新装備登場
「此処が職員室……大体困った時は、あそこに居るゴツい教師、獅子堂先生に頼めば大抵なんとかなると思う」
「うんうん♪」
生徒全員も見守りたいとか、よく問題を起こす俺を捕まえるためとか、そんな理由であの肉体美の癖に運動部の顧問を引き受けておらず、放課後であろうと職員室で座っている獅子堂を指差しながら、説明をしているのだが右側からの視線の圧が凄い……なんか、怖いから向かない様にするが、これ絶対獅子堂が誰か見てないよな?
「……んで、此処は保健室。先生は、基本的に居るから大丈夫だと思うが、居なきゃさっき行った職員室に行けばいる筈だ」
「うんうん♪」
職員室から移動している最中もずっと見られている圧は感じていたし、部活動中や友人達と放課後、特に意味なく残っている周囲の主に男子生徒からの嫉妬の視線もあったが、なによりも音夢から感じる圧がやばい。
放課後になって、学園を案内して欲しいと頼まれ断れる空気じゃなかったから引き受けたが、こいつ本当に聞く気があるのか?何処行っても、俺の顔ばっかり見てたけど。
「あとは……二階の渡り廊下を渡って、東側が基本的に理数系科目の教室や、その授業担当の教師達が待機する研究室になってて、反対の西側が文系科目の教室と研究室だ。まぁ、一年後に選択科目を選ぶ事になるらしいから、今はなんとなく覚えときゃ良いと思う」
「うんうん♪」
返事がずっと一緒なんだが……本当に聞いてるのか?まぁ、いいや、仮に聞いてなくて困るのは彼女であって俺じゃないし、何度も先生達に説明してる姿は見られてるから、責められる事はないだろ。
「んじゃ、もう終わったし、俺はこれで」
「えー!部活とかは紹介してくれないの?」
「部活?悪いが、俺は何処にも入ってない帰宅部だから、何処でどの部活がやってるかなんて何も知らんぞ」
何一つとして興味なかったし、部活見学すらしてない俺にその説明は無理だ。
吹奏楽とかそういう場所が限られそうな所は、さっきの見学で一緒に見て回ってるし他の空き教室を利用してるタイプとかは、何処行けば良いかなんて分からん。
「むー、綾人ともっと居たかったのに」
なんでこいつは、こんなに俺に対する執着心があるんだ?丸一日、彼女に拘束されつつ脳内で土御門 音夢という人物と何処かで出会ってないか考え続けていたが、彼女の様に目立つ容姿というべきか整った顔立ちの異性と仲良くなっていれば、そう簡単に忘れないと思うのだが、思い当たる節はなかった。
「……なぁ、音夢」
「なぁに綾人?」
ただ会話が出来るだけでも嬉しいと言わんばかりに、名前を呼んだだけで笑顔になる彼女を見ていると、聞き出すのが怖く尻込みしていたが、流石に聞かないと色々と納得が出来ないというか、もやもやして気持ちが悪い。
「俺と、お前……その──」
「あ、ごめーん。電話!」
タイミングが悪い事に漸く覚悟を決めて、言い切るより前に彼女に電話が入ってしまった。
「うん──うん、あ!もうそんな時間?──ごめんなさい、今すぐに向かう」
電話の先の人物が誰かは分からないが、少なくとも仲は良好ではない様だ。
初めの方こそ、明るい彼女だったが謝罪を口にする頃には、すっかり気落ちした表情になっており声も暗くなっていた……今の音夢に、どこかで出会っていたか?なんて傷つけそうな事を聞くのは酷か。
「……ごめんね、綾人。迎えが来たらしいから、私帰らなくちゃ」
「おう。まぁ、元々解散の流れだったしな」
「エヘヘ……それで良かったらだけど、校門まで一緒に行かない?」
上目遣いでそう聞いてくる彼女の目は、潤んでいて聞くまでもなく寂しいという感情が浮かび上がっていた。
……本当になんで、ここまで彼女が俺を頼るのか分からないが、気がつけば俺は返事をしていた。
「良いよ、音夢」
「ッッ!!ありがとう!」
自分でも驚くほど優しい声が出た気がするが、そんな事よりも浮かんだ涙を拭う事なく、屈託のない笑みを浮かべた音夢の顔を伝うたった一筋の涙がやけに印象に残った。
