非日常の始まりは突然に
書き溜めがあるので、尽きるまでは毎日18:00頃に投稿予定です。
「だぁぁ!!掃除めんどくせぇ!!!!!!!!」
誰もいない教室の雑巾掛けを命じられた男の悲鳴が虚しく響き渡る。
男の名前は、先森 綾人誰がどう見ても校則違反である金髪を逆立て、十字架のイヤーカフを耳に着けた一見するとヤンキーか何かと言いたくなる風貌をしており、教室の雑巾掛けを命じられているのも無断で学校をサボりゲームセンターで遊んでいる姿が目撃されたり、他の学校の生徒と喧嘩したりというお決まりのツケであった。
「サボって寝てたらもう暗いし……んだよ、先生も起こしてくれれば良いのに」
サボった側のセリフとは思えない物言いをしながら、ぺっらぺっらに薄い学生鞄という来年受験が控えている高校生とは、到底思えないものを手に取り教室を出ようとする綾人は、出口である扉に手をかけて衝撃の事実に気がつく。
「……開かねぇ」
元々ほとんど使われておらず埃を被っていた教室であった為、先生すら気がついていなかったのだが、ここの扉は立て付けが悪くちょっとした事ですぐに開かなくなるいわゆる不良品だった。
おそらく、寝ている間に綾人の蹴りでも当たったのだろう、運がないと言える。
暫くの間、ガタガタと扉が揺すられていたが開く事はなくその頑固さに痺れを切らした綾人は馬鹿な行動に出る。
「あぁもう、開け!!」
勢いよく蹴り飛ばされた扉は、バキッという破砕音を立てながらもう二度と仕切りとして機能しない哀れなゴミとなり、その役目を終えた。
「やっべ……とっとと逃げよ!」
音を聞きつけた先生に怒られると判断し一目散にその場から逃げ出す綾人だったが、現在時刻は夜の九時であり既に先生達は帰宅しているのだった。
誰もいない学校というのは暗く、窓から差し込む僅かな月明かりだけが頼りであり、また当然だが昼間の喧騒が嘘の様に静かで聞こえる音は慌ただしく走る綾人の足音……だけの筈だった。
カタッ……カタタッ……
「ん?なんの音だ?まさか俺以外にも誰かいるのか?」
それはまるで何かが走る音だった──非常に軽快な足取りで、カタッ……カタタッ……っと一定のリズムで音を立てながら綾人の方へと迫っている。
初めこそ自分以外の誰かが走っているのかと思った綾人だったがよく耳を澄ませばその音は二足歩行の人間が出すにはテンポが難しく、またあまりにも軽い。
もっと、人間であればドタドタと忙しない音が鳴る筈であり先ほどまで自分が走っていたのだからよく分かる。
カタッ……カタタッ……
「……誰もいない筈の学校で怪奇音ってか?おいおい、もう夏は過ぎてるっての」
軽口で自らの恐怖心を誤魔化す綾人だったが、残念な事にその声は震えており自分がビビっている事をより自覚するだけだった。
自覚してしまえばその恐怖心は紙に染み込む水の様にジュクジュクと広がっていき、彼から余裕と正常な判断能力を奪っていく──その結果として彼は音が迫る方向を逃げもせずただ、漠然と見つめてしまっていた。
そして、ソレは現れた。
「ヒッ……」
生物としては馬が一番近いだろうか。
い細い四つ脚に、しなやかな胴体をしたその生物はその身体には見合わないあまりにも大きすぎるバランスボールの様な頭を有しており、口と思われる部分はまるで人間の様だった。
その大きな頭を時折、背中にくっつけながら現れただけでも不気味だが、その化け物は全身に黒い靄の様なものを纏っており明らかにこの世の生物ではないと証明しておりそんな化け物を見て、綾人は助けを呼ぼうとスマホを取り出し……恐怖に震えた手は言う事を聞かず、ポロッと手からスマホが落ちてしまった。
ガシャン!
