最終話 いつか叶えと虹を仰ぐ
高度なカリキュラムとハイレベルな部活動ゆえに地元女子中学では怪我人やら何やらが割と出る。
「俺は病院だぜ。体格には自信がある」
そうした需要を見越してすぐ近所というか学校の実質敷地内にはでっかい病院があるんだってさ。へー。
地元女子中学付属病院。
豪華セレブ一族出身者が大半を占めるわらわら少女たちの超多額不正献金により超一流の設備が揃ったセレブリティ溢れる病院だ。
「ぱたぱたぱた。ここは昨日入院を決めてきた虹会桜弘さんの病室ですよ」
「俺は白衣の中級天使さんに引き連れられて病院内を観光しているウィンタテリウムだったりする! 単なる観光客だから健康状態は至って健康だぜ!」
ウィンタテリウムとは有胎盤類の大型哺乳類だ。
「うっす。こんにちわっすウィンタテリウムさん。自分は虹会桜弘さんの病室の名前プレートっす。気合入れて表示されてるっす」
豪華セレブ式病室の一帯を観光してゆく病院内観光客と思しきウィンタテリウムが桜弘の病室をふと通り過ぎてゆく。
読者諸兄らは前話にして作中の昨日の時節に繰り広げられた本作のラストバトルを覚えておられるだろうか?
新鮮なラストバトルを終えて今現在その刹那に至った桜弘ちゃんは見事に入院中なのだった。
両方のおててが千切れ飛んでついでにお首も三分の一ほどぷらんぷらんになっていた桜弘は昨日の夜に突如として入院を決めている。
んで。
「うむ! 詳しいことはよくわからんが何故か完治してるしこれなら早々に退院できるな! 超絶名医の謎のおじさんである俺のお墨付きだ!」
「やったぁ」
昨日の夜に入院を決めた桜弘は今日の朝に退院することになった。朝朝朝~。
半不死者の連中ほどではないけど化け物みたいな治癒力だね。ほんとに人間かこいつ。
「ふんッ」
「あ。すごぉい。噂の忍法霞隠れの術じゃん」
もやもやもやぁ。
業務上命令として退院を宣告した後に凄腕で知られる超絶名医の謎のおじさんは忍法霞隠れの術で華麗に去ってゆく。クランケに治療を施した後にだらだらと馴れ合わないプロフェッショナルの構えがそこにはあった。
「お嬢ちゃん退院できてよかったな。病室のテレビのリモコンな俺は素直なお祝いの言葉を述べ述べしたい気分だぜ」
「たいいんたいいぃ~ん。るるるぅ~」
「みーんみんみんみん。みーんみんみんみん。桜弘ちゃんが入院してる病室の小脇に聳えてる大木にしがみ付く私はクラスメイトとして桜弘ちゃんのお見舞いに来た瀬見美だったりする。みーんみんみんみん。我ながら完璧なセミで怖い」
ともあれ地元女子中学付属病院の院長だったりする超絶名医の謎のおじさんが虚空に消えたわけだ。
退院を決めたがゆえにるんるん気分の桜弘はみんみん言ってる瀬見美をバックグラウンドミュージックに新鮮なお歌を奏で始める。
「るるるぅ~。たたたんたいいぃ~ん」
「みーんみんみんみん」
これは。まさか。
これなるは『退院気分のお歌』の構えだとでもいうのか!? たいいんたいいいいいいいいぃ~ん。らららぁ~。
しかしその刹那。
瀬見美と一緒の気持ちよく歌ってる彼女に迫る来る電話の影!
