第六十八話 英雄プリンスキー将軍
女騎士ティーのお家の前で出立の支度は徐々に整ってゆく。
「確かあなたは今中学一年生でしたっけ」
「中学生な一年生だよぉ」
「中一の小娘というなら私のドラゴンには乗れないでしょう。免許の類持ってないでしょうし」
「無免許は流石になぁ」
「念の為に備蓄しておいた初心者向けのワニをこの場では使いなさい」
「はぁい」
「こいつは夫の断片に染み付いた臭いを覚えています」
「わにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ」
「便利な輩だぁ」
「しっかり調教されてますので我が夫の仇のもとへとこいつがあなたを導いてくれます。あとは任せましたよ」
道行きに立ち込めていた街中式の霧はお昼下がりでげらげらとしたお日様の面構えを前にあっさりとかき消された。
気づけばお空は良い日和となっている。
これなるはひとしきりお茶とお茶濁しを楽しんだ後での物語だ。
頃合を見て玄関先案内を繰り出した女騎士ティーは冒頭の会話パートを挟み込んだ上で新鮮なワニを貸してくれている。わにわに。
女騎士ティーからワニを借り受けた桜弘は出立のときを迎えつつあった。
「ありがとぉ。女騎士ティー。私頑張って社会の課題をこなすよぉ」
よいしょ。よいしょ。
初心者向けのワニに騎乗を繰り出した桜弘は旅立ちのときを迎える。
「おう。頑張れよお嬢ちゃん」
背後の女騎士ティー宅の扉はそんな桜弘にエールを送った。ふれふれー。
「うわぁ。物凄い乗りやすいワニ。ワニじゃないみたい。お前本当はトウモロコシの類だったりしない?」
「わにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!」
女騎士のお家の扉が送る頼もしいエールを背に受けて新鮮なワニにあっさり騎乗した桜弘は女騎士ティーより借り受けたワニの乗り心地に驚きを見せる。
超絶エリートウーマンが施してくる調教は流石に超一流なようだ。おそらくは上級ワニライダーのそれにも近い。
そして訪れるのは旅立ちのワニライドな構えだ。
「ドラゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!」
「ワイバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!」
その刹那に嘶くのはドラゴンとワイバーンだったりする。
桜弘が借りたワニと同じく女騎士ティーのペットなドラゴンとワイバーンも何かお見送りに来てくれたみたいだね。人懐こい連中だ。
ドラゴン。ワイバーン。ワニ。
これらは騎乗獣の代表格とされている。ドラゴンが一番強い。二番目にワイバーンだ。そんで一番弱いのがワニである。
↑というようなことは別に全然無かった。
これは一般人がテレビとかネットとかの情報を鵜呑みにした結果広がったデマ情報だと思われる。
実際にこいつらを乗りこなしたことのない一般人からはこれら三種の騎乗獣たちはそういう感じの覚えられ方をしていた。でも実情を述べ述べするとひとまずの乗りこなし難度がドラゴン側の方が高いだけでありそこに優劣とかはなかった。
たとえば沼地のクエストなどではワニの方が強い。入り組んだ地形を進むときはワイバーンが最善だ。まあ単純な戦闘力が一番高いのは確かにドラゴンだけどね。
「出立せよッ! 我が戦友女騎士ティーの夫の仇を取るのだ!」
「はいよぉ」
「わにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!」
騎乗したワニの癖をひとしきり把握した後にプリンスキー将軍の音頭を繰り出された桜弘はワニを走らせた。
「ドラゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!」
「ワイバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!」
出立に伴い人懐こいドラゴンとワイバーンも何か叫んでくる。うるせぇ。
うるさいペットどもの咆哮を背中に浴びせ倒されながらも桜弘は相応に育った騎乗スキルで巧みにワニを騎乗させていった。
しゅばばばばばばばばばばっ。
速い! なかなか素晴らしいワニライドの腕前だ!
