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暗躍する影

「闇よ──」


「火よ──」


「「──我が身に纏いて、鎧となれ!」」


 クラゲ型アビス・ウォーカーの叫びを聞くと同時に、二人は息を揃えてその身に自身の力で生み出した鎧を身に纏う。

 黒い霧で出来た両手、両足を覆う装甲と頭を覆う兜を、展開し剣闘士の様な風貌になり迫るレーザーを全力疾走で避ける先森と、全身を燃え滾る火で覆い、彼女自身が火の化身である様な姿に変わり、空へとその身を翻す日野森。


「いつものようにやるわよ!」


「了解!」


 ふわふわと、どの様な原理を用いて浮かんでいるのか不明ではあるが、さほど高度を上げていないクラゲ型アビス・ウォーカーへと、先森が駆け寄っていく。

 そんなクラゲ型アビス・ウォーカーから見れば、地を這う虫と変わらない先森に向けて、無数の目がギョロギョロと蠢き、レーザーを放とうとした直後、日野森の詠唱が聞こえ始めた。


「火よ、無数の礫となり、我が敵へ降り注げ!」


 クラゲ型アビス・ウォーカーの頭上を取った日野森が手を翳すとともに、彼岸花の様に広がった小さな火球が無数の目玉に向けて、降り注ぎジュゥゥ!という水の塊に火を落とした音が響き渡る。


『── ─ ──!!』


 クラゲの身体の 95% は水分で出来ている為、その身体のほとんどは水で出来ていると言っても過言ではなく、火力を抑えた範囲攻撃向けの攻撃では、あまりダメージを見込めなさそうな事をこの一撃で、日野森は理解した。

 しかし、多少のダメージはある様でまるで、戦艦の対空防御と言わんばかりにギョロギョロと蠢く目が一斉に、頭上に陣取っている日野森を睨みつけ、ビームを放つ。


「鬱陶しいわね!」


 弾幕ゲームの如き、勢いで迫ってくるレーザーを右に左に、上下に戦闘機の様に動く事で避けていく日野森だが、背後に目を持たない人間では、どうしても背後に迫った攻撃へと対処が遅れ、直撃コースでレーザーが後ろから彼女へと迫る。


「舐めるな!火よ、爆ぜなさい!」


 だがしかし、その表情に恐れはなく迫るレーザーと、自身の間に火球を作るとそれを爆ぜさせる。

 これにより、周辺の空気は一気に暖まり温度の差があり、煙幕が立ち昇る場所へと直進した光であるレーザーは、屈折現象と威力減衰を起こし日野森を捉えることはない。


「うぉぉ!」


 弾幕ゲームを繰り広げている上空とは打って変わり、地上は地味な戦いが繰り広げられていた。

 日野森によって、レーザーを放つ目玉の狙いが、先森から切り替わった事でクラゲ型アビス・ウォーカーの元へと、たどり着いた彼であったが、そんな彼を歓迎する様に頭上から無数の触手が彼を絡め取ろうと、足元以外の全方向から迫ってきたのだ。


「気色悪ぃ!」


 水族館で見た時は、幻想的な光景に見えたが、一本一本が成人男性の胴回りくらいある触手では、幻想的と言うよりホラーである。

 自分の胴体へと迫る触手を、真下からぶん殴りその勢いを上に逸らし、生まれた隙間を駆け抜ける事で切り抜けてはいるが、遠距離攻撃を持たない先森には、ふわふわと頭上を取られているこの状況は、不利と言うしかなかった。


「まぁ、諦める理由にはなんねぇがなぁ!」


 それでも彼は、友達が戦っているというのに自分が諦めるという選択を取るのは、ダセェと思い自分に迫ってくる触手を、腰を落とし全体重を利用する事で真正面から抱きつく様に受け止める。


「ぬっ……ぉぉおおおお!」


 無数にある内の一本を受け止めたところで、他の触手が己に抱きついてくる虫をはたき落とし、潰す為に先森へと迫る。


「ぜりゃぁぁ!……闇よ、我が敵を拘束しろ!」


 掴んだ触手を無理やり引っ張り、地面に触れさせるとその先端を右足でガッツリと固定すると、右足に纏っている闇が形を変え、枷の様に触手と地面を結びつけた事で迫る触手への物理的な盾にしある程度の攻撃をやり過ごした後に、自分はその触手を器用に両手両足を使う事でよじ登っていく。


『── ──!!』


 それでもそのまま、よじ登る事をクラゲ型アビス・ウォーカーが許す訳がなく、ブチっという音が先森の耳に届くと共にピンっと伸び切ってきた触手が、弛んでいく──生物は、その身を守るために自分の身体の一部を切り離す事を進化の一つとして選ぶものもおり、その行為を自切と呼び自然界では、蜥蜴が有名だろう。


