第九話 地元のお嬢様中学校
本作の主人公&ヒロインだとプロット班が主張している桜弘と叶とかいう連中がいる。忘れられがちではあるがこいつらは中学一年生の小娘どもだ。
中一女子なので当然ながら通っている中学校がありその中学校にはやはりと述べ述べするべきか職員室なる施設があったりする。
今回エピソードは彼女たちが通う地元女子中学の職員室なるエリアから物語を始めてゆきたい。
兎にも角にも職員室での出来事だった。
「舐め舐めしてんじゃねぇぞごらぁああああああああああああッ!」
新鮮なお昼を迎えた地元女子中学の職員室ルームの某机にて生活指導の先生が何やらなめなめと叫んでくる。彼は巨大ナメクジだ。
机に陣取って愛する生徒を恫喝する彼のボディはなめなめとしている。なめなめ具合を鑑みるにどうやらこれはお昼のご挨拶と思われた。
一見荒々しそうに見える彼の言葉は巨大ナメクジ語換算におけるいわゆる「こんにちは」の類だろう。見識に優れる地の文担当者はそう推察した。語学が堪能な地の文担当者の冴えた頭脳ならではの推察と言えよう。
さらっと流されたから読者諸兄らが把握しきれているか不安なのでもう一度述べ述べしてあげると――桜弘と叶が通ってる中学校な地元女子中学の生活指導の先生は巨大ナメクジだった。
今エピソード冒頭シーンにおいて地の文担当者が読者諸兄らにお伝えしたいことはとどのつまりそれだけである。
ぱたぱたぱたぱた。
「昼休み~。昼休み~。優雅な優雅な昼休み~」
今は昼休み時だ。昼休みは優雅なので職員室の窓外では昼休み告げバードが優雅に嘶いている。ひひーん。
部分的休日として知られる大いなる角砂糖の日の前半戦たる休日部分は先ほど終わりを迎えていた。昨今の時節は部分的平日として知られる後半戦の午後が始まる間隙あたりの時間帯だね。お昼お昼お昼~。
そしてさっきから述べ述べしているが桜弘と叶が通ってる学校な地元女子中学の生活指導の先生は巨大ナメクジである。巨大ナメクジは巨大ナメクジだからして体高が二メートルくらいあった。
全長ではなく「体高」が二メートルだ。近くで見ると実際かなりでかい。体格を生かして彼が繰り出してくる生活指導の先生怒声ボイスはなかなか迫力があった。
「びりびり。私は窓。揺れる揺れる」
びりびり。先ほど発せられたナメクジボイスに職員室の窓が揺れる。
生活指導の巨大ナメクジが繰り出してくるなめなめした怒号が轟く真っ昼間どきの職員室が今回エピソードの冒頭舞台だ。そりゃ職員室の窓くらい揺れる。だからさっきから職員室ってゆってんだろ。
厳しくも愛のある熱血指導の類に定評がある巨大ナメクジのおめめ前に棒立ちするのは虹会桜弘と伊塚叶の二人連れに他ならない。さっきから台詞ないけど巨大ナメクジの前に桜弘と叶はさっきから棒立ちしていた。
昼休み時の職員室で巨大ナメクジと相対する二人連れの片割れな叶は果たして何を思ったのであろうか。
「めくりー」
めくりめくり。
ふと制服の上着をめくり始めた。そんでもってへそ出しスタイルへとおもむろな変形を繰り出してしまう。
何をやっているんだ叶!
今はまだ春先で風さんが冷たいときがあるから無防備な構えでおへそを出したらお腹が痛くなってしまうぞ!
不用意なへそ出し式変形合体を遂げた叶に季節の変化に敏感な地の文担当者は苦言を呈した。
その刹那。
「ぐにょーん」
めりめり。ぬちゃー。
へそ出しスタイルへと変形合体を遂げたことで露出した叶のお腹のあたりのお肉が裂けてゆく。うわ。気持ち悪い。
でろでろり。
「俺は塩だぜ。しおしおしおしお~」
裂けた叶のお腹肉から這い出てくるのは叶の体内に午前中あたりから拉致監禁されていた新鮮な塩だ。
こいつは今日の午前中に行なわれたプロ殺人鬼との熾烈な戦闘の渦中にて全自動塩分抽出装置から精製された塩と見て間違いない。
べちゃべちゃ。べちゃちゃ。ねとねと。どばばばば。
へそ出しスタイル構えにより効率的に裂けた彼女のお腹からは思ったより結構な量の塩が出没してきた。このようにして生活必需品を体内に収納しようとする性質が触手生物の類にはある。へー。
触手はぬめぬめとした触手まみれの生き物だ。でも別にナメクジとの関連性はまるでない。ナメクジとは関係ないので塩の類はへっちゃらだった。
海とかに棲んでる触手もいるくらいだしね。今しがた叶がやったように体内に塩を収納することも当然できる。変な生き物だぜ。
「私たちは技術の時間に作った課題を使って卑金属から上手に塩を精製することができましたー」
変な生き物として知られる触手生物はへそ出し変形お腹肉亀裂塩垂れ流し構えを構築しながら授業の成果を生活指導の先生に天真爛漫な構えで披露してくる。
おお。何という無邪気な女子中学生構えであろうか。
一方そのころ。
「ねえねえナメクジせんせぇ」
おぐおぐ。天真爛漫な構えでお腹から塩を垂れ流す叶と相対する巨大ナメクジのおめめ前小脇ではドラム缶生首生物が露骨な媚び諂いを繰り出してくる。
クソ腹立つことに桜弘とかいうこの女は自分が可愛いことを理解していた。
