第五話 『マチェットマト』
某日。あるいは某所における物語だった。
この場における某所とは本日の彼女たちが赴く構えの某ハンバーガーショップに他ならない。
某ハンバーガーショップ。
賢明なる読者諸兄らであれば当然この名をご存知のはずだ。
今さら述べ述べするまでもないが某ハンバーガーショップとは高度な錬金術を用いて弱塩基性の土から精製した人造肉&人造パテ……と拾ってきた栄養満天の激うまトマトをフル活用して激うまハンバーガーとかを繰り出してくる件のチェーン店を指し示す。
そう。某ハンバーガーショップとはこの世界においても魅惑の超大規模チェーン店なのだ。
読者諸兄らもよくご存知の某ハンバーガーショップの地元支店──から今回の物語が始まるのだという旨を地の文担当者はひとまずお伝えしたかった。
のこのこ。ごろごろ。
「ごろごろごろぉ~。のこのこ転がるよぉ」
「よいしょ。よいしょ。のこのこ転がすぞー」
ごろごろ。のこのこ。
実を述べ述べすると本作は二話ごとの一エピソード完結形式だったりする。
今話たる第五話はあろうことか奇数話だ。奇数たる五の話数ゆえに繰り出された奇数話由来のエピソード開幕シーンが始まるのだから某ハンバーガーショップ地元支店小脇には何やらのこのこと忍び寄ってくる怪しげな影があったりした。
のこのことした怪しげな影の数は実に一対。
なんだこいつらは。
果たして怪しげな一対の影の正体とは――
「今日はクジラのあばら骨の日ということでぇ」
「桜弘ちゃんと私は地元の某ハンバーガーショップの小脇の歩道あたりをのこのこと赴いてるよー」
――案の定桜弘と叶に他ならなかった。
虹会桜弘はスリーサイズがドラム缶と化してしまった中学一年生の悲劇的な小娘である。
一方の伊塚叶の方は体内で新鮮な触手を飼育していたら自らも本格的に触手生物と化してしまいつつある中学一年生の小娘だ。
こいつらは本作の主人公&ヒロインであるらしい。へー。
少なくともプロット班はそう主張していた。
桜弘と叶で知られる小娘二匹の徒党こそが今回のエピソード舞台と思しき件の某ハンバーガーショップ地元支店への侵入成功を狙う下手人と見てひとまずは間違いない。
部分的休日の渦中にある某ハンバーガーショップ地元支店の小脇をさっきからうろちょろしているこいつらの前方にはこの時期の風物詩が出没していた。
ごうんごうん。
「年に一度半日だけ現れる某は空クジラのあばら骨を売り捌く空クジラのあばら骨屋さんである。そこの道行きを歩むモグラの奥様よ。新鮮な空クジラのあばら骨はいらんかな?」
「お一つ頂こうかしら。縁起がよさそうだもの」
「素晴らしいインテリジェンスで知られるインテリジェンスパラントロプス・ボイセイな僕も空クジラのあばら骨をこの好機に購入しておこうかな」
わーわー。わらわら。
地元の某ハンバーガーショップ小脇をうろうろしている桜弘と叶の小脇では一年に一度だけしか出没しないとされている空クジラのあばら骨屋さんがそこそこの盛況を見せている。
商魂逞しい空クジラのあばら骨屋さんの繁盛を見れば分かるように今日はクジラのあばら骨の日だ。
クジラのあばら骨の日とは部分的な祝日とされている。
部分的な祝日ってのはこの世界じゃない世界だとあまり見かけない概念だから読者諸兄にはちょっと理解が難しかったかな?
