第七話 目上の大人
いつぞやどこかの移動教室な刻限が迫り来ている。
平日日中の地元女子中学における情勢だった。
刻限は大事である。だって刻限を遅れると遅刻してしまうのだ。
遅刻は死刑であることをちゃんと心得るわらわら少女たちはその辺を心得ているので技術室への移動を往々にして構えてゆく。
わらわら。わらら。
部分的休日として知られるクジラのあばら骨の日の午前中はとうに終焉を迎えていた。新しい授業の日々は始まっている。部分的休日は部分的な平日なのだ。
当時間の移動教室な技術の授業日々が始まった矢先──の五時間目あたりに物語は始まる。
「一年一組の窓際に住んでる窓儀輪乃子な私は今現在のその刹那を技術室の窓際で過ごしてるよー」
「一年二組の逸出藻憎実ちゃんな私は隣クラスのそんな輪乃子ちゃんのすぐ近くに陣取ってたりしまーす」
「俺はノコギリヤシ! チェーンソードの永遠のライバルだぜ!」
わらわら。きゃーきゃー。わーわー。
地元女子中学の技術の時間は隣のクラスと合同で授業を行なった。
仮に一年一組であれば一年二組と合同で行う。三年四組であれば三年三組と合同で技術の授業に臨んだ。
ノコギリヤシやらチェーンソードやらが置いてある技術室へと一年一組のクラスメイトならび一年二組のクラスメイトどもが昨今は集まっている。世も末だぜ。
世も末な渦中。地元女子中学一年一組&一年二組のわらわら少女どもが何やら技術の授業を受けているというのが今回エピソードにおける冒頭のシーンだった。
本作は二話前後編完結形式がゆえ第七話として知られる奇数回な今話はこういう感じで新しいエピソードの幕開けシーンが語り継がれる。わーわー。
だが新しいエピソードの幕開けシーンなど知ったことかと言わんばかりに技術の時間が幕開けの刻限を迎えてきていた。
さっきから述べ述べしてるけど昨今は五時間目たる技術の授業中だったりする。
技術室の前方に立つ人物が何やら技術の授業的台詞を繰り出してくるのも授業冒頭時節の定めであるのかもしれなかった。
「はい。では今しがた説明した通りに卑金属から塩分を抽出する全自動塩分抽出装置を皆さんは各自で作ってくださいね」
今しがた技術の授業の始まりの台詞を繰り出した男。彼こそは栄光の地元女子中学の技術の先生だ。
「全自動塩分抽出装置だって」
「早口言葉みたい。ねえ全自動塩分ちゅーちゅー装置って百回述べ述べして」
「ちゅーちゅーちゅーちゅー。はいよゆー」
わらわら。きゃーきゃー。わーわー。
技術の時間のみに不定期で出没する技術の先生が技術室の技術的ステージの上に棒立ちして説明を行う様をわらわら少女たちはわらわらと見据える。
わらわらした小娘どもに技術の授業を施す先生として知られる彼は技術の時間のみに不定期で出没する謎多き人物だ。
木材と釘をメインマテリアルとして今しがた説明した指示通りに全自動塩分抽出装置を作る。それが今日の五時間目たる技術の授業の授業課題だ。
「皆さん頑張ってください。先生は影ながら応援してます」
もやもやもやぁ~。
技術的ステージ壇上にてひとしきり説明を行なった技術の先生は気体と化して霧散してゆく。
これは。まさか。
これなるは『忍法霞隠れの術』の構えだとでもいうのか!?
忍法霞隠れの術はかなり習得難度の高い構えだ。流石は超絶名門校の技術の先生なだけはある。このような高難度構えも彼は容易に取得していた。
忍法霞隠れの構えを生かして空気と化すことで支配と服従が校風なこの学校だと不足しがちな自主性の構えをわらわら少女たちに技術の先生は促してくる。なかなか生徒思いの先生のようだ。
自主性の構えを推奨する目的で技術の先生が大気と一体化したその刹那。
「はーい」
「うーす」
「へーい」
みんな良い子のわらわら少女どもは元気よくお返事を繰り出した。素直な良い子たちである。地元女子中学の一年一組と一年二組は穏和しくて素直な子が伝統的に多かった。まったく面白みのない連中と言えよう。
「わー。巨大ノコギリクワガタだー」
「いたいっ。このベニヤ板クラゲは新鮮さが凄いなぁ。めっちゃ暴れてくる」
「ぎゃぁあああああああああっ!? 巨大ノコギリクワガタが私の頚動脈を的確に喰い破ろうとしてくるぅうううううううっ!?」
ぎこぎこ。びちびち。ばったん。
面白みがないゆえに素直さを発揮してきた一年一組&一年二組の子たちは先生からの指示通りに全自動塩分抽出装置の作製を開始していった。
素直な彼女たちがひとまずの手順として取り掛かるのは巨大ノコギリクワガタを用いたベニヤ板クラゲの解体作業だったりする。
ぎこぎこぎこ。びちびちびち。
素直で良い子なわらわら少女たちは巨大ノコギリクワガタでベニヤ板クラゲを各々で早速ぎこぎこし始めた。
ふむ。これなるは課題こなしの構えと見て差し支えない。いわゆる技術の時間の授業風景というやつだ。
ああ。何という面白みのない退屈な授業描写であろうか。
隙あらば先生のお命を狙ってくる一年五組とか一年十一組の連中と違って素直な良い子で固められた一年一組と一年二組のこいつらは授業の折におててがかからないと先生たちの間ではもっぱらの噂だった。
そろそろ。ごろごろ。
「そろそろ。そろーり」
「そろそろぉ~」
しかしいくら素直な良い子たち塗れな穏和しいクラスの連中とは言っても自主的な活動を主とする授業では……いつの時代も何やら怪しげなことをし出す生徒がぞろぞろと出てくるものらしい。世間というものをよく理解している地の文担当者はそれを知っていた。
