第六話 ※八十七パーセントが最大値
『賢明なる読者諸兄らの方々におかれましては近頃いかがお過ごしでございますでしょうか。この場を借りてご挨拶申し上げます。わたくしは地の文担当者です。今後ともご愛顧のほどどうかよろしくお願い致します。では早速用件に入ります。先ほどプロット班から連絡が入りました。今後の作中進行に支障が出る可能性があるとのことでしたので第五話で登場致しましたプロ殺人鬼『マチェットマト』の登場シーンに関する補足をこの場で行いたいと思います。虹会桜弘と伊塚叶が会話している相手をマチェットマトが殺して登場するというシーンはご都合主義なのではないかという意見がプロット班ならび第三者推敲委員会から提出されました。提出書をもとに総合的な判断を下し現場責任者たるわたくし地の文担当者が該当シーンの補足を行います。黄金スーツおじさんこと犠牲者Bは某ハンバーガーショップ内の当時最も強力な存在でした。マチェットマトは大量殺人を行う際に障害となる可能性が最も高い存在を不意打ちで倒した後に殺人鬼ネーム宣言をする安全性を確保してから殺人鬼ネームを宣言したというのが前話の流れとなります。プロ殺人鬼として的確な判断を下したマチェットマトの戦略的行動の結果として本作の主要存在である虹会桜弘と伊塚叶と会話をしていたキャラクターが第五話における犠牲者となったという綿密なプロットの上でのストーリー構成が前話の展開です。前回のラストシーンのマチェットマトの登場シーンはご都合主義によるその場の思いつきでは断じてございません。このままだと桜弘と叶が銀行強盗犯になり今後のシナリオがよくわからないことになるという危機感を抱いた地の文担当者がその場の思いつきでマチェットマトを登場させたのではありません。これはプロット班・第三者推敲委員会・地の文担当者の緊密な連絡連携のもとに描かれた高度なストーリーテリングの妙であります。本作のプロットは未だ健在です。本作は即興の思いつきで書かれているわけではありません。その点をどうかご理解ください。では本編に戻ります。引き続き今後ともご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます』
うわぁああああああああああああ!
なんという長台詞だ!
こんなものを直視しては読者諸兄らのつぶらなおめめが両方とも潰れてしまうではないか!
地の文担当者は↑を述べ述べしてなどいない!
読者諸兄らよ。上記の意味わかんないくらいの長台詞は地の分担当者が繰り出したものでは決してないのだ。それをまずは理解して欲しい。
冒頭の長台詞を述べ述べしてきたのは地の文担当者ではなかった。
何が起こったのか簡潔に述べ述べさせてもらえば某ハンバーガーショップのガラス扉が何やら急に長々と喋りだしたのである。犯人はこいつ↑だ。
某ハンバーガーショップのガラス扉は空気の読めない輩として巷では昔から有名だった。
そのくせ身の上に宿すパワーだけはアホみたいに強いから地の文担当者としてはぶっちゃけ苦手な相手です。
まったくなんてはた迷惑な輩であろうか。
唐突にめちゃくちゃ喋り始めた某ハンバーガーショップのガラス扉に地の文担当者は露骨な焦りと憤りを繰り出してひとまずお茶を濁した。
ともかく冒頭のめっちゃ長台詞は地の文担当者のものではない。これは読者諸兄らのおめめを潰さんとする某ハンバーガーショップのガラス扉の陰謀だった。
賢明なる読者諸兄らは上記のめっちゃ長台詞についてどうか誤解しないでいただきたい。地の文担当者はそれを切に願った。
某ハンバーガーショップのガラス扉は社会インフラの一環を担う頼りになる代物として扱われることが昨今では多い。
でもこいつは完全に狂ってるからあんまり信用しちゃ駄目だ。
不死にして意志を宿し強靭にして柔軟。果てには異形の権能をすら有している上位存在を相手に心を許すなど文字通りの自殺行為である。
斯くして某ハンバーガーショップのガラス扉はどこについてるかも分かんないおめめでこの世界やらそっちの世界やらを見つめ続けていた。こえぇ。
んで。
ぱりーんッ! がしゃーんっ! がらがらがらーッ!