「私たちってば今日の午前中に川のゴミ拾いとかしてきたのぉ。川のゴミ拾いのおかげで新鮮な功徳が貯まりつつある感じだからさぁ。貯まった功徳を課外授業ポイントに変換して欲しいなぁ」
自分が可愛い自覚を持つ桜弘とかいう女は巨大ナメクジに媚び諂うことでお茶を濁す。
おぐおぐと媚び諂う桜弘の面構えには自分が可愛いことを理解した悪辣なお茶濁しが乗せられていた。うわ。めっちゃ魔性の女じゃん。
「私たちに今すぐ新鮮な課外授業ポイントを寄越せ。このナメクジ野郎」
そして自らが可愛い自覚がちゃんとある桜弘のお隣では自分のことをお洒落美少女だと信じ込んでいる面の皮の厚い触手生物が率直な恫喝を繰り出していた。
こいつは別に可愛くない。可愛くないというか面構えが地味だった。華が無いのだ。叶とかいうこの女は特徴の薄い輩である。
「しおしおしお~」
自分のことをお洒落美少女だと思い込んでいる地味小娘の足元で数キログラム単位の塩が嘶いた。
状況をまとめてみよう。
生活指導の先生が変換してくれると噂の課外授業ポイントなる代物。桜弘と叶はこれを巨大ナメクジにおねだりしていた。←が昨今の状況と言えよう。
おねだり場所は地元女子中学の職員室だ。あとおねだり時刻は大いなる角砂糖の日の午後開幕ちょい過ぎのことだったりもする。天気は普通の晴れ。
本作をまともに読み込む気概がろくにない読者諸兄らのためにこういう丁寧な情景描写を心がけていきたいものだと地の文担当者は思った。
しかしその刹那
「舐め舐めしてんじゃねぇぞごらぁああああああああああああッ!」
ぴしゃーん。びりびり。
部分的な休日として知られる大いなる角砂糖の日の前半戦が終わるに伴って卑しくも課外授業ポイントを要求してきたガキんちょ二匹に巨大ナメクジはなめなめとした怒号を繰り出した。二度目の恫喝だ。
体高二メートル級の巨大ナメクジが繰り出すナメクジボイスだけあって流石に凄い大声である。
「私は窓。またしても揺れる。びりびりびり。心臓に悪い」
職員室の窓は再び震えた。びりびり。びりり。
「職員室に潜むIQ三百万超えのサヘラントロプス・チャデンシスな俺は今日も事務仕事に勤しむ。やれやれ。天才はつらいぜ」
揺れる窓の小脇。チャド共和国において「生命の希望」の名で語られる七百万年歳のサヘラントロプス・チャデンシスは巨大ナメクジの熱血指導にやれやれという面構えをする。サヘラントロプス・チャデンシスは猿人と人類の分岐に立つ古代類人猿とされていた。しかし古代過ぎて詳しいことはあんまり分かっていない。謎の多い種族と言えよう。
謎多き彼は合理的で効率的な教育を好んでいた。
要領の良い天才として知られる彼は不合理で非効率的な教育もときには必要なことを七百万年に渡る長年の経験則から知っている。だから巨大ナメクジの愛ある指導にある程度の理解を示してくる。
こんな地獄みたいな学校で生活指導の先生をやるだけあって巨大ナメクジが発するナメクジボイスには守るべき生徒たちを心配するがゆえの愛がなめなめと込められていた。なめなめ。
課外授業ポイント。
これは消費することで合法ずる休みを可能とする素敵なポイントだ。
課外授業ポイント式制度は地元女子中学限定ではなくこの世界における全国の教育機関に一律で取り入れられている。
課外授業ポイントを消費したずる休みを合法ずる休みと呼称した。そんで課外授業ポイントを用いないずる休みは非合法ずる休みと呼び表される。この世界のならわしというやつだね。
桜弘と叶は課外授業ポイントなる素敵なポイント制度の交付を生活指導の先生な巨大ナメクジにさっきからおねだりしていたのだ。
しかし安易な課外授業ポイント給付は生徒の身を滅ぼしてしまう。冷静に考えてみて欲しい。合法ずる休みと言えども所詮はずる休みだ。
生活指導の先生としてそれを良く知る巨大ナメクジは課外授業ポイントの取り扱いに慎重だったりする。へー。
あと地の文担当者が書き忘れてたけど課外授業ポイントは功徳なる謎のポイントとの変換でゲッチュするのが基本らしかった。へー。
「慎重なやつ。私こういう臆病な男きらーい」
「ナメクジに性別なんてないよぉ。こないだ見たテレビでやってたぁ」
今日の午前中に執り行った川のゴミ拾いを経て桜弘と叶の懐には割とたっぷりとした功徳が貯まっていた。
この功徳なる謎のポイントを課外授業ポイントに変換すべくこいつら二匹は今現在その刹那の職員室に陣取る巨大ナメクジと対峙してるわけです。
課外授業ポイントを有効的に消費することで生み出される合法ずる休みのゆとりある時間的猶予。
これを活用して捜査中の警察に接触した挙句の伝手を辿り幸っちから昨日あたりに教えてもらったプロ殺人鬼をとにかくぶっ殺したいというのが最近の二人の当面目標だった。何か複雑な当面目標だね。よーわからん。
だが生徒たちを愛する巨大ナメクジにそんな当面目標など関係ない!
「舐め舐めしてんじゃねぇぞごらぁああああああああああああッ!」
生活指導の先生として熱い志を宿す巨大ナメクジは舐め腐った構えで先生におねだりしてくる小娘二匹に本日何度目かも分からぬナメクジボイスを用いた渾身の恫喝を繰り出す!