ボディで一度覚えたものは絶対に忘れない。それが桜弘とかいうドラム缶生首生物の生態だ。
「はいよぉ。どうどう」
「うむ。安定感のある良い走りだ。その調子でゆけ」
こないだの体育の時間にワニライドを嗜んだ桜弘の騎乗スキルはすでにワニライド準二級相当のものと化している。これは単独でのCランク沼地クエストの受注が可能な腕前だ。
しゅばばばばばばばばばばッ。
そういう感じで桜弘は順調に去ってゆく。
「ぽけぽけー」
去りゆく桜弘が構えるドラム缶の後ろ側を女騎士ティーは眺めていた。
ちょっと前まで住宅街に立ち込めていた謎の霧はすでに晴れている。
げらげらしたお日様が繰り出す春先の陽気に女騎士ティーはつかの間記憶が遠のいていた。ぽけぽけ~。
「……」
お昼が少し過ぎた時間帯な春の下。
閑静な住宅街の玄関先で棒立ちする女騎士ティーは孤独にお空を見遣る。軽く見上げた面構えを用いて薄い雲の影に夫の形をしばし探した後。すでに消え去った小娘の方角へと女騎士ティーはおめめを向けた。
「地女子って典尼様のとこか。流石にいいワニライドの教え方してるなぁ」
いえーい。
ダブルおててでピースする夫の遺影を豊かな胸元に装備する彼女は一人孤独に何だかとしみじみしている。しじみじみ。
ちなみに『大人の女』な彼女が本日の夕食に捕食する味噌汁はしじみ汁だった。
霧の晴れた春先住宅街昼昼昼。
「がぶぅうううううううううううううううううううッ!」
道行く謎の怪人にプロ殺人鬼『ゴミ収集シャチ』が喰らいついてくる。かぷり。
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああッ!?」
近所の道行きを無警戒にのこのこしていた怪人は喰らいつかれるに伴って当然の摂理として断末魔の叫びをあげた。
とある平日のお昼下がりにおける惨劇だった。
考えても見て欲しい。いくら怪人と言えども所詮サイズは人間級だ。対してゴミ収集シャチのサイズはシャチ級にしてゴミ収集車級である。
「うぐ。無念」
ばたり。
ゴミ収集シャチに襲われた怪人は案の定そのまま倒れて死ぬ。なむなむ。
この無慈悲な階級差の前では種族特性としてなかなかの瞑想力を備える怪人とてひとたまりも無かった。
ばりばり。むしゃむしゃ。
本日の地元女子中学五時間目な社会の時間の折。ゴミ収集車のコスプレをした人喰いシャチによる咀嚼音が響いた。もぐもぐもぐ。
ごくり。
「この星にはゴミが多すぎる。どう考えても環境によくない。俺はゴミを収集してこの星を守るのだ」
ひとしきり怪人の骸を捕食し終えた後にゴミ収集車カラーの人喰いシャチが何やら抱負を述べ述べする。
ふむ。どうやらこいつは環境を大事にしたい輩らしい。
確かに環境保護は大事だ。
後世の子供たちが新鮮な海鮮丼を捕食することができるように持続可能な社会の実現に邁進していきたいと地の文担当者はふと思い立つ。
買い物のときとかにマイバックパッカーを持参するとかしたいと思った。
地の文担当者にこれほどの環境保護の念を抱かせるくらいだからプロ殺人鬼『ゴミ収集シャチ』はなかなか意識の高い輩と言える。現に今しがたも彼はゴミを収集したばかりだ。
人喰いシャチの身でゴミ収集車のパワーを出すのは容易ではない。ゴミ収集シャチは普段からゴミをいっぱい収集する必要があった。何だか意識の高さの割には持続性の低そうな輩だ。
「むしゃむしゃ。ゴミを収集しまくって。もぐもぐ。この星を綺麗にするのだ。ごくん」
持続性の低い面構えで持続可能な社会を見据えるゴミ収集シャチはちょっと前に収集したゴミのストックをむしゃむしゃと捕食していた。
さっき仕留めた怪人のみならず小一時間ほど前に仕留めた犠牲者とかもこいつはストックしている。さしずめお弁当みたいな感じだ。
「もぐもぐ。むしゃむしゃ。くちゃくちゃ」
つかお前。もうちょっと綺麗に捕食しろよ。
周りに新鮮な肉片やら血飛沫やらが飛び散り散りしてるぞ。相変わらず意識の高さに実情が伴わない輩だぜ。
んで。ひとしきり捕食を楽しんだところで歯に挟まった食べかすを巨大つまようじで「しーしー」するプロ殺人鬼『ゴミ収集シャチ』は何だか満足げな面構えを形成してのけた。お腹がいっぱいになったみたいだね。
「けぷッ」
いっぱい捕食していっぱい動く。意識の高さに反して実情が低い割には健康意識の高さはなかなか高かった。
その点に関しては褒めてやってもいい。地の文担当者はそう思った。
しかしその刹那。
満足げな面構えでのんびりしている食後なゴミ収集シャチに迫りくる馴れ馴れしいワニライダーの影!