「ほら、いこっ!」
「お、おう」
そんな矛盾した二つを併せ持つ表情に見惚れてしまった……なんて、言えるわけもなく、どくどくと煩く鳴り響く音が、繋がっている手を通して音夢に聞こえてしまわないか心配だった。
「ねぇねぇ、綾人は学校楽しい?」
一階のしかも校門に近い保健室から校門までなんて、ゆっくり歩いても五分かかるかどうかと言う距離だが、それでも話したい音夢は、心臓の音を抑えるのに必死な俺の状況など露知らず話しかけてくる。
「前まではサボりにサボってる不良だったからなぁ……楽しいかと言われれば、微妙だが……まぁ、最近は悪くないと思ってる」
「……そっか。じゃあ、大切にしないとね!」
「ん?そうだな」
なんか返答が噛み合ってない様な気もするが、まぁ良いか靴を履き替えたらすぐに、校門だし迎えが来ているらしく、見慣れない黒い車が校門の前に止まっており、近くに黒いスーツを着た黒髪ポニーテイルの女性が立っておりこちらに気がつくと、小さく手を振って来た。
「あそこか?」
「うん」
……無表情になった?さっきまで、ずっと笑顔だったのに……やっぱり、仲が良くないのか?
そんな事を考えているうちに、女性と下に到着した俺と音夢を笑顔で出迎えながら、後部座席のドアを開く女性。
「ごめんなさいね。音夢の面倒を見てくれているみたいで」
遠目からだと分からなかったが、この人かなり大きいな……190 cm はあるか?完全に頭上から声をかけられて、思わず驚いてしまうが、その間にスルッと俺の腕を離した音夢は後部座席へと乗り込んだ。
「い、いえ……」
「ふふっ、怖がらせてしまったかしらね」
「い、いや大丈夫っす……あんまり年上との関わりに慣れてないんで」
大きさにビビったのは事実だからなんとか誤魔化すが、日野森に筒抜けになる俺のポーカーフェイスじゃ彼女より人生経験を積んでいる目の前の人物を、誤魔化せる訳もなく微笑ましいものを見る様な目をされてしまった。
「壱与。暇なんだけど」
「あら、ごめんなさい。うちのお姫様がご立腹だから、これで失礼するわ」
先に車に入った音夢に促され、壱与さん?は運転席へと座り車のエンジンをかける。
少しだけ離れて、見送ろうとすると後部座席の窓が開き、そこから音夢が顔だけを出して俺を見る。
「またね!綾人。明日もたくさん、話そう!」
「少しは加減してくれよ……またな、音夢」
「エヘヘ」
同じ学園に通う者同士なのだから当たり前だと、思うのだが『またな』という言葉を噛み締める様に、笑い車が出発しても俺が見えなくなるまで手を振り続けた音夢を見送り、歩き出そうとした瞬間背後から声をかけられた。
「ご苦労様、先森」
「あぁ、日野森か。どうした?」
「どうしたも何もないわよ。アンタ、あの子の案内に夢中で、連絡気がついてないでしょ?」
そう言われて、スマホを取り出すと少し前にADのアプリが、起動した通知と日野森からのLINE通知があった。
「……すまん、全然気が付かなかったわ」
学園にいる間は、マナーモードにしてるのもあるがそれにしても、ずっと近くにいた音夢に神経を使いすぎて余裕がなかったな……そんな事を思いながら日野森に頭を下げて謝る。
「まぁ、あの子の圧凄いしね。今度、ジュース奢ってくるだけで許してあげる」
「そこは何もなしの善意じゃないのか」
「そんな訳ないじゃない。まぁ、今回は連中への対処じゃなかったから良いけど、気をつけなさいよ。私達が現場に遅れれば、それだけ被害が出る可能性もあるし、いつ何時今、いる場所が戦場になるか分からないんだから」
「すまん」
ぐうの音も出ない正論に、ただ謝ることしか出来ず、日野森に頭を下げていると一台の白い車が、近くに止まり扉が開くと、中から声をかけられた。
「漸く暇になった様だね二人とも。迎えにきたよ」
「桜井さん?」
「ほら、乗るわよ」
日野森に促されるまま、車に乗り込むとそのまま日野森も、隣に座りドアを閉めると車が出発する。
