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波乱な予感?

 昨今、吸ってる本人やその周囲にいる人々に対して、健康を著しく欠くからという理由で煙草を吸う人間──喫煙者というのは、かなり減ってきておりそれに伴い、喫煙所もどんどん数を減らし街を歩けば、煙だらけという時代は遠い昔となっていた。

 それはもちろん、極秘組織といえど現代に存在しているADも例外ではなく、今や施設内でただ一つとなった喫煙所の扉を開けて、予想外の人物がいる事に驚いた。


「伊藤……良いのか?身体に悪いぞ」


「なに、煙など散々吸い尽くした身よ。今更、止める方が毒だ」


 全く、この爺さんは歳の割にいつまでも元気な人だ。

 それなら、遠慮なく吸わせて貰おうと懐から、煙草を取り出しフィルターの方を下にしトントンっと繰り返し自分の指を机代わりにし、叩いてから火をつけ口を覆い隠す様に吸って、吐き出す。


「……ふぅ」


「相変わらず美味そうに吸うな……例の件か?」


 私の目の前で、葉巻を吸っている伊藤が笑顔から、真剣な顔になって問いかけてくる。

 具体的になにを示したか明言こそしていないものの、このタイミングで彼が私に問い掛けることなど、一つしかないだろう。


「そうだ、幸い先森君と日野森君両名は貴方のお陰で、命の危機からは脱したがあの時、彼らを取り囲んでいたアビス・ウォーカーと()()()()あの人形達は、こちらで逐一観測をしていたにも関わらず、一切出現の予兆はなかった」


 一度、区切り再び煙草に口を付けつつ、頭を整理する。

 計器の故障や、人的ミスの類を疑ったが当時は、最も熟達している者が観測を行っていたし計器の点検も異常はなかった。

 だが、そうなるとあの存在はアビス・ウォーカーではない、別の存在という事になるが態々あのタイミングを狙い、襲撃をしてきた理由はなんだ?


「……そして更に気になるのは、意識を取り戻した先森君の言っていた『彼を見て微笑んだ』人物だ。彼は疲れ切っており、それがどの様な人間で男なのか女なのかすら、分かっていないが……伊藤」


「儂も歳には敵わぬということか。少なくとも、儂が認識している範囲では彼ら以外の気配なぞなかった。それは、主らもだろう?」


「……あぁ。周囲の監視を命じていた者達も、何も見ていないと言っている」


 歴戦の軍人である伊藤、アビス・ウォーカーに対抗する為の組織として諜報や工作などを担当するその道のエリートを、各警察組織などに入り込ませている監視員達の目をすり抜けてあの場所に干渉した人物が居るなどと、考えたくはないのだが。


「それでも茂光局長は、何かを感じている……そういう面だな」


 何が面白いのかは分からないが、ニヤリとした表情で葉巻を加え胡座をかきながら、私を見てくる伊藤と視線を合わし、煙を吐きながら小さく頷く。


「貴方達を疑っている訳ではないのだがな、納得し飲み込む事が出来ていない。先程も、報告を纏めてはっきりしない物言いをしてしまったから、軽く怒られてきたばかりだ」


 役人である以上、私の上には何人も居るのだがまぁ、確証ばかり求められてもな。

 そんなものが断言できるほど、情報が集まっていれば我々はとうの昔に、アビス・ウォーカーという未知を解き明かし、サードアイという神秘をこの手に収めている筈だ……その場合、彼らは人間ではなく兵器と扱われるだろうから、私としては今のままでも良いのだがな。


「構わん。儂は、お主のそういうところを認め局長として仰いでいるのだ。少々、優しすぎるのが瑕ではあるが、先森少年や日野森の嬢ちゃんには、ちょうど良いだろ……戦場は儂に任せろ、それ以外はお主が二人を守ってやれ」


 そう言って、彼は短くなった葉巻を灰皿の上に置き立ち上がり、杖を突きながら歩き出す。

 どうやら、喫煙者同士の密談は終わりの様だ、私も短くなってきた煙草をあと少しだけ味わったら、仕事に戻るとしよう。


「私が守らねばならない人には、貴方も含まれている伊藤」


「ふん。小僧に守られるほど、儂は弱くないわ」


 すれ違い様に局長らしく格好をつけてみると、楽しげな声でそう返されてしまった……全く、五十を超えた男を小僧扱いするのは、貴方ぐらいですよ伊藤さん。












 ──キーンコーンカーンコーンっと、授業が終わりと昼休みの幕開けを告げる鐘の音が聞こえて、目を覚ましゆったりとした速度で身体を起こすと、身体中からバキボキっと気持ちの良い音が聞こえ、机に突っ伏す形で寝ていたせいかクラッと少しだけしたが、退屈な国語の時間を眠れただけ気持ちの良い目覚めだな。


「最近は伊藤の爺さんや、茂光さんが通えって煩いから、真面目に登校してるが……やっぱ、めんどくせぇー」


 鞄からこし餡パン、カレーパン、カツサンドと多分、みんな大好きBOSコーヒーの缶を取り出して、ふと最近窓からしか見てない青空に視線が移りつつ思う──身近に大人がいる環境ってこんなものなのかと。


「なに黄昏てんのよ?」


「ん?なんだ、日野森か。学園で話しかけてくるとは、珍しいな」


「そりゃね、ちょっと前までほぼ他人だったし。あ、使わないなら椅子借りても良い?」


 何処かに移動しようとしていた隣の席の……名前なんだっけ、宮本 太郎?とかそんな感じの名前の奴から椅子を借りると、俺の机の近くに置きそこへと座る日野森……なにしてんのこの人?