「今だ! ワニタックルの構えを繰り出すのだ!」
「はいよぉ」
「わにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!」
プリンスキー将軍が繰り出す指揮系統の下にその的確にして適切な不意打ちは叩き込まれた。
べちーんッ。
「めっちゃいたいッ!?」
何やら唐突な猛スピードで飛来してきたワニライダーから元気よくワニタックルを仕掛けられたゴミ収集シャチは普通に痛がる。
否。痛がるだけでは済まなかった。
大ダメージエフェクト効果音と共に結構な勢いで彼は吹き飛んでゆく。ずざざざざざざー!
こ、こえぇ。こんなの実質交通事故じゃんか。
今しがた繰り出された開幕シーンに地の文担当者は普通にびびっていた。
読者諸兄らもよくご存知なようにワニタックルは地上の敵に大ダメージを与える強力な技だ。その威力は高い。
素当ての状態で喰らっても普通に痛いのにクリティカル判定が出る不意打ち状態でそんなものを喰らえばいくら大型海棲哺乳類とはいえ流石に気持ちよく吹き飛ぶに決まっていた。
ゴミ収集車のコスプレを構える人喰いシャチは危ない角度をつけ『彼』に突っ込んでしまう。
「ぐえッ!? めっちゃいたいッ!?」
「いたいッ。なんだなんだ。ちゃんを前を見て歩きなシャチの兄ちゃん」
がこんッ。
吹き飛ばされた先でゴミ収集シャチは近所のブロック塀に後ヘッドから元気よく激突した。これは痛い。
いや。痛いというか。ああ。これはいけない。
あからさまに新鮮な脳みそが揺れてるではないか。
「くわんくわん……」
「あーりゃりゃ。案の定くわんくわんゆってらぁ。ゆわんこっちゃねえや」
不意打ちから来る初撃により吹き飛ばされたゴミ収集シャチは結構な勢いで吹き飛ばされるだけに留まらずブロック塀に激突して「くわんくわん」状態を構える破目に陥る。
踏んだり蹴ったりとはまさにこのことだった。
襲撃者目線で見れば一粒で二度美味しい感じのやつである。
折角美味しい好機を獲得したわけであるので英雄プリンスキー将軍はこの好機を逃さず的確な追撃指示を飛ばした。しゅぴーん。
「追撃の好機だ! 殺人鬼ランキングサイトで調べてみたところ奴のお名前はゴミ収集シャチというらしい!」
「そんなの知らないよぉ」
「現時点ではランキング圏外だが来期のランキング更新では五十位入り間違いなしとおめめされている新進気鋭のプロ殺人鬼だ! 油断のならぬ相手である! ならばこそこの追撃の好機を生かす形で相手のお名前を添えつつ元気の良い自己紹介を叩き込め!」
「ゴミ収集シャチさんこんにちは。私は虹会桜弘です。地元女子中学に在籍中な中学一年一組です。いえぇい。よろしくね」
状態異常「くわんくわん」により一時行動不能になっているプロ殺人鬼『ゴミ収集シャチ』に相対しプリンスキー将軍が繰り出す指揮系統への素直な従属を見せる桜弘ちゃんは不意打ち連携からの自己紹介を的確に叩き込む。
これは。まさか。
これなるは『不意打ちからの自己紹介連携』の構えだとでもいうのか!?
これは凄い! その効果は絶大だぞ!