「ごろごろごろぉ~。やっほぉ」
「よっほー」
ほら。実際出てきた。
「恵野幸こと幸っちよぉ。健康なボディを惜しむなら今日も新鮮なプロ殺人鬼情報を私たちに教えるのだぁ」
「早く新鮮なプロ殺人鬼情報を教えてくれないと今昼も私の新鮮な触手柔術が火を噴くぜー。しゅっしゅー」
技術の時間な課題を素直にこなして行く一年一組&一年二組のわらわら少女どもがわらわらした群れを構築してゆく渦中のこと。
忍法霞隠れの術の構えで技術の先生が消えた隙を見計らった桜弘と叶とかいう連中が今昼も懲りずにダル絡みを繰り出してきていた。
彼女たちが繰り出すダル絡みの矛先はもちろん幸っちである。
幸っちこと恵野幸。
彼女は一年二組に所属していた。新聞部の情報通な彼女も当然この技術の授業に参加している。へー。
読者諸兄らはこいつのこと覚えてる? こいつは三話とか四話くらい前に出てきた輩だよ。
桜弘と叶は新聞部で情報通な幸を利用して新鮮なプロ殺人鬼情報を捕獲しておきたいお年頃だった。本作の主人公&ヒロインとされることが多い桜弘と叶なる輩どもはプロ殺人鬼情報を何やかんや欲している。そういうプロットがあるのだ。
「ふふふ。よく来たな。桜弘ちゃん&叶ちゃんめ。いててっ。こら暴れるな」
びちびち。ぎちぎち。
移動教室的授業中の折。そんな時節にダル絡みを仕掛けられた幸っちこと一年二組所属の新聞部員な恵野幸は抵抗する新鮮なベニヤ板クラゲを六十センチメートルクラスの巨大ノコギリクワガタで挟み込むのに結構苦労していた。
でも幸は負けない。
「どうやら君らは今昼も新鮮なプロ殺人鬼情報が欲しいようだ。まったく以て卑しい女どもめ」
負けない幸は開幕のご挨拶としてひとまずお茶を濁してきた。
「はーい」
「卑しい女じゃないもぉん」
負けない幸っちに桜弘と叶は鷹揚な面構えで応じる。
桜弘と叶と相対する幸の右おててに装備されるのは無論のことやはり巨大ノコギリクワガタの類だ。ぎちぎちぎち。
おお。何たることか。桜弘と叶とかいう面倒くさい連中にダル絡みを仕掛けられてなお技術の時間の課題をこなす幸にはイニシアチブを取得せんとする意志が構えられていた。だからこその右おてて巨大ノコギリクワガタの構えである。
こんな地獄みたいな中学校に在籍しているだけあって彼女が構える面の皮もまた厚かった。
本日の五時間目技術授業間的プロ殺人鬼情報を巡る少女たちのお茶の濁し合いはこうした感じで幕を開ける。
「いつぞやの昼休みのように君らは私の健康を人質に私を強請りに来たようだな」
「はい」
「うん」
「しかし今昼の私は一味違う」
「そうかなー?」
「あ。幸っちもしかしてシャンプー変えたぁ?」
「うん。青リンゴ味からイチゴ味のシャンプーに変えた」
「イチゴ味かー。捕食されたときに失礼にならないようにって考えると悪くない味変なんじゃない? ワンパターン回避ってやつで」
「私もイチゴは好きだよぉ」
「シャンプーの味変の例を鑑みれば分かるように三億円の価値がある情報の対価に私の健康を差し出されるのはいわゆるワンパターンというやつなのだ」
「桜弘ちゃんはシャンプー何味使ってるー?」
「ぶどう味ぃ」
「シャンプーと同じく支払い方法がワンパターン化するのはよくない。絶対そのうち飽きる」
「えー。でも私ら愚民家系だからころころシャンプー変えられないしー」
「私はぶどう味にまだ飽きてないぞぉ!」
「そういうわけだから今昼の私は桜弘ちゃん&叶ちゃん対策の恐るべき構えを事前に用意している」
「へー」
「そうなんだぁ」
「もはや今後の恵野幸は君ら風情からおてて玉に取られるような青リンゴ味の存在ではないのだよ。ふふふ。わかるかね?」
「わかんなーい。いいから早く教えろよー。半殺しにするぞー」
「そぉだ。そぉだ。真っ当な健康を害されたくなかったら私たちに無償で情報を提供するのだぁ」
おお。何たるハイレベルなお茶の濁し合いであろうか。このやり取りを見れば彼女たちの凄まじい面の皮の厚さが見て取れた。
元気の良い巨大ノコギリクワガタを片おててに機先を制してお口をひとまず開いてきた幸っちにあまりにもあんまりな物言いで桜弘ちゃん&叶はプロ殺人鬼情報を要求する。
桜弘と叶の二人は基本的に暴力を振るうことに全く躊躇いのない輩だ。
暴力を背景とした単純な力押しを好むのが彼女たちの王道的お茶濁し構えと言えよう。だが暴力的背景に頼ったお茶濁しはいわば力技の類でしかなかった。
それを読み切った幸はその刹那に自らの勝利を確信する。
「ふふふ。しゃきーん」
「うわ。こうして見ると幸っちのボディすごい貧相だね。かわいそー」
「もっとお肉とかもぐもぐした方がいいと思うなぁ」
平坦な胸を張った幸は桜弘と叶に渾身のどや面構えを構築した。
ぱきんぱきんぱきん。
無論のこと幸は自分のことを超絶美少女だと思っているので桜弘と叶が繰り出す貧乳煽り的お茶濁しを文字通り全部レジストする。おっぱいの無さとか幸はまるで気にしちゃいない。すげー面の皮の厚さだ。
その刹那。
果たして貧相な胸の少女の面構えに今日のため事前用意した秘策が宿る。
ぎちぎち。びちびち。
現在は技術の時間であるので彼女の右おててには六十センチメートルクラスのノコギリクワガタがさっきからぎちぎちと暴れていた。
