第七十三話 『ナイアガラーメン男』
少なくとも現代日本ではないいつかのどこか。
「あ。失礼します。花粉をたっぷりと孕んだ風さんです。ちょっと通りますね」
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああッ!?」
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
そういえば世界はまだまだ春先だった。
平均余命は三日弱。そう呼称されることも多い花粉症重篤患者の命を花粉塗れの風さんたちが刈り取ってゆく。彼ら彼女らの命は季節外れの淡雪やら地元女子中学一年生やらの命のように儚い。
「俺は人喰いツバメ。春先ということで食欲旺盛だぜ」
「新鮮な人間とか捕食したいよね」
「人の肉の味を覚えたばかりの雛とか養ってるしな」
あるいは人の肉の味を覚えた人喰いツバメたちが元気よくお空をぴょんぴょんしていた。ぴょんぴょんぴょん。
相変わらずな時代のお年頃から本作は相変わらず進行してゆく。
相変わらずでありながも新章突入という感じの雰囲気は何かちょっとあった。
「えっほ。えっほ」
「ハッキング。ハッキング」
「今日もハッキングハイキングするぞー」
新章突入ということで本格的な情景描写を述べ述べしてやればすっかり夜だというのにこのあたりの河川敷は何だかめっちゃ明るい。夜夜夜の時節なのに夕方色のお空だ。
トワイライトバスターというやつだね。
夕方色お空の河川敷を春先の名物たるスーパーハッカーたちがえっほえっほしている。彼らは春が繁殖期なのだ。
スーパーハッカーはハイキングを好む。座り仕事由来の硬直フレームを積極的なハイキングで解消しようという構えだ。
その刹那。
「ぶろろぉおおおん。ぶろろぉおおん」
運転手を失った後の永い放浪の末に憑喪神と化した十トントラックがハイキングを楽しむスーパーハッカーたちを趣深く追い抜いていった。
憑喪神と化した十トントラックはいつだって地域の安全のためにあちこちを特に意味も無く彷徨っている。感心な輩だ。
そして――
「のこのこぉ」
「のこのこ歩くよー」
のこのこ。ごろんごろん。
うわ。誰だこいつら。
――地の文担当者の流麗な筆致が光る情景描写で描かれた夕刻色の夜の河川敷的通学路にて超絶エリート女子中学生の影が二匹ほどあろうことかあったりした。
果たしてこいつらの正体とは一体……?
『はれるや~』
どしんどしんどしん。
「見て見て桜弘ちゃーん。夕闇の王がハレルヤダンスを踊ってるよー」
「相変わらず迷惑な輩だなぁ。でも私そういう人嫌いじゃないかもぉ」
「だったら私も釣られて踊っちゃおうかな。はれるやはれるや~」
「品が無いからやめて。私は叶にそういう下品なことして欲しくない」
「じゃあやめるー」
「はれるやはれるやぁ~」
「はぁあああああああああああーっ!? 私に踊るなって述べ述べしておいて何でお前だけ踊ろうとしてんのー!? なら私も踊りゅぅううううううーっ!」
はれるやはれるや~。
学校から帰る途中の部活帰りな下校式の道行きで何やらぽてぽてと踊りだした見るからに面倒くさそうなこいつら――
――桜弘と叶の事柄についてはひとまず置いておこう。
こいつらは馴れ馴れしいからお話をすると面倒くさいのだ。
ぽてぽてと陽気に踊り始めた小娘どもを尻おめめに夕方色のお空な西の方角をふとしげしげとしてやれば上位存在『夕闇の王』がハレルヤダンスを踊っていた。
『はれるや~』
どしんどしんどしん。
夕闇の王はパリピである。
巨大なボディに宿るパリピパワーゆえに夕闇の王がハレルヤダンスを踊れば都度に時間的猶予が雑にばら撒かれた。まったく以て迷惑な輩と言えよう。
「夜~夜~。優雅な夜~」
「俺は通りすがりの空飛ぶおじさん。夜告げバードが夜ってゆってるけどほんとに夜なのか? 実は夕方だったりしないか?」
「俺は通りすがりの空飛ぶ時計だぜ。正確さで知られる俺の針は普通に午後八時近くをさしてるから安心しな」
上位存在『夕闇の王』が繰り出すハレルヤダンスの影響もあり春先の午後八時近い時間帯であるにもかかわらず今現在その刹那のお空はどこからどう見ても夕方色に染まっていた。
ふむ。述べ述べするなればまるで部活帰りの光景だね。
がこん。くるるるる。
「よいしょ。よいしょぉ」
「うわ。びっくりした。もー急に直立しないでよー」
「えへへ」
「何か最近の桜弘ちゃんやけに器用になったねー。ドラム缶ボディに順応してきてない?」
「鍛えてるからぁ。ほらぁ。首とかぁ」
「へー」
ハレルヤダンス下の夕方の景色をしばし進んだ後に先ほどまでごろごろ転がっていた桜弘が何やら直立を果たした。うわ。びっくりした。
これは。まさか。
これなるは『直立会話パート』の構えだとでもいうのか!?