学生の身の上な小娘では到底繰り出せるわけもない的確な連携構えに地の文担当者は思わず興奮の構えを見せた。
どれくらい凄いかと言えばわんぱく相撲で仏壇返しが出るくらい凄い。それくらいの凄さだ。
「……ぐッ。ク、クソッ。お、俺のお名前を先んじて……ッ。俺の殺人鬼ネーム宣誓の構えを上から潰しやがった……ッ!」
くわんくわん状態からようやく復帰したゴミ収集シャチは二日酔いのような構えのヒレでヘッドを押さえた。くわんくわん。住宅街小脇のポストさんに彼は寄りかかっている。
まだダメージは抜けてないね。つらそう。
つらそうな彼の面構えは露骨に焦っていた。
何といってもこちらのお名前を知っているような雰囲気を漂わせての自己紹介を先に繰り出されてしまったのである。これでゴミ収集シャチの自己紹介は完全に封じられた。
いつぞやの上位ランカープロ殺人鬼な故『コーヒートスプレッダー』が桜弘に向けて繰り出してきたときのように相手のお名前を知ってる雰囲気を滲ませて自己紹介をしてやると相手の自己紹介が強制的に潰されてしまう。
これは確かに恐ろしい技法だ。
しかし先に自己紹介としないといけないので汎用性に欠ける面があった。
不意打ちからの自己紹介連携の恐ろしさは不意打ち成功後の自由行動フレームに合わせて自己紹介を繰り出すだけで自己紹介潰しが確定で成立してしまう汎用性の高さにこそある。
不意打ちからの自己紹介連携。
そしてこれをプロ殺人鬼を相手に決めた際には俗にこう呼称される。
いわゆるその名も悪名高き『殺人鬼ネーム宣誓潰し』の構えだった……。
殺人鬼ネーム宣誓失敗! ステータスダウン!
その刹那。
謎多きよくわからない謎の存在から殺人鬼ネーム宣誓失敗判定を受けた哀れなゴミ収集シャチは全ステータスを強制ダウンさせられてしまった。
これはひどい。流石に可哀想だ。
「ぐぬぬッ」
不意打ちから全ステータスダウンまでが確定で繋がる恐るべき悪辣コンボ。そんな代物を彼は正面から浴びせ倒されたのだ。何という性格の悪さの滲み溢れた連携であろうか。
ぐぬぐぬしているゴミ収集シャチの一方。社会の授業中ゆえのダブルスを形成中な桜弘とプリンスキー将軍は悪辣コンボに敵が露骨な怯みを見せている隙を活用して作戦会議を早速発動させた。意外と悠長だね。
「我らは社会の授業中限定のコンビであるゆえ友情連携技は一切出せない」
「まあね。別に友達でも何でも無いし。出せたら逆に怖いかもぉ」
「ならばこそ地の利を生かすぞ。まずはあそこに生えているキノコ状の「何か」に向けてワニ尻尾べちーんの構えを取るのだ!」
「はいよぉ」
「わにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!」
べちーんッ!
作戦会議をさっさと済ませた桜弘は的確なワニライド繰り出しに基づき近所のキノコ的「何か」に攻撃を繰り出す。ワニの尻尾は長いためこうした攻撃は射程距離を生かして当てに行きやすかった。
英雄プリンスキー将軍の悪辣連携が再び幕を開ける。
プリンスキー将軍の指揮系統スキルは圧巻のレベル九(※本来のプリンスキー将軍の指揮スキルはレベル十++であるが桜弘が装備するプリンスキー将軍は印刷物が具現化した雑魚個体のため現在は零落している)だ。
その悪辣さは超絶エリート女子中学生の面の皮を遥かに凌駕する。
「攻撃したよぉ。次は何すんのぉ?」
「まあしばし見ておれ」
「わにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!」
「うん」
今しがた叩き込まれた桜弘の的確なワニライド捌きにより近くにあったキノコみたいな何かは実際問題として結構なダメージを受けていた。
ワニの尻尾はごつごつしていて地味に痛いのだ。
何やら地面が振動を開始する。
「いてぇええええええええええええええええッ! 何しやがんだてめぇえええええええええッ!」
めこめこめこ。
地面が振動してるっていうか何か地面が盛り上がっていた。何だろ。地殻変動の影響かな?
地の文担当者が懸念する地殻変動リスクも他所に盛り上がった地面を割って這い出てきたのは尻尾がキノコ巨人だ。
結構派手な登場シーンと同時に何かぶちギレてる彼は近くにいたゴミ収集シャチに早速パンチをお見舞いする。
ぶおぉおおおおおおんッ!
これは。まさか。
これなるは『尻尾がキノコ巨人パンチ』の構えだとでもいうのか!?
ばごーんッ!