精進したまえ。地の文担当者は読者諸兄らに理解力の向上を促した。
そしてパラントロプス・ボイセイとは強靭な顎と歯を有する霊長類である。
「せっかくの部分的な休日だからいっぱい暴飲暴食しようね」
「うん。貴重な午前中の時間を潰して午前中のうちから某ハンバーガーショップでお小遣いが許す限りの暴飲暴食をして遊ぼうじゃないかー」
インテリジェンスパラントロプス・ボイセイが繰り出す素晴らしい顎に見惚れながらも桜弘と叶は某ハンバーガーショップの隙を窺っていた。
部分的な休日の午前中は休みとなる。
休みが午前中だけなので部分的な休日を終えた女子中学生どもは午後から学校に行く必要があった。こうした変則的な曜日構えはこの世界だと割と頻発する。
だからこそクジラのあばら骨の日における部分的な休日の午前中休みを少女たちはフル活用した。空クジラのあばら骨屋さんの近隣から某ハンバーガーショップを見定めることも部分的休日を用いたフル活用の一種と言えよう。
某日某所の午前中にて某ハンバーガーショップに侵入成功の類を決めたいお年頃へと桜弘と叶らは突入している。
「くもぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
お年頃な少女たちが赴く街先のヘッド上的お空は危険極まりない雨の気配を孕んだ曇りお空となっていた。空飛ぶクモさんがいるのだ。
でも雨は降っていないので特に問題はない。天気は曇りって感じだ。某日某所の午前中はそういう感じだった。
そういう感じなので↓の連中もすやすやしてる。
「すやすや。すぴーすぴー」
「俺はタクシー。永遠のタクシーだ」
タクシーに捕食された後にタクシーと一体化して永遠のタクシー運転手と化した永遠タクシー運転手が某ハンバーガーショップの駐車場で微睡んでいた。
うわ。めっちゃ牧歌的な光景じゃん。
めっちゃ牧歌的な光景が繰り出されるほどなのだから昨今の時節は瑕疵のつけようのない平和某日の某午前中だった。
「うろうろぉ~」
「うろうろするぜー」
しかしこの場には平和にして牧歌的な光景に似つかわしくない一対の影がさっきからうろうろしている。
地の文担当者はさっきも述べ述べした。
なんなら今話の冒頭から描写してきてる。
クジラのあばら骨の日における平和な某午前中にて桜弘と叶の両名はさっきからうろうろしているのだ。な、なんて恐ろしい輩どもだ。
うろうろ。ごろごろ。のこのこ。
「空クジラのあばら骨屋さんは割と繁盛してるぜ」
「俺は通りすがりの謎の男。新鮮な空クジラのあばら骨を六個くらいくれ」
「ぴょんぴょん。私はウナギの類です。通りすがりに空クジラのあばら骨屋さんの小脇を通りすがっています。ぴょんぴょん」
わーわー。わらわら。
空クジラのあばら骨屋さんがそこそこ盛況なせいで誰も注目していない。
だがよくよく見てみれば桜弘と叶の小娘二匹はどこからどう見てもあからさまに怪しかった。
明らかな怪しげ超絶エリート女子中学生二人組は一体何をやらかそうとしているというのか。地の文担当者は訝しんだ。
その刹那。
「お邪魔しましまぁあああああああああああああああっ!?」
「よいしょ。よいしょ。そいりゃーっ。お邪魔しましまー」
ぱりーんっ! がしゃーんっ! がらがらがらーっ!
うわ。何やってんだこいつら。
斯くして第十話で登場予定な第一友情連携技『回転式ドラム缶タックル』は某ハンバーガーショップのガラス扉が反応する気のないであろう速度で勢いよく放たれてしまう。
某ハンバーガーショップの入り口にそんなものが繰り出されたのだ。
これは。まさか。
これなるは『第十話で登場予定な第一友情連携技『回転式ドラム缶タックル』の先行繰り出し』の構えだとでもいうのか!?
回転式ドラム缶タックル。
それは第十話で登場予定の第一友情連携技だった。
ああ。何たることであろうか。状況を整理してみよう。
さっきから述べ述べしているように友情連携技『回転式ドラム缶タックル』は第十話で正式に登場予定の第一友情連携技だ。その威力は高い。
そんなものを用いた突撃衝力。
これをフル活用することでの某ハンバーガーショップ侵入の構えを桜弘と叶は繰り出している。つまりはそういうことだった。
『がらがら。がしゃーん』
第一友情連携技『回転式ドラム缶タックル』を用いた侵入の試みが繰り出された影響により某ハンバーガーショップのガラス扉はまるで精巧なガラス細工のように粉砕される。相変わらず上っ面の脆い輩だ。
悉く粉砕された挙句に粉々に砕け散った某ハンバーガーショップのガラス扉の欠片はまるで春の末に舞う桜色の花吹雪のようにきらきらと舞い散った。
きらきらー。ひらひらー。
うわ。めっちゃ綺麗じゃん。
「いたいっ。いたい。いたいっ。某ハンバーガーショップのガラス扉さんの欠片が面構えにめっちゃ当たって普通に痛いよぉ」
「侵入成功侵入成功~。うはー。こえー」
どたどた。のこのこ。
某ハンバーガーショップのガラス扉の欠片が舞い踊る渦中。きらきらと光を反射させる美しくも残酷な鋭利刃の間隙を見計らう桜弘と叶は混乱の隙を突いて某ハンバーガーショップにまんまと侵入成功してのける。
これは。まさか。
これなるは武術的所作における『某ハンバーガーショップのガラス扉破壊式侵入成功』の構えだとでもいうのか!?
