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三体のアビス・ウォーカー

『時間が無いから手短に言おう。今から、三時間ほど前に本当に僅かなと言えるアビス・ウォーカーの出現予兆が確認され、我々は今までの様に時間を算出し、翌日の二十一時頃だと断定した。だが、今から三十分ほど前にに反応は突如として増大、先ほどアビス・ウォーカーの出現が確認された』


「なっ!?」


 試験が中断され、EPSを着たままADの人達にあれよあれよという間に日野森とは別の車に乗せられ、受け取ったタブレットから告げられた内容は驚きのものだった。

 アビス・ウォーカーが出たとは、聞いていたがそれ以上に状況が今までに比べて特殊過ぎる……けど、なんで俺と日野森を別々の車に乗せたんだ?


『更に驚くべき事だが、反応が確認出来た直後にまた一つ、また一つと反応が増えていき現在では、新宿、足立、大田区の計三ヶ所に、アビス・ウォーカーが出現した。幸い、出現場所の周囲には人が居らず近隣住人の避難も、我々の手で問題なく行えているが、出現場所が複数ある以上、君達をバラバラで派遣するしかない』


『儂は慣れておる』


『私も先森が現れるまでは、一人でしたから。先森、アンタ大丈夫?』


 日野森とのコンビを組んで戦っていた俺にとって、これが初めての一人仕事……恐怖はあるが、それで立ち止まって良い訳ではない、流されているとは言え俺が選んだ道だ。

 タブレットの下で、右手を何度か握って、覚悟を決めてから口を開く。


「任せろ。俺だって、サードアイの一人だ」


『そ。なら、任せるわ。死ぬんじゃないわよ』


 日野森のいつも通り、端的な信頼に胸が熱くなる。


『良い顔だな。忘れるなよ、お前の理由を』


 伊藤の爺さんの少しだけ悪そうな笑みに安心感を覚える。

 頼れる仲間達の言葉を受けて、俺の中で蠢いていた恐れはどこかに消え、彼らに向けて自信満々に頷く事が出来た。


『よし。では、伊藤は大田区を、日野森君は足立区を、先森君は新宿区を頼む……皆、生きて戻ってこい』


『『「了解!」』』

 

 タブレットの通話が終わり、俺は一度後部座席に背中を預け、小さく息を溢す。

 見える景色からして、あと五分もあれば新宿に到着するだろうと予測を立てながら少しだけアビス・ウォーカーの目的に関して考える。

 ADの人達が研究しても結論を出せない事を考えても、仕方ないとは思うがなんとなく今回の三ヶ所同時出現に、何かしらの意図があるんじゃないかと思ってしまった。

 俺が知らないだけかもしれないけど、今のADが出せる戦力の最大数が三で、アビス・ウォーカーも三……連中の性質的に俺らに惹かれた可能性はあるけど、だったら今まで一体ずつ出てきた理由が分からなくなる……何が目的だ?俺達をバラけさせ、効率よく食らう為?うーん、そんな知性がある様には思えないが。

 そもそも、俺らを優先的に狙う理由がよく分かんないよなぁ、連中からしたら寧ろ、俺らを避けた方が人間食えて満足だと思うんだが……


「あー、もう慣れない事はするもんじゃねぇな」


 頭痛がしてきたわ全く。

 キキっと、ブレーキがかかり車が停車し、運転手がこちらに振り返る。


「先森君、着きましたよ」


「ウッス」


 考えるのが面倒になったからちょうど良い。

 車を降りると、運転手にこのまま道を真っ直ぐ進んでくださいと言われたので従って、そのまま真っ直ぐ一人で歩いていくと、背後から声をかけられた。


「この場所が一番、本部と近いですので。何かあれば、その時は我々が盾になります」


 その声にはしっかりとした重みがあり、嘘でも冗談でもない事が分かった。

 あぁ……俺が此処に来る様に選ばれた理由はソレか……だから、伊藤さんは忘れるなって言ったんだな。


「ありがとうございます。でも、命は大事にしてください」


 頭を下げてから前を向き、歩き出す──負けられない理由が一つ増えたな。

 街灯はあるが、それでもアビス・ウォーカーが出現している時固有の、澱んだ空気とそんな灯りを飲み込む様に広がる暗闇が、肌に刺さる感覚で此処が既に連中にとっての縄張りであり、狩場であると理解する。


「闇よ、我が身に纏え」


 周りの空気とは違う、明確にこちらに向けられた殺意に反射的に鎧を身に纏う。

 そのまま、ゆっくりと警戒しながら歩き公園に足を踏み入れた刹那、暗闇からソイツが飛び出してきた。


『グルァァ!』


 ──そいつは、大きさこそ普通の狼であったが、全身に僅かな月明かりを浴びて、銀色に光る鎧の様なものを身に纏っており、そこから漏れ出す様に黒い霧が生じており、背中には助けを求めるかの様に蠢く無数の腕が生えていた。