『電話だよー!?』
「わぁ。びっくりしたぁ。お歌を歌ってるときに電話はやめてよね」
「みーんみんみんみん。みーんみんみんみん。急な電話に驚いた私はちょっとずれ落ちたけど木からの落下はかろうじて免れた。みーんみんみんみん」
新鮮な着信音と共に桜弘のスマホが震えた。
電話としての使命を繰り出すスマホが奏でるのはこの世界における汎用着信音として知られる『電話だよー!?』の構えに他ならない。
これ以外の着信音にすると生意気な輩としていじめられるのでこの世界への留学等を考えておられる読者諸兄らは注意した方がよかった。
ちなみに地元女子中学付属病院はセレブリティ溢れる病院ということで全室完全個室だったりする。へー。
スマホをがんがん鳴らしても礼節とマナー違反にはあたらないので礼節とマナー違反警察を務めておられる一部の読者諸兄らはどうかご安心願いたいと地の文担当者は思った。
すしゃ。
とは申し上げましても鳴ってるスマホは普通にうるさい。桜弘ちゃんおててを使役した桜弘は騒ぐスマホを軽く撫でて宥めてあげた。
がちゃり。
「はぁい。もしもぉし」
無論のこと電話の下手人は彼女のご両親からである。
「あ。お父さんとお母さん? あぁ。うん。……でも大丈夫だよぉ。一晩寝たら完治したからぁ。うん。……うん。お父さんたちこそ大丈夫なのぉ? うん。うん」
ふむ。どうやら桜弘のご両親はトレジャーハンターとして南の島の方角に赴いているようだ。
だって電話の後ろで新鮮な南の島バードが「南の島~。南の島~。優雅な優雅な南の島~」とか嘶いてるもの。
「へぇ。南の島で謎の遺跡でトレジャーハントしてる最中に猿の化け物に追い掛け回されてる最中なんだぁ。ふぅん。はい。はい。うん。よくわかんないけど元気そうで何よりだぁ。お土産ぇ? うぅん。……えぇとね。新鮮な南の島のスイーツとか買ってきて欲しいなぁ。腐らないやつ。うん。はい。うん。ばいばぁい。じゃあねさようならぁ」
桜弘の両親は上級トレジャーハンターの類だ。これはお土産の新鮮な饅頭たちを腐らせて持ち帰ってくることに定評ある職業だったりする。腐った新鮮な饅頭など捕食したくないので腐らないお土産を桜弘は所望した。
ぱたぱたぱたぱた。
「朝~。朝~。優雅な優雅な朝~」
両親からの電話を終えた現在時刻たる午前七時フラットな桜弘ちゃん病室のお外を朝告げバードが実に優雅な構えで飛んでいる。
「朝告げバードさんだぁ。久しぶりに目撃したかもぉ」
日頃から苛烈なカリキュラムをこなす桜弘は休日の朝ゆえにお外のお空を飛来する優雅な朝告げ者をのほほんとした。
そう。今はラストバトル翌日のよく晴れた朝の日和なのだ。
四月の末の次の日は五月一日だもの。
優雅な優雅なゴールデンウィークの始まりたる今日の朝ならば優雅さで知られる朝告げバードくらい飛んでるに決まっていた。
ぺしぺし。
「このベッドともお別れかぁ」
「いたいっ。何すんだお嬢ちゃん。力加減考えて叩きな」
一日しか寝ていない病院のベッドを少女は名残惜しそうにする。
地元女子中学相撲部期待のルーキーにして同年代最強の生物が繰り出すぺしぺしを喰らった病院のベッドは露骨に痛そうにした。
「たいいんたいいぃ~ん。るるるぅ~」
もちろん一日寝ただけのベッドなど別に名残惜しくは無い。名残惜しそうにしているだけと実際に名残惜しいのは別物なのだ。
別に名残惜しくは無いからこそいそいそとした桜弘はちゃっちゃと退院の支度を開始する。いそいそ。しゃきしゃき。
しかしその刹那。
どたどたどたどた。
ばたーんっ!