行間の合間にこそこそを首の筋肉を鍛えて日々の成長を遂げる少女の姿に地の文担当者は軽い感動を覚える。
少女たちは下校中だった。
「今の私たちは部活帰りに帰っているところだったりしまぁす」
「うん。それでー?」
何か始まった直立会話パートにおいて今回エピソードの概要を桜弘と叶はおもむろに繰り出してきた。おそらくこれなるは『今回エピソードの導入シーン』の構えと考えて差し支えない。多分。
兎にも角にもこいつらは下校中なのです。
「すなわち部活帰りの光景であるからしてぇ」
「まあようするに部活を終えた私たちがラーメン屋さんに向かっているのが今現在の状況だったりするけどそれがどうかしたのー?」
「ふははははぁ。最近の私はちょっぴり不良なお年頃だから部活帰りにラーメン屋さんに寄っちゃうなんてことも平気でしちゃうのだぁ」
「うん。そうだね。で。それがどうかしたのー?」
「どうかしたのってゆわれても。別にどうもしないよ。お喋りに意味とかいる?」
「ばかーっ!」
「いたいっ!?」
「晩ご飯の前にラーメン屋さんに寄ったせいでお家に帰った後で晩ご飯が食べられなくて苦しむであろう実は小食な桜弘ちゃんのことを私は心配してるのに何で急にそんな昆虫とか機械とかみたいなおめめになるのー!? 乙女の心配心をこれ以上弄ばないでよーっ!」
「通りすがりに女子中学生二体の群れに特に意味も無く寄り添ってみた巨大カイガラムシな俺も心配だぜ」
「お。巨大カイガラムシじゃん。こういうときのため特に意味も無く備蓄してる巨大カイガラムシ駆除スプレーを喰らえぇ。ぷしゅぅううううっ」
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああああッ!?」
「あはは。馬鹿な輩ー。巨大カイガラムシ風情が桜弘ちゃんとお近づきになろうなんて百年早いんだよ。身の上の程弁えろー」
ぺちゃくちゃ。おしゃべりおしゃべり~。
うわ。何という中身も何にも無い虚無会話パートであろうか。
直立会話パートが始まるに伴ってこうした感じの特に意味も無いお喋りを繰り出すことでこいつらはお茶を濁していた。
すなわち桜弘と叶の計二匹は今回エピソード導入における目的地なラーメン屋さんにのこのこ向かっているわけです。部活終わりの下校中だからね。
のこのこのこのこ。
『はれるやはれるや~』
もちろんラーメン屋さんに向かうべく河川敷の後半戦を赴くこいつらの上空では相変わらず夕闇の王がハレルヤダンスを踊っている。
どしんどしんどしん。
存在自体がやかましい輩だな。そんなんだから時空管理者の連中から定期的にお説教を受ける破目になるのだ。
「ラーメン屋さんラーメン屋さぁ~ん」
「部活終わりのラーメン屋さ~ん」
「ねえねえ叶ぇ」
「なになに桜弘ちゃーん」
「えへへ。実はさっきから思ってたんだけどぉ」
「ふむ」
「部活帰りにラーメン屋さんに赴く私たちの友情を表現するためにここらで少々新鮮なラーメン屋さんのお歌とか奏でてもいい?」
「絶対だめ。奏でたら置いていく。歌うな。何ならいっぱい捏ねた『だだ』とか投げつける」
「しゅん。歌いたかったなぁ」
まあ何やらそういうわけなのでトワイライトバスターが発生している部活終わりのお空の下を桜弘と叶はラーメン屋に向かってるわけなんですよ。
これはそういう類の物語だった。
そう。今話が何を述べ述べしたいのか。
だんだん混乱してきている読者諸兄らもいるだろうからここで明言パートを挟み込んでしまえばようは今回エピソードはラーメン屋さんに赴く系のお話なのだ。
今回は伝統と伝説のラーメン屋さん回と言えよう。
「部活終わりにラーメン屋さん行くのってめっちゃ不良だよねー」