「チッ、キモいな!」


 飛び掛かってくる狼型アビス・ウォーカーの涎が滴った口を真横から、勢いよく裏拳で殴り飛ばす。

 すると、犬の様な鳴き声をあげて地面を転がっていき──そのまま、消えていった。


「……え?これで終わり?」


 思わず、そんな声が漏れてしまった。

 今までのアビス・ウォーカーに比べて、圧倒的に手応えがない相手に、俺は来るまでの間に覚悟を決めていたのか……なんていう思考を割く様に、暗闇の中から複数の遠吠えが響き渡る。


「ッッ、なんだ!?」


 遠吠えに呼応する様に暗闇の中から、先程殴り飛ばしたのと同じ狼型アビス・ウォーカーが次々と現れ、俺を取り囲んでいく……ざっと数えただけで、三十はいるか?


「……こいつら、涎を垂らしながら唸ってるだけで何もして来ない?」


 取り囲んだまま、襲い掛かってこないアビス・ウォーカーに疑問を覚えるが、すぐにそれは解消される事になる──群れの中央、ちょうど、滑り台がある場所に周りを取り囲むアビス・ウォーカーより二回り以上大きな狼が降り立ったからだ。

 ──その大きな狼型アビス・ウォーカーは、額に人の眼を持ち、獲物を喰い千切り殺すための大きな口とは別に、喉元に人の口を持っており、それは大きな口とはまるで違う意志を持っているかの様に動き、周囲に呪詛をばら撒いていた、人間なら誰しも聞いた事がある『シネ』という呪詛を。


「狼は群れを作る生き物とは知ってるが……お前らまでそれに従うとは」


 拳一発で、倒せるほど弱いとは言え、周りを取り囲む狼共が中々に鬱陶しいな……俺は、日野森と違って効率の良い範囲技を使えない、一度に飲み込んでしまえば良いが、恐らくあそこにいるボス狼は、飲み込まれるより早く抜け出せそうな予感がする。

 そして、そうやって抜け出されてしまえば反動で動けなくなった俺をアイツは楽に食ってしまえば良い……どうする?EPSを信じて、大技を放つか?


『グルァァァァ!!』


『シネ!シネ!シネ!シネェェェェェ!!』


「ウルセェ!」


 咆哮が合図だった様で、周りを取り囲んでいたザコ狼共が一斉に飛びかかってくる。

 くっそ、大技を使うにしても、先ずはこの包囲網を抜け出さないと使う隙すらねぇ!

 向かってくる狼一体を殴り飛ばし、僅かなスペースに走り込みながら、どんどん向かってくる狼達を迎撃していきながら、俺以外の二人の事を考える……此処みたいに不利な状況じゃなきゃ良いんだが。







─足立区─


 日野森が向かった足立区では、おおよそ平和な日本では聞く事がない音が響き渡っていた──空気を割く、銃火器の音だ。

 ──そのアビス・ウォーカーは、三メートルはあるかという巨大の亀なのだが、背中にある甲羅に描かれている模様一つ一つが、開きそこから拳銃や、アサルトライフル、ショットガンなどといった人が生み出した銃火器が人の手に握られた状態で現れると、空を飛んでいる日野森に向けて放っていた。


「厄介ね……至近距離じゃなければ、弾の一つ一つは溶かせるけど、弾幕の密度が濃過ぎるし、離れて攻撃してもあのご自慢の甲羅に弾かれる」


 更に面倒な事にこのアビス・ウォーカーは亀にとっての弱点である腹部を、隠すために脚を地面に突き刺しており、狙う事が出来ず、扱うのが銃火器であるためまるで、要塞の様だと日野森は思った。


「開いた所を上手く狙うしかないわね……」


『オォォン!!』


 せめて、前線を張ってくれる人が居ればと日野森はこの場に居ない、先森と伊藤へと思いを馳せる。





─大田区─


「ふむ。その脚は、刀だな?」


『キシャァァァァ!!』


──前体と後体を合わせた大きさは、四メートルにも及ぶその蠍型アビス・ウォーカーが持つ鋏角は、その役目を果たせるとはとても思えない一本の刀となっており、前体部分には黄色いガスを漂わす人の口があり、尻尾には特徴的な毒針が透明な液体を滴らせていた。


「貴様らにまともな術理があるとは、到底思えんが、多少は斬り合わせてくれよ?」


 伊藤は今まで通り、何一つの焦りも恐怖もなく、刀に手を掛ける。

 

 三者三様の展開を見せる戦いの火蓋は落とされた。

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