「うっそだろ!?」


 高さにすれば、二メートルほどではあるがその高さから自由落下するという、致命的な隙を晒してしまう先森。


「あんの、馬鹿!」


 それを弾幕ゲームをしながら、視界の端で捉えた日野森は、足から出している火の勢いを強め、落下しながら触手に絡め取られようとしていた先森を、お姫様抱っこの形で救出する。


「あっぶね……助かった日野森!」


「礼は後!アンタは、後ろを見て私に指示をちょうだい。下ろすにしても大変なんだからね!」


 そう言われて、先森が抱えられた状態で彼女の背後を見ると、複数の光の柱が迫っているのが見えた。


「うおっ……やばいな、これ!」


「だからそう言ってるでしょ!!」


「ッッ、右に避けろ日野森!」


「了解!」


 先森の指示に従い、右に避けると先程までいた場所に三本のレーザーが通過していき、水族館の看板を溶かした。

 もしも避けきれずに当たってしまえば、どうなるか二人はより一層理解し、気を引き締める。


「次は、左だ日野森!」


「正面からも来てるから……こっちね!」


 左斜め上方向に避ける事で、レーザーは抱えられている先森をギリギリ掠める様に通過していき、それに思わず小さな悲鳴をあげる先森であったが、続けて迫る二本のレーザーを見て、そんな場合じゃないと声を張り上げる。


「今度は、二本!!左右から挟み込む様に飛んで来てる!」


「あのレーザー曲げられるとは厄介ね……しっかり捕まってなさい!」


 火力を上げて、さらに加速するとかかる重力の影響は大きくなり先森は必死に振り落とされない様に、日野森へとくっつく。

 その際、彼女の豊満な身体を感じる事になるが、戦闘中にそんなものを楽しめるほど、先森の精神は出来上がっていない。

 どんどん上空へと高度を上げつつ、レーザーがギリギリに迫ると日野森は一気に、反転し今度はぐんぐんっと高度を落とし始める事で、追尾してきたレーザーの誘導性能を振り切ることに成功しレーザーは彼方へと消えていくが、代わりに弾幕の大元へと突っ込む形になる。


『── ─ ──!!』


 クラゲ型アビス・ウォーカーが咆哮すると共に、光の檻と表現するのが正しい程のレーザーが二人を襲う。

 

「あわよくば、高高度からの爆撃と思ったけど……無理そうね!」


 加速した速度を落としつつ、回避行動に移る日野森であったが、中々被弾しないことに苛立ったのか、クラゲ型アビス・ウォーカーの弾幕は今までより多く、先森の指示があってなお、ジリ貧になりつつあり、遂に限界を迎える。


「おい、日野森!そっちは危ねぇ!」


「しまっ──!?」


 飛び回っていた事による一時的な疲労によって、前後左右が一瞬、分からなくなった日野森は自らレーザーへの直撃コースになってしまう位置へと、その身を踊り出してしまった。

 反射的に迫るレーザーへの恐怖で、目を閉じる日野森の耳に酷く安心する声で、先森の言葉が届いた。


「今度は……俺が守る!闇よ、我が壁となれ!!」


 何もない空に、黒い霧で出来た大きな壁が生み出され、迫るレーザーを飲み込んでいく。

 先森の願いに呼応する様に、その壁は光の一切を通す事なく、まるで広がる深淵の様に次々と迫るレーザーを飲み込み、一時的な安全圏を生み出した。


「はぁ…はぁ……これ、くっそ疲れる!」


 壁は地面に設置される物という固定観念を振り払った先森であったが、自分達をすっぽりと隠せる壁を生み出した事で、一気に疲労が蓄積していっている様だ。

 サードアイは、無から有を生み出せるとんでもない力ではあるが、決して無限なわけではなく、生成されてしばらくすると使用者の体力が維持のために必要となる性質があった。

 初めて、サードアイに覚醒した先森が意識を失ったのはこの為であり、持続する巨大な壁というのは燃費の面で見ると最悪の一言に尽きるものだった。


「日野森、俺に一つだけ作戦がある……博打も同然だが、やるか?」


「……先ずは、聞かせなさい」


「俺を抱えたまま、今の日野森がいける限界高度まで行き、そこから、奴目掛けて俺を落とす。名付けて、ミンチ作戦!ほら、よく言うだろ?高さ=パワーって!!」

 

 自信満々の笑みで、告げるその顔に色々と言ってやりたい事はあったが、この安全圏がいつ消失するのか分からない日野森は、それら全てを無理やり飲み込んで、頷く──そこには、友達に向ける信頼が伺えた。


「私が奴の目隠しをするわ。それで、少しは安全だと思う」


「おう、任せた!」


「三秒後に壁を解除して。一気に飛ぶから」


 馬鹿な作戦だと日野森は内心で思いつつも、何一つ不安な様子を見せない先森を見ているとそれに賭けるのも悪くないと思えたし、何より上に運びクラゲ型アビス・ウォーカーに向けて、落とす役割が自分がするのだ。

 もし、位置がズレていれば地面に盛大に激突するというのに、そんな心配一切していないという目で見られたら、それに応えるしかないというもの!