読者諸兄らは覚えておられるだろうか。かつて桜弘と叶は幸を半殺しにすることでプロ殺人鬼情報を奪取している。
「仮に前回と同じく私の健康を用いて交渉しようというのであれば――」
「あぁん? というのであればなんだっていうんだよぉ。やんのかおらぁ」
「対策しようとしても無駄だよー。仮に抵抗するなら前回と同じく二対一で普通にぼこぼこにしてやるからー。覚悟しろー」
わらわらー。きゃーきゃー。わーわー。
昨今は五時間目の技術の授業な時間帯となっている。
技術室のあちこちでわらわら少女たちと格闘する六十センチメートルクラス巨大ノコギリクワガタが「あー? んだてめぇやんのかごらぁ?」と恐ろしいかちかち音で小娘どもを威嚇していた。あるいはベニヤ板クラゲが「びちびちびち」と暴れまわっている。
「めっちゃいたいっ!? ふぇええええっ。ベニヤ板クラゲの抵抗が激しすぎておてての骨が両方とも砕けちゃったよぉ」
「あああああああああああっ!? 私のベニヤ板クラゲが技術室小脇の亜空間から普通に逃走してるぅうううううううっ!?」
「よーしよし。いい子だねー。巨大ノコギリクワガタくんはとっても元気がいい子だねー。だから咥えたあたしのお腹をぎこぎこ切断するのは普通にやめてねー。いい子だからそういうのするのダメだよー。ほーらほーら。あとで豪華セレブプロテインゼリーとか買ってあげるからあたしの内臓を捕食しようとするのは一旦中断してねー。いてててててっ」
獰猛な技術アーティファクトと格闘せねばならないわらわら少女たちのなかからは幾人かの負傷者が出始めていた。クジラのあばら骨の日後半戦一発目な技術の時間帯はそういう感じでお送りされている。
小娘たちが楽しそうにわらわらしている楽しい楽しい技術の合同授業の渦中では今日も相変わらずなダル絡み二人組を相手取る幸っちが何やら恐るべき完璧対策を素晴らしい構えで繰り出そうとしていた。
「暴れるなこの野郎」
恐るべき完璧対策を述べ述べせんとする彼女はおててに構える六十センチメートルクラスの巨大ノコギリクワガタをひとまずテーブルの角に叩きつける。
がっ。がっ。がっ。
「……きゅう」
叩きつけられた衝撃の甲斐あって彼女の右おててで「ぎちぎち」していた巨大ノコギリクワガタはぐったりとして穏和しくなった。
その刹那。
恐るべき完璧対策構えを幸っちが何か急に放ってくる!
「――普通に泣く」
幸が何か急に繰り出してきた完璧対策構え。
それに恐れおののいたのは当然ながら桜弘と叶の二人だ。おののののの。
「くっ。普通に泣くだなんて。そ、そんな恐ろしいことを述べ述べされたらまともにおてて出しができないじゃんかっ。今の幸っちにはまるで隙が無いっ! なんて完璧な対策なの……っ!」
あまりに恐ろしい完璧対策に叶はめっちゃ戦慄する。
「うぇえええん。幸っち泣いちゃやだぁ……。泣かないで幸っちぃい……。うぇええええええん」
桜弘に至っては普通に泣き出していた。うぇえええええええんっ。
普通に泣く。
何という恐るべき完璧なダル絡み対策であろうか。
普段から色んな輩に節操なくダル絡みを繰り出しまくっている桜弘と叶は悪質極まりない二人連れとしてよく知られている。だが彼女たちとてごくお年頃の女子中学生であることに変わりは無かった。
女子中学生の身の上なんだから同級生の輩から普通に泣かれたらもうどうしようもない。
「よしよし」
「うぇえええええええええんっ。幸っち泣かないでぇえええええええっ」
普通に泣き出した桜弘を「よしよし」と撫でる幸は穏和しくなった巨大ノコギリクワガタを片おててにベニヤ板クラゲを解体していた。その手順は順調である。こいつ意外とおてて先器用だな。
作業をこなす彼女の面構えに浮かぶのは露骨な勝利の笑みだ。
「新鮮なプロ殺人鬼情報が欲しかったら三億円か三億円以上に価値があるものを私の懐に持ってくるんだな。それができない者に情報は売らない。分かったかこの下賎な愚民家系一族出身者どもめ。ふはははははっ。どうだ。悔しいか」
「うぇえええええええん。幸っち泣かないでぇえええええええっ」
「教えてくれたっていいじゃーん。幸っちは吝嗇な輩だなー。今日の午前中に某ハンバーガーショップ行ったときお土産でもらったこのよくわからない謎のキーホルダーをあげるから新鮮なプロ殺人鬼情報ちょうだいよー」
しかしその刹那。
平坦な胸を反らせてどや面構えで勝ち誇る幸の傍らで何やら触手生物が胸元の肉をにゅるにゅるぷと裂いてきた。うわ。気持ち悪い。
裂けた胸元から叶が取り出すのは午前中に行った某ハンバーガーショップのお土産に貰った謎のキーホルダーだ。
「え? マジ? これくれるの? やったー」
触手生物が胸元の肉の裂け目から取り出してきた変なキーホルダーをおめめにした幸は露骨な大喜びの構えを取る。
ぎちぎちぎち。
大喜びな彼女の右おててには圧倒的な暴力に怯えて穏和しくなってしまった六十センチメートルクラスの巨大ノコギリクワガタが未だ握られていた。
某ハンバーガーショップのお土産謎キーホルダーは死と隣り合わせな入店成功率の壁を突破しなければ入手不可能とされている。推定価値は現在の為替相場に照らせばおよそ六千五百京円相当くらいだ。
そんなものを差し出された幸は昨日の部活で仕留めた新聞獣由来の新聞情報をぺらぺらとお喋りする構えを取る。
「ぺらぺらぺらぺら~」
「わぁ。幸っちが何かぺらぺら喋ってるぅ」