「はぁはぁ。ふぅ。この侵入構え危ないよぉ。面構えもちくちくするしぃ」
「はーはー。あー。……私生きてる。これ侵入成功した?」
某ハンバーガーショップのガラス扉を粉々に粉砕する類の構えを活用した桜弘と叶の二人は息を荒げていた。
死地よりの生還である。そりゃ息も上がった。
某ハンバーガーショップへの侵入成功を果たした者は誰だってこうなる。
んで。侵入成功を無事成し得たわけなので今現在その刹那のこいつらが陥ってる場所は某ハンバーガーショップの店内へと移り変わっていた。よかったね。
そんなこんなで某ハンバーガーショップ店内パートが始まります。
ちなみに今しがた繰り出された侵入成功シーンはあまりに高速だった。高速がゆえに彼女らが行った破壊工作を阻むことができた者などこの場には存在しない。
「俺は存在しない男。ここには存在しないぜ」
ああ。何という悲劇であろうか。
「存在しない男の小脇にいる俺は悲劇的な男だったりするぜ」
この暴挙を鑑みれば自ずと分かるように無事侵入成功した彼女たちの前に繰り広げられるのは魅惑の某ハンバーガーショップの店内風景に違いなかった。
こうなってしまえば少女たちの侵入成功シーンにコメントできる者はもう見当たらない。今しがたの暴挙はスルーされてしまうのだ。普通ならそうだ。
だが安心してほしい。
「むむ!? お客様のお気配……ッ!」
作中の舞台は某ハンバーガーショップの店内へとすでに移っているがゆえ。彼女らの破壊行為を捉えることが十分に可能な地理的ポイントには……当たり前のように某ハンバーガーショップの店員が佇んでいるのだ! だから心配の類をする必要はない。
某ハンバーガーショップの店員はどいつもこいつもプロフェッショナルだ。
女子中学生二人組が繰り出した侵入成功姿を見過ごすプロ店員ではない。
桜弘と叶が今しがた繰り出した某ハンバーガーショップのガラス扉破壊事件は決して見逃されたわけじゃなかった。
「お客様ぁああああああああああああああああああああああああああッ!?」
斯くして派手に破壊をばら撒く模範的侵入手法を成功させた二人をおめめ敏く捉えたプロ店員が烈火の如く何か急に叫んできた!
だって某ハンバーガーショップのガラス扉をおめめ前で粉々に粉砕された挙句に侵入成功まで繰り出されたのである! 大声くらい出るに決まっていた!
某ハンバーガーショップの店員が繰り出す大声には烈火の如き感情が込められている! すなわち繰り出されるのは物凄い大声だった!
うぉおおおおおおおおおおおおお!
地の文担当者も釣られて大声になってしまう!
しかしその刹那。
「おうおうおう。なんだてめぇ。やんのかこらぁ。おうおうおうっ」
某ハンバーガーショップのガラス扉を盛大に粉砕して今しがた店に侵入成功した狂暴なる一党の片割れな桜弘は侵入成功時の横倒しドラム缶の構えをひとまず継続したままオットセイの構えを取った。おうおうおう。
こ、こえぇ。
店内への侵入成功に伴って急に繰り出された大声を真に受けた彼女は喧嘩を売られていると勘違いしちゃったのである。
「いらっしゃいませぇええええええええええええええええっ!?」
「……はい」
しかし喧嘩を売られたわけじゃなく入店のご挨拶を繰り出されただけだった。
それに遅れて気づいた桜弘は赤面面構えと化してお茶を濁した。てれてれ。
恥ずかしさを取り繕うくらいの社交性が彼女には備えられている。
「私にもいらっしゃいしてー」
「いらっしゃいませぇええええええええええええええええっ!?」
「えへへ」
うわ。うざい客だ。
ともあれ某ハンバーガーショップ店内への侵入成功を無事に完了させた桜弘と叶は店内に生息するプロ店員からのご丁寧な歓待を受けた。
入店成功の折から続く入店の儀はこれでおおむねのターンエンドが執り行われたと見て間違いはない。全ては終わったのだ。
ぐぎぎぎぎぎ。めきめき。めきょきょきょきょ。
全てが終わってしまった背後で何やら流動する上位存在の影がある。どうやら某ハンバーガーショップのガラス扉が自己再生を行っているようだね。