「3……2……1……ゼロっ!」


「はぁぁぁ!!」


 壁が消えると同時に、日野森は自身の限界高度まで勢いよく飛翔していく。

 その間もレーザーは迫ってくる為、それらを避けながらも常にクラゲ型アビス・ウォーカーと自分達の位置が直線状になる様に飛び、到達するのは上空八百メートルだ。


「落とすわよ!失敗、しないでよね!!」


「あいよ!!」


 抱えられていた手が解放され、一握りの恐怖と共に勢いよく自然落下を開始する先森。

 そんな彼を見送りながら、日野森は手をかざし詠唱を始める。


「火よ、加速し数多の礫となり我が敵へと、降り注げ!」


 彼岸花の様に広がった無数の火球が、自然落下をする先森より速く、ブースターの様に火を噴き出しながらクラゲ型アビス・ウォーカーの無数の目へと、降り注ぎその水分を蒸発させ、即席の煙幕を生み出す。


『── ── ───!?』


「ご自慢の目を失えば、やっぱり私達が見えない様ね」


 弾幕ゲームの様に飛びながら戦闘していた日野森は、クラゲ型アビス・ウォーカーが自分達、人間と同じ様に目という器官から外部の情報を得ている事を見抜いており、自分の火力が決定打を与えるには足りなてもその目を潰すのには、十分な事を理解していた。


 ──彼女は今の自分に出来る事を最大限、やってくれた……あとは、俺の番だ!!


「闇よ!我が手に集まり、我が敵を潰す箱となれ!」


 先森が詠唱すると共に、前に突き出した彼の両手に黒い霧で出来た巨大な箱が生まれ、それをクラゲ型アビス・ウォーカーが戻ってきた視界で、認識したのは回避も迎撃も間に合わない瞬間だった。


「うぉぉぉ!!!」


『── ─────!!!!!』


 今まで以上に長い絶叫にも似た咆哮をあげると、その身体を大きく変形させながらクラゲ型アビス・ウォーカーは、黒い箱に押し潰され、地面に墜落する。

 苦し紛れに放つレーザーも、先程同様に黒い闇の中へと飲み込まれていき、触手は自分の身体と箱、そして地面によって一切動けなくなるが、それでも抵抗しようと藻搔いた瞬間、ついに耐えきれなくなったその身体が勢いよく爆ぜ、永遠に戻ることのない暗闇へと落ちて行った。


「先森、生きてる!?」


 空から降りてきた日野森の視線の先には、落下の際に生まれたクレーターの上で、大の字に倒れている先森の姿であり、思わず駆け寄り抱き上げると薄く先森の目が開いた。


「よぉ……勝ったぜ、俺達……」


 プルプルと震えた拳を日野森へと突き出す先森。

 一瞬、それが何を意味するのか分からなかった日野森だが、先森の笑顔を見て何をしたいのか理解。

 それに応じる様に、右手で握り拳を作り差し出されたその拳と軽くぶつけ合わせる。


 コツンっと、ぶつかる頃には二人とも、満足そうに笑みを浮かべるのだった。


 そんな彼らを、まるで引き裂く様に突如として、ヴァイオリンの音が響き渡る。


「……なんだ?」


「この曲……『魔王』?」


 ト単調、四分の四拍子で演奏されるその音楽は、序盤からかなりの不吉さと不気味さを感じさせるものであり、日野森が零した魔王という言葉に、ふさわしい圧を放っていた。

 ただそれだけなら、突如として聞こえてきた音楽なのだが当然、その様な優しい終わりを迎える訳がなくクラゲ型アビス・ウォーカーとの戦いで、疲弊している彼らを取り囲む様に、黒い人形のアビス・ウォーカーが現れ、二人は息を呑む。

 その間も、何処からともなく聞こえる『魔王』は演奏を続けており、二人は演奏を止めるにしろ逃げるにしろ先ずは、この場から逃げなくてはと立ち上がるが。


「ぐっ……」


「……一度、安心したのが運の尽きね」


 膝から再び、崩れ落ちてしまう。

 その間も、ゆらゆらとまるで、地獄から転がり出た幽鬼の様に近づいてくる人形のアビス・ウォーカー達と、徐々に盛り上がっていくヴァイオリン演奏の『魔王』

 

 ──二人が迫り上がる恐怖心から目を閉じたその瞬間、全てを断ち切る雷が落ちた。


「雷神の一太刀……帰りが遅いから来てみれば、なんだこの状況は」


 人形のアビス・ウォーカー達が全て、横一閃に切断されて消えていくと共に、辺り一帯の空気が正常に戻って行き、いつのまにか鳴り響いていた『魔王』の音色も、消えていた。


「……あ……れ?」


 伊藤という頼れる男の背中を見て、安心しきった先森は限界まで身体を酷使した代償として、抗えぬ疲労を感じその意識を閉ざす刹那──自分に向けて、微笑む誰かを暗闇の中に見るのだった。


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