「でも全然興味無いから内容として全然お耳に入ってこないなー」
今回エピソードの導入パートはクジラのあばら骨の日後半戦一発目の授業たる技術の授業な物語からお送りされるのであった。ぺらぺらぺらぺら~。
最近巷を騒がせている連続強盗殺人犯こと正体不明のプロ殺人鬼がいる。
ざわざわ。ざわわ。
今期殺人鬼ランキングでも十五位にランク入りしており典型的上位ランカーと言える実力を有するそいつは何か最近いい感じに巷を騒がせていた。
合同授業として知られる技術の時間を有効に活用した桜弘と叶は壮絶なお茶の濁し合いの末にこの新鮮なプロ殺人鬼情報をゲットしている。
プロ殺人鬼の上位ランカーが相手ともなれば普通に警察が動き出してしまうのがこの世界の常だ。
のそのそと警察が動いているのであれば女子中学生の身の上で殺人事件の類におててを出すのはなかなか難しい。この世界の司法が抱える歪みというやつだった。
なので桜弘と叶は考える。
「警察が縄張りを主張してるせいで迂闊におてて出しできないなら一体これをどうやってころころすればいいのでしょーか?」
「そんなの簡単じゃん。警察とコネクションを繋いでずぶずぶの関係になっちゃえばいいんだよぉ」
ずぶずぶ。ずぶぶ。
警察が縄張り主張しているせいで迂闊に接触ができない相手を殺害する手法。これについて考察を巡らせた少女たちはコネクションずぶずぶの構えを構築するという妙案を思いついた。
クジラのあばら骨の日の後半戦の技術の時間を終えた後に訪れた五時間目と六時間目の隙間時間における物語である。
あとついでに明日やってくる「大いなる角砂糖の日」がクジラのあばら骨と同時期にやってくる部分的休日だったというのもこれまた思いついた。
「そういえば明日も部分的休日だねー」
「大いなる角砂糖の日なんだからそりゃ休日だよぉ」
カレンダー上の必然というやつだ。ご都合主義ではない。
「じゃあ部分的な休日として知られる明日の午前中を活用して早速警察とのコネクションを繋いで行きたいわけだけどー」
「ずぶずぶ繋ぐぞぉ」
「明日の午前中って桜弘ちゃんひまー?」
「ひまぁ」
とことことこ。
「俺は明日開催される警察主催の川のゴミ拾いイベントポスター! 明日警察主催の川のゴミ拾いイベントがあることを自分の足で周知して回ってるぜ!」
「あ。明日開催される警察主催の川のゴミ拾いイベントポスターが元気よく廊下の類を駆け回ってるー」
「感心な輩だなぁ」
そして五時間目と六時間目の間隙が齎す授業と授業の隙間時間に警察主催の川のゴミ拾いイベントポスターが彼女たちの小脇を偶然にも駆け抜けてゆく。
警察主催の川のゴミ広いイベントポスターが述べ述べしているように警察主催の川のゴミ拾いイベントということは当然ながら主催の警察がわらわらといる筈だ。
ずぶずぶとしたコネクションを繋ぐのにこれほど都合の良いイベントの類はそう無いだろう。
「では警察とのコネクションをずぶずぶ繋ぐために明日の午前中は川のゴミ拾いイベントに参加しましょー」
「え? なんでぇ?」
「さっき警察主催の川のゴミ拾いイベントポスターが警察主催の川のゴミ拾いイベントが明日あるよーって感じの宣伝してたじゃん。このイベントに行けば警察と楽々コネクションとか繋げるよー。多分」
「せっかくの部分的な休日をそんな面倒くさい作業で潰すのは率直に述べ述べして勿体無いなぁ」
「参加しろ」
「はい」
斯くして桜弘と叶は明日の午前中に川のゴミ拾いをする破目に陥った。
早いもんでね。ふと気づけば今現在のその刹那の時節は大いなる角砂糖の日を迎えているわけよ。時の流れはいつだって止まっちゃくれないのだ。
昨今は大いなる角砂糖の日の早朝となっている。前場面の技術の授業やらクジラのあばら骨の日の後半戦やらはもう終わったのだ。時代は早朝の川のゴミ拾いの日々と考えていい。
そんな朝の時節の公園小脇でたむろするクソダサい装備を纏う触手生物と朝から元気な桜弘ちゃんの影!
「うわ。青緑色クソダサジャージを真面目に装備してきた叶がめっちゃダサい。こんなダサい子と仲良しこよしとか恥ずかしいから知らないふりしとこぉ」
「桜弘ちゃーん! 意味はないけどめっちゃ抱きつくねー!」
「うげぇ。知らないふりしてたのにめっちゃ絡まれたぁ」
「桜弘ちゃーん! 桜弘ちゃーん! うわ。今日もキューティクルがめっちゃ艶々なんだけど。こわー。月に何回縮毛矯正してんのー? 仮にこれが天然ヘアスタイルだとしたら普通に人間じゃないよこれー」
「うぇええええんっ。めっちゃダサいことで有名な青緑色クソダサジャージを装備してる子の友達だって思われたくないよぉ」
最近の桜弘と叶は早朝の公園にいた。
公園でたむろする現在の叶が装備するのは地元女子中学が誇る栄光の体操着の類である。これは青緑色クソダサジャージとして知られていた。うわ。だせぇ。
さっきから述べ述べしているように今現在その刹那の時節は大いなる角砂糖の日の早朝ゴミ拾いイベント開催刻限周辺となっている。これは前場面たる技術の時間の翌日の時系列だ。
朝の部活式朝練終わりの時間帯における行動に都合が良いということで川のゴミ拾いイベントの集合場所を桜弘と叶は集合場所としている。
そう。行間で描写されなかった部活の朝練を終えた桜弘と叶は大いなる角砂糖の日の早朝に至りようやくの合流を果たしたのだった。時刻は早朝早朝午前六時前前前前。わかった?