「めっちゃいたいッ!?」
たまたま近所の地下で熟睡中だった『尻尾がキノコ巨人』から思い切り殴られたゴミ収集シャチは普通に吹き飛ばされた。
これはいけない。
殴られた角度があからさまな後頭部だ。ボクシングの試合なら減点が入ってもおかしくないほどの悪辣な打撃である。
ちなみにゴミ収集シャチは人喰いシャチであり人喰いシャチはシャチだった。
シャチは海棲哺乳類だからして当然めっちゃガタイが良い。しかし尻尾がキノコ巨人はシャチよりもさらにガタイが良いのだ。
この世界における体重差とはいつだって残酷である。でかいとは強いということに他ならなかった。
「なんだってんだよ。ぷんぷんッ」
寝起きの勘違いのため下手人ではなくたまたま近くにいたゴミ収集シャチの方に襲い掛かった尻尾がキノコ巨人は露骨な憤りをあらわにしている。ぷりぷり。彼はでかくて強い男だった。
「なんだってんだよ……。ぐ、ぐぇえええ……」
でかくて強い男に寝起きの勘違いパンチを喰らったゴミ収集シャチは苦悶の面構えを見せる。彼もでかくて強いシャチだが流石に巨人よりは小さいし弱かった。
「あはは。寝起きの人から殴られて吹き飛んでるのマジかわいそぉ」
けらけら。
小さく弱き者の悲哀を見せるゴミ収集シャチに向け桜弘がけらけらとした嘲笑を構えてやる。薄々気づいてたけど性格悪いなこの女。
こいつは弱者や敗者に容赦のない嘲りを向けることをまるで恐れない輩だ。自らが強者であるという生まれながらの自負が彼女にはあった。すげー面の皮の厚さである。率直に述べ述べしてあまり近くにいて欲しいタイプの子ではなかった。
「弱者や敗者が言葉を吐く権利などない。主観を以て歴史を紡ぐはいつだろうとも強者にして勝者だ」
超絶エリート女子中学生らしい嘲笑を面構える桜弘のことをプリンスキー将軍は否定しない。彼は英雄だった。
こいつもまた最終的な強者にして勝者に他ならない。
今回における社会の授業中にあたり一時的ダブルスを組んだ桜弘とプリンスキー将軍は強者たる体制側の人間という属性で根源的な類似性を有していた。
「わかるぅ。だって勝ったら正義だもんねぇ」
「うむ。勝てばいいのだ。何をしようが」
地中ですやすや眠っていた尻尾がキノコ巨人の位置関係を事前把握した上で今しがた執り行われたクソみたいに性格の悪い連携を指揮系統してなおこいつら二人は悪びれる気配がまるでない。
強くて勇気があって物語に選ばれた者が英雄になるのではなかった。
勝った者のみが英雄となるのだ。
桜弘もプリンスキー将軍もそれをよーく理解している。
超絶エリートとして将来的にこの世界を担う予定があるならばそういう精神性は生まれながら持ち合わせておいて然るべきだからだ。
英雄が繰り出す負の側面をこの社会の授業でおめめ当たりにしてしまった無垢な少女は果たして何を思うのか。
「ふわぁ。お昼前のぽかぽか陽気だからちょっとねむねむ」
「今は戦闘中であるぞ。気合を引き締めよ」
「ふぁい」
もちろんこいつは人の心がないので特に何も思ってなかったし仮に人の心がいくらかあったとしても地元女子中学なんて地獄みたいな学校に在籍中な身の上である以上は思うところなんてあるわけがなかった。
うむ。流石は生徒に人気のないと評判な社会の授業だけあって面白みがどこにもない結論だね。
「くあぁああ。ねむねむ。寝起きに叩き起こされた俺は率直に述べ述べして機嫌が悪いぜ。今日は夜勤だってのに何でこんな目に遭わねばならんのだ。機嫌直しに少々パチスロを嗜んでくる」
どしんどしん!
