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暴走

「ほぅ、アビス・ウォーカーが同族を喰らいより上の存在へと進化するとは。彼の力が生存本能を刺激したか?それとも、あの個体が特別だったか?」


 形を辛うじて保っている建物の中で、その風景とは似つかわしくない最新鋭な機材が、所狭しに並べられており進行形で更新されていくデータと、それらを印刷していく紙の勢いは止まることを知らず、それら全てに一瞬で目を通しながら興味深そうに、ケルベロスに呼ぶと相応しい姿のアビス・ウォーカーと、闇のサードアイ覚醒者、先森 綾人が戦う様子を映しているモニターを、興味深そうにその人物は見ていた。


「……いやそれはないか。根本的に終わっているアビス・ウォーカーが、今更奮起するなどという変化を起こすとは思えない。だとすれば、ふふっ、やはり天然物は素晴らしいな」


 モニターの光に照らされて、伸びる影はその人物が長身である事を示しており、先程から機械の音以外、何一つ聞こえて来ない場所で、紡がれるその声は女性のものだ。

 

「簡単にこちら側へ来てくれれば良いんだけど……まぁ、手荒でも仕方ない。殺さない程度に加減してね」


『もちろん。殺さないよ』


 悪意とはいつも、人の目の届かない暗闇の中、蠢くものだ。












『ガァァァ!!!』


 咆哮と共に、三つの死が涎を滴らせ、俺という人間の命を求め迫る。

 より強くなって、復活とかふざけんなよ本当に!テメェは、ゲームのラスボスか何かよ!


「出し惜しみをしてる場合じゃねぇ!闇よ、壁となれ!!」


 クラゲ型アビス・ウォーカーと戦った時みたいに、手を前に翳して黒い壁を作り出す。

 そのままの勢いで来るなら、この壁に触れたお前を飲み込んでやる、これはそういう質の壁だ。


『シネェェェシネェェェ!!』


『ニクイ、ニクイ、ニクイィィィ!』


『イタイ……イタイ……イタイヨォォォ!!』


 ただ聞いているだけで、神経を蝕む様な不快で、悍ましくて、何故か悲しい叫びがケルベロスの胴体から生える三つの、人の頭の様な形をした部分から絶え間なく放たれる。

 

『ガァァァァァァァア!!!!!』


「そのまま突っ込んできやがった!?」


 進路を変えたりするかと思ったが、ケルベロスはその勢いと叫びのままに俺が生み出した黒い壁に激突する。

 クラゲ型アビス・ウォーカーの訳わからんほど、乱発してたビームを防いだこの壁だ、そのまま破れる事なくケルベロスは、飲み込まれて消える筈……その筈なのに、なんだこの背中を走る嫌な予感は!


──その予感は、現実となる。


『ガ、ァァァァア!!!!!』


「嘘だろ!?壁を破って──」


 黒い壁の向こう側から、一枚で車ほどはあるんじゃないかと思える鋭い爪が現れると、その次の瞬間にはケルベロスの牙がゆっくりと、せり出て咆哮が少しずつ直に聞こえ始める。

 少しずつだが、確実にクラゲ型アビス・ウォーカーの攻撃を凌いだ壁が目の前のケルベロスによって、破壊されつつあった──このままじゃ、不味い!

 出来る限り、全力で横に飛び退くと同時に、壁は破壊されケルベロスが先程まで俺が居た場所の地面を喰らいながら、駆けていき五メートルほどその進路上にあった全てのものを破壊しながら進み、振り返った。


「木が……一瞬で枯れて、消えていった?」


 ケルベロスに薙ぎ倒された木は、残されていた部分までまるで生命を吸い尽くされたかの様に、緑から茶色へとその姿を変えると、土に還るのではなく黒い靄に覆われていき、その靄が消えるとそこに木があったとは思えないほど何もない空間が広がっていた。


「ッッ!?頭が……なんで、こんな時に……」


 急な頭痛に思わず、両手で頭を押さえて立ち尽くしてしまうがそんな事が気にならないほどの痛みと、吐き気が俺を襲っていた。

 頭の中に、白黒の光景が何倍速にもなって映画の様に流れていくと共に、先ほどの木に起きた謎の現象に妙な既視感を覚えていく。


『これ、誕生日プレゼントにあげる■■』


 ──何倍速にもなった光景の中で、俺は誰かに何かをあげており、それが何かは分からなかったが妙に懐かしく、嬉しい気持ちになって──浴びせられる殺意によって、現実に引き戻される。


『グルァァァァァ!!』


「あっ」


 凄い間抜けた声が出た。

 これが最期だとしたら、その声を出したというだけで恥ずかしくて死にたくなるほどの声が。

 迎撃も、回避も間に合わない位置までケルベロスは迫ってきており、まるで走馬灯の様に引き伸ばされた時間の中、何を考えるまでもなく、俺は飛び散る涎に汚ねぇなぁって、感想を抱いていた。


「先森君!!!!!」


 ドンっと気がついた時には、黒いスーツを着たここまで、俺を乗せてきてくれていた名前すら知らないADの人が、俺に向かって、両手を伸ばしていて──


「生きて──」


 その衝撃と体勢が俺の事を押して、助けてくれたと理解した時にはすでに、恐怖で歪んだ顔を無理やり笑顔にした様な歪な表情で、ADの人がケルベロスの牙によって、その命を奪われていた。