昨日のうちから部活の朝練終わりに川のゴミ拾いに赴こうという約束をこいつらは交わしていたらしい。段取りいいね。
「桜弘ちゃーん。朝の川のゴミ拾いイベントだよー」
そして叶は変なところで真面目なので野外活動の折に学校が指定して来る青緑色クソダサジャージを平気で装備していた。
「うぅ。離れろぉ。このクソダサ青緑ジャージ色触手生物の類めぇ」
平気で青緑色クソダサジャージを装備してくる叶を桜弘は露骨に嫌がる。今の叶は端的に述べ述べしてクソダサかった。異常なダサさだ。
ぱきんぱきんぱきん。
でも叶は自分のことをお洒落美少女の類だと信じ込んでいるので桜弘が繰り出してくるお茶濁しを全部レジストしてくる。すげー面の皮の厚さだ。
「我々は人喰い桜並木。春先に咲き誇ります」
「我々は典雅な人喰い桜並木であるからして当然食にもこだわりを見せます」
「さっきから我々のおめめ前でたむろしているクソダサ青緑ジャージを装備しているクソダサい女子中学生などは捕食に値しません。我々の餌たる人間にはもっと身の上の研鑽に励んでもらいたいものです」
昨今は春の時節なので桜弘と叶がさっきからいちゃいちゃしている公園の小脇では典雅な人喰い桜並木が咲き誇っている。ぱぁあああ。
人喰い桜並木が典雅な構えを見せていることからも分かるように現在地点は川のゴミ拾いイベントの集合地点たる地元の公園だった。
公園公園公園~。早朝早朝早朝~。
よし。これくらい早朝の公園って書いておけば本作を真剣に読む気がない読者諸兄らにも今現在その刹那の現在地点が早朝の公園ってことが伝わった筈である。
地の文担当者は地の文担当者として一安心した。
場面転換が一段落ついたところで川のゴミ拾いイベント前ぐだぐだトークパートが本格的に開幕を迎えようとする。川のゴミ拾い開幕の刻限は近い。
「川のゴミ拾いって私はじめてかもぉ」
「私もー」
イベント開始の刻限が迫る渦中にて自分をお洒落美少女だと思い込んでいる触手生物はお洒落美少女の特権として大した艶々もない触手ヘアーを「ふぁさー」とかきあげた。
うわ。マジか。めっちゃダサい。
めちゃくちゃダサい青緑色クソダサジャージを装備して「ふぁさー」と中途半端なボブカットをかきあげる女子中学生の姿に地の文担当者は普通に精神ダメージを受ける。
彼女は自分のことをお洒落美少女だと思い込んでいた。
「あ。風さんです。ちょっと通りますね」
いや。通んなくていいから。こんなクソダサ青緑ジャージ装備してるやつの触手ヘアとか靡かせるな。
「あ。二足歩行インドゾウさんがデッドリフトしてるぅ」
「ふんッ。ふんッ。ふんぬッ。うぁああああああああああああんッ!」
青緑色クソダサジャージ装備髪靡かせクソダサ触手生物に相対する破目に陥った桜弘は友の姿を眺めるのがいい加減つらくなってきたので公園の端でデッドリフトを営む二足歩行インドゾウさんの方におめめを移す。
「いいボディしてるなぁ」
二足歩行インドゾウさんが営むデッドリフトで桜弘は心を癒した。
「俺は土管! 重量感には自信がある!」
ちなみに二足歩行インドゾウさんがデッドリフトに用いるのは公園小脇に据えられている重量感のある土管だったりする。彼の体重は六トンあった。
「ねーねー桜弘ちゃーん」
「なんだよぉ。この青緑クソダサジャージ触手生物めぇ」
「さっき川のゴミ拾いが初めてって自白したじゃん?」
「うん」
「自白したんだったらカツ丼もぐもぐしなきゃ」
「それもそうだね」
「ふんッ。ふんッ。ふんぁああああああああああああああッ!」
部活の朝練終わりの朝ご飯として持ってきていたカツ丼を桜弘と叶は捕食しようとしてゆく。いわゆる朝ご飯というやつだった。
過酷な練習をすでに終えた悠々自適の身の上を楽しむ少女たちは必死のデッドリフトで自らのボディを苛め抜く二足歩行インドゾウさんを見物する。立ち食いではなく近所のベンチプレスに座っているのでその点についての懸念は不要だ。
「もぐもぐぅ」
「むしゃむしゃむしゃー」
「俺はカツ丼! よろしくな!」
あとカツ丼は別に喋らなかった。今しがたご挨拶をしてきたのは「カツ丼」というお名前なだけの通りすがりのおじさんである。
「あああああああああああああああああああああああッ! ぬぁあああああああああああああああああああああッ!」
↑の台詞は必死の形相を構える二足歩行インドゾウのものだ。
カツ丼をもぐもぐしながら二足歩行インドゾウの土管式デッドリフトを見物していると現在時刻は午前六時十五分前後あたりを回り始めてゆく。
春先の朝ということで空気は冷たかった。でも冷たさによるつらさは薄い。
げらげらげらげら。
お日様の機嫌が良いのかな。結構早い時間帯なのにお空はすでに明るくなっていた。
「ふんッ。ふんッ! ぬるぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
「うまうまぁ」
「新鮮なカツ丼は美味しいなー」
朝ご飯は大事なので少女たちはちゃんと朝から捕食する。筋トレは追い込みが大事なので二足歩行インドゾウは必死に牙を食い縛る。
これはただそれだけの物語だった。
ゴミ拾いイベントの集合場所として指定された川近くな地元の公園はおおむねそういう感じの雰囲気であれこれがお送りされている。
しかしその刹那。
「うーす。ボランティアでーす」
「今日は川のゴミ拾いイベントに参加しにきましたー」
「積極的にボランティアを営み新鮮な功徳を貯めていきたい所存です」
ふと気づけば桜弘と叶の周辺は名無しモブボランティアたちでぞろぞろし始めていた。
ぞろぞろ。もぶもぶ。
そうだ。そうだったのだ。
地の文担当者も半分くらい忘れていたけど川のゴミ拾いイベントがこれから行われるのだ。
何と言ってもこれから川のゴミ拾いが行われる。そこに名無しモブボランティアの連中がぞろぞろぞろと集まってくるのはある種当然の摂理と述べ述べすることができた。
「どうもどうも。はーい。どうもどうもどうも」
うわ。誰だこいつ。
「我輩は今日の川のゴミ拾いイベントにおける監督担当を務める警察の一派として知られる地元のお巡りさんの類だったりします。やーやー。どうもどうも」
挙句の果てには警察の連中の一派たるお巡りさんまで現れてきてしまった。