『がらがら。がしゃーん』
地の文担当者が書き忘れていたけど前話と今話の行間で繰り広げられていた激しい戦闘の余波により某ハンバーガーショップのガラス扉のボディはあっさりと砕け散る。
これにより某ハンバーガーショップのガラス扉はしばしその活動を停止させたのだ。
ざまあみろ。一生そのまま砕けてろ。
地の文担当者はこの好機に某ハンバーガーショップのガラス扉をしばし煽った。
きらきら~。ぱらぱら~。
クジラのあばら骨の日の午前中を過ごす某ハンバーガーショップの店内。
そこでは謎の戦いの余波で砕けた某ハンバーガーショップのガラス扉の欠片が美しくも光を乱反射させて舞い散っていた。きらきら~。
前話の後ろの方で黄金スーツおじさんのヘッドが一刀両断された矢先の出来事である。
「うげ。俺は国際銀行強盗連盟の契約書類だぜ。急に飛び散ってきた鮮血と脳漿の類には迷惑してるところだったりする。俺はこういう汚れが苦手なんだ」
黄金スーツおじさんの鮮血と脳漿の朱色とピンク色も鮮やかなテーブルの上では国際銀行強盗連盟の契約書類が自らの身の上を嘆いていた。
彼は潔癖症な男だった。血の穢れを厭うのだ。だが黄金スーツおじさんの契約スキルは超一流である。
案の定というべきであろうか。潔癖症な輩が多い契約書類関連対策は事前に講じられていた。
「一方の俺は黄金スーツおじさんの鞄に引き篭もっていた国際銀行強盗連盟の契約書類! 安全策を取って消極的に引き篭もってたおかげで血の穢れの回避に成功したぜ!」
汚れの類を嘆く契約書類を尻おめめに今しがた面構えを覗かせてきたのは予備の契約書類だったりする。
不測の事態に備えていた黄金スーツおじさんは当然のように予備の契約書類を用意していたのだ。何という用心深い男であろうか。
「叶ぇ。そこの新鮮な契約書類捕獲してぇ」
「よかろー」
うにょーん。ぱしぃいっ。
超絶っ友スキルを用いることでおめめの悪さ一時的に克服した叶は用心深い黄金スーツおじさんの忘れ形見たる契約書類をおめめ敏く補足した。そんでそのまま触手を伸ばしてキャッチする。
「おっと。キャッチされたぜ」
「そして私は隠し芸『逆立ち』の前段階隠し芸『でんぐり返し』を連続で繰り出してやるぜー。ごろんごろんごろーん」
ごろんごろんごろん。
無事な契約書類をかろうじて触手中に収めた少女はスカートの内側を触手で固定して捲れないようにしてからでんぐり返しを連続で行なった。ごろんごろん。
これは。まさか。
これなるは『高速連続でんぐり返し退避』の構えだとでもいうのか!?
「おかえり叶ぇ。うつらうつらぁ」
「ただいまからの桜弘ちゃんガード!」
結構な回数のでんぐり返し式ごろんごろんを繰り出して距離を稼いだ後。桜弘の後ろの方角へと叶は転がり込んだ。
転がり込んだ矢先に何やら急に叫んだ叶が構えるのは渾身のどや面構えだったりする。どやぁん。
しかしどやどやしてる叶の一方で――
「……うつらうつらぁ」
――叶に指示を出した筈の桜弘ちゃんはおねむとなっていた。
おねむの構えで棒立ちする桜弘としゃがみ込んでどや面構えを見せる叶な女子中学生二人組のおめめ前ではさっきから影の薄いプロ殺人鬼がいよいよ前話以来の再登場を果たしてくる。
「トマトの代わりに俺のマチェットを喰らえッ!」
はい。というわけでここからバトルシーンがスタートします。
↓どうぞ。以下バトルシーンです。
縦に並んだ少女たちの真正面に立つのは大振りのマチェットを構える前話のラストで登場した今回のプロ殺人鬼『マチェットマト』だ。
プロ殺人鬼『マチェットマト』。読者諸兄らはこいつのことを覚えておられるだろうか。こいつは前話のラストで黄金スーツおじさんを殺してのけた猛者であるらしい。へー。
つーか再登場と同時にいきなりの攻撃シーンかよ。段取りの良い輩だな。
ぶぉおおおおおんッ!