「わかるぅ。「わるっ!」って感じがするよぉ」
地元女子中学なんていうお嬢様中学に入学して早一ヶ月未満。
上流階級のお上品なノリに染まりつつあるこいつらは部活終わりにラーメン屋さん直行という行為に何だか不良チックなものを感じていた。
この世界で優等生を模範的にやっている桜弘と叶は本来であれば部活終わりに買い食いとかはせずにお家に直行するタイプの素直な良い子たちだったりする。
うわ。めっちゃ良い子たちじゃん。
しかしいくら優等生な彼女たちと言えども中学一年生の小娘であることに変わりはなかった。
中学一年生とは十二歳とか十三歳とかその辺を指し示す。
冷静に考えて見れば多感なお年頃だ。なので周りの影響をすぐ受けてしまう。
「実は私味噌ラーメン捕食できないのぉ。胃がこってりしちゃうからぁ」
「好き嫌いすんな」
「うぅうう。頑張る。ぐすん」
「本日二匹目の巨大カイガラムシな俺はラーメン屋さんに行くとチャーハンしか頼まなかったりするぜ」
「桜弘ちゃん。スプレー」
「ぷしゅぅうううううううっ」
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああああッ!?」
ラーメン屋さんに赴くという今回エピソードにおけることの始まりは今朝の出来事に起因する。
あのとき一人の少女が一年一組教室の教卓の上に仁王立ちを構えたイベントから全ては始まったのだ。
なので本作は急に過去パートに入る。
ごごごごごご。しゅぴぃいいいいいいん。ちなみにこれは過去パートに移行するサウンドエフェクトと見て間違いなかった。
はい。では桜弘と叶の両名が今日の帰り道にラーメン屋さんに赴く原因となった今朝パートの描写をどうぞ。
「皆さんおはようございます! 私は生徒会処刑メンバーの銅芽狩賭ですっ!」
わーわー。きゃーきゃー。
それは朝のホームルーム前の出来事だ。
わらわらとした朝のお喋りに興じるわらわら少女たちの軍勢。
あろうことか↑な者どもと正面から相対した挙句の果てに一年一組が誇る生徒会処刑メンバーな銅芽狩賭が久しぶりの登場シーンを構えてくる。
この銅芽狩賭とかいう輩について「誰こいつ?」と思われる読者諸兄らも結構いると思われた。
こいつは第四十一話のあたりで総手尾詩灰の残機が一個減っちゃった折にわんわん泣いていた輩だったりする。読者諸兄らは覚えてる?
ちなみに詩灰の残機は七不可思議ある。あいつは正真正銘の準上位存在に準ずる化け物なのだ。
まあ化け物のお話はさておき。久方ぶりに登場してきた銅芽狩賭なる輩はホームルーム前の連絡シーンということもあり礼節とマナーを弁えた『教卓の上でしっかり仁王立ち構え』の真っ最中だった。かっこいいぞー。
三十二話ぶりの登場ということで気合いでも入れてきたのであろうか。
装備する激かわ蛇さん仮面を側ヘッド部にずらして面構えを晒す彼女は自らの可愛さをよく理解した激かわアピールに余念がなかった。
こいつは桜弘と似たような種族である。自分が美少女だとちゃんと理解していた。
「狩賭ぉおおおおっ! 苔を喰らえぇええええええっ!」
「狩賭ー! 私と桜弘ちゃんが一生懸命投げつける新鮮な苔の類をいっぱい捕食してーっ!」
べしべしべし。こけー。
教卓の上に立ちはだかる生徒会処刑メンバー狩賭に対して早速ダルい絡み方を繰り出すのはもちろん桜弘と叶の両名だ。
朝のホームルーム直前の連絡コーナーである。地元女子中学一年一組はいつもこんな感じだった。
「いたたたた。べしべし。いてててて」
桜弘と叶の熱烈なダル絡みを喰らった狩賭は案の定普通に痛がる。
これは。まさか。
これなるは普通に『小ダメージ連打』の構えだとでもいうのか!?