警察の連中は一匹見つけると三十匹はいる。
つまりこの場にはお巡りさんを含む計三十匹の警察の連中がわらわらと蔓延っているに違いなかった。
「はい。では集合合体します。マニュアル通りにお願いします」
「久しぶりの集合合体ですね。緊張します」
「リラックスしましょう。ボディを硬くしては集合合体に時間がかかりますから」
ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅ。
ぴかー。
そして三十匹の警察の群れは集合合体して一匹の巨大お巡りさんと化した。
大きくなれば当然声も大きくなる。これは警察が遠方に声を届かせるための集合合体式巨大化の構えだ。
せつめいかいしぃいいいいいい。
『いやーどうもどうも。説明役の地元のお巡りさんです。では川のゴミ拾いイベントについて説明します』
ごごごごごごごご。
うわ。すごい声量。
「今日のために集まったボランティアです。川のゴミ拾いイベントについての説明を受けます」
「私もボランティアだったりするよー。普通に説明を受けるよー」
「俺もボランティアだぜ! 今日は一生懸命川を綺麗にしたい所存だ!」
ぞろぞろー。せつめぇええ。ぞろぞろー。ごみひろいせつめー。
首尾よく集合合体した地元の集合合体巨大お巡りさんは丁寧なご挨拶をしてから今日の川のゴミ拾いについての説明を述べ述べしてきた。
しかし地元の集合合体巨大お巡りさんが見下ろす名無しモブボランティアの群れに混じる桜弘と叶はお年頃の女子中学生でしかない。プロのボランティアではないこいつらの集中力はやはりそぞろだ。
「桜弘ちゃんは最近の超絶イケメン俳優のなかで誰一番好き?」
「李家免太郎くんかなぁ」
「あいつ性格めっちゃ悪いらしいねー」
「叶の方が悪いから安心しなよぉ」
お年頃の女子中学生ゆえにであろうか。五メートル四十四センチほどの上から発せられる川のゴミ拾いイベントにおける壮大な大音量説明をこいつらはろくに聞いちゃいなかった。
「私のおすすめは断然美寿或卓くん。こいつは単純に面構えがいいから見てて飽きない」
「そいつめっちゃ性格悪いらしいよぉ」
「桜弘ちゃんの方が悪いから問題ないってー」
今の彼女たちにとってはボランティアの説明なんかよりも超絶イケメン俳優に関する有意義なディベートの方がよほど重要である。そういうお年頃だった。
「えへへー」
「えへへぇ」
げしげしげしげしげしげしっ。
べしべしべしべしべしべしっ。
果たして叶は自らの足で桜弘をキックし始める。桜弘の方はさっき拾った新鮮な木の枝の類で叶をべしべししていった。それぞれのウェポンを構えた上で執り行われる超絶イケメン俳優に関してのハイレベルなディベートの真髄がそこにはある。
桜弘は面食いなので長身のイケメンが上っ面で好きだった。叶の方は同性愛者なくせに性欲が強いのか何なのかイケメンはイケメンで普通に好き好んでいる。節操ないなこいつ。
自らの推しを叩き付け合う負けられないディベートの類がそこにはあるのだ。
げしげしげしげしげしげしっ。べしべしべしべしべしべしっ。
『はい。どうもどうも。説明は以上となります』
ごごごごごごごご。
んで。高度なディベートを鑑みて少女たちが夢中になっている間に集合合体巨大お巡りさんの説明は何か終わる。
まあ結論から述べ述べしちゃうと桜弘と叶は地元の集合合体巨大お巡りさんが繰り出す川のゴミ拾いイベントの説明を全部聞き逃したのであった。
川のゴミ拾いイベントの説明終了時点からそして数分が経過する。ふと気づくと桜弘と叶の周囲にボランティアの姿は消えていた。
「ふん。ふん。ぱおーん」
強度の高いデッドリフトのクールタイムとして緩めの上体逸らしを行う二足歩行インドゾウしかこの場には残っていない。
そう。今回川のゴミ拾いイベントを行う集合場所の公園からは名無しモブボランティアたちが全員巣立ってしまったのである。
「わー。誰もいないよー」
「ほんとだぁ」
状況確認を怠ること数分後くらいしてから桜弘と叶は周囲の異変にようやく気づいた。周りを見ない連中である。
「どうするー?」
「さぁ?」
それでも周囲の状況にようやく気づいたのだから流石にこれは緊急事態だという類の構えを構築して二人はお茶を濁した。
やはりと述べ述べするべきか。焦りの渦中にある筈の叶は相変わらずクソダサ青緑色ジャージを装備している。彼女の装備構えは相変わらずダサかった。うむ。見れば見るほどダサい。
「どうしよぉ。実を述べ述べすると私ってば川のゴミ拾いイベントに参加するの初めてだったりするのぉ」
「それさっき聞いたー」
「だからこれから何をどうすればいいのかわからないよぉ。とりあえずその辺を転がってればいいのかなぁ?」
ごろごろ。ごろろ。
相変わらずダサい叶のダサさに慣れてきた桜弘は焦りのあまり思わず自ら転がり始めた。こいつは最近ドラム缶としての生き方にも慣れつつある。
だが転がり始めた桜弘にすら関心が薄れた叶は――
「うーん。そうかもねー」
――なんか全体的に飽き始めていたので先ほど取り出した自らのスマホを弄り回していた。
スマホを弄る彼女のおめめにはやる気の類などは全く無い。少女は飽きっぽいお年頃だった。
ふむ。おそらくはここらが潮時であろう。
ここまで長々と今回のエピソードを読んでこられた読者諸兄らも薄々気づいておられるかもしれなかった。実を述べ述べすると地の文担当者のやる気の方もだいぶ薄れているお年頃だったりする。
そういうわけなので今回のエピソードは山も谷間もイベントもなく終わりそうな感じだった。
行間の部分で先ほど丁寧に説明を繰り出してきた地元の集合合体巨大お巡りさんの説明も聞いてなかったわけだし多分こいつらは勝手に各自帰宅するのだろう。
川のゴミ拾いイベント回などは最初からなかったのだ。たまにはこうした息抜きやら休憩パートやらも必要なのかもしれない。
地の文担当者は読者諸兄らにそれをまず伝えたかった。息抜きやら休憩やらは大事である。
すなわち今回のエピソードはこれでおしまいな流れなのだ。
はい。おしまい。読者諸兄らもお疲れ様でした。地の文担当者はそう思った。
しかしその刹那。
気の抜けた地の文担当者のおめめ前でやる気なさげアピールを繰り出している女子中学生二人の背後に忍び寄る謎の影!