その刹那。
「えいえーい。えい。おりゃー」
べちゃ。べちゃっ。べちゃちゃ。べっちゃべっちゃっ。
巨大ナメクジが繰り出す度重なる恫喝にキレた叶はお腹の裂け目より先ほどから垂れ流し続けていたべちゃべちゃとした塩の塊を先生におめめがけて急に振りかけ始めた。
べちゃ。べちゃちゃ。
触手はぬめぬめとした触手塗れの生き物である。でもナメクジと生物学的な繋がり等は全くなかった。だからこうして塩を平気でおてて掴みすることができる。
べっちゃべっちゃ。べちょーん。
普通にキレた叶が繰り出してくる行動は海で友と波のかけあいをするときのような無邪気さを前提としたものだ。
述べ述べするなれば親しみ深い生活指導の先生への愛情表現と言えよう。
彼女の行為自体に悪意はなかった。
ナメクジに塩を振りかける行為に悪意なんていらない。
しおしおぉ。
悪意すら無き結構な量な塩をいきなり振りかけられて塩々となり始めた巨大ナメクジはもちろんしおしおとした態度になった。
「新鮮な課外授業ポイントに功徳を交換してあげるので先生に新鮮な塩をかけないでください。やめてください。課外授業ポイントはあげるので塩をかけるのをやめてください。早くやめてください。死んでしまうのでやめてください」
「ありがとぉ。ナメクジせんせぇ」
「お洒落美少女伊塚叶様を舐め舐めしてんじゃねえぞナメクジ野郎風情が」
こうした交渉次第を経た末。部分的な休日が終わって部分的な平日が訪れたにもかかわらず桜弘と叶の小娘二匹は学校のお外を引き続きうろうろすることができるようになったのだった。わーい。
結構前から伏線を張ってる今回エピソードプロ殺人鬼。
これをぶっ殺さんとするにあたり上記のような旨があったのだということを地の文担当者は読者諸兄らにひとまず述べ述べしたい。のべのべ。
はい。そういうわけなので大いなる角砂糖の日の後半戦が始まりまーす。
のこのこ。ごろごろ。
「あ。春頃に出没する謎の甲殻虫の新鮮な死骸だぁ」
昼下がりの道路小脇歩道を桜弘がごろごろと転がる。ごろごろ。
歩道を順調に転がる彼女の所作にはおてて馴れたものがあった。
少女のスリーサイズがドラム缶と化してからどれだけの月日が流れただろう。実際に数えてみると三日とか二日とか四日くらいだ。歴史の浅い輩である。
歴史は浅くとも経年由来の度重なる回転移動の経験地を積み重ねたこの生首はあんまり嘔吐しなくなっていた。これもまたある種の成長であり環境適応というやつかもしれない。
げらげらげらげら。
「私は晴れの日に流離う水陸両用イクチオステガ。正直に述べ述べすると水泳の方が得意だ。だが環境適用のためにあえて晴れの日を好んで闊歩している」
桜弘が転がってるアスファルコンクリな道行きの小脇で上機嫌なお日様が水陸両用両生類のお肌を弱火で炙っていた。じりじり。
イクチオステガはカンブリア爆発を経て登場してきた水陸両用の両生類だ。彼ら彼女らの足の骨は丈夫である。この丈夫な骨格を用いて彼ら彼女らは海から陸へと上がってきたのだ。
大いなる角砂糖の日たる今日の天気は相変わらず晴れている。
「春頃に出没する謎の甲殻虫の新鮮な死骸かー。桜弘ちゃんってばよくそんなもの見つけられるねー」
「だっておめめの位置が最近低いしぃ」
程よく乾燥した道路小脇アスファルコンクリ上をごろごろと回転するドラム缶生首生物を営む桜弘の移動中視線は常日頃から低かった。イクチオステガと同じくらい低い。構えの低い桜弘は移動中に落ちてるものをよく見つける。
合法ずる休みを約束とする課外授業ポイントを消費して生じた合法ずる休みを満喫する二人が過ごす部分的な平日午後の時節は穏やかに流れていた。
「つばめぇえええええええええええええッ! 俺は上空を舞う人喰いツバメ! 意味は無いが急に嘶くぜ!」
雨の気配も遥か彼方なよく晴れた春の昼下がりのお空の彼方で人喰いツバメが元気よく嘶いている。ひひーん。
べりべりゃ。ぐにょん。
「にゅるにゅる。にゅるぷ」
そして人喰いツバメの嘶きに呼応するが如く叶のうなじ肉が裂ける。もちろん彼女は人喰いツバメの嘶きではなく桜弘の鳴き声に呼応したのだ。
ぐにょぐにょ。うにょーん。
うなじの肉腫を伸ばした少女は地面に落ちていた謎の甲殻虫の新鮮な死骸を体内に回収せんとする。うわ。気持ち悪い。
これは。まさか。
これなるは『拾ったものを体内に収納する』系の構えだとでもいうのか!?
目上の大人たちが定めた法に基づく謎の評価値。これを功徳と呼び表した。
春頃に出没する謎の甲殻虫の新鮮な死骸を回収したり図書館に出没するグロリアスブックのお世話をすることで功徳は貯まるとされている。なんで?