「虹会一年生! 友達ん家の家庭の事情に首を突っ込んだ挙句にヤマ行ったというのは本当か!?」
桜弘の病室の扉が勢いよく開けてくる謎の影! うわ。誰だこいつ。
走っちゃいけない筈の病室の廊下を走ってやってきたのはふりふりロリータ式に制服を改造した女の子である。
「あっ。部長パイセン。おつかれさんでごぜぇまぁす」
病室扉を跨いでやってきた少女に桜弘は相撲部員としてご挨拶を繰り出した。
ふりふりロリータリボン&レースで制服をデコレーションしまくっている今しがたやってきた少女の正体は出寺和嶋子に他ならない。
こいつは地元女子中学相撲部部長にして少女趣味な甘ロリとかが好きな女の子女の子してる輩だった。その左おてては黄金に輝いている。
無論のこと和嶋子の構えは絶対の左四つだ。
「……まこっち。……後輩ちゃん大丈夫そう?」
ちなみに相撲部の支配者をやっている和嶋子はラクロス部の支配者たる贄川捧のマブダチだったりする。
「あ。ラクロス部のでっかい人だぁ。私は大丈夫だよぉ。一日で完治したからぁ」
「……へぇ。……よかった、ね」
和嶋子と普段からいちゃいちゃしている捧は知らない後輩ちゃんのお見舞いに付いてきちゃうくらいに和嶋子と仲良しこよしだった。彼女の身長は二百十九センチくらいある。また背伸びたなこいつ。
「むっ。虹会一年生! しばらく見ない間に何やら減量を繰り出したようだな!」
「はい。部長パイセン。ドラム缶じゃなくなってみましたぁ」
「悪くないだろう! 相撲はただ増量すればいいというものではない。安易に肉を付けすぎると足が前に出なくなるからな!」
「めっちゃ分かりまぁす」
「中学に上がるにあたって見事なドラム缶体型に仕上げてきたのには感心したが流石に急激に増やしすぎだった。安定感は増したが動きが悪かったのは良くない。将来的なベスト体重はまだわからんが今の虹会一年生にはそのくらいのボディ管理メンテが合ってると思うぞ!」
「えへへ」
相撲部期待のルーキーを心配して駆けつけてきた和嶋子と桜弘はしばしそのような世間話でお茶を濁した。
一方そのころ。
「……なにこれ? ……新種の虫?」
「じじじじじじじじっ。はなせー。はなせー」
じたばた。
身長がおっきいぶんおてても当然長いので軽々と病室お外の大木におててを伸ばした捧は新鮮な瀬見美を捕獲してしげしげと眺めている。彼女は理科とかが得意な輩だった。
まあそんなこんなで三年生二人と一年生二匹の計四体は一個空きの世代間を渡り親睦を深める。
しかしここは一度冷静になるべきだった。
部長級クラス三年生二体がこの場にのこのこと出没してきたということは地元女子中学在住な他の連中がこの場に訪れても不可思議ではない時間帯ということに他ならない。
どたどた。とてとて。のこのこ。ぱたぱた。のこのことてとて。
だからそいつらは何か急にわらわらとやってきた。
「こんにちは……。ひ、ひぃいいいっ!? ラ、ラクロス部部長の贄川様と相撲部部長の出寺様っ!? 部長級クラス三年生が二人もいるなんて普通に怖いっ!」
「あらA子。部長級クラス三年生二体如きにびびるなんて情けなくってよ。あなたも栄光の一年一組構成員ならどしっと構えておくべきですわ。まずマスコットの新鮮なツチノコ瓶詰めブロマイドでも渡しておけば大抵何とかなりましてよ。だってうちのクラス式マスコットの新鮮なツチノコの瓶詰めきゅんはこんなに可愛いですもの」
「私は病院の売店で買ったしゅわしゅわメロンパンをばくばくと食う!」
「ねえねえ悔実ちゃん。しゅわしゅわメロンパン美味しい? それ私のパパが企画開発した代物なんだよ。めっちゃ美味しいでしょ。だって普通に美味しいメロンパンがしゅわしゅわするんだもん。私ももぐもぐしーちゃお。もぐもぐ。うわ。しゅわわわ。このメロンパンめっちゃしゅわしゅわするんだけど。こわ」
「首が千切れたとか述べ述べされてたのにピンピンしているでありますね。素晴らしい治癒能力であります。率直に述べ述べして気持ち悪いであります」
「両腕がちぎれたとか首がもげたとか聞いたけど何か思ったより元気そうだね。あとさっきから思ってたけど輪乃子あなた何か納豆臭いよ」
「今日の電車は納豆祭りだったから。炉野子も戦利品の新鮮な巨大納豆とかもぐもぐする?」
「桜弘ちゃんげんきー? なんかさー。拝子パイセンが課外授業ポイント贈呈し過ぎて悪かったとか何とか述べ述べしてた。だからはいこれ。お詫びの品の生徒会名物蛇さんビスケット。にょろにょろしてて可愛いでしょ」
「あははははは。さっき通りすがりの超絶名医の謎のおじさんにおねだりしてガラスの顎を治してもらったよー。あれれ? ガラスの顎は治ったけど涎がたらたらすんのは治ってないんだけどー。あはははははは」
「おいおい大丈夫か? それ涎垂らすの癖になってんじゃねーの? ほら。最近のあたしが常備してる新鮮な砂漠バームクーヘンをもぐもぐして涎を吸引しとけよ」
「お掃除お掃除~。私は友達のお見舞いに来ただけなのに何故か白衣の中級天使さんからお掃除を押し付けられてる~。気づけばいつもお掃除してるけど別に私はお掃除が好きなわけじゃない~。ららら~」
「わっ。普通に死んだと思ってた桜弘ちゃんが普通に生きてる。両おててと首がもげるとかカンブリア紀なら致命傷なのに。科学技術の進歩ってすごい」
「桜弘ちゃんが新鮮に入院するって聞いてみんな心配してたのよ。思ったより元気そうでよかったわ。何だか心配して損した気分」
わらわらわらわらわら。きゃーきゃーきゃーきゃー。わーわーわーわー。
うわー。めっちゃうるせー。
これは。まさか。
これなるは『一年一組の連中を中心とした地元女子中学わらわら少女たちのわらわらした面々』だとでもいうのか!?