不死にして意志を宿す。そして強靭にして柔軟。挙句の果てには異形の権能をすら有している上位存在『某ハンバーガーショップのガラス扉』。
こいつは扉再生モンスターの干渉をすら許さず自らのボディを自らのおててで全自動式に再生していった。めきめき。めきょきょきょきょ。
「あ。風さんです。ちょっと通りますね。あ。いたい」
某ハンバーガーショップのガラスは気づけば再生をとうに終えている。すげー再生スピード感だ。
某ハンバーガーショップのガラス扉が再生したことで通り過ぎてゆく春の風さんは遮られてしまう。春先によくいるわずかな冷たさの残る風さんの体当たりを喰らう可能性はもうなくなった。
うぇろべろにゅるぷっ。
「ふー。入店の儀が終わるまでのごたごたで結構汗かいちゃったからジャンバーとかいらなかったね」
風さんの気配が締め出されたこともあり羽織っていた冬物のジャンバーをうぇろべろと音を立てて叶は体内に収納してゆく。
冬物ジャンバーを脱いだ今日の叶は長袖のブラウスと膝下ロングスカートな私服姿を装備していた。
うわ。めっちゃ地味。
店員さんの意見をめっちゃ取り入れて熟考した末に買ってきた可もなく不可もないお洋服をそのまま装備する小学生みたいなクソ地味ファッションスタイルに地の文担当者は思わず苦言を呈した。
がこんがこん。
「うん。あったかくなってきたからね。確かに私も最近ジャンバーとかあんまり装備してないなぁ」
「ジャンバーどころか服すら装備してないじゃん」
「今週に入ってから急にあったかくなってきたからぁ。私ん家なんてこないだ茶の間に棲んでたこたつ片付けちゃったぁ」
「え? ジャンバーのお話じゃないの?」
「でも昨日の夜とか思ってたより何か寒くてぇ。もうちょっとこたつ出しててもいいじゃんってめっちゃ思ったぁ」
「へー」
がこん。がろろろん。きんっ。
ジャンバーを装備から外した叶の一方で何も羽織っていない桜弘が喧しい音を立てながらドラム缶直立体勢へと移行する。
休日の外出だからということで今日の桜弘の中身はサラダ油だった。
ふむ。見えないところにちゃんとお洒落を忍ばせるその構えは地の文担当者的にポイントが高い。
部分的休日の休日部分の外出ってことで今のこいつらは二人して私服装備だ。
のこのこ。のこり。
一息ついてのこのこした後。実質全裸なドラム缶生首少女はさっきのプロ店員さんからおもむろな接近を繰り出されてしまう。
「ご注文は何にしましますかぁあああああああああああああああああッ!?」
「激うまチーズバーガー二個でお願いしましまぁす」
「二百京円になりまぁあああああああああああああああああああああすッ!?」
「高いなぁ。もっと安いのないのぉ? 激うまポテトはおいくらぁ?」
「侵入成功特典で激うまポテトは無料となっておりまぁあああああああああああああああああああああああああすッ!?」
「じゃあ激うまポテトいっぱいくださぁい」
「窓際窓際~。窓際の席~。学校だと窓際パワーの差でなかなか窓際の席が確保できないからこういう場所だと私は毎回窓際の席に居座るのだー。あ。桜弘ちゃん注文終わった? こっちこっち」
桜弘が的確な注文を繰り出している間に叶の方はちゃっかりと窓際の席を確保している。こうしたチームワークの良さが超絶っ友の所以だ。
「俺は窓際の席! 窓際の席は高貴だから愚民は座らせないぜ!」
「うるせぇえええええええええええええええーっ!」
「ひッ!?」
チームワークの良さを生かす叶は愚民の着席を拒否する窓際の席を一喝して黙らせる。うお。すげーチームワークだ。
「よいしょ。よいしょぉ。ドラム缶ボディだと窓際の席に座るのも一苦労だなぁ」
すわりすわりぃ~。
高貴な窓際の席を一喝して黙らせた叶の小脇で桜弘も苦労して注文後の着席を果たす。
注文を終えて着席を果たした。ようやく一息つけた感じだ。
某ハンバーガーショップの入店成功率は三割を切る。入店に失敗した場合は問答無用で普通に■んだ。今しがたの着席を終えてようやく本格的な安堵を構えた彼女たちの面構えにはこうした事情がある。