でも何もしてないのに貯まったり減ったりするときもあった。
功徳とは課外授業ポイント以上に謎多きポイントである。功徳残高が謎の挙動を示す都度に人々は右往左往した。この世界の常というやつだね。
とはいえ今しがた叶が繰り出したような日頃の行いの積み重ねが功徳稼ぎでは大事だったりするのもまた事実だ。
相応に功徳を稼いで来た叶と比べると日頃から奇行を重ねて要領良く功徳を荒稼ぎしている桜弘は課外授業ポイント変換チェック時に余剰功徳が多めに貯まっていたりする。
なので余った功徳で完全密閉式金魚鉢を彼女はゲッチュしていた。
「えへへ。この完全密閉式金魚鉢可愛いでしょぉ?」
そう。地の文担当者が書き忘れていたが実はさっきから桜弘は完全密閉式金魚鉢をヘッドに装備していたりする。
「まーそれなりだね。にゅるにゅる。死骸の回収完了」
今の桜弘が被ってる変な金魚鉢は単なるファッションではなかった。余った功徳と交換して入手した代物というれっきとした来歴がある。
これもまた行間だ。完全密閉式金魚鉢の類を桜弘が装備していた旨を読み解けなかった読者諸兄らは自らの読解力の無さを嘆くべきである。地の文担当者は読者諸兄らにそう苦言を呈した。
「おぇええええええええええっ」
行間を経た後。謎の甲殻虫の新鮮な死骸を叶が収納し終えると同時に完全密閉式金魚鉢を完全密閉スタイルでヘッドに被る桜弘は唐突に嘔吐する。
うわ。なんだこいつ急に嘔吐しやがって。環境適応で嘔吐しなくなったわけじゃなかったのかよ。ある種の成長であり環境適応の類はどうした。
回転移動が平気になったとかじゃなくてどうやら単に痩せ我慢していただけのようだ。だが普段であればオープン状態な筈の桜弘ちゃんヘッドは今現在その刹那においては周囲が完全密閉されている。
完全密閉式金魚鉢を完全密閉スタイルで装備しているのだ。完全密閉の名に偽りは無く彼女のヘッドは周囲が完全に密閉されている。
そして桜弘の視界は吐瀉物で満たされた。
「ごぼっごぼぼっぼぼぼぼぼぼ」
こうなることを予測できずによりにもよって完全密閉スタイルで完全密閉式金魚鉢を装備してしまっていた桜弘は自らの吐瀉物に案の定溺れ始める。
ごぼぼぼっぼぼ。
こうはなりたくないものだと地の文担当者は心から思った。
「完全な肺呼吸への移行はやっぱりリスキーだな」
こうはなりたくない桜弘を尻おめめにするイクチオステガもこうはなりたくないと思っているようだね。
完全密閉式金魚鉢は当然完全密閉状態だ。
完全密閉ゆえ内部の物質が外に漏れ出ることは絶対にない。逃れ得ぬ吐瀉物の海に閉ざされた桜弘は言うなれば窒息死待ったなしの身の上と言えた。そこそこ可哀想な死に様だぜ。
「ごぼぼぼぼっ。がっがっがごごおおおおっ。ごぼばががごごぼぼおっ」
慈悲の心で知られる地の文担当者も流石に同情を見せた。
しかしそこそこ可哀想な死に様を構えてきたくせに桜弘はなかなか死なない。
これは何としたことであろうか。
むむ。そうか。
どうやら今日の桜弘のドラム缶の中身は液化した酸素のようだ。
だから今日の桜弘は息をしなくても平気なんですってね。へー。
「ごっ、ごぼぼっぼぼぼっ。ごぼぼっ。た、たしゅけて……っ。か、叶っ。くるちい……っ。たしゅっ、けて……っ」
桜弘は本日限定で息をしなくても平気だった。
それでもやはり吐瀉物の海に溺れるのは苦しいのかもしれない。実際普通に苦しんでいる桜弘は叶に助けを求めた。
がぼぼぼぼぼごぼぼぼぼっ。
これは友情ポイント残高が試されるシーンだ。
「えー」
友情ポイント残高を試された叶は露骨に嫌そうな面構えをする。
おい。友情はどうした。
やはり飲食店でのバイト経験がない未熟な中一女子の身の上ではこびりついた吐瀉物の率先した処理は二の足をふみふみするものがあるのかもしれない。確かに百戦錬磨の古強者な地の文担当者でも遠慮したい場面だった。
「ごぼぼぼっぼがっごごぼぼっぼぼっ。た、たしゅっ……たしゅけっ。っごっごぼぼっぼぼぼぼがっがおごごご」
「よいしょ。よいしょー」
こうした日常パートを挟んだ後に「のこのこ~」やら「ごぼごぼぉ~」という感じで道なりの道を道なりに苦しみながら少女たちは進む。
彼女たちが赴くのは幸っちから教えてもらった殺人鬼ランキング十五位のプロ殺人鬼が残した犯行現場の類だ。
「あ。到着した。桜弘ちゃん着いたよー」
「がぼぼっぼっぼぼぼがっがおごっごごごごごっ。おごっごごぼぼぼっぼぼっぼぼぼがっがっごごごごごぼぼぼっぼぼぼぼ」
そんで大したイベントも無く殺人鬼ランキング十五位なプロ殺人鬼の犯行現場に小娘二人は到着した。ひゃっほう。すげぇスピード感の展開だぜ。
あと書くのが面倒くさいという理由で地の文担当者が描写を省略しちゃうと今回の目的地な殺人現場に到着したその刹那に何やら脈絡も無く通りすがってきた通りすがりの超能力者の人から吐瀉物の海を桜弘は何とかしてもらっている。
今現在その刹那における桜弘の完全密閉式金魚鉢の内部は綺麗さっぱり清潔な類になったのだ。よかったね。
「助かったぁ」
