三頭の獣
「ぐっ……!」
四方八方から迫る狼型アビス・ウォーカーに取り囲まれ、喰われない様に目の前にいる奴を殴って、蹴り飛ばして、また殴って、どうにか数秒先の生存を勝ち取ってはいるけど……どんだけ居るんだコイツら!?ザッと数えた数以上、もう倒してる筈なのに、全然減ってない様に見えるし何より──!
『グルァァ!』
「クソッ、ボス面してんなら、少しは部下に譲れよな!」
『シネ!シネ!シネェェェェェ!!』
突っ込んでくるボス狼型アビス・ウォーカーの牙が剥き出しになった大口を、鼻っ面と顎を掴んで受け止め公園の芝生に、綺麗な二本線を作るように滑りながらアビス・ウォーカーの顔面を逸らして進路を一瞬変えて、生じた隙を使って飛び退く。
──雑魚に俺を包囲させ、仕掛けられる隙が出来るとこうして、突っ込んでくるボス狼がマジで、面倒臭い!
「ああもう、こっちは一人だってのに!」
兎に角走り続けろ、脚を止めて逃げ道を失えば最後、貪られるのは確実だ……普段どれだけ、日野森の援護に甘えてたかよく分かる……打開策が全く思い浮かばねぇ。
『グルァァ!』
「邪魔!」
『ガァァ!』
くっ、背後からも来やがったか!?
正面から来た雑魚狼を、ぶん殴ろうと構えた瞬間、連携して背後から飛び掛かってくるもう一匹の狼。
時間差で仕掛けてくるといういやらしさを感じつつ、殴ろうとしていた拳を開き、正面の狼の顔面を上から地面めがけて、叩き伏せ後方の雑魚狼の突進を避けてから、蹴り飛ばす──どうにか、一秒先の生存を勝ち取ったが、逃げる脚を止めた俺に向かって、大量の雑魚狼が一斉に飛び掛かってくる。
「不味っ!?」
押し付けられてジタバタしている雑魚狼に先ずトドメを……なんで、コイツは消えてないんだ?
途中で、コースを変えたとはいえ、ぶん殴った時とほとんど同じ力で叩きつけたと思うんだが……そんな思考に気を取られたのが不味かった。
「ぐっ!?」
肩に噛みつかれた事で、押さえつけていた狼も手放してしまい、仕返しと言わんばかりに押し倒されつつある俺の脚に噛みついてくる。
纏った鎧とEPSが機能しているお陰で、まだ猶予はあるがどんどん噛みついてくる雑魚狼の数が、順調に増えていけば、やがて力づくにでも食い破られるか、引き千切られてしまう──どうにかしようと、踠き足掻いてる俺の視界に、蹴り飛ばした狼が霧となり、消えていきそのまま、ボス狼の近くに流れていくと再び、雑魚狼としての姿を再生する光景が見えた。
「数が減らないと思ったらそういう事かよ!!」
とことん狡いな……アビス・ウォーカーとかいう種族はよぉ!
でもまぁ、そういう事だって分かればこっちだって対策はある。
兜の向こう側で、次々と視界を埋め尽くしていく雑魚狼共睨みつけながら、口を開く。
「鎧よ!我が身に触れる敵を、飲み込め!」
闇のサードアイ、その力で何が出来るのか考えてきた。
日野森は、わかりやすく燃やす事に特化しているし、伊藤の爺さんは身体強化の方面で使ってるんだと思うが、二人に比べて闇って、何が出来るのかよく分からん!って、なっていたがなんてことはねぇ、闇ってのは字面通り、陽が落ちれば夜が来て、暗闇が広がっていくのと同じ、不定形で広がっていくものだ。
──俺の詠唱に応える様に、纏っていた闇が大きく広がると、俺に噛みついてきてきた雑魚狼達をペロリと飲み込んでいった……広がる闇にどの様な形を与えるかは俺次第って訳だな。
『……グルルル』
「ご自慢の部下が、喰われて意気消沈でもしたか?」
俺を睨みつけて、低い声で唸るボス狼。
俺から触れて、飲み込めば疲労感もそこまで感じねぇと分かったのは大きいが、あの野郎本当に群れの使い方を知ってやがる。
不測の事態に用意していたのであろう、奴の近くで待機している雑魚狼十匹を睨みつけながら、構える。
群れを使い熟し、俺の隙を作りああやって予備戦力まで考えられる奴だ、俺が何をどうして喰われかける状態から脱したかなんて、理解していることだろう、現にあの予備戦力をさっきみたいに使わず自分から前に出てきてやがる。
『グルァァァァ!!』
「爪か!」
噛みつきで俺に触れて、吸収されるのを嫌ったのか咆哮と共に飛びかかり、左右同時に迫る鋭い爪を、後ろに下がって避け、高さが下がった鼻っ面をぶん殴ろうとするが、俺の攻撃が当たるより早くその場で回転し尻尾による薙ぎ払いで、逆に俺が吹き飛ばされた。
「くっ!」
芝生をクッションにしながら、転がり立ち上がった俺目掛けて再び、爪が迫る。
咄嗟に近くに生えている木の枝を飛び上がって掴み、自分の身体を振り子の様にし、勢いよく迫るボス狼の顔面を踏み台にし、後ろに回り込む。
「へっ!……っと、危ねぇ!」
迎撃で振るわれた尻尾を、しゃがんで避けて僅かに横を向いたその腹を右ストレートでぶん殴る。
『グルァ!?』
十分に腰を落として、放ったその一撃はボス狼を怯ませるのに成功した。
このままなら押し切れるか?そう思った矢先、奴は新技を放ってきた。
『シネェェェ!!』
「がっ!?」
その大絶叫と共に、自分の身体が宙を浮き、公園の滑り台に叩きつけられた。
……な、なんだ?何が起きた?俺以外にも、近くにあった木が折れている?……まさか、あの絶叫で衝撃波でも生み出したのかあいつ!?