友達が入院したということで朝のこんな時間帯にもかかわらずわらわら少女たちが何やらわらわらと登場を繰り広げてきたのだった。ふむ。流石はわらわらで知られるわらわら少女たちなだけはある。
現に絵面が急にわらわらしてきていた。
「桜弘ちゃん無事でしたのね。新聞部の方々が元気よくばら撒いてらっしゃったビラに首がちょん切れた両おててがもげたとか書いてあったからわたくしも心配していましてよ」
「おぉ。朱瑠パイセンじゃん。何かお供えものとか持ってきたぁ? 新鮮なうまうまクッキーとか私たべたぁい」
今しがた台詞を繰り出してきたのは朱瑠パイセンだったりする。
こいつは一年一組の鐘野鳴希と台詞の雰囲気が割と被っている輩であるので読者諸兄らはごっちゃにならないよう注意すべきだった。
「……まこっち。……一年生風情と一緒にわらわらすんの何か恥ずかしいから私たちは一旦どっかいこ」
「私は別に恥ずかしくないぞ! だが捧がそう述べ述べするのなら一緒にどこかへのこのこするのも吝かではない気分だ!」
んで。意外と小心者の捧がこそこそするに伴って相撲部部長の和嶋子は去りゆく。
去りゆく三年生ダブルスとは対照的に一年生を主体とするわらわらお見舞い少女たちにしれっと混じっていた朱瑠は割と元気そうである。読者諸兄らは覚えていないだろうけど前回登場したときのこいつは結構変なおめめにあったりしていた。
「俺は新鮮な豪華セレブメロン! 季節外れによるコストパフォーマンスの低下をお金で補う類の代物だ!」
最上位お嬢様の嗜みとしてめろんとしたメロンを朱瑠は装備している。
朱瑠がそのようなニュアンスでお供えの品を繰り出してきたのを皮切りにお見舞いにやってきたわらわら少女たちの形態はわらわらとしたお供えモードに変形合体していった。ごごごごごごごごご。
「何か普通に元気そうだな。新聞獣の感じだと何か普通に死んでそうだったからお葬式の取材準備とかしてたのに。まったくきみはがっかりだよ。ともあれこれはお供えの品の暴貴ちゃんパイセンブロマイドだ。作りすぎたせいで処分しきれないからくれてやる。感謝しろ」
「私からは呪いの本をあげる。表紙がすべすべしてて気持ちいいから暇なときに撫でてあげて。読んだら死ぬから絶対に読んじゃダメだよ」
「わぁい。入院名物のお供えの品だぁ」
お供えモードに変形合体を果たした矢先にわらわらしているわらわら少女たちを掻き分けて現れたのは新聞部員の幸と暗黒魔法少女の航奈の計二匹だったりする。
彼女たちはこれを機に入院名物のお供えの品を繰り出してくる系の構えを繰り出していた。
お供えの品とは入院時における名物である。
昨日の今日で退院を決めて今しがた病室を後にする構えとはいえ入院名物たるお供えの品を拒否するほど桜弘は小物じゃなかった。心遣いは素直に受け取るのが礼節にしてマナーというやつであろう。
「校内探索部期待ルーキーな病代勧ことこの私からはこないだ夜の学校をうろうろしてたら憑いてきた謎の単おめめ生物をあげるよ」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
「いらない」
しかしいらないものを「いらない」と正直に述べ述べしてやるのもまた礼節にしてマナーの一環なのかもしれなかった。いらないものはいらないのだ。
わらわらわらー。きゃーきゃー。わらわらー。
退院間近になって急に賑やかになりだした病室の小脇。
「おっとっと。おいほ。よいしょっと」
わらわらとしたわらわらを構えるわらわら少女たちのなかを苦労して進む短足の生き物がいた。
むむ。こやつは何者であろうか。おそらくはスカイフィッシュの類であろう。
「お。先生じゃん」
「やーん。今日も辞書辞書してるー」
「いたいッ。いたいッ。こらこら。先生をそんなべしべしするな」
小娘たちからべしべしと叩かれながら桜弘のもとを訪れんとするのは担任の先生である辞書男先生だった。
そう。辞書男先生はスカイフィッシュだったのだ。
しかしその刹那にプロット班の手元にあった角材が地の文担当者のヘッドに飛来してくる。めっちゃいたいっ!?
