた時からその命を捧げている──それはもちろん、アンタを助けた人もそう」


 力強く、真っ直ぐに俺の瞳を見ながら日野森は言葉を続ける。

 再び、膝をついて歩くのを止めしまいたいと思っている俺を、彼女らしい火で焚きつける様に。


「──私や、アンタはあの人達からすれば連中に対抗するための希望であり、大人が守らなきゃいけない子供なの。だからこそ、私達は助けられた分だけ、背筋を伸ばして前を向いて歩いて行くの!それが散っていった人に出来る最大限の手向よ先森」


 そう言われて俺は助けれてくれた人が、最期に言っていた言葉を思い出した──生きてと、あの人は言っていた。

 本当はもっと長く伝えたい言葉があったかもしれないが、あの刹那の時間で俺が生きることを望んでいたんだ……俺に恨みでもなんでも、それこそアビス・ウォーカーに向けて罵詈雑言を残しても良かったのに、最期まであの人は俺の未来を祈ってくれていた。


「……日野森は強いなぁ」


「そうなるしかなかっただけよ」


 そう言って日野森が浮かべた優しい笑みに、引き摺られる様に俺も笑顔を浮かべる。

 上手く出来てるのか全く、分からないけど今の俺なりにちゃんと歩けるという意味も込めて、精一杯の笑顔を浮かべたつもりだ。


 コンコンッ!


 扉の音がノックされて、すぐ後に開きこちらに歩いてくる人の足音が聞こえ、俺と日野森は近すぎる距離から漸く離れた。


「日野森君、彼の容態はっとおぉ!起きたか先森君」


「あ、起きたんですか?じゃあ、少しだけ検査しますね」


 入って来たのは茂光さんと、桜井さんだった。

 茂光さんの言葉で、俺が起きているのに気が付いた桜井さんによって簡単な検査……意識がしっかりとしているかどうかとか、記憶に何か問題はないかとかそういうのを受けている間、日野森と茂光さんは何かを話していたが、俺には聞こえてこなかった。


「よし。問題ないね、あぁそうだった。怪我の方なんだけど応急処置がかなり完璧だったから、二週間もすれば日常生活に支障は無いと思うよ。後で、塗り薬を渡すから包帯とかを変えるときは必ず塗ってくれ」


「うっす」


 そんなに早く治るもんだっけ?まぁ、桜井さんがそう言ってるならそうなんだろとか、考えていたら今度は茂光さんが目の前に座り、日野森が茂光さんの対面つまり、ベッドで寝ている俺を挟む様に座った。


「傷は痛むかい?」


「まぁ、無理やり動かそうとすれば」


 がっつり固定されてるから無理やり動かすのは無理だが、少しだけズキズキと痛むところから察するに動かせば激痛が待っているだろう。

 

「すまなかった。君を──」


「茂光さん、俺は大丈夫っす。だから、俺の責任まで取らないでください」


 申し訳なさそうに謝罪する茂光さんの言葉を、少し強めに声を発して遮る……アンタが、心配してくれてるのは分かってる……けど、全部言い切られたら俺はどんな顔をして良いのか分かんなくなる。

 俺の言葉を聞いて、小さく分かったと返す茂光さんは一度目を伏せてから、持って来ていた鞄から何やら一枚の紙を取り出して、俺に渡して来た。


「これは?」


「君には辛い事を思い出させるかもしれないが、質問をさせてほしい。君と、土御門 音夢の関係だ」


「関係って言われても……」


 何処かで会ってるとしか聞いてないし、それ以外何も分からない。

 視線が下に行き、受け取っていた紙に書かれている事が目に入ってくる──え?


「火の海の生き残り……そんな、だって、俺しかいないって……」


「君が目を覚ますまでの二日間を使って、調べさせて貰った。土御門 音夢は君と同じ、あの火災の生き残りであり、世界的音楽家でもあった土御門ご夫婦の一人娘だ。あの火災は知っての通り、遺体が見つかっていないため君の様に生きているところを救助されなければ、死んでいる筈だ。だからこそ、問わなければならない。日野森君の話では、君と土御門 音夢はかなり親しい様子を見せていたそうだね?」


「あ、あぁ」


 音夢の言葉とこの紙書かれた事が真実なら、俺とアイツが出会ったのは火災が起きる前って事になる筈だ──呼吸が少しだけ苦しくなるのを感じる。


「……君が知る土御門 音夢と君の目の前に現れた土御門 音夢は同一人物かどうか、教えてほしい」


「──分からない。俺には何も分からない」


「先森君」


 分からないと口にした俺を、ほんの少しでも情報がほしい茂光さんは俺の名前を呼ぶが、本当に分からないんだ。

 知っているのなら、思い出せるのなら俺だって音夢との約束がある!!本当に昔に知り合っていたのなら、俺だってたくさん聞きたいことがあるんだよ!!でも……でも、ダメなんだよ……


「……本当に分からないんだ……俺には火災より前の記憶がほとんどないんだ。家族の事はどうにか覚えているけど、それ以外は本当に何も分からない!!あの街で、俺がどんな風に生きていたのか!!どんな友達がいたのか!!あの街にどんな人達が生きて……どんな思い出があったのか俺には何も……残ってないんだよ……」


 その場の全員が息を呑む音が聞こえた。

 あぁ、こうなるから話したくなかったんだ……記憶に問題があるって言えば誰もが俺に気を遣って、余計なストレスを与えない様にしてくるから……なによりもその気遣いが辛いというのに。