「……え、お前何しに来たの?」


 わざわざ俺の近くにやってくる理由が全く、予想出来なかった俺は首を傾げると日野森は、さも当然っといた風に持っていた弁当を俺の机の上に置き、開きながら口を開く。


「え?昼休みなんだから、友達と一緒にご飯食べるのは普通でしょ?」


 その瞬間、クラス全体にどよめきが走り、俺の耳にもその内容が聞こえてきた。


「え?あの日野森と、先森が?」


「う、嘘だろ……俺たちの高嶺の花、日野森さんがあんな不良野郎に……」


「どこに接点あったのあの二人!?え、どういうこと!?」


 うん、まぁ、そうなるよな。

 同じ立場だったら、俺もそう思うし日野森が風邪か何か患ったのかと思ってしまうが、多分この女何も考えてない……だって、周囲の動揺に不思議そうに首を傾げてるし。


「──そうだな、日野森。食うか」


 何言っても駄目な気がした俺は、全部を諦めて日野森の提案を飲んだ。

 もう、俺の扱いなんてこれ以上、悪くなる部分何もないしどうだって良いや!それに、俺としても誰かと飯を食えるというのは嬉しいし。

 俺の返事でまたうるさくなる教室をBGMに、カレーパンの袋を開けて頬張る。


「そう言えば、伊藤さんとの稽古はどんな感じ?」


「毎回、ボロボロにされてる。あの人、強すぎるわ……まだ、俺の得意分野って事で拳しか使ってないんだが、それでも一撃すら当てられん」


 あの人、強すぎるんだよ……毎回、畳に叩きつけられるか、自分で転ぶかしてるから戦い方が上手くなったという気がしねぇ、受け身が上達したって言われた方がまだしっくりくるわ。


「そっ。まぁ、アンタは頑丈な方が色々とお得だろうし、良いんじゃない?筋肉だってついてきてるでしょ」


 口にブロッコリーを入れながら、日野森は俺の腕を撫でるように触って頷く。

 服の上から分かるほど、筋肉がついた気はしてなかったが、どうやら日野森から見れば一定の納得が出来るぐらいは筋肉がついているらしい……というか、よく服の上からで分かったな。


「そりゃ、私も鍛えてるしね。なんとなく感覚で分かるわ」


「表情から心を読むな」


「分かりやすいアンタが悪い」


「理不尽……」


 どこか揶揄う様に笑う日野森を見ていると、文句を言う気が少しだけ薄れるのを感じた。

 まぁ、楽しいならそれでいっかと思いながら、缶コーヒーに口をつけて苦味を味わいつつ、一気にカレーパンを腹に入れ、次のカツサンドを手に取り食べ始める。


「……栄養バランスとか、考えてないわよねそのメニュー」


「んぐっ……まぁな、単純にその日、食いたいヤツを買ってきてる。前は、バイト代だったし今はほら、面倒見てもらってるしな」


 給料代わりという名目で、ADからは月ごとある程度の金額を貰っている。

 元々、災害の支援制度と、その支援金でやり繰りしつつバイト代で、遊んでいたのだがADに入れば、当然そんな余裕はないため、どうするかと悩んだのだが茂光さんが


『我々も国の組織だ、君を公務員という事で登録して給料が発生する様にしておくよ』


 と言ってくれて、お金には多少の余裕が出来て、助かっている。


「なるほどねぇ……まぁ、精々、身体を壊さない様にしなさいよ。アンタの穴埋めるの私なんだから」


「へいへい」


 気がつけば、俺も日野森も周囲の視線や騒めきなど全く、気にならなくなっておりADに関する事をぼかしつつ、話したり、学生共通のテストや嫌いな科目などの話をして盛り上がっていた。

 意外だったのは、日野森は理系科目がそこまで得意じゃないらしく、まぁ、理論理屈とかどうでも良さそうだもんなって、言ったら細かい事は良いのよ!って何故かキレられた、理不尽では?

 その話の流れで、今度テスト勉強を共にすることになったが、俺に何かを教えられるとでも?とドヤ顔をしたら殴られてしまった。

 ……まぁ、そんな感じで彼女との昼休みはとても楽しかった。


『──♪』


 突然、脳裏にノイズが走る様な感覚を覚えた後に、一瞬だけ目の前で笑う日野森の姿に誰かが重なり、酷く懐かしい感情を覚えたが、瞬きをすればそこにはいつもの日野森が座っていて、脳裏に走った感覚も懐かしいと思った感情も消えていた。


「ん?」


「どうかしたの?」


 その不思議現象に、思わず声が漏れて日野森に心配されたが、なんでもないと誤魔化してこし餡パンを食べきり、残った甘味をコーヒーで打ち消した……不思議な事にその最後の一口だけ、妙に苦く感じたが気のせいだと割りきる事にした──次の日。


「綾人♪綾人♪」


「……訳が分からない。誰か助けてくれ」


 突然、転校してきた幸が薄そうな美少女に抱き着かれるとは、思っていなかった。

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