あ。すみません。辞書男先生はスカイフィッシュではないみたいです。だからもう角材とか投擲するのやめて。
「ふぅ。足が短いとここまで来るのもひと苦労だ。元気そうでよかった。新聞部の連中が首が千切れただの腕がもげただのゆってるから心配したんだぞ」
「もげそうになっただけでもげてはない。舐め舐めすんなぁ」
新聞部の持つ情報は絶対正確だが新聞部が投擲するビラは結構てきとーなところがある。実は桜弘が死んでたとかそういう都市伝説はなかった。
「おー辞書男せんせーじゃーん」
「パチスロはほどほどにしろよー」
「私らのお金返せ」
べしべしべし。
自らのクラスが誇る担任の先生が小脇に出没してきたことにようやっと気づいたわらわら少女たちの幾人かから親しまれつつも辞書男先生は辞書辞書しく桜弘に何やら用件を繰り出す。
「伊塚のことは……その、残念だったな」
「別に残念じゃないしぃ。死んだわけじゃないもぉん」
「……そうか」
「うん」
辞書男先生は一年一組の担任の先生だった。
担任の先生なので近場のわらわら少女たちが出してこない話題をあえて繰り出してくる。
こんな地獄みたいな超絶名門お嬢様中学に入学するにあたりよっぽど間抜けなアホじゃない限りわらわら少女たちは色んな覚悟を決めた上で遺書の類をあらかじめ認めておいた。
だから■んだらそういうものとしてさっさと割り切ってしまう。地元女子中学校在住な一年生の命はいつだって季節外れの淡雪のように儚いのだ。
空席になった子のことはしゃきしゃき忘れてしまうのがわらわら少女たちのお茶濁しである。
何か生きてた桜弘とは違って叶のことなどもうみんなしてどうでもよかった。このあたりの切り替えの早さこそが超絶エリート女子中学生の所以と言えよう。
でも辞書男先生は担任の先生なので生徒のことは全部忘れない。だから余計なお節介を繰り出して毎回うざがられるのだ。
「さっきすれ違った院長の超絶名医の謎のおじさんに聞いてみたら伊塚の再生には十年くらいかかるらしいな」
「知ってるけどぉ?」
伊塚家の家庭の事情に首を突っ込んだ挙句にヤマ行った桜弘は今日退院する。
でもみんながみんなしてもう忘れちゃってる叶は退院しなかった。
明日も明後日も退院しないしゴールデンウィークが明けても退院できない。
だって冷静に考えてみて欲しい。
殺人鬼ランキング九位のプロ殺人鬼に斬り刻まれたのだ。いくら半不死者の触手生物といえども容易に再生できるレベルの負傷ではなかった。
殺人鬼ランキング九位のプロ殺人鬼に斬り刻まれた挙句の翌日に退院を決めている変な生き物は何かがちょっとおかしいのでここでは一旦棚に置く。
きっと叶はこれから十年間ほどおててのひらサイズのままだった。
「ゴールデンウィーク明けまで再生できないと遅刻扱いで死刑宣告が出る。誰かのサポート付きで何とか登校するにしても今度は授業課題未達成のお仕置きブレスで普通に■ぬだろう。それまでに『退学者の門』を潜らせて退学扱いにするのが一番現実的なお話になってくる」
「そっかぁ」
「先生も協力者を募る予定ではいる」
「別に募らなくていいよぉ。私がやるしぃ」
「そうか。虹会は伊塚の超絶っ友だもんな」
「うん」
「ゴールデンウィーク明け前までに伊塚の退学手続きに協力してあげてくれ」
「はぁい」
昨今における叶の身長はおててのひらサイズとなっている。それくらいちっちゃくなるまで最上位プロ殺人鬼から斬り刻まれた。
そりゃ半不死者で触手生物と言えども再生には十年くらいかかるに決まっている。
地元女子中学は全体的にしゃかしゃかした学校だ。十年という歳月を穏和しく待っていてくれるほど悠長な学校ではない。