「桜弘ちゃーん」
「なあに?」
「私昨日スカイフィッシュ五百匹見た」
「マジで? 叶すげぇ」
入店成功率三割の壁を突破し入店に成功した桜弘と叶はだからこそ困難を乗り越えた余韻に浸りつつ寛ぎ的お喋りの構えを見せた。
「激うまポテトな俺を喰らえぇえええええええええええええええッ!」
ふぉふぉふぉふぉふぉーん。
そんでもって彼女たちのお喋りの頃合を見計らって虚空より出現してくるのは注文の品として名高い激うまポテトだったりする。
「あ。激うまポテトさんが来たよぉ」
「え。なんで激うまポテト? ハンバーガーとかマフィンじゃないの?」
「あーん? お嬢ちゃんたち激うまポテトな俺に文句あるってのかよ!?」
「私は文句ないからもぐもぐするよぉ。むしゃむしゃ。う、うまままぁあああああああああああああっ!?」
「まー桜弘ちゃんの注文なら別に文句とかはないけどー。正直に述べ述べすると新鮮な朝マフィンの類とか捕食したかったかなー。ぱくん。う、うまままぁあああああああーっ!?」
そうこうしているうちによく分かんない間にぬるっと店内捕食パートが開始してゆく。脈絡の無いお話だぜ。
虚空より出現してきた激うまポテトの類を二人は早速捕食した。
捕食してしまった。愚民家系一族出身者が激うまポテトなんて劇物をもぐもぐしてしまったのだ。
激うまポテトの魔性に案の定取り憑かれた小娘二人はそれゆえの店内捕食シーンを繰り広げてゆく。もぐもぐ。むしゃむしゃ。
いわゆる読者サービスシーンの類だった。
ぐにょーん。
「はい。あーん」
「あぁあん? ぱくぅうっ」
激うまポテトが繰り出してきた恐るべき調教。
そんな代物を施されて一瞬でべろが肥えてしまった桜弘と叶は何やら冷静さを取り戻してゆく。
冷静さを取り戻した彼女たちが構えるのは「あーん」の構えだ。
自前のおててで激うまポテトを毟り取ってゆく叶の首から生えてきた面妖な触手に「あーん」してもらいながら桜弘は激うまポテトをぱくぱくする。
それが今現在その刹那の状況だった。
ちなみに激うまポテトのせいで肥えたべろは一晩眠ればまた元の貧乏舌に戻るので心配はいらない。愚民は成長する都度に衰えるから愚民なのだ。
しかしその刹那。
びちゃちゃちゃびちゃぁああああああああああああああああああっ!
「よいしょよいしょー。びちゃーん」
持参してきたケチャップを一本丸々ケチャップ皿に叶は搾り出し始めてゆく。
「俺は叶から絞り出されゆくケチャップ! 新鮮だぜ!」
激うまポテトの調教が一段落したことで彼女は自らがケチャラーであることを思い出していた。
実を述べ述べしてやると叶は標準的なケチャラーである。標準的なケチャラーゆえに一回の食事につき一リットルのケチャップがなければこいつはまともに食事ができなかった。
地の文担当者が書き忘れていたが毎日の給食にも叶は毎日新鮮なケチャップを持参してきている。凄い健康志向だ。毒耐性はばっちりだね。
ケチャップ。ケチャップ。ケチャップー。
とぷんとぷん。激うまポテトの山の小脇には搾り出されたケチャップによる海が形成されていった。
ケチャップに塗れたおめめ前の友の姿に桜弘は今何を思うのか。
「こいつ将来動脈硬化とかで死んじゃうんだろうなぁ」
もぐもぐ。むしゃむしゃ。
ケチャップ塗れの激うまポテトを竹馬の友にもぐもぐさせてもらいながら桜弘はそのような旨を述べ述べする。
「うまうまー。ケチャップうめー」
ケチャップの過剰摂取による動脈硬化の類で友が死んでゆくという逃れ得ぬ運命に少女は上っ面で悲しくなった。
「う、うぅう……。叶ぇ……。死んじゃやだぁ……」
新鮮な動脈硬化や新鮮な心筋梗塞の末に苦しみながら死んでゆく叶の姿。それを幻視した桜弘は上っ面の悲しみのあまり泣き出してしまう。
ぽろぽろ。まるでぽろぽろ鳥のようだ。
だがおめめ前で新鮮なぽろぽろ鳥と化してしまった超絶っ友の姿を無視できるほど叶は大人じゃない!