「親切な人だったなー」
通りすがりの超能力者の人は深夜飲食店勤務の人だった。
深夜飲食店勤務の彼は吐瀉物の処理におてて馴れている。だから桜弘の吐瀉物の処理を率先して繰り出してくれたのだ。何という壮絶な人生であろうか。
通りすがりの深夜飲食店勤務超能力者の人に畏怖と尊敬のおめめを地の文担当者は向けた。
桜弘と叶は小娘なので地図をあんまり読みたくないお年頃だ。
合法ずる休みの渦中におけるうろうろの終着点たる殺人現場に彼女たちが辿り着けたのにはサポート的理由が無論ある。
授業中だろうと思しき恵野幸とかいう新聞部員からスマホ向け無料メッセージアプリ『ライン川の攻防』経由で道順をちびちび送って貰っていたのだ。
地の文担当者も半分忘れていたが課外授業ポイントを消費しての合法ずる休みを営むこいつらが向かっていたのは──殺人鬼ランキング十五位な正体不明プロ殺人鬼の犯行現場として知られる豪華セレブ豪邸だったりする。
どすどすどすどすどす。
「ここは豪華セレブ豪邸だぜ」
うわ。誰だこいつ。
「ひゃうん」
正真正銘の豪華セレブ豪邸な証拠として近所に住んでいるおじさんがすれ違いざまに桜弘の耳元に囁いていった。
今しがたのすれ違いざまに桜弘を「ひゃうん」とさせた彼のお腹は豊満である。
おそらくはダイエットとして歩き回っているのだ。
「豪華セレブ豪邸だってー」
「そんなの見れば分かるしぃ」
「ふーふー。じゃあな女子中学生二人連れよ」
どすどすどすどす。
そしておじさんは膝の負担が大きそうな歩き構えで華麗に去っていった。所詮は通りすがりだ。
だが読者諸兄らはここでひとまず冷静になって欲しい。
確かに今しがた通りすがっていったおじさんの言説の通りにこの場は豪華セレブ豪邸の門前だった。実際問題のお話として桜弘と叶のおめめ前には豪華セレブ門の類が聳えている。
しかしこの場は豪華セレブ豪邸である以前にまずは殺人事件の現場なのだ。
「あ。どうも。風さんです」
通り抜けてゆく春の日の風さんは剣呑な死臭を孕んでいる。
「触手って結構スカベンジャーなところあるから私こういう死臭とかあんまり嫌いじゃないよー」
「私は嫌い。臭いし」
殺人現場であるからして周囲に漂うのは豪華セレブオーラではなく血と臓物と糞便をハイブリットミックスした死臭だった。
漂う死臭さんが親切に伝えてくれている通りこの場のおめめ前たる豪華セレブ豪邸の類は豪華セレブ豪邸である以前にやはり殺人事件の現場なのだろう。
だって地の文担当者が書き忘れていたけど犯人の犯行現場に張られがちな黄色いテープがあちこちに張り巡らされているのだ。
「俺は黄色いテープ! 立派に職務を果たしてるぜ!」
そりゃ殺人犯行的殺人現場に決まっている。
「がぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
そんな殺人現場の黄色いテープに桜弘は急に威嚇を繰り出した。
「ひッ!? 犯行現場に張られがちな黄色いテープな俺は急に威嚇されてびびりまくってるぜ! ひぃいいいいい!?」
急に威嚇された黄色いテープはびびり散らす。
地獄みたいな学校に通ってることで有名な超絶エリート女子中学生どもはこのようにして急な威嚇を繰り出してくることが度々あった。
威嚇や恫喝で相手をびびらせてから交渉に入るのは超絶エリート女子中学生の習性とされる。何という狂暴極まりない連中であろうか。
がこんがこん。
威嚇に伴い移動用の横倒し構えから直立構えへと桜弘はトランスフォーメーションを構えた。
がこんっ。
「お邪魔しましまぁあああああああああああああああああああああっ!?」
威嚇とトランスフォーメーションを経たことで構えを立て直したドラム缶生首生物は元気よくご挨拶を繰り出す。
礼節とマナーを弁えた良い子だった。
もちろん侵入のご挨拶を行ったのだから犯行現場の黄色いテープをびりびりと破りながら犯行現場への侵入を彼女は早速試みてくる。
がこんがこん。
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああッ!?」
びりびりびりびりぃ。
桜弘からびりびり破られた黄色いテープはその衝撃で死んだ。即死である。
なむなむ。何と言う軟弱な輩であろうか。
本作をまともに読む気が無いことで知られる読者諸兄らのために再三述べ述べさせてもらえば今現在その刹那の桜弘と叶が佇んでいる道路小脇な現在地点のおめめ前に広がるのは殺人現場と化した豪華セレブ豪邸の門前の類だ。
え? 知ってる? ならいいよ別に。
のこのこ。
「お邪魔しましましまーす。すごい豪華セレブ豪邸だなー」
八つ裂きにされて死んだ黄色いテープの骸を踏みしめながら触手生物も豪華セレブ豪邸の門を潜る。
先陣を切った友の背に遅れて叶も殺人現場と化した豪華セレブ豪邸の内部へと赴いた形だ。
しかしその刹那。
今は亡き黄色いテープをびりびりと破いて犯行現場豪華セレブ豪邸への侵入成功を試みる女子中学生二人連れの姿をおめめ敏く捉える警察官Aの影!