この感じだとどうあがいても叶が退学になる流れだった。
そんな事実を改めて述べ述べされた桜弘は果たして今何を思うのか。
「次に会うのは私が二十二歳のときかぁ」
そのときは新鮮なドンペリでもぐびぐびしながら十年分のお喋りをしないとなぁ。
人の心がない少女はのんきにそんなことを思った。
わらわら。きゃーきゃー。
「はーい。邪魔でーす。どいてどいてー。もっと詰めてー」
「ぎゅうぎゅうぅ。潰れちゃうぅう」
「わー。搬送されてるー」
ぱたぱたぱたぱた。ぎゅうぎゅう。わらわらわら。
桜弘がさっさと退院手続きを繰り出している間隙にて病院でバイトしてる白衣の中級天使の皆さんの邪魔でしかなかったわらわら少女たちは普通に邪魔だからという理由で端へ端へと追いやられてゆく。わらわらわら。
「屋上まで追いやられちゃった」
「白衣の中級天使さんたちはブラックバイトで精神が疲弊してるからね」
「みんなでわらわらしてただけなのに追いやられる私たちとしては迷惑なお話だよまったく」
病院内を意味もなくわらわらしていた地元女子中学のわらわら少女どもはわらわらした挙句の果てに病院の屋上へと押しやられた。わらわらわらわら。いや用が無いなら帰れよお前ら。
白衣の天使さんたちのご迷惑にならないようにちゃっちゃと帰ったまこっちと捧の支配者ダブルスは流石の三年生だけあってお行儀がよかった。
あとちなみに地元女子中学付属病院の屋上は地元女子中学の屋上に何故か直通している。時空とかその辺が歪んでいるのだ。
これはお見舞いやら何やらでわらわらしがちなわらわら少女どもを一括で地元女子中学の屋上に強制搬送するための業務上のシステムだとされている。
「おだいじにー」
「はぁい」
屋上にまで大部分が追いやられたわらわら少女たちの悲哀。それを他所に何だかんだでしゃきしゃきと退院手続きを成し遂げた桜弘はこのままご帰宅の構えを構築していた。段取りいいねこいつ。
読者諸兄らは絶対覚えていないであろうが第三十四話あたりの被害者A子ちゃん入院編のあたりで雑に伏線が張られていたように今の桜弘は普通に制服姿を装備している。
地元女子中学付属病院に入院する折には可能な限り制服を着用するのが地元女子中学の校則なのだ。その校則意味あるの?
謎の校則に準拠するがゆえに屋上に押しやられたわらわら少女たちも当然ながら制服を装備していた。もうゴールデンウィークが始まってるのに偉いね。
「のこのこぉ」
斯くして桜弘は久方ぶりの二足歩行でのこのこしていた。
しかしその刹那。
まだまだ新鮮な桜弘ちゃんボディを装備する桜弘ちゃんの背後に忍び寄る同級生の類の影!
「桜弘ちゃぁあああああああああああん」
「はい。私は桜弘ちゃんですが」
うわ。誰だこいつ。
その刹那に何やら唐突な話かけを繰り出してきたのは一年三組所属にして園芸部期待のルーキーこと朝露瑞菜であった。
「みっちょんじゃん。次のサッカーいつするぅ?」
「ゴールデンウィーク中にしたいね」
読者諸兄らが覚えておられるかは定かではないが朝露瑞菜こと呼称されるべきあだ名が「みっちょん」な彼女と桜弘ちゃんはいつぞやの弟虐待サッカーをお互いに営んだ間柄だったりする。
朝日に照らされるヘッドのお花さんが「ぱぁああああ」と咲き誇ってる瑞菜はふとさらに言葉を続けた。
「叶ちゃんも一緒にね」
「……ん?」
瑞菜が繰り出す旨を喰らい桜弘はきょとんとなる。きょとん。
今の叶はおててのひらサイズの肉団子だった。とてもサッカーの類ができるようなボディではない。
これは。まさか。
これなるは『手も足も出ない叶をサッカーボールにしよう』という類の構えだとでもいうのか!?
