化け物の名は
「あぁもう!どうして、こっちに来ないのよ!」
『すまない。残業をしていた教師達の避難を行い探査もかけた筈なのだがどうやら見落としがあったようだ』
「だとしても本来なら私の方に来る筈でしょう!?しかも──火よ、刺し貫きなさい!」
耳に装着した無線で自らの上司と通話しながら、物陰より現れた黒い靄を纏った猿の様な化け物を燃やし尽くす日野森。
彼女は、自らの母校である高校に化け物──通称、『アビス・ウォーカー』が現れる予兆を確認したという報告を受け待ち受けていたのだが、何故かアビス・ウォーカーが彼女の待機場所に現れる事はなく校内を走り回っているのだった。
『君たち、サードアイを優先的に狙う連中が君を無視した。つまり、今、現在襲われている者は』
「サードアイの可能性があるって訳!?今までよく隠して生きて来れた事だわ。尊敬したいわね!」
『無駄な体力を使わせている事には謝罪しようだから、嫌味は辞めたまえ』
何も持っていない手から火を出し周囲を照らしながら日野森は走る。
やがて、何かがぶち撒けられる様な音が暗い校内に響き渡り、彼女はそちらへ急行するとそこには、倒れている生徒と今にも生徒を殺そうと薄気味の悪い笑みを浮かべるアビス・ウォーカーの姿があった。
「漸く……見つけたわよ。手間かけさせてくれたわね…!」
苛立ちのまま生徒を守り、アビス・ウォーカーを消し炭にする日野森。
馬の様なアビス・ウォーカーが消えると共に校内に溢れていた不気味な気配は消えていき、彼女は自らの直感で脅威がなくなった事を理解した。
「嫌な気配は消えたわね。で、ボス彼の事とかは任せても良いですか?」
『あぁ。救護班と、後処理班を送ってある。彼らと合流して戻っていてくれたまえ』
「はいはい……って、誰かと思ったらサボり魔の先森じゃない。冗談でしょ?」
日野森 飛鳥。先森が所属するクラスの中心的な人間であり、先森がどの様な人間か──具体的に言うのなら所謂、不良生徒であり満足に遅刻、欠席は当たり前かつそこら中で喧嘩しているという噂の人物である──よく理解していた。
その為に彼が自分と同質の力を有している事に理解が及ばず、怪訝な表情になるが目を覚ました時に直接聞けば良いかと深く考えるを辞め、救護班が来るまでの間スマホゲームに興じるのだった。
化け物が迫ってくる。
黒い靄を纏った理解出来ない存在が。
人みたいな不気味な口で、俺を喰らおうと迫ってくる。抵抗しようと暴れたが、結局あの日の様に何も出来る事はなく俺は迫るその口に……
「うぁぁぁ!?」
「うるさっ!?」
悲鳴を上げながら飛び起きると近くから、そんな俺に驚いた人の声が聞こえてきた。
俺の部屋じゃ……ないな、こんなに真っ白い部屋な訳がない。
んじゃ、何処だ此処?そもそも俺は、確か学校で化け物に襲われて……
「悲鳴上げて起きたかと思えばなに、今度は青くなってるのよ。アンタは別に死んでないわよ」
「……日野森。お前が助けてくれたんだよな?」
「えぇ、そうよ。頭の方はしっかりしてる訳ね。はぁ……益々資格ありじゃない」
彼女が呆れた様に首を振るたびに、特徴的な長く赤い髪のポニーテールが同様に揺れるのをなんとなく目で追う。
良いよなぁ、コイツ染めるまでもなく地毛が赤って格好良くて確か、先生達も疑った様だけど家族全員が赤い髪だし医者かなんかのお墨付きで染めてないってのが認められたんだよな。
「なによ。じっと見て」
「あ?髪、地毛でそれなんだろお前。羨ましいと思ってな」
「校則を破って染めてるアンタからしたらそりゃ、羨ましいでしょうねぇっとちょっとそこでじっとしてなさい。今、人を呼ぶから」
部屋を出て行った日野森を見送りながら考える。
人を呼ぶって事は此処は病院か?んじゃ、逃げても無駄だな……こういう時は逃げても外で待機してる人間とか居たりしてすぐに回収されるのがお約束だ。
経験則がそう言ってる──スマホ……あん時落として、逃げたんだわ手元にある訳がねぇ。
はー、ただ待ってるしかないか。
「つか、なんで日野森がいんだ?」
しかも記憶が正しければあいつ、火を操ってたよな。
そういう時期って訳じゃないだろうしというか現実に起きてるから、アレとは別モンだろうしとなると漫画やアニメでよくある魔法少女ってやつか?