「ぁ……」


 突き飛ばされた俺の方を見るケルベロスの口には、既にその人の姿はなく、ただ黒い靄が残り滓の様に漂っていた。

 俺のせいで……俺を守って……『また』人が……死んだ。


「アァァァァァ!!!!!」


 溢れる涙と、喉から血が出そうなほど叫び、それに呼応する様に、黒い霧が現れて俺を包むと、胸の奥から目の前のケルベロスに対する怒りと殺意が、煮えたぎるマグマの如く、噴き出してきて。


「殺す」


 ドス黒いまでのその感情に俺は塗り潰された。









 日本の新宿にある公園にて、高度な文明に似つかわしくない『二匹の獣』が殺し合いを行なっていた。

 

『グルァァァァァ!!』


 片方は、狼の首と、人の頭をそれぞれ三つ持つ異形の怪物──ケルベロスを彷彿とさせる。


「殺す殺す殺す殺す!」


 片方は、辛うじて人の姿をしているものの全身に黒い霧を纏っており、殺意しか感じられない言葉に相応しく、両手両足は、目の前のケルベロスに負けず劣らず、鋭く尖った黒い爪の様なものが形成されており、それを獣の如く振るい、ケルベロスの身体に傷を負わせていた。


『イタイヨォォォ!!!!!』

 

 その痛みを感じているのか、爪が振り下ろされ傷を作る度に、人の頭をした部位の一つが、叫ぶ。

 だが、獣が伸ばす鋭い爪に牙を立てるケルベロスは気がついていない。

 人の頭をした部位が、シネ、ニクイ、イタイと叫べば叫ぶほどに、人の形をした獣から発せられる殺意が色濃くなっていくのを。


『グルァァァァァ!!』


 しかし、ケルベロスも負けてはおらず、その三つの首を使い人の形をした獣の、肩、右腕、左脇腹に噛み付く。

 特殊なスーツと言えど、先ほどの戦いで蓄積したダメージより、強いそのダメージを防ぎ切れるほど万能ではなく、人の形をした獣から血が噴き出すが、それでも止まることはない。


「殺す殺す殺すぅ!」


 触れているのなら好都合と言わんばかりに、噛みつかれている位置から、黒い霧で形成された鎖がケルベロスを縛り上げ、締め付ける。

 

「殺す!!」


 そのまま人の形をした獣は、自由になっている左腕で自身の右肩に噛み付いているケルベロスの首の一つを、狙いも何も付けず只管に、爪を突き刺し、抉り、捻り、滅多刺しにしていく。

 その爪はケルベロスの身体を、蝕む力がある様で刺された部分からケルベロスとは色の違う黒が、少しずつ広がっていき、その苦しみに悶える様に人の頭が、再び苦しそうな声をあげる。


『イタイヨォォォ!!』


「殺すぅ!!!!!!!!」


 その叫びをまるで、聞きたくないと言わんばかりに、掻き消すような叫びを上げると人の形をした獣が手首すら埋まるほどケルベロスにその爪を突き立てると、その痛みでケルベロスは噛み付くのを辞めて解放しようとするが──遅かった。


「アァァァァァ!!」


 ぶちぶち!と嫌な音を立てて、ケルベロスの首の一つが胴体から引き千切られ、噴き出す血のように黒い霧を出しているその首を、人の形をした獣の纏う闇が飲み込み消える。

 自身も決して、浅くない傷を負っているというのに、それを庇うどころか気にする様子すら見せず、人の形をした獣は、二首となったケルベロスへと、歩を進めていく。


『グルァァァ……』


 威嚇にしては、あまりにも弱々しい咆哮をケルベロスがあげる。

 人の頭が発する叫びが、相手の殺意を増加させていると理解したのかそれとも、目の前の獣が発する殺意に自らの憎悪を振り撒く余裕が、消え失せたのか人の頭は、何も発しなくなった──だからと言って、獣の殺意が落ち着く訳ではないのだが。


「殺す殺す殺す殺す!!!」


『グルァァァァァ!?』


 いっそ、憐れになるほど尻尾を巻いて逃げ出そうとしたケルベロスに、獣は飛び乗ると残された二本の首に両腕の爪を振り下ろし、先程と同様に千切れるまで何度も振り下ろし、千切れた首を広がった闇が飲み込んでいく。


「……殺す」


 既に死体となり、消えていくケルベロスになおも両腕にある爪を振り下ろそうとする獣。


「──もう終わったよ。休んで良いんだよ、綾人?」


 その声と共に少女が手に持つバイオリンで、奏でるはモーツァルト作曲、レクイエム『涙の日』だ。

 ずっと、彼の戦いを見ていた彼女はほんの少しでも絶望し、子供のように泣き続けている彼が救われる様にと祈りを込めて奏でられる音は、とても優しく荒々しく尖り、その棘で自らも傷つけている彼の心を、包み込んでいきその演奏が進んでいくにつれ、獣は人の形を取り戻していき、涙で歪んだ先で演奏している彼女の名を呼んだ。


「──音夢?」


「──うん。そうだよ、綾人」


 黒いフードの下、まるで天使の様な微笑みを浮かべて、土御門 音夢は先森 綾人を見つめるのだった。

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