確かにボールは友達だ。
でも病み上がりの友達をサッカーボールにするのは流石にどうかと思う程度の良識を桜弘の上っ面は備えている。
だから少女は素直な疑問を呈した。
「それってどういうことぉ?」
「わかんない。とりあえず屋上行こうよ。何かうちの部の部長がお話あるってさ」
「屋上へのお呼び出しかぁ。何だか決闘みたいでわくわくするね。私の桜弘ちゃんボディが火を噴くよぉ」
「殺し合いは校則違反だからほどほどにね」
のこのこ。のこり。
退院したばかりの病院正面あたりで合流を果たした小娘二匹はそのようなお喋りをする。のこのこ。
病院の屋上に行く感じの流れだった。
のたりのたり。のこのこ。ぴょんぴょん。のそのそ。しゅばばばばばっ。
んで。地の文担当者の技量が光る高度な描写を経て二人はそんなこんなで屋上へと到着した。もちろんルート的に時空が歪んでいるのでその屋上は地元女子中学の方の屋上だ。
わらわらー。きゃーきゃー。わらわらー。
「わーわー。屋上だー」
「ぴょんぴょーん。このぴょんぴょん心地はまさしく屋上かも」
「屋上のニュアンスをたっぷりと感じながら超絶イケメンたちがいっぱい出て来るスマホゲームを私は攻略する」
前述の通りで述べ述べした通りに邪魔だからと押しやられたわらわら少女たちの群れで地元女子中学の屋上はわらわらしていた。だから用事無いなら帰れよお前ら。
「はなはなはな~」
「五月の太陽が美味しいはなー」
「この花壇は今日も居心地が良いなぁ」
とてとて。
わらわら少女たちのわらわらを容易に切り裂く形で現れるのはおめめにお花さんを咲き誇らせてる系部長級クラス三年生の園芸部部長こと花崎恭子に他ならない。
「お久しぶりですね桜弘さん」
「おう。久しぶりだなぁ。恭子パイセンよぉ」
相変わらず絶対に人間のものではないおめめの恭子パイセンに桜弘はひとまずガンを飛ばすことでお茶を濁した。きっ。
超絶エリート女子中学生になってから早一ヶ月が過ぎている。
この一ヶ月の間を有効活用して桜弘は成長していた。
思わず敬語を使ってしまったあの頃の彼女とは違い今の彼女は恭子パイセン相手にも平気でタメ口を使うお年頃となっている。面の皮の厚い輩だ。
「以前わが栄光の園芸部に新鮮なシンボルツリーの類を進呈してくださったことがあったでしょう?」
「え? そんなのあったぁ?」
「ありました。実を述べ述べするとそのお礼をしたいと常々思っていたんです」
「はぁい」
一年生風情からタメ口を繰り出された恭子はしかし後輩の面の皮の厚さを華麗にスルーする。
園芸部の支配者たる恭子とかいう女は相手に応じて言葉遣いを変えるのが面倒という理由で誰に対しても敬語を使う輩だ。そのあたりの礼節とマナーについては割とルーズな子である。
「それでお礼のお話なのですが」
「うん」
「どういう感じのお礼を繰り出せば私の権威を示せるかについてあなたをよく知る触手生物の子に相談してみたんです」
「叶にぃ?」
「はい。現に相談してみたら『別にそこまで極端に喜んだりとかはしないだろうけどプレゼントといえば「わ・た・し」なところがあるしー。一回それやってみたいからー』とか何とか述べ述べされました」
「はぁ?」
「そのときは「何述べ述べしてんだこいつ」って私も思ったのですが。昨晩から今朝にかけて新聞部の皆さんがビラばら撒かれてらしたので「ああなるほど」とようやく納得した次第だったりします」
「さっきから何述べ述べしてんのかよくわかんなぁい。つまりどういうことだったりするのぉ?」
「つまりシンボルツリー進呈のお返しは叶さんです」
「???」
恭子は桜弘によくわからないお話をだらだらと繰り出す。うむ。お話の内容がろくに入ってこない構えだ。
呼び出されるがままに病院の屋上にやってきたら何やら意味不明なお話の類をされた桜弘は「???」となった。
そんな「???」状態異常な桜弘にお花さんのおめめをにこにこさせている恭子は小脇の鉢植えを指し示す。
「俺は叶の制服! クローゼットやら物干し竿にかけられるわけでもなく怪しげな鉢植えに植えられたことに忸怩たる思いを抱えているぜ!」
今しがたよく分かんないお話を繰り出した恭子の小脇には鉢植えがあった。彼女が指し示してゆく鉢植えに植えられているのはハンガー付きな地元女子中学の制服に他ならない。
「以前あなたの中身を採取したことがあったでしょう?」
「そういやそんなこともあったなぁ」
「摂取したあなたの中身の土を調べてみるとその土は十年後の土でした」
「そうだったんだぁ」
「なのでその土からは十年後のお花さんが咲きます。激レアの土です」
「そっかぁ」
「十年後の土というころで先ほどこの病院に住んでる超絶名医の謎のおじさんから譲り受けた叶さんを植えてみました」
「なんでそんなことするのぉ?」
「この土は激レアな十年後の土なのでそこからは当然十年後の叶さんが元気良く生えてきます」
にゅぷぷ。にゅるにゅる。にゅるるるっるるるるっ。
その刹那。
十年後の土から生えてきた十年後の叶は器用な再生の手法で人の形を構築してこれまた器用に制服の袖におててを通す。いわゆる全裸回避の構えだ。
「けほっ。けほっ。もー。めっちゃ土ー。やだこの再生方法。二度とやんない。けほっけほっ」
桜弘と叶はそして再び巡り合う。
「叶ぇええええええええええええええええええええええええええっ!」
だきぃいいいいいっ!