「いてててて。とにかく用件を述べ述べします」
新鮮な苔をべしべしと面構えに打ち付けられながらそれでも狩賭は元気いっぱいに用件を告げんとした。流石に生徒会処刑メンバーを勤めるだけあり面の皮は相応に厚い。
「この度生徒会処刑メンバー内でだらだら回し読みしていた漫画が一年一組の教室に払い下げられることになりました! いててててて。いたい。桜弘と叶はいい加減やめてよ。校務執行妨害で報告するよ?」
「じゃあやめるー」
「私もやめるぅ」
わーわー。きゃーきゃー。こけー。べしべし。
教卓の上にさっきから仁王立ちしていた狩賭はクソ面倒臭いことで知られる桜弘と叶の攻撃が止んだ隙を見計らって素早くかつ丁寧に本題に入ってきた。
「よいしょっと」
地の文担当者が書き忘れていたが狩賭の背中には謎の風呂敷包みがおんぶされている。
「俺は風呂敷包み。だからどうしたというお話だぜ」
どさーっ。
装備していた風呂敷包みを彼女はおもむろに広げてきたのだ。
「払い下げられることになった漫画はこちらになりますっ!」
どんっ!
本題に入ってきた矢先。風呂敷包みに封印されていた山盛りの漫画を教卓の前方部分に狩賭は山積みしてくるではないか。
「ぐべッ。俺は教卓。物を乗せるときは優しく乗せて欲しいぜ」
狩賭のお話を全然聞いていなかった読者諸兄らのために解説すると狩賭は漫画の類をいっぱい持ってきたのだった。
「漫画ですわね」
「漫画だねぇ」
「へー。これが漫画でありますか」
わーわー。きゃーきゃー。わらわらー。
持ってきた漫画を払い下げるという目的に基づきおもむろに積み上げられた漫画を見て一年一組のわらわら少女たちは露骨に怯えた声をあげる。
そう。狩賭とかいう輩は生徒会で不要になった漫画を一年一組教室に払い下げるためにこの場に仁王立ちしているのだ!
現状はいわゆる漫画紹介シーンと言えよう。そういう物語だった。
そりゃ一年一組のわらわら少女たちとて露骨に怯えるに決まっている。
この場は豪華セレブ一族の子供な箱入り小娘どもがわらわらいるお嬢様中学たる地元女子中学一年一組教室だ。
「漫画かー。私はあんまり漫画とか詳しくないかなー」
「『ぼくちんは新鮮なツチノコのホルマリン漬けきゅん! 実を述べ述べすると漫画は初めて見るから怖いよー!』。大丈夫だから安心して新鮮なツチノコのホルマリン漬けきゅん! 私が怯えるあなたを守ってあげる!」
「何をしてますのあなたは!? 新鮮なツチノコのホルマリン漬けきゅんが露骨に嫌がってますわ! もっと優しく抱っこしてるあげるべきでしてよ!」
わーわー。きゃーきゃー。
普段のわらわら少女たちは怖いもの知らずでめっちゃ攻撃的だ。
しかし所詮は中一の小娘であるので怖いものは普通に怖い。
普段あまり接点がない『漫画』なる教材を前にした彼女たちはみんながみんなして普通に戦々恐々としていた。まったく世間知らずな連中である。
そんなときに役立つのが愚民家系出身者どもだ。
「わー。漢気溢れる不良漫画だー」
「皆殺し空手男列伝かぁ。とても勉強になりそうなノンフィクション漫画だなぁ」
「うーん。ちょっとごめん。こういう漫画は私の趣味じゃないから別に読まなくていいかも」
漫画なる代物にビビっておててを出せないわらわら少女たちの間隙を縫って三人の小娘が教卓の上によじよじとよじ登ってくる。ちなみに地の文担当者が書き忘れていたがこの世界の教卓は無駄に大きかった。
今しがた現れた三人の正体とは虹会桜弘と伊塚叶と窓儀輪乃子の計三匹と考えても間違いではない。
こいつらは一年一組が誇る愚民家系一族出身者三人衆だった。
