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友達とクラゲ

「おぉ、凄いな……見ろよ、日野森!あのエイめっちゃ、デカいぞ!」


「子供みたいにはしゃぐわねアンタ……」


 先森と日野森の両名は、現在東京にある水族館へと足を運んで来ていた。

 黒のジーパンに、白いシャツを合わせその上にジャッケットを羽織り、ドッグタグのネックレスを身に付けた先森は、その見た目からは想像出来ないほど無邪気にエイや、たくさんのイワシの群れなどが泳ぐ水槽を指差しており、そんな彼に呆れながらも白いワンピースの上に、青のデニムジャケットを羽織った日野森がゆっくりと、彼を追いかけて行くその姿は正しく、デートの光景であり周囲の人達もそんな彼らを微笑ましそうに見ていた。


「分かってる?ここには、仕事で来てるのよ?」


「わーってるよ。でも、連中が出るのは夜だろ?それまで楽しんで来いって、茂光さんも言ってたじゃねぇか」


 そう彼らはデートに来たのではなく、サードアイの出現予兆が確認出来た為に足を運んで来たのだ。

 (なお、伊藤は此処とは別に出現の予兆があった場所に向かっており、観客に混ざっている監視の目こそあれ、彼らは二人っきりで来ている)

 ただ、そんな事は百も承知で初めてきた水族館を楽しんでいた先森は、水を差され日野森に非難の視線を送ると共に、彼女の背中に回り込む。


「ちょっと!?」


「ほらほら、もっと近くで見ればその真面目脳も柔らかくなるってもんよ!」


 明らかに普段よりテンションの高い彼であるからこそ、出来る躊躇いのないボディータッチにより、グイッと今まで彼が見ていた水槽の目の前まで、連れて来られる日野森の目に飛び込んで来たのは、普段決して見ることの出来ない海の中を切り取った、擬似的ではあるが神秘的な光景だった。

 南国を再現したという白い砂浜の上を、色鮮やかな珊瑚達が彩りを加え、真上から降り注ぐ光は白い砂と、どこまでも透き通った青い海に反射する事で、より煌びやかに光り輝く事で水槽の中を自由自在に泳ぎ回る、魚達やエイをより雄大に魅せていた。


「……綺麗」


 ただそこには、先森と同じように目を輝かせる子供の姿があった。


「だろぉ?ほら、次はあっちを見に行こうぜ!」


「ちょっ!?」


 ごく自然に、テンションが上がり次の場所を純粋に見たいと願う先森は、日野森の手を取り彼女を次の水槽へと連れて行く。

 あまりに自然に繋がれたその手に、日野森は思春期の高校生らしく心臓が高鳴るのを感じたが、視線の先で無邪気に微笑んでいる先森を見て、そんな自分が馬鹿らしく感じたのかそれとも繋げた手から感じる体温を無視したかったのか、呆れた表情のまま彼の横に並ぶ。


「おぉ……イカかこれ?デカいな」


「コブシメって言うらしいわよ。なんだか、ちょっと間の抜けた顔ねぇ」


 日野森の言葉を理解したのか、胴長五十センチぐらいはある大きなイカはふらふらと、泳いでいたその進路を変えて自身の水槽の前に並ぶ二人の方へ向かうと、ゴツンっと顔を近づけていた日野森の前にぶつかった。


「きゃ!?……もぅ、びっくりしたわね!」


「ハハハ!間の抜けた顔とか言ったから、怒ったんじゃねえの?」


「事実でしょう!?と言うか、笑うな!」


 顔を赤くしながら怒る日野森に、ごめんごめんと謝りながら先森は足を進めていく。

 当然、未だに繋がったままの手がある為日野森もそれに従い、歩いていき二人は様々な魚達を見ながら、話し笑い合う。


「おぉ……スッゲェ、クラゲが泳いでる」


「えぇ……視界一杯のクラゲだわ」


 語彙力が旅に行っている二人だが、それもある意味仕方ないと言えるだろう。

 何せ今の彼らをぐるっと、取り囲むクラゲが泳いでおりふわふわと、水流に乗って泳ぐ彼らを見ていると自分達も同じように、水の中を浮かんでるようなそんな、不思議な浮遊感が二人を包んでいた。


「クラゲって、自分で泳げないんだっけ?」


「らしいわよ。流れる水流に身を任せてるんだって」


「ほー……なんか、親近感湧くわ」


「親近感?アンタが?」


 日野森から見た先森は、かなり自由に自分がやりたい様に生きている人間に見えており、流れるままに泳いでいるクラゲと、彼が結びつかず視線がクラゲから先森へ思わず変わり、質問を投げた。


「俺って、明確に将来何をしたいとかそういうのないんだよ。ただ、瞬間瞬間を好きな様にやりたい様に生きてるだけでさ。まぁ、最近は色々とあって好きな様に生きてるかって言われると、微妙だけど。それでも、結局、自分の身が危ないからってADつう大きな、波にその身を任せてるだけで、多分此処のクラゲと変わんないなって」