新鮮なバトルシーンが始まったということで黄金スーツおじさん由来な粘り気の強い鮮血も鮮やかに大振りのマチェットをプロ殺人鬼は横なぎに振るう。
ふむ。どうやらここから本格的にバトルシーンが開幕するようだ。
あと地の文担当者が書き忘れてたけどプロ殺人鬼『マチェットマトが』新鮮なマチェットを振るう刹那。
「殺人鬼必殺技『トマトスラッシュ』!」
という感じで何やら技名を叫んでいたりする。
技名を叫んだのだからマチェットマトが繰り出してくるのはもう明らかに殺人鬼必殺技の構えに違いなかった。
殺人鬼必殺技。それは殺人鬼が使ってくる必殺技である。
必殺技なので殺人鬼必殺技には大ダメージの威力が効果として乗っていることが多かった。
マチェットマトが今しがた繰り出した『トマトスラッシュ』なる殺人鬼必殺技の類もやはり見るからに大ダメージな威力が乗っていることが容易に窺える。
しかし何を思ったのであろうか。
「うつらうつらぁ……。すやぁ」
見た感じで分かる危険な構えと相対してなお桜弘は相変わらずうつらうつらとしていた。さっきから何かおねむだったからね。
……おい何やってんだお前。これ何かの作戦か?
桜弘が繰り出すあまりにも無防備な面構え。彼女の上っ面の可愛さに地の文担当者が何らかの計略を疑ったその刹那。
べこーん!
あろうことか無防備な桜弘は無防備なまま思い切りマチェットでぶっ叩かれてしまった。今半分寝てただろ何考えてんだ。
「ぐぇえええええええええええええええええええええっ!?」
ドラム缶と化しているスリーサイズ部分を思い切りぶっ叩かれた桜弘は見るからに悶絶を構える。
これは明らかに痛かった。だって食後のわき腹をぶっ叩かれたのである。そりゃぐえぐえするに決まっていた。
不幸中の幸いとして切断とかはされていない。流石に桜弘の強靭な首筋肉で支えられたドラム缶なだけはあった。
そしてぐえぐえしている桜弘を見物していた地の文担当者は特に何の脈絡もなく桜弘の不用意な「うつらうつら」の原因にようやく思い至る。
そうか。激うまポテトをいっぱいもぐもぐしたこいつはお外がぽかぽか陽気の時間帯になっちゃったせいですっかりおねむになっていたのだ。ようは血糖値の上昇に伴う眠気管理がちょっと甘かった結果と言えよう。
黄金スーツおじさんとの契約パートで脳みそをいっぱい使ったのもあるいは要因に与っていたかもしれなかった。
でも流石にプロ殺人鬼の前ですやすやし始めるのは良くないよ。気を抜いた拍子に半分熟睡していた桜弘に地の文担当者は苦言を呈した。
ちなみに今日の桜弘の中身はサラダ油だったりする。
「おぇえええええええええええええええええええええええっ!?」
無防備にうつらうつらしていたせいでボディに相当するドラム缶部分に相応のダメージを受けた桜弘は案の定お口から吐瀉物を迸らせた。
地の文担当者が書き忘れていたが桜弘のお口から発射される吐瀉物は時と場合によってはその日のドラム缶の中身と化す場合がある。
ただの吐瀉物じゃなくて中身と化す条件とかは知らん。そのへんは典尼パイセンに聞いてくれ。多分仕様が複雑なのだ。
果たして桜弘のお口から噴射されるのは本日のドラム缶の中身として知られる新鮮なサラダ油の類だ。
あと述べ述べすると黄金スーツおじさんの勧誘のせいで興奮していた彼女がお口から迸らせるサラダ油は何故か極めて高温となっている。これは危ない。
さらにその刹那。
大振りのマチェットとドラム缶がぶつかった衝撃により生じた火花が温度が上昇して発火しやすくなったサラダ油へと勢いよく引火した。
ぱちちっ! ぼわぁああああああああああああああっ!
「新鮮なトマトの代わりのマチェットの代わりに新鮮な桜弘ちゃんサラダ油ファイヤーを喰らえーっ!」
桜弘の後ろに隠れただけで何もしていない叶が何か偉そうに叫んだ。
これは。まさか。
これなるは友情連携技としての採用を惜しくも逃した没友情連携技『桜弘ちゃんサラダ油ファイヤー』の構えだとでもいうのか!?