 まぁでも、音夢の存在がある以上、遅かれ早かれこうなっていたか。


「……災害を経験したことによるストレス性の記憶障害か。分かった、こちらでも引き続き彼女に関して調べると共に、君の事も調べよう」


「……なぜ?」


「私も馬鹿ではない。先ほど、遮られた事で君が謝罪を求めていない事を理解したつもりだ。そして、そこまで苦しそうにする君の理由にも大凡の検討がつく。故に言葉として伝えておこう、先森君──私は私の好奇心で、君と土御門 音夢に関して調べ、何か分かれば組織の長として部下である君に情報共有の一環として話そう……それくらいは許してくれるね?」


 敵わねぇ、そう思った。

 何もかもを見透かした上で、沈黙を選んで立ち去る事だって出来た筈だろうに傷付くにしても、俺が最も傷付かない言葉と方面を一瞬で、選んでこの人は口にした。


「……好きにしてください」


「そうするとも。では、私はこれで失礼。あぁ、桜井君も一緒に来てくれ」


「は、はい!」


「あの、私は……」


「君は彼と一緒に居るといい。時には、大人に話せないこともあるだろう」


 そう言い残して、茂光さんは桜井さんを連れて部屋を出て行ってしまい、また日野森と二人だけになった。

 ……何を話せばいいんだ?正直、かなり恥ずかしいところを見せている気がするし、日野森もずっと下を向いてるからどんな表情をしているか分からんし……沈黙が気まずい。


「ねぇ」


「お、おうゴホッ……流石に喉が」


 ただでさえ、喉の調子が悪いのにさっき叫んだものだから、ガスガスな声に加えてなんか喉奥が張り付く様な感じがあって咽せてしまった。


「無理して話さなくて良いわ。返事が無くても勝手に話すから」


 そういう事ならと黙って話を聞く姿勢を見せる。

 と言っても、身体は動かせないから口を閉じて首を少しだけ彼女の方に向けて、小さく頷いただけなのだが。


「私はね、アンタがサードアイに覚醒しなきゃずっと、アンタを嫌ったままだったと思う。友達になんてなろうとも思わなかったわ。だって、学校はサボるわ喧嘩はするわ、見た目はまんま不良だし同じ制服を着てるせいで、真面目にしてる私の評価まで落ちるんだから」


 それはうん、すまんかった。

 顔を上げた日野森の非難する視線は、物理的な力なんて何も持っていないはずなのにブスブスと刺さるみたいな感じがして、思わず反射的に顔を逸らしてしまった。


「でも、サードアイに覚醒して少しは話す様になって、仕事も一緒にして、挙句の果てに水族館でデートして。そんな風にアンタと接して、本当は凄く繊細で傷付きやすいのに誰かの為に、戦場に立てる優しい人なんだって知ったわ」


「……それは、違う……サードアイは連中に狙われるから……」


「そういう面もあるでしょうね。でも、本当にそれだけなら死んでしまった人に想いを馳せて苦しむなんてしないと思うわよ。それに、蜘蛛のアビス・ウォーカーに囲まれてた私を助けてくれたのは他でもないアンタよ」


 それは……俺の不注意で巻き込んでしまったからであって……いや、けど確かにあの時俺は逃げようとか考えず、日野森を助けることしか考えていなかった。


「先森」


 珍しく名前を呼ばれ、逸らしていた顔を日野森の方へ向けると、彼女の特徴的な赤髪が循環目的の扇風機の風に、揺らされて火の粉の様に広がっていて、吸い込まれる様に俺の視線は日野森が浮かべる優しい笑顔へと誘導された。


「私がそうやってアンタを知った様に、これから土御門さんを知っていけば良いんじゃない?昔の想い出は無くなっちゃったかもしれないけど、これからの想い出は積みかせねていけるし、そうしたらいつか昔の想い出にも繋がるかもしれないしね」


「これから……」


 胸が少しだけ軽くなるのを感じた。

 彼女の言葉には何か根拠がある訳でもない希望的観測に満ちた言葉ではあったけど、昔の事をほとんど忘れている俺でも、ちゃんと生きていて良いと音夢に正面から向き合えるのなら、今はそれで良いんだって肯定されて……少しだけ救われた。


「それと、私ともちゃんと想い出を作るのよ。友達なんだから」


 その言葉は少しだけ恥ずかしかったのかどこまでも真っ直ぐな日野森にしては珍しく、頬を赤くして俺から視線を逸らしていた。


「ふふっ……はははッッ!ゴッホ!?」


「あーもう、無理して笑うから……ふふっ、ふふふ、ははは!変な咳き込み方!」


「お前が笑わすのがゲホッ、狡いんだよ。ボッチが慣れない言葉使うから、照れるんだぞ」


「ふーん、そんな事言っちゃうんだ。じゃあ、喉が治ってからで良いから、今度はアンタが私の良いところ教えなさい。私だけに言わずなんて不公平よ」


「んなっ!?それは、お前が勝手に……わーったよ。治ったらな」


「よろしい」


 そう言って彼女は、俺の反論潰しのために右手に浮かべていた小さな火を握るとポン!というちょっとだけ気の抜ける音が、部屋に響いた。


「「ふふっ、はははは!!」」


 その音となんだかすっごいくだらない事で言い合いになっていた自分達が、可笑しくて面白くて俺と日野森は、顔を見合わせて笑い合った──ありがとうな、日野森。

 

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