そんなこんなで寝起きな尻尾がキノコ巨人さんはとても可哀想なことにぷんぷんと怒りながらパチスロ屋へ去ってゆく。閑話として述べ述べすればその後の彼は小一時間ほどかけて五万円ほど溶かした。うわあああ。めっちゃ可哀想。
どしんどしん! もわもわもわぁ~。
だが大きくて強い尻尾がキノコ巨人がぷんぷんと去ってゆくのだから周囲の土地に舞うのは濛々たる土煙の軍勢だったりする。
もわもわわもわわわぁ~。
「土煙で視界が悪くて何も見えないよぉ」
尻尾がキノコ巨人を「ばいばい」と見送っていたドラム缶生首生物はおめめの前に立ち込め始めた濛々たる土煙に思わず苦言を呈した。
けほけほっ。確かにこれは酷い。
けむけむしいのが大嫌いな叶がこの場にいたとしたらもう完全にぶちギレた挙句に逃走しつつの乱れ粘液撒き散らしを構えていた筈だ。
「うむ。視界不良であるな」
尻尾がキノコ巨人が繰り出す大質量が発生させた土煙により『神の眼』が封じられた桜弘の小脇でプリンスキー将軍がのほほんと告げる。
プリンスキー将軍は英雄であるので周囲が濛々たる土煙の軍勢に囲まれてなお彼の面構えには当然焦りの色合いはろくになかったりした。
だが冷静に考えてみると状況証拠は桜弘&プリンスキー将軍陣営からすればあまり良くない。
だって桜弘は割とおめめに頼って生きているからだ。
桜弘が何故か装備している『神の眼』はようするに上位存在のおめめに他ならない。
もちろん上位存在のおめめを持っているからと言っても桜弘が上位存在の知覚で世界を見ているわけではなかった。おめめから得た情報を処理するのは所詮人間の脳みそだからね。
下等存在が何故か『神の眼』を宿して生まれてしまうと生まれたその日のうちに脳みそが煮沸消毒して死んだ。でもあれやこれが噛み合って奇跡的に生き残ってしまうと桜弘みたいな感じになる。
奇跡的に生き残った者の特権として視力も動体視力も意味分かんないほど化け物じみて良い桜弘はさっき述べ述べしたように割とおめめに頼って生きていた。
おめめ重視の彼女にとって濛々たる土煙で周囲が何も見えない状況っていうのは最悪ではないにせよ悪い方寄りの状況だったりする。
こうした事情を地の文担当者が長々と述べ述べしたその刹那。
昼下がりの住宅街に立ち込める濛々たる土煙を裂いて何やら忍び寄ってくる人喰いシャチの影!
「俺はプロ殺人鬼だ! でもそれ以前に一体の人喰いシャチだったりする! 野生の本能でお鼻は結構いいぜ! 土煙のなかでも怪しい輩がそこにいるのは何となくわかるから自慢のアギトを生かしてお前の喉笛を自然保護してやる!」
ぐおぉおおおおおおおおおおんッ!
土煙で視界が閉ざされたお昼過ぎな社会授業中における出来事だ。
自らのお鼻が導く嗅覚センスの名の下に土煙のなかで隙だらけな棒立ちを構えている桜弘と思しき影に向け大型肉食動物の頼もしいアギトが何か迫ってくる。
ぐぉおおおおおんッ!
そういえば地の文担当者も半分忘れていたがゴミ収集シャチはゴミ収集車のコスプレを装備していた。だから今現在の彼は何だか体表が土煙にまぎれる感じの色合いをしている。
嗅覚による索敵とコスプレによる結果的擬態術。これらの相乗効果でなかなか効果的な奇襲が期待できそうな構えをゴミ収集シャチは構築していた。やるじゃん。
咄嗟に出てきた悪くない構えを地の文担当者は咄嗟に褒め褒めした。地の文担当者は褒めて伸ばすタイプの子だった。
いわゆる『シャチとドラム缶の体重差を生かした齧りつきによる一発逆転』系統の構えといえよう。
「がぶぅううううううううううううううううううううううううッ!」
あぐあぐ。
周囲が見えない土煙のさなかにゴミ収集シャチの殺人鬼必殺技が斯くして炸裂した。
地の文担当者が書き忘れていたが今しがた繰り出された殺人鬼必殺技には『環境保護シャチ齧りつき』の構えというお名前があったりする。
殺人鬼必殺技のカテゴライズに違わずその一撃には一撃で齧り殺してやるという気概がよく見て取れた。
「ひぃいいいっ!? 私はアスファルコンクリを割って裂く新鮮なタケノコ! おめめ前で繰り出された恐るべき一撃に心底びびりました! なのでここは今後の期待も込めて星四つあげちゃいます!」
ひぃいいいい。
新鮮なタケノコが星四つ評価を繰り出してしまうほどの思い切りの良い一撃に地の文担当者も軽くびびる。
こんな攻撃を受けたらひとたまりないに決まっていた。これは万事休すの構えと言えよう。
がきんッ。
まだまだ晴れないしつこい土煙のなかで凄まじい金属音が響いた。
「え。きみ誰?」
無論のこと万事休すなのはゴミ収集シャチである。
ひとたまりもないのはゴミ収集シャチに齧りつかれた不発弾くんだ。
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああッ!?」
人喰いシャチの咬合力をまともに受けてしまった不発弾くんは当然ながら断末魔の叫びをあげる。これほどに高威力な殺人鬼必殺技を全ボディに喰らったのだから致し方のない仕儀だ。
一方のゴミ収集シャチはマジのガチで困惑面構えをしている。ドラム缶に齧りついたと思ったら不発弾くんだったのだ。それは誰だってそうなる。
事の次第があったわけなので結構な衝撃を加えられた不発弾くんは往年からの夢だった爆発をおもむろに構えた。
「苦節六十年ッ! 俺の不発弾人生の最後にデカイ一花を咲かせるぜッ!」
爆発したいのに爆発できない。機会がない。縁もない。
思い浮かぶ色んな理由を逆手にこれまで爆発せずに来た。
しかし尻尾がキノコ巨人が目覚めたことで掘り返された彼は今日本日に至り何やら唐突に爆発する絶好のチャンスに恵まれたのである。
これを生かさずして何が不発弾くんか! 舐め舐めすんなよ!