プロ殺人鬼『マチェットマト』との会敵からこれまでという結構な短時間のうちに『桜弘ちゃんサラダ油ファイヤー』の構えを咄嗟に叶は思いついていた。何という殺人鬼センスであろうか。
しかしあくまで思いついただけでしかなかった。
読者諸兄らも叶の活躍を見ていたようにこいつは別に何もしちゃいない。何もしてないのに何か後ろの方で偉そうに技名を叫んだのだ。すげー面の皮の厚さしてるね。
場の流れで手柄とかを平気で横取りしようとする立ち回りは超絶エリート女子中学生の嗜みだ。叶は優等生なのでその点においても抜かりは無い。
こうした冗長な何やかんやの末に惜しくも不採用となった友情連携技由来の新鮮な炎がプロ殺人鬼『マチェットマト』に何かすげー勢いで迫った。
ぼわぁああああああああっ!
すごい火力じゃん。こえぇ。
「むッ。恐るべき火力だ。だが問題はない!」
今後登場することはもう無いであろう激レア技と相対するプロ殺人鬼はしかし迫り来る恐るべき脅威を冷静に捌かんとしていた。
そう。これは激レア技なのだ。桜弘の中身がサラダ油じゃないと使えないとか汎用性がないからね。どうしても激レア技になってしまう。この技は友情連携技ではなかった。
その刹那。
プロ殺人鬼『マチェットマト』は二個目の殺人鬼必殺技を構えた。
「殺人鬼必殺技『トマトスプラッシュ』!」
地の文担当者が書き忘れていたがマチェットマトは人間サイズの巨大なトマトに人間サイズのおてて足が生えたような形をしている。
トマトにおてて足が生えているという形状の必然として彼のボディの大部分はトマトを構えていた。前身が野生のトマトであるがゆえのマチェットマト形状といえよう。
元トマトにして現プロ殺人鬼であるからして彼の身の上には当然ながら大量の水分が蓄えられているのだ。
体内に蓄えられた大量の水分。『トマトスプラッシュ』という技名。
あるいは今まさに彼に降りかかる火属性攻撃と思しき桜弘ちゃんサラダ油ファイヤーの脅威。
この三つの伏線を伴った上でプロ殺人鬼『マチェットマト』の新鮮な殺人鬼必殺技『トマトスプラッシュ』が満を持して発動せんとする。
「うぷっ。あ。見て見て叶ぇ。でっかいトマトがジャンプしようとしてるよぉ」
「へー。まあでっかいトマトならジャンプくらいすんじゃないのー」
ぐぐぐぐぐッ。
恐るべき殺人鬼必殺技の威力に読者諸兄らは活おめめせよ。
ぴょーん。
うわ。めっちゃ跳ぶじゃん。
桜弘ちゃんサラダ油ファイヤーが届くその刹那。
「えいッ」
ざしゅ。ぴょーんとジャンプしたマチェットマトは天井のスプリンクラーを元気良くマチェットで斬り付けた。
おお! これは凄い! 水分をたっぷりと含んだ瑞々しいトマトならではの凄まじいジャンプ力だ!