誰だこいつ。
うわ。マジかよ。
典尼パイセンじゃん。
これはやばいぞ。とんでもない化け物が忍び寄ってきている。ようするに近所のおばさんが忍び寄ってきていた。
「あら。虹会さん家の娘さんと伊塚さんのところの娘さんじゃないの。朝からボランティアに参加して功徳を貯めようだなんて若いのに感心ねぇ」
現れてきた『それ』の登場には音はない。光もなかった。
この存在の出現を妨げることのできる存在などこの世界には存在しない。存在するわけがなかった。だからそこには何も介在しない。できない。
絶対の処理優先度で馴れ馴れしく近寄ってきた近所のおばさんは中年チックな微笑みを浮かべていた。
あらあら。
彼女は鷹揚な構えご挨拶を繰り出してくる。少なくとも絶対に人ではないこの存在は四十代後半ほどの近所のおばさんだ。
ほとんど五十代であるので『それ』の面構えには小皺が多少目立っている。だけどスキンケアをしっかりやっているのかお肌の潤いは保たれていた。
近所のおばさん。
そんなものが話しかけてきた。おめめ前に聳える逃れ得ぬ事実だ。
斯くして先ほどまでろくにやる気のなかった筈の下等小娘二匹は抗うことなど許されぬ絶対の事象をあまりにものろまに知覚する。
その刹那。
しゃきーんっ。
「はいっ! おはようございまぁす! 今日はよろしくお願いしましまぁああああああす!」
「はい! おはようございまーすっ! 今日はご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いしまーす!」
下等生物二匹はボディの反射で勝手に動いた。
目上の大人から話しかけを賜った際の反射として背筋をしゃっきり伸ばし元気な声で即座に挨拶を繰り出したのである。
全身全霊のご挨拶だった。
恐怖と絶望と畏怖に彩られた生きるためのご挨拶である。
私は私たちはあなた様の意思無き奴隷です。
あなた様に服従します。
だから殺さないでください。
そうした全身全霊の媚び諂いがご挨拶には込められていた。
先ほどまで「すしゃしゃしゃしゃ~」されていたスマホの影は叶のおててからもちろんすでに失われている。ご挨拶を返す寸前に素早く体内へと収納したのだ。
桜弘と叶は相撲部員と柔道部員だったりする。
超絶エリート女子中学生なお年頃由来のやる気の無さとは関係なしにバリバリの体育会系で格闘技系な部活にこいつらは所属していた。
各種礼節とマナーはボディに遍く叩き込まれている。服従隷属媚び諂い奴隷の構えが彼女たちにはすでにインストールされていた。
この世界の人間社会において目上の大人は文字通りの神に他ならない。
部活に所属するガキんちょどもは練習稽古の前にそれをまず叩き込まれた。稽古やら練習やら以前の生きるための前提として礼節とマナーは叩き込まれる。
変態おじさんや変態お姉さんや目上かどうかわからない類の大人であればタメ口の類を使うのが礼節とマナーだ。
しかし相手が目上の大人であるならば絶対服従しなければならない。例外などなかった。この世界はそういう世界だ。
この世界で生まれ育った者の常識として目上の大人と相対した桜弘と叶は当然ながらその刹那に従順な意思無き奴隷と化す。
もう彼女たちは人ではなかった。
ただの『もの』である。
意思無き奴隷なのだ。
目上の大人と相対した折には恐怖と絶望と畏怖を胸に抱いて絶対服従するしか許されない。この世界の摂理はそうなっていた。
「……っ。……っ。……っ」
じょばばばばばば。
特に叶は過去のトラウマから小便が漏れそうなほどガチで恐怖している。
ぶるぶる。というか恐怖のあまり普通に失禁していた。
「川のゴミ拾いは初めて? なら私がコツを教えてあげようかしら」
「はいっ! 初めてです! 是非とも教えていただきたいでーす!」
「はぁい! よろしくお願いしまぁああすっ!」
恐怖。絶望。畏怖。あるいは絶対服従の渦中にて完全なる意思無き奴隷と化した小娘に二匹は躾と調教の成果をここに来てちゃーんと発揮する。近所のおばさんの慈悲深い構えに全力で阿り諂い絶対服従の構えを露骨に構築したのだ。
そんな下等生物二匹に親切な近所のおばさんは川のゴミ拾いに関するノウハウを開示せんとする構えを構築してくる。優しい。
礼儀作法とは面倒くさいだけの無意味な儀式手順ではなかった。
目上の大人を相手にするという必死の盤面にて絶対の死中に活を求める牙の一つに他ならない。
仮定のお話だ。
『あー? なんだよババア。今の私は新鮮なスマホをすしゃすしゃすんのに忙しいんだよー』
『そぉだそぉだ。面倒くせぇからどっか行けよぉ』
絶対にありえないが仮に万が一↑のような言動を繰り出していれば桜弘と叶と思しき下等矮小生物は時間の経過すら許されずに間違いなく即死している。
あるいは死ぬことすらできない可能性すらあった。
目上の大人の不興を買った折には死はときに救いとなる。
逃れ得ぬ死と相対したときにかろうじて生を拾う技術こそがあらゆる格闘技の骨子とするならば桜弘と叶はついに訪れた実践たるこの場でそれを成功させたと考えることができた。
だからこうして近所のおばさんから川のゴミ拾いの構えを説いて貰える。
よかったね。
「じゃあ川に行きましょうね」
しゅぴん。
「わぁっ!?」
「ひーっ!?」