「きゃぁあーっ!? お、桜弘ちゃんっ。ぐ、ぐぇええええええーっ!?」
「よかったぁ。よかったよぉおおおっ。うぇええええええええええええええん」
桜弘は叶に抱きついた。ひしひし。
十年後のことなんて分からない。
大人になった後の世界なんて分かるわけなかった。
だって桜弘と叶は十二歳の小娘で中学一年生の女の子だもの。
十年後なんて百年後とか千年後とかと一緒だった。
大人になったら何になる?
変で珍奇なこの世界で超絶エリートの道行きを進む最中な少女たちは分かるわけないずっとずっと先の未来で果たして何をしているのであろうか。
名探偵? プロ殺人鬼? 大人の女? 目上の大人?
それとも何者にも成れず物語は綴られることすらないのか。
でも違う。そうじゃない。だってこの物語の主人公とヒロインは中学一年生の女の子なのだ。
だからきっと今現在のその刹那に桜弘と叶の全てがあった。
少女たちの物語は五月の最初の日を迎える。
「ぐぇえええええええええええええええええええええええええええーっ!?」
「うぇえええええええええええええええええええええええええええええんっ」
これは。まさか。
これなるは伝説の桜弘ちゃんスペシャル『桜弘ちゃん鯖折り』の構えだとでもいうのか!?
いけない! この角度はだめだ! 再生したばかりの叶の腰と膝の類が破壊されてしまう!
そんな光景を見せられた周囲のわらわら少女たちは今何を思うのか。
「おー。よくわかんないけどよかったね」
「あははははは。ハッピーエンドじゃん。超ウケるー」
「今日から楽しい楽しいゴールデンウィークの始まりだよぉ。もう楽しすぎて私踊りまくっちゃう。るんる~ん」
ぱちぱちぱち。わーわー。きゃーきゃー。わらわらー。
お見舞いにきたら屋上に押しやられただけなので彼女たちの大半は状況をよく理解していない。でも何だかみんな楽しそうだった。
五月の初めの日に繰り出されるゴールデンウィーク最初の日なのだ。
そりゃみんなして楽しいに決まっている。
あと地の文担当者が書き忘れていたが地元女子中学からちょっと離れたあたりだと実は雨が降っていて先ほどあがったとかいう風景描写があったりした。
雨があがったので生えてくるのは当然ながら虹の類だ。
反り返った虹の背に目上の大人パワーを利用した重力操作により逆さ状態で立ち乗り騎乗する近所のおばさんは――
「あらあら。楽しそうな青春のプロローグじゃないの」
――近所の女子中学生たちを楽しそうにお空から仰いでいた。
わらわら。きゃーきゃー。わーわー。
「叶ぇ。今日から楽しい楽しいゴールデンウィークだよぉ」
「へー。めっちゃ楽しそうじゃん。まー私は桜弘ちゃんと一緒ならいつでも楽しいけどねー」
虹から物語を仰ぐ近所のおばさんが述べ述べしているように少女たちの青春はまだまだ始まったばかりだ。
でも本作が描くドラム缶とプロ殺人鬼を巡る物語は何だか終わった感じの雰囲気が漂っている。
なので地の文担当者は一旦ここで筆を置くことにした。