すぷりんくらぁああああああああああああああああああああッ。
元気の良いジャンプで斬りつけられたわけなので天井のスプリンクラーは凄まじい水飛沫サウンドエフェクトと共に激しい水飛沫を繰り出してくる。どうやら新鮮なマチェットで斬りつけて天井のスプリンクラーを誤作動させたようだ。
「ぎゃぁああああああああああああああああ――」
じゅわぁああああ。
スプリンクラー由来の新鮮な水飛沫を全ボディで浴びた桜弘ちゃんサラダ油ファイヤーは一瞬で精神崩壊即死してしまう。なんという鮮やかな防御殺人鬼必殺技であろうか。
「おぇえっ。うぷっ」
「くそー。防がれたか」
今しがた繰り出された殺人鬼必殺技『トマトスプラッシュ』の強力な防御力に小娘二匹は恐れおののいた。おのののの。
慄いている二人を尻おめめに何とマチェットマトは天井付近から落下してくる。
「トマト着地ッ」
しゅたッ。
強力な激レア技を無傷で防いでのけた彼はスプリンクラー由来の新鮮な水飛沫を伴って華麗に着地した。艶のあるトマト皮に水滴の反射が新鮮なトマトを思わせて輝く。ぴかぴか~。
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああッ!?」
そんで地の文担当者が書き忘れていたが今しがたの一連の攻防で店内にいる乗客乗務員は全員死んだ。なむなむ。
一連の攻防が一段落ついたところで閑話を挟ませてもらいたい。地の文担当者はふとそう思った。
今しがたプロ殺人鬼『マチェットマト』が繰り出した第二の殺人鬼必殺技『トマトスプラッシュ』はマチェットマトが信を置く強力な防御殺人鬼必殺技だ。先ほどの攻防を見てわかる通り防御手段として非常に優秀な技だったりしている。
しかし殺人鬼必殺技という代物はプロ殺人鬼が繰り出すものだった。殺人鬼必殺技はどれだけ強力であっても「戦い」のための代物ではない。
プロ殺人鬼は格闘家ではなかった。バトルジャンキーでもない。
プロ殺人鬼はプロの殺人鬼なのだ。
プロ殺人鬼が繰り出す殺人鬼必殺技は全てがターゲットを「殺す」ための代物に他ならない。
仮に一見防御必殺技に見えたとしても殺人鬼必殺技である限り本質は殺すためのものでしかなかった。殺人鬼必殺技には殺人的意図が絶対に込められている。
殺人のための殺人鬼必殺技『トマトスプラッシュ』を発動させたマチェットマトが華麗に着地した後に――『殺人』の意図が引き起こる。
強力な防御に付随する殺人的効果が発動したのだ。
殺人鬼必殺技『トマトスプラッシュ』の攻撃的意図とは果たしてどういう代物であるのか。
その効果が明らかになった刹那。
「む、無念。……ばたり」
「きゃぁああああああああーっ!? スプリンクラーが作動したせいで契約書類がぐちゃぐちゃになって全部破けちゃったよぉおおおおおーっ!?」
触手のなかで息絶える契約書類に叶は絶望的な悲鳴をあげた。
スプリンクラーの水飛沫に濡れたせいでずたずたに破けてしまった国際銀行強盗連盟の契約書が死んでしまったのである。絶望する叶のおててから国際銀行強盗連盟の契約書の骸はぼろぼろぼろりと崩れていった。
大切なものはいつだっておてての隙間からこぼれてゆくのだ。
降り注ぐスプリンクラーの新鮮な雨をおめめ前にした書類の命は季節外れの淡雪のように儚い。まるで地元女子中学一年生の命のようだった。
黄金スーツのおじさんが述べ述べしていた修行パートを挟まなくても戦闘力が十倍になる案件。
彼の語った美味しいお話はこれであっさりと台無しとなった。
「あ、あー……」
ぺとり。
スプリンクラーのせいで契約書類が駄目になるという絶望的な惨劇をおめめ当たりにして普通に結構なショックを受けた叶は放心状態に陥った。
精神的ショックの影響からだろうか。あんまり良くない彼女の触手おめめからは光が失われていたしさらには腰に力が入らないのか水浸しの床に女の子座りを繰り出している。ぐんにゃり。こいつは店の床にも平気で腰を下ろせちゃうタイプの女の子だった。
店の床に平気で女の子座りした彼女のぐんにゃりとした構えに体幹トレーニングとかした方がいいと地の文担当者は思った。
だが安心して欲しい。今現在その刹那の叶は確かに放心状態にあった。
でも叶は一人ぼっちじゃない。少女には頼りになる超絶っ友の類がいた。
じりじり。にじり。
ほら見てごらん。女の子座りの構えでぐんにゃりしている触手生物を慰めるかのように忍び寄るドラム缶生首生物がじりじりと間合いを計っているだろう?