足音が響くほど静かな空間にその落下音は致命的だった。
理解し得ない馬の様な化け物はその頭をグルンっと音がした方向つまり、綾人へと向け人間の様な口が嗤った──獲物を見つけたと言わんばかりに。
「ッッ!!」
生物が持つ生存本能に導かれる様にそのあまりにも歪んだ笑みを見た瞬間、綾人は反対方向へと全力で駆け出した。
背後からはあのカタッ……カタタッ……という軽い音が先ほどより短い感覚で響いてきており先ほどの笑みの事を考えれば追いかけられている……そう綾人が理解するのは当然の摂理だった。
「クソクソッ!なんだってんだ……あんな化け物、見たことも聞いたこともねぇ!」
記憶を頼りに全力で校内を走る。
サボってるとは言え、自らが通う高校だどの様な造りでどの廊下を渡り階段を降りれば、出口である昇降口に到着するか分かりきっているが問題は、綾人がそこに到着するより早くあの化け物に追いつかれる事の方が早いということだろうか。
「つまづいて転けやがれ!」
そんな中、彼は目に付いたロッカーを乱雑に開ける。
そこはいつも生徒が掃除のために使う用具が雑に入れられてる事で有名なロッカーであり、彼の目論み通り中から箒やらモップ、果てにはバケツまで転がり出て化け物の邪魔をする──筈だった。まるで、そんなもの関係ないという様子でスルリと黒い靄を纏った細い脚は掃除道具達をすり抜け速度が変わらないまま綾人を追いかける。
「クソッ!!」
もはや手当たり次第、手が届き投げられるものを投げていくが全てが化け物をすり抜け妨害の意味をなさなかった。
やがて、階段まで到着した時彼の幸運は底をつく。
「あっ」
理解できない化け物に追われ、恐怖に震えたまま全力で走った彼の足は予想以上に疲れており縺れると共にその身は空中へと放り出され次の瞬間、重力に従い階段を派手に落下してしまった。
咄嗟に受け身の様なものを取ったものの二メートルほどの高さからの落下による衝撃は凄まじく明確に死という現実が目の前に現れた結果、震えから立ち上がる事も儘ならなくなり彼は這う様にしか動けなくなってしまった。
カタッ……カタタッ……
「……いや……だ……しに……たく……ない」
背後に迫る化け物の足音。
彼は振り返る事なく例え格好よさなど一欠片もない無様な姿であろうと迫り来る死から逃れる為必死に這いずる──少しでも前に、現実から逃げる様に。
だが、そんな憐れで無力な存在をここまで追いかけてきた化け物が見逃す訳もなく、口元を醜く歪めながら細い脚を持ち上げ綾人の背骨をへし折ろうと振り下ろす。
「……たす……けて……」
誰もいない。
自分以外、この化け物しかいないと分かっていても彼はそう祈るしかなかった。
神など居ないと信じている者あろうと死に瀕した時は己ではない、便利な存在へと祈りを捧げ──そして幸運な事にその祈りは届き、綾人にとってその光景はまるで女神でも現れたかの様なものだった。
「火よ、壁になりなさい!」
凛っとした声が響き渡ると共に振り下ろされる脚と、綾人の背の間に火の壁が出来上がり、その火は辺りを照らすが、至近距離だというのに綾人が燃えることはなかった。
だが、化け物は違った様だ。
『ギャァァァァァァ!?』
火の壁に脚がぶつかると同時に化け物の脚は燃え上がり、人とは似ても似つかぬされど近い声と言われれば人としか言えない独特な気味の悪い悲鳴をあげて仰反る。
「私の学校に出たこと、後悔しなさい。火よ、焼き尽くせ!」
彼女が腕を前に出し宣言すると、化け物の脚に着いた火が勢いよく燃え上がりたちまち火達磨となる。
だが、それでも化け物の命は潰えていない様で、足元による無力な存在より彼女を優先し燃えながら駆け出し燃え盛るその身体よって暗闇が明るく照らされ彼女が綾人の目に映し出される。
「……日野森 飛鳥」
「火よ、刺し貫け!!」
化け物が何本もの火で出来た剣に貫かれたのを見ながら、彼女の名を呟き綾人は意識を手放したのだった。
面白いと思って頂けましたら、ブックマーク、評価をお願いします。