この場は上位ランカー級プロ殺人鬼の殺人事件現場だ。
上位ランカー級プロ殺人鬼は端的に述べ述べして危ないのでこの辺りは事前集結していた警察の連中の縄張りとなっている。この世界にはそういう設定があった。
警察の連中の縄張りと化しているのなら警察官の一匹や二匹はそりゃいる。警察の連中は一匹見かけたのなら三十匹とか六十匹とかいると考えるべきなのだ。
ぴぴぴー。
典雅な笛の音色が轟く。
「こらこら! 待ちなさい! その女子中学生たち! ここは我々警察の縄張りなのだ! 君たちのような一般人風情が入ることなど国家権力に基づいて決して許されない! 愚かな一般人は去れ!」
涼やかな笛の音色の後に警察官Aは少女たちを優しく諭した。
危ないから未成年の女の子がこんなとこ来ちゃダメだよ。
優秀で親切な警察官Aは桜弘と叶にそんな大人の態度で応じていた。
うむ。この世界の秩序を守る警察の人なだけあってこの警察官Aなる人物は正義と慈愛に満ち満ちしたナイスガイのようだね。いい男だぜ。でもこの世界はこの世界なので正義と慈愛でご飯を捕食できるほど命の価値が高いわけじゃなかった。
ぎょろり。
侵入少女どもの片割れが触手おめめを彼に差し向ける。
「うるせー。近所の駐在さんがプロ殺人鬼だったことネットに拡散すんぞー」
正義と慈愛に満ち満ちした優しく親切な警察官Aに悪逆非道の超絶エリート女子中学生の少女はおもむろな買収を繰り出した。
きゅるるるる。
小気味良い買収判定音が響く。
「どうぞお入りください」
ぴんぽーん。買収成功だ。
悪逆非道超絶エリート女子中学生な叶から買収された警察官Aは大した抵抗も見せず意思無き奴隷と化した。
正義と慈愛に満ち満ちしていた先ほどまでの毅然とした態度などはもはや見る影も無い。一瞬の変容だった。
「進むぞぉ~。進むぅ~。らららぁ~。私たちは豪華セレブ豪邸内をおもむろに探索すりゅぅ~。るるるぅ~」
「こちらでございます。私はあなた方の意思無き奴隷です」
「手間取らせやがって。次喧嘩売ってきたらお前の玉という玉全部潰すからなー」
意思無き奴隷と化した警察官Aは恭しく桜弘と叶を警察連中の縄張り内に招き入れる。
コネクションを事前にずぶずぶしてから結んだコネを提示する。こうした手法を用いることで警察という種族は比較的容易に意思無き奴隷とすることが可能だ。いわゆる生活の知恵というやつだね。
地獄みたいな学校で叩き込まれたカリキュラムのおかげで警察の買収技法を二人はばっちり会得済みだった。このあたりは流石に超絶エリート女子中学生の面の皮といったところか。
桜弘と叶がこうしてまんまと犯行現場に侵入成功を果たしたというのが今回エピソード前半戦の大まかなあらすじと言えよう。
桜弘と叶が殺人現場と化した豪華セレブ豪邸内に侵入成功を果たしてからおおよそ一分くらい後。
がりがりがりがり。
もう苦しいのは嫌なのでごろごろと転がることを拒否した桜弘は侵入成功した豪華セレブ豪邸の床をがりがりと傷つけながら直立歩行様式を侵入成功同時の先ほどから行っている。がりがりがりぃん。
「きょろきょろぉ~」
初めて侵入成功した豪華セレブ豪邸に興味が深々なのか愚民家系一族出身の少女は床をずたぼろにしながらきょろきょろと余所見をしていた。
何といっても豪華セレブ豪邸だからね。おめめ移りするのもわかるよ。
地の文担当者は愚かな少女に共感の構えを見せた。ならばこそ地の文担当者の共感に呼応するように少女はおぐおぐとする。
「なかなかすごい豪邸さんだぁ。何か記念にお土産でも貰っていこうかなぁ。そこの木彫りの人喰い子クジラとか可愛いかもぉ。ねえねえ叶ぇ。その子あたり持って帰ろうよぉ」
初めての豪華セレブ豪邸にテンション上げ上げな桜弘はおもむろな窃盗の類を示唆した。
「待ってねー」
木彫りの人喰い子クジラを狙う桜弘の言説に従う叶の胸元が裂ける。めりめり。
生じた肉の亀裂から生じるのは当然ながら触手だ。
にゅぷずるぅ。うわ。きも。
「うわぁあああああああッ!? 木彫りの人喰い子クジラな俺は触手生物に取り込まれてゆくぅうううううッ!?」
音を立てて触手を伸ばした叶は木彫りの人喰い子クジラをやすやすと体内に取り込んでゆく。めりにゅるにょろぷ。
もちろんこれは友の取り分だ。
「ぐ、ぐぐぐっ。きっつー。うぐぐぐっ。入らないーっ。ぐぐぐっ」
「ぬわー!? やめろー! 高そうな壺な俺を捕食しようとするのは普通に犯罪行為だからやめろー!」
桜弘じゃなくて叶当人の方は裂けた背中で高そうな壺を苦労して体内に収納しようとしている。まったく卑しい連中だ。窃盗は犯罪だからやめた方がいいと地の文担当者は読者諸兄らに苦言を呈する。
がりがり。にゅるずぷ。
「おぐおぐぅ」
「めりょにゅるぷ」
無駄にでかい高額壺を狙ったせいで背中がセクシーに裂けてしまった友を気遣うドラム缶は暢気に歩を進めていった。
この場は殺人現場となっている。
しかし殺人現場ではあってもその前身は豪華セレブ豪邸だったわけなので暢気に進むだけでもそれなりに楽しいものはあった。
がりがりと音を立てて床を派手に負傷させる傍ら。高そうな内装品の物色ならびに窃盗を楽しむ二人は住人やらメイドやら羊やらの死体がごろごろ転がっている屋敷をしばらくうろうろする。