これはショックを受けた友とよしよしする類の構えと見て間違いなかった。
ごんっ。
「めっちゃいたーいっ!?」
「はぁ? はぁ? はぁあああ? 叶あんた何やってんのぉ? はぁ? 契約書類が破けちゃったらもう契約できないじゃん」
近所に落ちていた金属製ゴルフクラブを人知れずお口に咥えた桜弘はじりじりと忍び寄った挙句に叶のヘッドを割と強めにぶっ叩く。
虹会桜弘とかいうこの女に人の心などなかった。
こういうときに平気で暴力を振るってくるのが桜弘ちゃんである。ひでぇ生き物だ。絶対友達になりたくない。地の文担当者はそう思った。
しかし彼女の言動も止むを得ないお話だろう。だって戦闘力が十倍になるチャンスが永久に失われてしまったのだ。
冷静に考えてみて欲しい。十倍だ。バトル系作品の登場人物であれば誰だっておめめの色を変える倍率である。
地の文担当者にも判断のつきかねるところがあるが本作も一応は広義の異世界恋愛型バトル系列作品の筈だ。ならば桜弘の言い分は正当なものである。
そう判断したがゆえに叶も普通に謝罪を繰り出す振りをした。
「ごめんね」
「謝ったから許してやる」
「えへへ」
がんがんがんっ。
仲直りの証として叶は桜弘のドラム缶を三回くらい蹴りつけてやる。
冷静に考えてみて欲しい。
だって金属製ゴルフクラブでヘッドをいきなり殴られたのだ。そりゃ誰だってキレるに決まっている。
「金属製ゴルフクラブはなぁああああああああああー!?」
がんがんがんっ。
「友達のヘッドをなぁああああああああああー!?」
がんがんがんっ。
「殴るための道具じゃねーんだよ非常識な輩が舐め舐めしてんじゃねーぞこらぁああああああああああああーっ!?」
がんがんがんっ。
「うぅううううっ。いたいよぉ」
金属製ゴルフクラブを粗末に扱う桜弘の構えに叶は普通にキレていた。
そろそろ。
「そろりそろり」
そういうしているうちに結構な間放置されていたマチェットマトが何やら行動を開始する。仲良し女子中学生二人組の背後に馴れ馴れしく近寄ってきたのだ。
バトルシーンはまだ終わっていなかった。バトルバトルバトル中なのだ。
マチェットマトはプロ殺人鬼である。彼は別に格闘家なわけじゃなかった。
プロ殺人鬼とはターゲットを殺せればそれでいいタイプの連中だったりする。
だから平気で不意打ちとかもしてきた。
ふむ。実際これは見た感じだと不意打ちをする系の構えだね。
そろそろり。
んで。こっそりと「そろりそろり」としてからいい感じの場所にマチェットマトはポジショニングを決めた。
「くははは。新鮮な仲間割れか? よろしい。ならばこの場の一人だけを逃がしてやろう。そのかわり残った者は俺に殺されるのだ」
斯くしてなかなか良さげな場所にポジショニングをしたマチェットマトは巧妙な提案を繰り出してくる。
マチェットマトは格闘家でもバトルジャンキーでもなかった。こいつはプロの殺人鬼である。
プロ殺人鬼であるがゆえに最近は殺人の芸術性とかも意識したいお年頃を構えていた。
犠牲者が何やかんやの選択で葛藤する系の盛り上がりどころがあると殺人鬼ランキング集計時の選考で上方修正を受けるという仕様。これはプロ殺人鬼の間では割と常識的なテクニックとされている。
そう。プロ殺人鬼は「戦い」の盛り上がりではなく「殺人」の盛り上がりを重視するのだ。似ているようでこの違いは大きい。
安全性重視で地味に殺しまくるのも確かにプロ殺人鬼の美学だ。
でも子供たちに誇れるプロ殺人鬼を目指すならば殺人としての芸術性も率先して取り入れる必要がある。マチェットマトは子供たちにプロ殺人鬼のかっこいいところを見せたいお年頃だった。
向上心のある彼はプロ殺人鬼として相応しい所作を日頃から心がけている。なかなか見上げた輩だね。