激うまポテトをうまうまぱくぱくむしゃむしゃする傍らにて何やら泣き出してしまった桜弘の上っ面の心を以心伝心で読み取った触手生物は悲しむ友に優しく語りかけてきた。
「健康に気を使ってるから私は死なないよー。心臓が破壊されても三十秒あれば再生するから心配しないでー」
優しいおめめで叶は桜弘にそう告げる。
泣きじゃくる友を宥める少女は持参したケチャップの海に激うまポテトを泳がせるポテトケチャップフォンデュを優雅に愉しんでいた。
「え。きも」
友達から気持ち悪いことを急に述べ述べされた桜弘は普通にドン引きした。
今食事時なんだけど。少女はそう『思った』。
人の心がない桜弘とてお年頃の女の子である。女子中学生の小娘に過ぎない桜弘にとって叶の行き過ぎた健康志向は普通に気持ち悪かった。
いくら超絶っ友だからと言っても許容できないものはある。気持ち悪いからという理由で少女は触手生物が上っ面で嫌いだった。
「えへへー」
桜弘から冷たいおめめを向けられた叶はケチャップうめぇマジうめーと思いながら恥ずかしそうにえへえへしている。
何考えてんだろうねこいつ。
多分ケチャップうめーマジうめーっていう冒涜的感情に脳が支配されているに違いなかった。
まあこんな感じで桜弘と叶の二人はクジラのあばら骨の日の部分的な休日部分をしばらく優雅に楽しむ。
んで。
「ふきふき」
捕食レベルが低いゆえにまるで餓えた吸血鬼が半年振りに食事をした後のようにお口のまわりをケチャップ塗れにした叶は備え付けの紙ナプキンでお口のあたりをふきふきした。
これは。まさか。
これなるは『そろそろ本題とか繰り出すか』の構えだとでもいうのか!?
「おとといプロ殺人鬼と戦ったじゃん」
朱に染まったお口の周りをようやく綺麗にした叶はお腹の減りも治まってきたわけだしいい加減に本題パートへの移行を試みるべきではないのかという面構えを構築してお茶を濁す。
しかしその刹那。
「戦ってないもんッ。ぷーんッだ!」
何やら変態おじさんが登場してきた。
それは某ハンバーガーショップの店内にてそこそこの時間をかけて激うまポテトを捕食していた矢先の出来事である。
ふと気づけば可愛らしい女の子の声で囀る謎のおじさんが桜弘と叶のお喋りへと急に加わってきたのだった。
これは早急な対策と対応が必要な緊急事態と述べ述べすることが出来よう。
「はぁ? お前誰だよぉ」
だから桜弘がおてて早く誰何を行なった。
「はい。ちりんちりーん」
続いて叶が「ちりんちりん」と変態おじさん避けの鈴を鳴らしてやる。
ちりんちりん。ちりんちりん。
激うまポテトをもぐもぐしていた桜弘と叶のお喋りへと何やら急に加わってきた謎のおじさんの正体とは当然ながら変態おじさんと見て間違いなかった。
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああッ!?」
でろでろり。
変態おじさんであるがゆえに叶が奏でた変態おじさん避けの鈴の音色が広がるに伴い今しがた何か急に登場してきた変態おじさんは断末魔の叫びをあげて溶解して死ぬ。
なので桜弘と叶はそろそろ本題に入った。
「昨日プロ殺人鬼と戦ったじゃん」
「戦ったぁ。パチンコ玉投げてくるやつとぉ」
「苦戦したじゃん」
「苦戦したなぁ」
「桜弘ちゃんのボディは桜弘ちゃんを襲ったプロと思しき殺人鬼が強引な手段で持ち逃げしたってお話だったからさー」
「はい」
「本格的に桜弘ちゃんのボディを取り戻すためには近所のプロ殺人鬼たちに戦いを挑む必要が出てきそうなわけなんだけどー」
「うん」
「やっぱりプロ殺人鬼が相手だと所詮は女子中学生な身の上の私たちじゃ今後の苦戦が予想されるんだよねー」
「へー」
「だからプロ殺人鬼対策に何か修行とかした方がいいんじゃないかなー。とか何とか最近思ってたりするんだけどー。桜弘ちゃん的にはどう思う?」
「修行パートかぁ。ぶっちゃけ面倒くさいなぁ」
「だよねー」
少女たちが先日矛を交えた中堅プロ殺人鬼パチンコック。
流石はプロ殺人鬼というべきパチンコックの恐るべき戦闘力に桜弘と叶は普通に苦戦していた。
桜弘と叶は二人してごく優秀な超絶エリート女子中学生である。だがいくら超絶エリートと言ったところでこいつらは女子中学生な身の上に過ぎなかった。
なら今後の苦戦を見越してここら辺で修行パートを挟んだ方がよいのではないでしょうか? えー。ダルいからやだー。