所詮こいつらもこの世界で生まれ育った生き物なので死体やら何やらを怖がるような現代日本チックな趣味はなかった。本作の舞台は現代日本じゃないからね。
うろうろ。がりがり。うろうろ。まいごー。
んで。
うろうろー。まいごー。めりょりょめりっ。
地の文担当者の卓越した筆力が光る巧みな迷子描写の末に案の定迷子になってしまった二人は小一時間ほどあても無く豪華セレブ豪邸内うろうろした。
そしたらこの豪邸唯一の生き残りのもとに何か運よく辿り着いてしまう。
「プールだぁ」
「プールだなー。でも今は春先だからあんまり有り難味がないなー」
豪華セレブ豪邸内を迷子になった挙句の果て。結構な時間を彷徨った二人が辿り着いてしまったのは豪華セレブ豪邸恒例の豪華プールだ。
ちゅーちゅー。
少女たちが辿り着いた行く末の豪華プールの豪華脇をふと見やればこの豪華セレブ豪邸のペットをかつて営んでいたミナミゾウアザラシのオスが備品の激うまオレンジジュースを優雅にちゅーちゅーしている。
「あ。警察の人っすか?」
堂々たる体躯のミナミゾウアザラシのオスたる彼はフランクな態度で中学生二人に面構えを向けてきた。
「何だこいつ。馴れ馴れしい輩だなー」
やけにフランクな構えを取るミナミゾウアザラシのオスと相対した叶は当たり障りの無い言葉でひとまずのお茶を濁す。
「いいボディしてんじゃん」
一方の桜弘の方はミナミゾウアザラシのオスが惜し気もなく晒す豊満なボディを素直に賞賛していた。
「さっき警察かって聞かれたから素直に述べ述べしてやると私たちは警察じゃなくて地元の中学校の人たちだぞー」
そして出会いヘッドに問われた誰何に叶が素直な身の上を白状する。素直な良い子だった。
初対面の第一印象で馴れ馴れしい輩だなと思いはしたものの叶は別に馴れ馴れしい輩が嫌いなわけじゃない。むしろ好きだ。
「そっすか」
素直な白状を喰らったミナミゾウアザラシのオスは堂々たる体躯を生かしたセクシーなポーズでお茶を濁した。むちむち。
うわわ。何てえっちな輩なんだ。そんな豊満なボディでそんなセクシーな構えをしちゃいけないでしょ。中学生の女の子相手に繰り出すにはこの構えはなかなか刺激が強いぞ。
「にこにこぉ」
実際問題のお話として桜弘はにこにこし始めてる。このむっつりすけべめ。
セクシーな構えを経て出会いヘッドに親睦の類が深まったところで本格的なお喋りパートが開始しようとしていた。
「地元の中学校っつーと地元中学っすか? 俺もそこの出身っす」
「そっちじゃないよぉ。私たちは地元女子中学の方の人たちだからぁ」
「地元女子中学っていうと有名な超絶エリートお嬢様中学じゃないっすか。やっぱり豪華セレブ一族だったりするんすか?」
「うん。お洒落美少女で有名な私は超絶エリート女子中学生だよー。お前風情とは立場とか全然違うからその辺弁えてねー」
「私もこっちの子も愚民出身だよぉ」
「愚民家系一族出身でもあのがっこ入れるもんなんすね。へー」
そういえば今の今まで地の文担当者が明言を避けていたが桜弘と叶が通っている学校はその名も栄光の『地元女子中学校』だったりした。
地元女子中学校。
これは超絶名門お嬢様中学である。
クソみたいに面倒臭い受験を突破した上で多額の不正献金をするとかしないと入れないタイプの超絶名門女子校中学だった。
地元女子中学の受験はガチのマジで面倒くさい。さらには面接やら何やらで事あるごとに多額の不正献金を要求してきた。あと合格した後の学校生活が普通に地獄だったりする。
誇張抜きにマジのガチな地獄なので普段の授業とか部活とかで在校生徒が日常的に■んだ。そういう感じの色んな意味で地獄みたいな超絶名門校として地元女子中学はとても悪名高い。
そんなことはさておき。
馴れ馴れしいミナミゾウアザラシのオス以上に馴れ馴れしい桜弘は迷子としてうろうろしていた行間の渦中に拾った新鮮なしゃもじでミナミゾウアザラシのお腹をぺちぺちとしてやる。
「ぺちぺちぃ」
「おふぅ」
ぺちぺち。
積極的なアプローチで親睦を深める構えを得意とする桜弘は馴れ馴れしく距離を詰め始めた。
「ねえねえ。この豪華セレブ豪邸の人たち殺した犯人見たぁ?」
「見たと言えば見たっすね」
まんざらでもない面構えでぺちぺちされるミナミゾウアザラシのオスはお茶を濁すことで質問への明言を避ける。
プールに辿り着いた場面冒頭で繰り出されたえっちなポーズを見れば分かる通りこのミナミゾウアザラシのオスはなかなかの話術巧者のようだ。流石は豪華セレブ豪邸のペットの地位に収まるだけはある。
ぺちぺち。おふぅ。
ふむ。これなるはのらりくらりと会話をやり過ごして場の主導権を握ろうという構えといったところか。
しかしその刹那。
「はぁああああーっ!? なにその不明瞭な言い方!? もっとはきはきした言葉ではきはき喋れよこの大型脊椎動物がぁあああああーっ!?」
体育会系の叶が何か急にキレた。
叶という少女は精神的にちょっと不安定なところがある。
迂遠なお茶濁し話術で場のイニチアチブを握ろうとするミナミゾウアザラシのまどろっこしいやり口を受けて精神的に不安定な彼女の堪忍袋はあっという間に爆ぜてしまったようだ。