「はぁあああああっ!? 金属製ゴルフクラブで一回殴っただけなのに何でそんなにいっぱい蹴るのぉ!? だったら私にも蹴った分だけ殴らせろぉ!」
「いたいっ! いたいっ! めっちゃいたいっ! はぁあああー!? 先に殴ってきたんだからそれだけで百回分くらい殴ってるでしょ実質! だったらあと私に五十八回くらい殴らせろー!」
「ふんぬっ」
「いたいっ!?」
「はい額合わせ。余裕ぅ。叶のパンチってば遅すぎぃ。新鮮なハエ人間さんでもおててに飼ってるのぉ?」
「ああああああああああああーっ! ふざけんなふざけんなこのドラム缶生首女のくせにぃいいいいいいいいーっ! さっき捕まえた新鮮なハエ人間さんを棍棒扱いとして喰らえぇえええーっ!」
「あ。失礼します。わたくしさっき捕獲された新鮮なハエ人間です。別にハエと人間のハーフとかではなくハエ人間という種族です。ぎゃぁああああああああああああああああああああッ!?」
「めっちゃいたいっ!? なんで何の罪も無い新鮮なハエ人間さんをこうも粗雑に扱えるのぉ!? 叶のそういうとこ普通にやだぁ! もう普通に絶交してやるんだからぁ!」
「絶交やだぁあああああああーっ! うぇええええええええええーんっ!」
うわ。うるせぇ。
プロ殺人鬼としての芸術性を意識したマチェットマトが持ちかけてきた殺人的提案を完全に無視する桜弘と叶は何やら喧嘩を繰り出している。
まったく喧しい連中だぜ。
わーわー。けんかちゅぅううううっ。きゃーきゃー。
んで。しばらく続いた女の子同士の喧嘩はやがて決着する。
「うぇえええええええええええええええええええええええーんっ」
何やかんやの末に本格的に泣き出してしまった叶が店の外の方角に向かい走って逃げ出したのだ。
カップラ作ってたせいでおめめを離してたから地の文担当者はよくわかんないけどどうやらこの喧嘩は桜弘の勝利のようである。
ウィナー桜弘ちゃん!
公平性で知られる地の文担当者は桜弘に喧嘩の勝利判定を下した。
とてとてとて。
「私は逃げ帰るぜー」
ぬぷりっ。
うぃーん。ごらいてんありがとうございましたー。
敗者たる少女は去る。それが敗者の定めとばかりに。
再生した某ハンバーガーショップのガラス扉に見送られた触手少女はこうして某ハンバーガーショップ店内を後にしたのだった。
そのような事の脈絡を経た末に超絶っ友から桜弘は置いて行かれてしまったというわけである。
「喧嘩はほどほどにな」
友に見捨てられた桜弘をマチェットマトはやんわりと窘めた。
きっ。
何か急に窘められた桜弘はガンを飛ばすことでプロ殺人鬼に応じる。
「あぁん? なんだてめぇ。このトマト野郎がぁ。私と叶の喧嘩は見世物じゃねえんだぞぉ。ぶっ殺されたくなかったらとっとと失せろぉ」
「くははは。俺は友を裏切って逃げた輩を追いかけて殺すのが好きなんだ。だからまずは逃げ出したあいつから殺してやる」
「はい」
なでなで。
友に見捨てられたのが可哀想だったので桜弘ちゃんヘッドをマチェットマトはよしよしと撫でた。優しい輩だね。
だからそれはきっとキューティクルが無駄に艶々している桜弘ちゃんヘッドをひとしきり撫で回した後のお話だ。
しゅばばばばばばッ。
プロ殺人鬼ならではの新鮮な美意識のなかに優しさも内包させているナイスガイなマチェットマトは瑞々しい新鮮なトマトを所以とする俊敏性を生かす形で店の外へ駆け抜けていった。
これは。まさか。
これなるは『喧嘩で敗北して店外に逃走した叶を追いかけて普通に殺す』類の構えだとでもいうのか!?
がこん。
「…………」
どたーんっ。
一人ぽつんと取り残された桜弘はとりあえず横倒しに倒れた。
なんだなんだ。貧血の類か?