「転入生の案内、お疲れ先森君」
「ウッス……ところで、今日は何をするんすか?」
アビス・ウォーカーへの対処ではないのは分かるが、態々迎えにくるほどの案件が分からんから、問い掛けるとルームミラー越しに視線が合い、意外そうな表情を浮かべる。
「日野森君から聞いてないのかい?」
「……あれ、なんかすっごいデジャブ」
「説明する時間がなかったのよ」
窓の外を眺める日野森の言葉は真実だから、責めることは出来ないが、簡潔に教えてくれても良かったんじゃないか?と思わないこともないがまぁ、俺に非があるので黙っておく。
「君達の負担を少しでも、和らげる為に開発していたとある装備が、漸く完成したんだ。サードアイは、その力こそ素晴らしいの一言に尽きるけど、戦闘が長期化すれば君達に返ってくる負担も大きなものになるのは、よく経験していると思う」
確かにサードアイの力を使い過ぎた時は、その疲労から眠る様に意識を手放してしまう事が多い。
前の戦いの時も、伊藤さんが助けに来てくれたから良かったけどそうじゃなきゃ、力の反動で疲労困憊だった俺と日野森は増援のように出てきたあの人形達に殺されていたかもしれない。
車が、とあるトンネルに入ると、本来通行出来ない壁に向かっていくと壁が上方向に開き、地下への通路が現れ入っていき、停車すると、ガゴンッと揺れた後に浮遊感がやってくる。
……車だとこんな感じになるのか、こう心が擽られるな。
「今回はその装備の性能テストだよ」
「それはどんなものなんすか?」
「そうだねぇ……直接見てもらった方が早いかな」
AD本部に到着にし、車を降りて桜井さんの背中を追いかけていく。
どんな装備だろうと内心ワクワクしている俺と違って、日野森はスマホゲームに興じておりあまり興味が無さそうだ……少しでもワクワクしてれば、どんな装備か話し合おうと思ってたんだけど残念だ。
「此処だよ」
桜井さんが首からぶら下げているキーカードを認証させると、扉が自動で開き入っていく。
日野森と共に入ると、そこにはマネキンが置かれており何やらピッタリと身体のラインが浮かび上がる服?を着せられていた……もしかしなくてもこれか?
「これがサードアイ専用スーツ、正式名称は Electrical Powered Suit と言って通称、EPSと呼ぶ。拳銃程度の衝撃なら吸収、無効化が可能で防刃性にも優れている代物だよ。具体的な仕組みは、君達が戦闘時に身体を動かす際に生じる筋電位を感知し、増幅する事でスーツ表面に電気エネルギーを蓄え、その蓄えたエネルギーを君達が戦闘時、纏う鎧へと供給する事で負担を減らすといった代物だ。
見ての通り、肌にピッタリとくっ付くから女性である日野森さんには、身体のラインが出て恥ずかしいかもしれないが我慢してほしい。筋電位を探知する為には、可能な限り皮膚に密着してなくてはならなくてね……っと、ごめんごめん、話し過ぎたか」
口を開けてポカーンっとしている俺を見て、桜井さんは苦笑しながら説明を一旦辞めてくれたのは、有難いがどう見てもスーツが、全身を覆うタイプの競泳水着にしか見えんのだが。
俺の物と見られる黒に白いラインが入ったスーツと、日野森の黒に赤のラインが入ったスーツは、あのままプールで泳いでいても違和感がないと思えるほど、水着だった。
「……これ着て、戦わなきゃいけないんです?」
「服を着た上でも、機能する事が今回のテストで確認できれば上に何着てくれてても大丈夫だけど、そうじゃなかったらこれのまま戦うことになるかな」
「早速、テストしましょう!!早く!!」
「お、乗り気だね日野森さん。じゃあ、頼めるかい?」
「……お願いだから服を着てても機能して……」
小さく呟きながら、スーツを受け取り部屋を出て行く日野森には全面的に同意したいと思いつつ、多分今それを口に出すと、羞恥心から繰り出されるビンタを食らう予感がするから、俺も黙ってスーツを受け取り更衣室に向かった。