↑の旨の高度なディベートを行うために桜弘と叶の小娘二匹は部分的な休日を消費して某ハンバーガーショップに赴いたのだった。
これが今回エピソードのおおまかな流れだったりする。
「でも修行パートは健康に良さそうだよー?」
「良いわけないじゃん。授業と部活で疲労困憊になってるとこに修行パートとかしたら流石の私でも普通に死ぬからぁ」
「桜弘ちゃんが死ぬなら私も死にそうだなー」
「でしょぉ? 修行パートなんてやってらんないよぉ」
しかし修行パートとかいう輩は正直に述べ述べしてかったるかった。
実際問題のお話として桜弘と叶がどうこうもそうであるが地の文担当者の執筆モチベーション的にかったるい
そんな地の文担当者の思いが伝わったのであろうか。
「踏み踏み~」
「ちょっと叶ぇ。私の二の足を踏み踏みしないでよぉ」
「え。私踏んでないよ? だって今の桜弘ちゃんおてても足も無いんだから二の足とか無いじゃん」
「え。え。え。ええっ? じゃ、じゃあ私の二の足を今踏み踏みしてるのはいったい誰なのぉ? こ、怖いよぉ」
ふみふみ。
修行パートに移行するわけでもなくさっきから激うまポテトをぱくぱくするだけの二人は修行パートへの移行についてあからさまな二の足を踏んでいた。
むむ。これでは何のために某ハンバーガーショップに赴いたのか分からないではないか。
あからさまな二の足踏み踏みの構えを取る小娘二匹に地の文は苦言を呈することでお茶を濁した。
このままでは激うまポテトをぱくぱくもぐもぐした影響で体重が微妙に増えて終わりとなる。激うまポテトは激うまであるがゆえ激うまに見合ったカロリーも備えていた。これは健康によくない。
桜弘と叶とてお年頃な女の子だ。
暴飲暴食に伴う体重増加に対する危機感はちゃんと備わっている。
でもそれはそれとして修行パートに移行するのは割とマジで面倒くさかった。再三述べ述べさせていただけば地の文担当者だって面倒くさい。今回エピソードはこうした面倒くさい流れに基づいて進行していた。わーわー。
しかしその刹那。
二人のやる気の無さを吹き飛ばすかのようにどこからともなく現れてくる黄金色の黄金スーツ姿な謎のおじさんの影!
おうごんすぅつぅうううッ。
「わかります。修行パートは面倒くさいですよね。ですがご安心ください。新鮮な修行パートを面倒くさがる今どき女子中学生なあなた方のためだけに本日は特別なソリューションをご用意致しました」
ぐいぐい。ぐぐい。
何か急に現れたド派手な黄金スーツのおじさんはてかてかしたおじさんスマイルを繰り出しながら女子中学生二人が座るテーブルに平気で乗り込んできた。
うわ。すごく馴れ馴れしい輩だねこの人。
「お前誰だよぉ」
ならばこそ桜弘が瞬発的に繰り出すのは学校で習った模範的な一閃だ。
友達と話している際に見知らぬおじさんが急に離しかけてきたときに備えて学校が教えてくるマニュアルに沿い条件反射に従うがままに桜弘は対応を行なう。
「ちりんちりーん」
ちりんちりん。
模範的な友の反応からまるで間を置かず叶が変態おじさん避けの鈴の典雅な音色を鳴らした。
ちりんちりん。ちりんちりんちりん。
涼やかな変態おじさん避けの鈴の音がしばし響く。
「桜弘ちゃーん。この人変態おじさんじゃないよー」
「ふむ。お前は信頼できる大人のようだなぁ。お話を聞いてやろうじゃないかぁ」
果たして黄金スーツおじさんはまるで溶解しなかった。変態おじさんではないおじさんたちを邪険に扱う理由は特にない。
地獄みたいな学校が繰り出してくる高度なカリキュラムにより礼節とマナーのあらかたを桜弘と叶はすでに身の上に叩き込まれ済みだった。
桜弘も叶も素直な良い子たちなのである。お利口で良い子な対応を咄嗟に構えてしまった二人は黄金スーツおじさんを素直な構えで応用に迎え入れた。
まだまだ小娘なのでろくに世間擦れしていないこいつらは割と素直で良い子なところを持っている。
急に話しかけてきた黄金スーツのおじさんはそういう子たちを狙って商談を仕掛けてくるのだった。
「にこにこ」
素直な良い子だから警戒心を露骨に解いてゆく不用意な女子中学生二人組に黄金スーツのおじさんはてかてかと微笑む。
てかてか。にこにこ。
むむ。何という模範的なおじさんスマイルであろうか。
油ギッシュな黄金スーツのおじさんはてかてかとした素晴らしい笑顔面構えをマニュアル通りに浮かべながらすかさず名詞をおてて渡してきた。
しゅぴん。
「わたくし国際銀行強盗連盟地元支部局長の犠牲者Bと申します」