 珍しく、真剣な顔でそう溢す先森に日野森は思わず、繋げている手の力を強くする。

 それに驚いた先森が、日野森の方を見ると彼女はクラゲの方を見ながら、ゆっくりと口を開いた。


「それを言うなら、私も同じよ。アンタには、話してなかったっけ、私の家はねサードアイに目覚めやすい家系なの。と言っても、私で百年ぶりなんだけどね。だから、生まれたその瞬間から運命は決まっていて……今はこの役目にも誇りを持って臨んでいるけど、私も決まった流れから外れる事はしてないわ」


 生まれたその時から、アビス・ウォーカーという化け物を狩る者としての運命が課せられていた日野森。

 そんな彼女を見て、先森はふと彼女の見舞いをした時の事を思い出す。


 『……いつ死んでもおかしくないんだから、友達なんて真面目に作るだけ無駄よ』


 そう言い、いつもの勝ち気で強気な彼女らしからぬ儚げな雰囲気を醸し出していたあの光景を。

 ──もしも、もしもの話だ、生まれてからずっと死を覚悟……いや、受け入れて生きてきたのだとすれば、それはかなり窮屈で苦しいものだったんじゃないか?

 サードアイに覚醒し、生きる為に戦う道を選んでから自由な時間は、明らかに減っているし自分が誰かを巻き込む事になるんじゃないかと怯える事もあった……そんな生活を日野森はずっとして来たのか。


「ならよ、日野森!」


「急に大声出してどうしたのよ?」


 自分がたどり着いた考えに、思わず先森は大声を出して日野森の名を呼んだ。

 それに少し、驚きながらも日野森は先森の顔を見ると、彼は笑顔を浮かべて日野森の手を握り返す様に力を入れて、口を開いた。


「同じクラゲ同士、これから楽しい事も面白い事も、一緒に見つけていこうぜ!そんで、お互いにやりたい事を見つけたら、応援し合う!どうよ?」


 同じ立場で、色んな物を見て感じて語り合い、励まし合う。

 サードアイに覚醒した者同士であり、戦場を共にする者であり、何より同じ年齢の者……それは少しばかり、特殊ではあるがその関係に名前をつけるのであれば、そう──


「──友達になろうぜ、俺たち!」


 友達、そういうのではないのだろうか。

 

「……水族館に二人っきりで来て、手まで繋いで言うことがそれ?」


「……変だな、思ったリアクションと違うぞ?」


「何を想像してたのよ……本当に馬鹿ねアンタ」


 了承が得られると思っていた先森は、日野森のいつもと同じ呆れきった声と態度に首を傾げ、その姿があまりにも間抜けていた為にいよいよ、日野森は笑いを堪える事が出来ずに吹き出してしまった。


「そこまで笑うなよ……」


「ごめんごめん……ふふっ、でもやっぱりテンションが上がってるせいか、いつもより子供っぽいわねアンタ。分かりやすくしょげるなんてふふっ…」


「笑うなって!あーもう……んだよ、心配して損したわ」


 未だに笑い続ける日野森に、拗ねる先森の姿は彼女の言葉通り子供らしく見えるもので──そんな彼に見習って、私も少しだけ子供になる事にした。


「良いわよ、友達になりましょうか。同じなんでしょ、私達?」


「……また揶揄ってるんじゃねぇだろうな?」


「本心よ。まぁ、アンタがそんなにしょげるとは思わなかったし、大人な私が折れてあげないと可哀想かなーって」


「くっ……殴りてぇその笑顔」


 そうは言うが、握り拳を作る事なく、先森は彼女と視線を合わせる。


「はぁ……お前が素直じゃねぇのは今に始まった話じゃねぇわな。改めて、よろしくな日野森」


「アンタもね。よろしく、先森」


 顔を見合わせて、笑い合う二人の姿は正しく、友達と表現するに足る光景であった。

 








「あー……満喫したわ水族館。この後、帰って寝たいぐらいには」


「馬鹿。本命は此処からよ」


 閉館を迎え、人っ子一人いなくなった水族館の前で、先森と日野森は立っていた。

 あの後も、水族館デートを存分に楽しんだ二人は多少の疲れこそあるものの、友達という関係性を新しく築いた為か戦意は極めて高かった。


「「ッッ!」」


 二人は同時に、周囲の空間が澱み始めた事に気が付き、いつでも戦える様に体勢を整える。

 直後、彼らの目の前の空間が歪みだし、空間の切れ目から黒い霧を纏った複数の触手が最初に飛び出し今回のアビス・ウォーカーがその姿を現す。


「……クラゲだな」


「えぇ……そんな事あるって話だわ」


 二人の言葉通り、宙に浮かぶそれはクラゲであったが、その大きさは空を飛ぶ気球と同等であり、半透明の身体に黒い霧を纏いその身体中に人間の眼に酷似したものが、数えるのが億劫になるほど生成され二人を睨みつけていた。


『── ─ ──!!!!!』


 人の耳には何を言っているのか分からないが、クラゲのアビス・ウォーカーが叫ぶと同時に、複数の目からレーザーが放たれ、開戦の火蓋が切って落とされた。


「……」


 ──離れたところでそんな彼らを見ている存在に、誰一人として気がつく事なく。

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