「視界も少しぐらぐらするし、耳鳴りもしやがる」
ボス狼が近づいて来るのは分かるが、さっきの絶叫を至近距離で聴いたせいか、見える景色が上下に揺れているせいで、正確な距離感も掴めないし、耳鳴りのせいで足音も聞こえない……これ、不味いな……
「ガハッ!?」
そんななんだか分からない内に、腹部に衝撃を受けると俺は宙を舞い、そのまま受け身の一つも取らずに地面に叩きつけられてしまった。
口に砂が入るじゃりじゃりとした嫌な感覚に苛立ちながら、立ちあがろうとした俺の背中に衝撃が加わり、崩れ落ちた俺は勢いよく顎をぶつける。
『グルァァァ!!!!!!!!』
『シネェェェ!!』
「がっ……ぐっ……」
何が目的か分からないが、倒れた俺の背中を勝ち誇る様に踏みつけるボス狼……なんかこれ、初めて喧嘩してボロボロに負けた時を思い出すな……勝ち誇る様に、俺に惨めだと味合わせる様に徒に踏みつけるだけの行為。
あん時は……どうしたんだっけなぁ……あぁ、そうだ思い出した、自分から喧嘩売ってきたからだろうが、あまりにも勝ち誇るデフがウザかったから、脚を振り下ろすタイミングに合わせて、身体をこんな風に横にズラして、予想外の衝撃に悶えてる所を……
「……はっ、人生何が活きるかわかんねぇな!」
『グルァァ!!』
全力で横に転がって、ボス狼の踏み付けを避けると、その脚を全力で掴んで関節部分を、へし折る様に捻りながら負荷を加えていく。
あん時は、デブのご自慢の脚から嫌な音がするまで捻ってやったが、今は俺の鎧が触れてるコイツの脚を少しずつ蝕んでいるから、起きる結果は──
「オラァァ!」
『ガァァァ!?!?!?』
『ァァァァア!!』
──脚を捻り壊し、千切ることになる!
「シネ以外も喋れんだな、お前!」
嬲られている間に、視界も耳鳴りも治った俺は立ち上がり、脚を一本引き千切られた痛みに悶えるボス狼の、顔面を全力で、ぶん殴り耳鳴りの礼として、人の口に腕を突っ込む詠唱を唱える。
「闇よ、我が手から広がり、我が敵を塗りつぶせ!」
人の口だった部分が、俺の詠唱によって注ぎ込まれた闇によって大きく膨らみ、やがて爆ぜた。
結果して、首が千切れかけたボス狼は最期の力を振り絞って、俺から離れるが血の様に黒い霧が漏れ出している辺り、もう恐らくその命は長くないだろう。
トドメを刺そうと歩き出した俺の横を、待機していた雑魚狼達が駆け抜けていき、ボス狼へと近づき守るのかと、思ったその瞬間──死にかけのボス狼へと喰らいついた。
「……は?」
そいつは、お前らのボスじゃねぇのか?
目の前で何が起きているのかさっぱり分からない俺を置き去りに、雑魚狼達はまるで競う様に、ボス狼を喰らっていくと、やがて食う物が無くなったのか今度は、隣にいる自分達を喰い始めた。
「なんだってんだ……意味がわかんねぇ……」
同種を喰らうという理解が及ばない異様な光景に、完全に立ち尽くしていると、いつの間にか最後の一匹となった。
『アォォォォン!!』
「ッッ!?」
黒い風と表現するのが正しいか。
周囲に漂っていたアビス・ウォーカー特有の澱んだ嫌な空気が、最後に残った狼型アビス・ウォーカーの遠吠えと共に、そいつの周りに集まり黒い塊となると、再び咆哮が聞こえると共に、一気に集まっていた黒い霧が爆ぜ──ソイツが立っていた。
三つの狼の首に、三つの人の頭。
そして、見上げるほど大きな巨大へとその姿を変えた狼型アビス・ウォーカーは、まるでゲームやお伽噺の中で、出来る『ケルベロス』の様な姿だった。
『グルァァァァァ!!!!!』