ばこーんッ。
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああッ!?」
不発弾くんの爆発に巻き込まれたゴミ収集シャチは明らかな致命傷を受けた。
んで。致命傷を受けたのだから成り行き上そのまま爆発してゆく。
まさか。これは。
これなるはあの伝説の『連鎖爆発』の構えだとでもいうのか!?
ばこーん。ぼふぅううう。
「わふぅ。すぅっごい熱風」
爆風により土煙が晴れる。
ぶんぶん。
爆風でヘアスタイルが乱れた桜弘はぶんぶんと首を振って髪を整えた。
すると何ということだろうか。
昔から癖の無いことに定評があった桜弘のヘアスタイルは首から上をぶんぶんと振り廻しただけで割りと元の形状を取り戻してしまう。まるで形状記憶合金だ。
ああ。何という羨ましい輩か。昔から新鮮なくせっ毛が強めな地の文担当者はこいつのヘッド体毛に露骨な嫉妬を見せる。
地の文担当者の嫉妬の伴い現れたお昼下がりのお空の下で果たして老将たる偉大な英雄は桜弘の艶々キューティクルをべしべしと喰らった。
「いたい」
今のプリンスキー将軍はちっちゃいからね。ちっちゃい状態で桜弘の面構えの小脇に棒立ちしてればそりゃ髪の毛べしべし攻撃を喰らうに決まっていた。
「人は真実の果実ではなく自らが見つけ出した猛毒の甘露にこそ縋る。嗅覚で探り当てた敵影という極上の林檎は美味いだろう。我も昔日の折にたらふく喰らったからよくわかる」
身長十五センチメートルのプリンスキー将軍はかつての戦場を思い出しながらそんなことを述べ述べする。髪の毛べしべし攻撃などろくに効いちゃいないぞという男の子の強がりが彼の言葉には込められていた。
今のプリンスキー将軍は手乗りサイズである。印刷物で雑魚個体だった。
それでも間違いなくプリンスキー将軍である。
零落したところで英雄は英雄でしかないのだ。
読者諸兄らは誰も気にしてないだろうけどそういえば一応バトル展開だったということで先ほどの不発弾入れ替えトリックについてちょっと解説パートを後日談として繰り出してみたい。
お話は尻尾がキノコ巨人が目覚めたあたりまで遡った。
「むッ。あれは不発弾! 早速あれを活用するぞ!」
「あ。ほんとだぁ。不発弾さんこんにちはぁ」
「活用するのは土煙が発生してからだ」
「はぁ? 何ゆってんのぉ?」
「将来的に活用するから今はバレないように穏和しくしておれ」
「土煙なんてどこにも出てないよぉ? 将軍ボケちゃったぁ?」
行間の狭間のエピソードにて掘り起こされた不発弾くんをプリンスキー将軍はおめめ敏く発見している。
この描写を伏線として土煙が発生した後に桜弘ちゃんヘッド小脇のキャップをおもむろに外し始めた。
「きゃ、きゃぁああああっ!? プ、プリンスキー将軍何やってるのぉ!?」
「ねじねじ。ねじねじ。黙れ! 穏和しくしておれとゆっただろう!」
「そういうことはもっと仲良くなってからしてよぉ! まったくもう! 男はみんな大型肉食哺乳類なんだからぁ!」
「うむ。今日のお主の中身は謎のジュースであるな。香りも強い。これならば我が戦術ドクトリンは効果的に機能するであろう」
唐突なセクシャルハラスメントに憤慨する桜弘を無視してドラム缶小脇キャップを外したプリンスキー将軍は本日の桜弘ちゃん汁をたっぷりと入手している。
こうしたセクハラがさらっと流されるのがプリンスキー将軍が英雄たる所以だ。
「あー。数十年ぶりの外気だぜー。ねみー」
「塗り塗り。うむ。そういうわけなのでな。お主の本日の中身をたっぷりとこやつのボディに塗りこんでやるわけだ」