その割には化け物がガチモンの化け物だし、日野森は可愛らしい服装でもなかったな。
あいつ、美人だから似合うと思うが……いや、どっちかというと綺麗系か。身体つきは細いし目元とか結構鋭く、寝不足とかで機嫌悪いと蛇女とか呼ばれてるくらいには目付きがこぇぇ。
「邪魔するよ」
渋い声で聞こえてきたその言葉に返事するより早く、扉が開き人が入ってきた。
入り口に視線を向ければ、白髪が所々に混ざった髪を短く纏めているイケオジって表現するのが正しい気がするスーツの男性と、その後ろに日野森が居た……いや、戻ってくるのかお前。
「気分はどうかね?」
「特には問題ねっす」
「そうか。なら、少し話をしようか先森君。私は、茂光 郷という。君が見たあの化け物通称、アビス・ウォーカーと呼ばれる存在に対抗する組織の長をしている者だ」
「えっと……頭の方は大丈夫っすか?」
失礼だとは思うが思わず突っ込んでしまった。
いや、いきなりいい歳したおっさんが横文字使い出してその組織のリーダー的な事を言い出したら誰でもこうなるだろ……なんかすっごい日野森に睨まれてるけど、俺はお前も同類な事実に驚いてるぞ。
そんな俺を他所に、茂光さんは気を悪くした様子はなく朗らかに笑いながら続けた。
「君がそう思うのも理解できる。だが、君も見ただろう?あの化け物を、そして彼女の力を。あの出来事は決して、夢ではなく現実だ」
そう言われてしまえば染み付いている記憶も相まって、否定のしようがない事実を遅れながら理解するしかなかった。
取り敢えず、このまま話を聞いていた方が良いのだろうな俺そんなに頭良くないし。
「連中は五年ほど前に起きた大火災……今なお復興が続いている東京の多摩地域全てを燃やした通称、『火の海』から目撃事例が跳ね上がった化け物だ。我々は、深淵を歩む者──アビス・ウォーカーと呼んでいる」
「ッッ……あの火災の……」
「あぁ。君もよく知っているだろう。何せ、数少ない生存者なのだから」
当時十一歳の俺はあの火災に巻き込まれた……今なお、記憶にこびり着いたあの何もかもが、黒く朽ちていく光景と鼻をつく、建物……そして人が焼ける臭い。
そんなはっきり言って子供が生き残れる状況では無いはずの地獄から何故か俺は生き延びた。
どの様にして生き残ったのかは全く覚えていないのだが。
「話を戻そう。その顔色を見るにあまり詳しく話をしない方が良さそうだ。アビス・ウォーカー共は君が経験した様に人間を襲い、その命を奪う。分かりやすく言えば、天敵の様なものだ。何せ、連中に物理的な攻撃手段は一切通用しない。例え、核だろうが連中には何一つ傷を与えられない」
そんな化け物がこの世界に存在していて良いのか?俺は早くも理解を超えるとんでもない話についていけず、ただただポカーンと口を開けてしまっている。
「だが、そんな連中にも一つだけ対抗策がある。日野森の様な特異な力だ。我々はそれを第三の目つまり、サードアイと呼称し研究を進めているのだが成果はあまり宜しくないのが現状だ。そして、此処からが君に最も話したい事柄なのだが……先森綾人君、君はそのサードアイが覚醒している可能性が高い」
「……は?」
俺に日野森の様な力がある?本気で言ってるのか?懐疑的な視線を茂光さんに向けるが、真っ直ぐと見つめられるだけでそれが何よりも偽りがない言葉だと分かってしまった。
「……つまり、俺に人を救う手伝いをしろって事ですか?」
「大人として情けない話だがね……私はサードアイが覚醒していない、故に君の様な存在を頼るしかないのだ。それにこれは君にとっても悪くない話でもある。連中はサードアイが覚醒した人間を優先的に狙う性質があり、自衛の力は必要だよ」
「はっ……ははっ、最初から逃げ道なんて無しかよクソ」
あぁ、そんな面倒ごと御免被りたいのが本心だ──けど、拒否したらアビス・ウォーカーとかいう化け物の餌になる。
そんなモン、どっちを選ぶのが正解かとか決まりきってんじゃねぇかよ。
「力を使い方を教えろ。その代わり、アンタらに協力する。それで良いか?」
「あぁ!それで構わない。ありがとう、先森君」
こんな打算ありきで決定した俺に対して茂光さんは心の底から嬉しいと言わんばかりの柔和な笑みを浮かべた。
……自分の人間性が嫌になるよまったく。