否。これは首の筋肉の応用技だったりする。その頚椎への負荷は高かった。
「いたいよぉ」
頚椎への負担を堪える桜弘はおもむろな横倒しの構えを構築してからこれまた頚椎への負担が大きい首筋肉フル活用を用いて勝手に転がり始める。
ごろごろごろごろぉ~。
「おぐっ。おぐぐぐぐぐっ。おぐぐぐぐぐぐっ」
うわ。ひとりでに転がってるじゃん。こえぇ。
首の筋肉を利用した単機での転がり移動は頚椎に多大な負担がかかった。それゆえに普段の桜弘はできるだけ叶から転がしてもらっている。
プロ殺人鬼『マチェットマト』はかなりの強敵だった。
事実上の禁じ手とされている単機での首筋肉転がりの構えを使わざるを得ない相手だと桜弘は判断している。
ごろごろごろごろ。
「はぁはぁ……。めっちゃ疲れたぁ」
首の筋肉が疲れたので某ハンバーガーショップの出入り口で桜弘は一旦休憩を挟んだ。彼女はそこそこ疲れている。しばらく休まなければ身動きができなかった。
冷静な判断に基づく行動といえよう。
のこのこ。とまとま。
出入り口で待機する桜弘ちゃんがしばらく休憩を嗜んでいると叶を損壊させてきたマチェットマトがやがて帰ってきた。
「あ。お帰りぃ」
「くはははは。お前も殺すためにちゃんと戻ってきたぞ」
触手生物のヘッドを両断した返り血も鮮やかなマチェットを携えるプロ殺人鬼はターゲットの片割れもちゃんと逃さず殺すべく某ハンバーガーショップの店内に再び侵入を試みていた。
律儀なやつだね。
だから死ぬのだ。
そしてプロ殺人鬼『マチェットマト』は断末魔の叫びすらあげられずに即死した。
読者諸兄らはもちろんご存知であると思うが某ハンバーガーショップの入店成功率は三割程度だったりする。
一度入店に成功するごとに成功確率は結構な勢いで減少した。
減少した入店成功確率を回復させるためには某ハンバーガーショップの公式サイトで会員登録して日々のログインポイントを少しずつ貯めていくしかない。
中学生になってから親に買ってもらったスマホで毎日休まずログインをちびちびと繰り返して桜弘と叶はちょっとずつポイントを貯めていた。
繰り返しのログインの果てにようやく入店に踏み切った桜弘と叶の入店成功確率は第五話冒頭の時点で八十七パーセントを数えている。
某ハンバーガーショップが誇る激うま商品の数々を捕食するべく十三パーセントの確率で死ぬ入店ギャンブルに桜弘と叶は挑んだ。結果として彼女たちはこのギャンブルに勝利を収めている。
勝利の美酒として貪った激うまポテトは十三パーセントの死の恐怖に見合うくらいめっちゃ美味しかった。
つまりはそういう物語である。
この世界最強の上位存在の一つ。
最上位上位存在『某ハンバーガーショップのガラス扉』。
彼らないし彼女らないしそれらが無慈悲にして絶対公正なる異形確率計算のもとマチェットマトに入店失敗判定を下した。
ただそれだけのお話だった。
だからマチェットマトは死ぬ。問答無用で死んだ。
某ハンバーガーショップのガラス扉は人間種族の頼りになる隣人として昨今では扱われている。でも地の文担当者はこいつをまったく信用信頼していなかった。
だって彼らないし彼女らないしそれらは完全に狂っているのだ。
今話冒頭で繰り出された意味分かんないくらいの長台詞。これを思い出していただければ分かる通り某ハンバーガーショップのガラス扉の行動論理に人間風情が理解できるものなど何一つとして存在しない。
何故某ハンバーガーショップのガラス扉などやっているのか。
何故確率で入店者を殺すのか。
違う。違うのだ。
そうじゃない。
何故なのではない。理由を問う行為。疑問を抱くこと自体。
それは最初から全て間違っている。
某ハンバーガーショップのガラス扉はただそういう存在だった。
憑喪神と化した十トントラックが地域を巡回する。人喰いタニシ喰いプテラノドンが初夏の空を舞う。
そういうものたちと一緒でただそういうものなのだ。
「ごろごろごろごろぉ~」
ごろごろごろ。
死体すら残らなかったマチェットマトの死の跡を踏み潰しドラム缶が転がる。
このドラム缶生首生物の名は虹会桜弘といった。
触手生物たる伊塚叶の超絶っ友を彼女は長らくやっている。
スリーサイズがドラム缶な少女が某ハンバーガーショップのお外に出ると新しい首を生やして待っていた叶が出迎えてきた。
「強敵だったねー」
「うん。美味しかったからポイント貯めてまた来よぉね」
今日はクジラのあばら骨の日だ。つまりは部分的祝日である。
中学一年生な少女たちにはこれから学校があった。
桜弘と叶は激うまポテトの美味しさを語り合いながら店の前をのそのそと去ってゆく。これなるは帰宅からの登校の構えかな?
ようするに――
――魅惑の大規模チェーン店たる某ハンバーガーショップは今日もまたお客様のご来店を心よりお待ちしていた。