「輪乃子って愚民のくせに漫画読まないの?」
「読みはするけど超絶イケメンと超絶イケメン同士が睦み合う高尚な文学作品漫画しか私はろくに読まないよ」
「へー」
しかし払い下げ品の漫画が趣味じゃなかったということで輪乃子は窓際の自分の席に帰ってしまう。根性のない輩だ。
「うわぁ。超不良漫画だぁ」
「めっちゃ不良不良してるー。激やばー。生徒会処刑メンバーがこんな不良漫画読んでていいの?」
のこのこと自分の席に戻った窓儀輪乃子を差し置いて桜弘と叶は新鮮なノンフィクション漫画をしげしげとおててに取る。
おててがない桜弘は叶の肩越しの上手スタイルで覗き込む構えだ。
「不良生態調査としての資料文献だからね。こういう不良漫画を読んで生徒会処刑メンバーは対不良用の戦術教義を日夜磨いてるんだよ」
「きゃぁああっ。部活終わりにラーメン屋さんに行ってるぅ。超やばぁ」
「過激すぎて実質エロ本だよー」
「はい皆さん。愚民の二人がこうした反応をしめしめしてます通り今回払い下げることになった漫画は不良という生き物の生態が克明に描写された非常に貴重な文献となっております。興味があったら是非閲覧してみてくださいね」
斯くして一年一組教室後ろなロッカー小脇にはノンフィクション不良漫画『皆殺し空手男列伝』が設置されることになったのである。
んで。作中舞台はその日の部活終わりあたりまで急に飛んだ。びゅーん。
のこのこ。ごろごろ。
「狩賭が持ってきた漫画面白かったねー」
「うん。また持ってきて欲しいなぁ」
トワイライトバスター警報のせいで実際問題として夜だというのに相変わらず夕方なお空の下。
その地平をのこのこ赴く桜弘と叶は休み時間の間隙を用いてノンフィクション漫画『皆殺し空手男列伝』を全巻読破している。読むの早いなこいつら。
全巻の一気読みに成功したこいつらはノンフィクション漫画『皆殺し空手男列伝』に露骨な影響を受けていた。
部活終わりにラーメン屋さんに赴くという普段の二人であれば絶対にならない不良チックな暴挙に及んだのもこの漫画の影響が由来である。
そんで何だかんだ結構歩いてきたわけなので気づけば目当てのラーメン屋さんに何やら到着していた。
「というわけで目当てのラーメン屋さんに到着したよぉ!?」
「おめめ当てのラーメン屋さんの暖簾アンド扉の前に到着したねー!?」
地元表通りの小脇に聳える近所のラーメン屋さんと相対しようやくこの場を訪れた桜弘と叶のテンションは何だかおかしなことになっている。
漫画から露骨な影響を受けた二人は部活終わりにラーメン屋さんに乗り込むというあまりにも過激なシチュエーションにめちゃくちゃドキドキしているのだ。
情緒がおかしくなった二人はまるで地元女子中学の部活終わりのように極度の興奮状態にある。というか部活終わりだった。
逆にさっきまで冷静だったのは何だったの? こわ。
「はーはーはー。わ、私たち。部活帰りにラーメン屋さんに寄っちゃうんだ……」
ラーメン屋さんの扉の前にて極度の興奮状態の息を荒くしている叶は冷静さを明らかに欠いている。
「ふりょおっ! ふりょおっ! ちょ~ふりょお~!」
一方そのころの桜弘ちゃんは情緒不安定な触手生物の背後小脇で不良の歌を奏でている。こいつは何だか楽しそうなことになっていた。
がちゃん。
「お邪魔しましましまーす」
「お邪魔しましまするぜいおやじぃ」
そうこうしているうちに二人はラーメン屋さんの暖簾をくぐる。いや。横着しないでちゃんと扉破壊しろよ。
これは。まさか。
これなるは『ラーメン屋への侵入成功』の構えだとでもいうのか!?