ああ。何という沸点の低い輩であろうか。地の文担当者はこいつの将来を普通に心配した。
血筋のせいか育ちのせいか精神的に不安定な叶は割とメンタルが弱い。だから急にキレたり衝動的に相手を■そうとしたりすることがあった。
穏和しい人ほどキレたときに怖い。よくある言説だ。でも実際の現実だと別にそんなことはない。
キレたときにより怖いのは普段からキレ慣れている連中だ。
変なところでキレ慣れている叶は急にキレたときのキレ方にもなかなかの迫力を発揮する。
「ひ、ひぃいいいッ!?」
女子中学生から急にガチギレされたミナミゾウアザラシのオスは露骨な怯えを見せた。ぷるぷる。
話術巧者は単純な暴力に弱いのだ。彼は文化系の男だった。
お茶濁しスキルを活用してのらりくらりと場をやり過ごして最善の利益を追求してきたこいつは直接的な争いを好まない。
直接的な暴力の気配を敏感に察知した彼はそれゆえにはきはきと喋り始めた。はきはきはき。
「速すぎて残像しか見えなかったっす。だから見たと言えば見たし見えなかったと言えば見えなかったっす。お家のなかに風さんが吹いたと思ったら屋敷の人たちが皆殺しにされてて気づけば宝石やら貴金属類やらが全部盗まれてたっす。まさしく電光石火の犯行だったっすね」
激うまオレンジジュースをちゅーちゅーするミナミゾウアザラシのオスはまんざらでもない面構えで急にガチギレしてきた女子中学生に応じる。
ふむ。それなりにはきはきした説明だね。
これなら叶のガチギレもいくらか収まる筈だろう。
文化系の男とはいえ心にゆとりがあるおかげか悪くないやり口で場を落ち着かせることに彼は成功したのだった。
何といってもこの豪華セレブ豪邸を支配していた豪華セレブ一族が郎党皆殺しにされたのだ。おかげで一族郎党の資産の全てはペットとして飼われていたこいつのものになる。それは一つや二つの冷静沈着な手法も繰り出せようというものだ。
「ちゅーちゅー。うまうま」
すでに総資産を総ゲット済気分な彼が今まさにちゅーちゅーしている激うまオレンジジュースはグラム単価三千億円の超高級品だったりする。
この世の春が来たという面構えを滲ませるミナミゾウアザラシのオスにもはや死角などなかった。
「いらっ」
一旦冷静さを取り戻した叶は彼の面構えに普通にイラっとする。
イラっとしたのでまずおてて始めにさっきから桜弘がお口で咥えてぺちぺちしている新鮮なしゃもじを奪い取る。
うばいとりーっ。
「えいっ」
「あ。私の新鮮なしゃもじがぁ」
右おててに新鮮なしゃもじを構えた叶はミナミゾウアザラシのわがままな横っ腹を思い切りぺちんっと叩いた。
ぺちんっ!
「あふんッ」
「桜弘ちゃんほどの強者が通りすがりに首を狩られるなんてよぽどの高速じゃないと無理。ならこの豪華セレブ豪邸で事件を起こしたプロ殺人鬼が桜弘ちゃんボディ窃盗事件の犯人な可能性が高いねー」
桜弘から奪い取った新鮮なしゃもじを右おててに握る叶はこの場で適当に思いついた推理をいけしゃあしゃあとお口にする。
今の今まで地の文担当者も半分忘れていたが本作の主要目的は何者かに持ち逃げされた桜弘のボディを見つけ出すことだったりした。
読者諸兄らはこの主要目的覚えてた? 地の文担当者はもちろん忘れてた。
プロの殺人鬼と珍奇なバトルを繰り広げることはあくまでも手段でしかない。
「叶ぇ。私の新鮮なしゃもじ返せぇ」
「はい」
上っ面のいけしゃあしゃあ推理をわざわざ口にした後に友の求めを受けた叶は新鮮なしゃもじを素直に返却する。
精神的に不安定なところがあっても彼女は素直な良い子だった。
虹会桜弘という女の子は女の子な身の上であるにもかかわらず去年のわんぱく相撲の全国大会で優勝してのけた正真正銘の化け物だったりする。
桜弘のボディスペックは割と人間離れしていた。
桜弘ちゃんおめめが宿す『神の眼』に由来する超絶動体視力と同年代最強の生物由来の反応速度。
この二つを掻い潜って首を切断してのけた通りすがりの殺人鬼は必然として相当な化け物である可能性が高い。
桜弘ちゃんの首を切断した可能性が本格的に出てきた殺人鬼ランキング十五位のプロ殺人鬼を相手取っての戦いはかなり熾烈なものになる筈だ。
叶は上っ面でそう思った。
もちろん本当はそんなこと全然思っちゃいないけどね。家庭の事情のせいで何やらこいつは多少勘違いしているのだ。
いわゆる桜弘ちゃんの真似の構えと言えよう。
「これ貰うねー」
上っ面で思考を取り繕ったのだから素直に英気を養うべくミナミゾウアザラシのオスがちびちび飲んでいたグラム単価三千億円の激うまオレンジジュースを叶は急に奪い取る。
うばいとりーっ。
「あッ! 俺の激うまオレンジジュースが!」
ごきゅごきゅごきゅん。
そんで一気飲みしたのであった。
「やばー。なにこれー。めっちゃおいしー」
「なんで俺の激うまオレンジジュース盗るんすか。ひどいっす。ぐえぇ」
憤慨して縋り付いてきたミナミゾウアザラシのオスを触手式腕絡みで仕留めながら叶はうまうまする。
叶は人殺しが嫌いだった。でも平気で窃盗はする。
少女はそんなお年頃だった。