ご挨拶を終えた一瞬の刹那。
近所のおばさんと桜弘と叶は全くのタイムラグ無しに今日ゴミ拾いを行う川にかかる橋の上に佇んでいた。この場はもう集合場所の公園ではない。
目上の大人パワーを用いた謎技術により謎のワープを果たしたのだ。目上の大人はマジのガチで全知全能なので謎のワープくらい平気でやってくる。
「川の底に沈んだゴミは妖怪化して人喰いゴミになってしまうから定期的に駆除しなきゃいけないのよ」
気づけば橋の上にいた近所のおばさんは死中にカツ丼を拾った下等生物二匹に向けておばさん微笑を浮かべた。彼女のおめめは多少優しい。
もちろんその優しさは人間にとっての優しさじゃなかった。地を這う地虫に神が向けるアルカイックな慈悲だ。
びくびくと怯える小娘二匹の前に目上の大人たる近所のおばさんは四次元ポーチから夫の死体を取り出してくる。
どろろ。どろろろろ。
どうやらさっき述べ述べした通りに親切にも川のゴミ拾いのやり方を教えてくれるようだね。
「…………っ」
「…………」
「えいえい。ぱらぱら~」
直立不動の絶対服従構えを取る桜弘と叶のおめめ前で近所のおばさんが夫の死体にゾンビパウダーを振りかけてくる。
「びくんびくん」
ゾンビパウダーを振りかけられた夫の死体は元気よくびくびくと動き出した。
「しゅるしゅる。よいしょよいしょ」
新鮮なゾンビと化した夫の死体にロープを器用に絡めた近所のおばさんは目上の大人パワーで川のなかに夫の死体を投擲する。
「えいっ」
ぼちゃーんッ。ぞんびーッ。
こういう感じで目上の大人は重力操作とかが得意だった。だから後々虹さんの類に騎乗するなんて器用な真似をしてくる。
「お見事です!」
「お見事にございますっ! お見事にごぜぇまぁあああすっ!」
わーわー。きゃーきゃー。
見事な投擲に卑小で下等な小娘二匹は歓声を上げた。
小娘二匹の面構えには渾身の恐怖と謙りと命乞いの色合いがあった。ぱちぱちぱちぱち。わーわー。
「がぶーッ」
「がぶぅううううううッ」
「ガブガブガブッ」
ゾンビと化した夫の死体が川の中に投げ入れられてからしばらくするとゾンビと化した夫の死体を人間だと勘違いした人喰いゴミたちがゾンビと化した夫の死体にわらわらと噛み付いてくる。
ぐぐぐぐぐ。
「よいしょ」
じゃぶじゃぶ。ぞんびーぃ。
タイミングを見計らった近所のおばさんは目上の大人パワーで餌役のゾンビと化した夫の死体を引き上げた。
愚昧なる下等小娘二匹のおめめ前に入れ食い状態な大量の人喰いゴミたちが物凄い山となって積み重なる。素晴らしく鮮やかな川のゴミ拾いのおてて際だった。
「うふふ。大漁ね」
川のゴミ拾いを行う近所のおばさんのお姿を見せ付けられていた桜弘と叶は果たして今何を思うのか。
「貴重な教えを授けて頂き本当にありがとうございました! ありがとうございました! ありがとうございましたー!」
「はいっ! 流石です! 勉強になりまぁああああああすっ!」
小娘どもは全力で遜り心からの賞賛を全ボディで表現した。
私たちはあなた様の意思無き奴隷です。
何でも従います。
そういう賞賛だ。
もちろん賞賛の次の刹那には早速実践が求められる。
「大変に勉強になりましたので今すぐ私たちもご教授頂いた教えを早速試してみたいと思いまーす! 桜弘ちゃんが餌ねー! 伸ばした触手を絡めるから今すぐ川に飛び込んでー! 早くー!」
「わかったぁ! ぴょぉおおおん!」
「はい! あなた様から授けていただいた大変にありがたいアドバイスを私たちは今すぐ実践しています! 教えていただいたことは全て理解していまーす! 私たちはあなた様の教えを胸に生きていまーす!」
「ごぼぼぼぼっぼぼぼぼっ。ごぼっぼぼぼぼぼぼっ」
「あらあら。若いっていいわねぇ」
大いなる角砂糖の日なお日様のげらげらに染まる春お空の下。朝のお日様のげらげらも眩しい橋の上で近所のおばさんと桜弘と叶は心温まるやり取りを行う。
「がぼぼぼっぼぼっ。ごぼぼぼぼっぼぼっ」
「桜弘ちゃーんっ! 溺れるなーっ! 死にたいのかーっ!?」
心温まるやり取りを繰り広げたのだからご教授いただいたノウハウを少女たちは即座に実践していた。
人喰いゴミの群れの皆さんからあぐあぐされる飛び込み済み桜弘ちゃんをかたかたと歯を震わせる叶は命綱として繋ぎ伸ばした触手で必死に手繰る。
川のゴミ拾いをするのだ。川のゴミ拾いをする。
二人の思考はそれだけに費やされていた。
目上の大人の教えは神の啓示である。
成せなかった場合は普通に死ぬに決まっていた。
礼節とマナーとは生きるための術である。飾りではなかった。
相手のお話をちゃんと聞くということは単に勉強ができるとか脳みその出来がいいとかいうことじゃない。
失われる命を次の瞬間に繋ぐ可能性を見出すことができるかもしれないという武器にして牙なのだ。
強くなるだけでは意味がなかった。
仮に世界最強の格闘家がいたとしても強さに礼節とマナーが伴わなければ完全なる無意味である。
力に基づく傲慢さに溺れることなく相手のお話をちゃんと聞いてそれを真摯に受け止めることができなければ世界最強の人間であろうとも天から降り注ぐ目上の大人パワーにより磨り潰されて死ぬしかなかった。
部活とは。
格闘技の本質とは。
つまりはそういうことなのかもしれない。