「わぁ。真っ暗」
「ほんとだ。暗い。私たち二人して鳥おめめになっちゃったのかなー?」
しかし店内は暗い。これはどうしたことか。
「せっかくラーメン屋さんに無事侵入成功したけど店内が暗いよぉ。部活終わりのラーメン屋さんってこういう感じなのかなぁ?」
せっかく訪れたラーメン屋さんの内部が暗かった。
そうした事情もあり何やら上っ面の不安さを桜弘は表現する。
「今日休みなんじゃない?」
情緒不安定な構えを取る割に意外と冷静沈着なところのある叶は不安げな桜弘にひとまず代替案を提示してお茶を濁した。こいつは触手生物なので暗いところが割と平気だったりする。
「え。今日休みなのぉ?」
「知らなーい」
休みかもしれないという代替案を提示した末にその案にツッコミを入れられてしまった叶は即座に知らぬ存ぜぬの構えを構築する。うーん。これは不良だねぇ。
しかしその刹那。
せっかく部活終わりにラーメン屋に侵入成功を決めた二人に馴れ馴れしく話しかけてくる謎の男の影!
「休みじゃねぇ。潰れたんだ」
その男の声には怨嗟と絶望が凝固していた。
「え。誰。今急に話しかけてきたのは誰ー?」
「おばけかもぉ。こわいよぉ」
がたがた。ひしひし。
今しがた侵入成功したばかりな暗い店内での出来事である。
知らない店の知らない暗がりにいる知らない人からいきなり話しかけられた女子中学生二人連れは恐怖のあまりひしひしと寄り添いながらがたがたと震える。
新鮮なおばけかもしれないと思っちゃったのだ。
この世界のおばけは知覚を基点に問答無用即死攻撃をばら撒いてくる死ぬほど怖い連中だったりする。
それは怖いもの知らずの桜弘と叶とて普通に怯えた。
しかし実を述べ述べすると桜弘は全く怯えておらず叶の真似をしてお茶を濁しているだけという幽霊より恐ろしい事実があったりするがそれはそれとして物語は進行する。
「俺はおばけじゃない。このラーメン屋だった跡地でかつてバイトを営んでいた高校生だ」
「なーんだ。バイト風情か。ビビらせやがって」
「高校生風情が私たちをビビらせていいと思ってんのかぁ」
もちろんおばけは怖かった。だが高校生風情を怖がる理由なんてろくにない。
そういうこともあり桜弘と叶は露骨にオラつき出した。
「おうおうおうーっ」
「おうおうおうっ」
なんだこいつら。まるでオットセイの類だ。
オットセイの構えは実際怖い。
心の弱い軟弱男子高校生であれば土下座しながら財布を差し出してもおかしくないのが世にも恐ろしいオットセイの構えだ。
でも怨嗟と絶望に塗れたバイト高校生と思しき少年はオットセイの構えにもまるでビビらない。なんという肝の据わった男であろうか。
いつぞやな寿司屋の一件でオットセイの構えを会得した二人はビビらないなら仕方ないの構えを見せてオットセイの構えを解除する。こいつらとてカツアゲの類を繰り出したいわけじゃなかった。会得したばかりの構えを試し撃ちしてみたかっただけだ。
「じゃあお話でも聞いてやろうかなぁ」
「このラーメン屋さんが潰れたのはなんでー? なんでお前はそんな怨嗟と絶望に塗れたおめめをしているのー? そういうことに主体を置いたエピソードを私たちに聞かせろー」
「よかろう」
そしてこのラーメン屋さんが潰れたお話を二人は聞くことになった。
仕事終わりの夜の街はいつだって無粋なエレキ看板の不健康な光で満ち満ちしている。みちみち。
夜の繁華街におけるラーメン屋さん街での物語だ。
夜の繁華街のさらにラーメン屋さん街ともなればそれは当然のように給料男たちの憩いのオアシスと化してくる。
そんな日和。
「仕事でくたびれた俺はラーメンを捕食しに行くぜ」
ラーメンの残り香もきらびやかな路地を一人の給料男がのこのこしていた。
彼は堂々たるガタイの給料男だったりする。
ふむ。なかなかのボディだ。
体格を見ればすぐわかるように彼はただの給料男ではない。上級エリート給料男にはわずかに届かずとも明らかに上級給料男の域には達している猛者だった。
年の頃は四十代半ばほどの彼はいわゆる『三K』の会得者だ。
すなわち『高血圧』『高血糖』『高尿酸値』の三種のスキルを彼は極めて高い水準で会得している。