「う、うぅうう。率直に述べ述べして恥ずかしいよぉ。プリンスキー将軍は中学生の女の子の汁を知らない人に塗りこんで人として恥ずかしくないのぉ?」
「我は人ではない。英雄だ」
「そっかぁ」
尻尾がキノコ巨人がどしんどしんと去っていき件の土煙で視界が閉ざされた際の行間へとお話は移る。
まあこんな感じの下処理を経た末に本日の桜弘ちゃん汁は不発弾くんにたっぷりと塗されたのだ。
「ではこの場を速やかに退避するぞ。ワニを出立させよ!」
「はいよぉ。どうどう」
「わにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!」
しゅばばばばばばばばば。
プリンスキー将軍の指揮系統の下にワニライドの機動力を生かして桜弘とプリンスキー将軍ならび初心者向けワニの計三名はその場をさっさと離脱する。
それから彼ら彼女らは特別なことをするわけでもなく単に風下に立った。
本物の英雄は派手な必殺技とかを使わない。機動と状況によって勝つのだ。
プリンスキー将軍は英雄である。
だから勝った。
今回エピソードはただそれだけの物語だったのかもしれない。
「あ。失礼します。風さんです。ちょっと通りますね」
ぴゅー。土煙と爆風もようやく共に凪いだ昼下がりの住宅街にて一陣の風さんが通り過ぎていった。
新鮮な風さんが通り過ぎていったことからも分かるようにあとは女騎士ティー宅に戻って生の歴史レポートを報酬として受け取るだけでしかない。ちょろい仕事だぜ。
戦いの後な物語である。
「戦いは終わった。では一度女騎士ティーのもとに戻ろうか。戦友桜弘よ」
戦友の夫の仇を討った果てに訪れた惜別を込めプリンスキー将軍は桜弘に馴れ馴れしく話しかけてきた。なれなれ。
そんな英雄の姿に少女は今何を思うのか。
「一回同じ敵と戦ったくらいで友達面構えすんのやめてくんない? つーかあなたが私にセクハラしてきたこと普通に許してないからぁ。はいよぉ。どうどう」
何を思うのかといえば率直に述べ述べしてあまり好感は抱いていない。馴れ馴れしいおっさんを中一女子は普通に嗜めた。礼節とマナーというやつだね。
「そんなことをゆわれると我は悲しい」
「わにぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!」
「私は悲しくないもぉん」
しゅばばばばばばばば。
斯くしてワニライダーは今日も路上を駆ける。
さっきも述べ述べした気がするけどこいつらの目的地は生の歴史レポートが報酬で貰える女騎士ティーのお家だ。
上記のような〆を経て社会の課題はあっさりと完了してしまう。
「俺はブロック塀。通りすがりのシャチのあんちゃんに体当たりをされた挙句に通りすがりの不発弾の攻撃を喰らって割とグロッキーだぜ。今日は運勢が低めなのかもしれないな」
地の文担当者も半分忘れていたが今現在その刹那は社会の授業中だった。
地元女子中学において社会の授業を繰り出してくる巨大みかんは優しい先生であるが同時に大人しい先生でもある。その授業は大人しかった。
巨大みかん先生たる彼は優しすぎるために少々過保護だったりする。
仮に美術の先生たる動く石像であれば召喚させたプリンスキー将軍とのルール無用のデスマッチを生徒たちに強要していた筈だ。
プリンスキー将軍と共同でクエストをこなす課題というのは地元女子中学の在校生一同ならば寝ぼけながらでもできる優しい授業と言える。これでは集中力も気合も散漫になるというものだ。
しかし何事にも相性というものはある。
優等生な桜弘がやすやすと課題を達成していたその頃。
一方の叶は――