その証拠に彼のお腹は満ち満ちしていた。みちみちみち。
三Kの会得は上級給料男の必須技能といえる。寿命の減少と引き換えに極めて高い給料男スキルの行使が可能となるためだ。
例にもれず彼は優秀な給料男と言えよう。あるいは近々上級エリート給料男に進化する可能性も高かった。
「明日への活力を養うためにラーメンをたらふくもぐもぐするのだ」
上級給料男四十代おじさんは今日も夜のラーメン屋さん街オブ繁華街を歩く。これから捕食するであろうラーメンに彼はわくわくしていた。
しかし刹那。
ぴゅー。
豊かなお腹を揺らして歩くおじさんの上空から高速で飛来するラーメンの影!
「ならば早速喰らわせてやろう。俺の『ラーメン』をな」
ぱっこーんッ。
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああッ!?」
遥か上空から落下してきたラーメン丼が脳天に直撃した上級給料男の四十代おじさんは脳漿をかち割られて倒れる。
普通に即死だった。
断末魔の響きと混じり血とラーメンの臭気が街を漂う。
「え。お空からラーメンが降ってきた」
「異常気象かも」
「プラズマの影響じゃない?」
周囲はラーメン屋さん街であり人の気配は多かった。
人通りが多いゆえ急に即死した上級給料男の四十代おじさんの骸に周囲の野次馬連中がやじやじと集まってくる。
「ふわり。着地の構えだ」
ふわり。
そして集まってきた彼らの中心に一体のプロ殺人鬼が降り立ってきた。
上空から音も無く降り立ってきたラーメンマスター姿のプロ殺人鬼はやじやじと集まってきた野次馬たちに向けて何か急に自己紹介を執り行う。
「殺人鬼ランキング十七位。俺はプロ殺人鬼『ナイアガラーメン男』。むかつく客のヘッドにラーメン丼を叩き付けたいという欲求に導かれるままにラーメン丼を叩きつけまくってたらプロ殺人鬼になっていた男だ。これよりお前たちのヘッド上空に俺の新鮮なラーメンを叩きつける」
正真正銘の上位ランカー。殺人鬼ランキング十七位。
地の文担当者が書き忘れていたが先ほどになってトワイライトバスターはようやく収束を見せていた。
なのでやっと生じた本来の闇を切り裂く無粋なエレキ看板に照らされながらプロ殺人鬼『ナイアガラーメン男』は殺人鬼ネーム宣誓を繰り出してくる。
すなわち――
殺人鬼ネーム宣誓成功! 殺人鬼ポイント加算!
――これなるは『殺人鬼ネーム宣誓成功』の構えだとでもいうのか!?
伴ってヘッド上空から轟くのは世にも恐ろしきラーメン丼落下音だ。
ぴゅー。ぴゅー。ぴゅー。ぴゅー。ぴゅー。ぴゅー。ぴゅー。ぴゅー。ぴゅー。
ぱっこーん。ぱっこーん。ぱっこーん。ぱっこーん。ぱっこーん。ぱっこーん。ぱっこーん。ぱっこーん。ぱっこーん。
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああッ!?」
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああッ!?」
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああッ!?」
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああッ!?」
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああッ!?」
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああッ!?」
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああッ!?」
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああッ!?」
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああッ!?」
その日の夜のラーメン屋さん街はラーメンの香りと死臭に満ち満ちした。