女子中学生相手にも平気で敬語を使えるタイプの人間な黄金スーツのおじさんは丁寧にそう名乗る。
「銀行強盗さんの人かぁ」
「犠牲者Bさんかー。うーん。学歴と経歴の良さを感じさせる脳みその良さそうなお名前だなー」
瀟洒にして素早い所作により黄金スーツおじさんが繰り出してきた何だか立派な名詞を桜弘と叶は何の疑いもなく受け取った。
受け取ってしまった。
もちろん名詞を受け取るその所作自体に害は無い。
名詞を貰っても別に問題はないのだ。
それゆえに桜弘と叶は黄金スーツおじさんが繰り出す黄金パターン的術中にこの時点で完全ド嵌りしている。
名詞を受け取る行為自体が危険なのではなく何の疑いもなく名詞を繰り出されている状況そのものが危険なのだ。
マニュアル通りに繰り出されたおじさんスマイルを基点とするお茶濁しを浴びせ倒された時点ですでに勝敗は決している。
桜弘と叶は結局最後までそれに気づくことができなかった。
いくら超絶エリートと言えども女子中学生風情ではいつ放たれたのかすら分からない面の皮の厚さに抗うすべなどろくにない。
このあたりはプロと学生の貫禄差だ。斯くして培った筈の面の皮はあっさりと崩れ行く。
黄金スーツ姿のおじさんに名詞を渡されるという大人チックな状況が発する魔力に桜弘と叶は無意識下でめろめろとなっていた。
「めろめろ~」
「めろろぉ~ん」
あるいは超絶エリート女子高生あたりであれば『超絶イケメン彼氏召喚』等の構えでここからでも一発逆転が狙えたかもしれない。
だが女子中学生に過ぎない彼女たちではこの状況下に陥った時点でもはや全て終わりな感じだった。
名詞を受け取るに伴って平常心が完全に喪失してしまった桜弘と叶は果たして黄金スーツのおじさんに面構えを真剣なおめめを向けてゆく。
そのおめめはジュエリーマン先生や動く石膏像先生に向ける類の代物だ。
ああ。何ということであろうか。
黄金スーツおじさんが繰り出す巧みなお茶濁しによりこれより始まる交渉が本格始動する以前の時点から少女たちの面の皮は日焼けサロンに放り込まれた新鮮なマシュマロが如く蕩けているのだ。
これは。まさか。
これなるは『契約成立』の構えだとでもいうのか!?
自らの必勝パターンたる黄金形へと状況が移行したことを察した黄金スーツおじさんはてかてかとしたマニュアル式おじさんスマイルを維持したまま流れるように黄金お茶濁しを手繰ってゆく。
「わたくしども国際銀行強盗連盟はこれまでに培った銀行強盗のノウハウをたっぷりと蓄積しております」
「へー」
「そうなんだぁ」
「ノウハウをたっぷりと蓄積しておりますのでそのノウハウがたっぷりと詰まったこの教本に沿った銀行強盗テクニックをマスター致しますとなんと戦闘力をこれまでの三倍から五倍前後にまで跳ね上げることができます」
「えー。うそー。すごーい」
「すごいなぁ」
魅力的なプランを語る黄金スーツおじさんはてかてかとしたおじさんスマイルを見せた。地の文担当者ですら警戒心が蕩ける素晴らしい面構えである。
地の文担当者にすら届く超威力のお茶濁し面構えなのだからして女子中学生風情では彼のてかてか笑顔面構えをレジストするなどできるわけなかった。
まともな思考を紡ぐことのできなくなった少女たちは完全なる無防備のままてかてかディスカッションに正面から応じてしまう。
「こちらの契約書類にサインして国際銀行強盗連盟員となることで教本は購入可能となります。教本を購入していただいた暁には即日で戦闘力を五倍いや十倍まで上げることも理論上は十分に可能です」
「はぁ。すごぉい。今すぐ契約書類にサインして教本を購入しなきゃ」
「今すぐサインします。お幾らでその教本を購入できますかー?」
「はい。しかし大変心苦しいのですが銀行強盗テクニック教本は割と高額だったりするのです。具体的に述べ述べしますと末端価格で二百京円くらいします」
「そんなぁ。二百京円なんて大人にならなきゃ払えないよぉ……」
「いったいどうしたらいいのー……?」
「ご安心ください。そこで取っておきのプランがございます」
「えっ!? そんなプランがあるのぉ!?」
「すごーい! 聞く前からすごいって分かるー!」
「契約書類にサインして国際銀行強盗連盟員となってから今現在おりますこの某ハンバーガーショップに銀行強盗をしかけて有り金を全て奪いその成果を丸ごと国際銀行強盗連盟に上納していただければ本来であれば二百京円のところを今回の勧誘に限り何と無料で銀行強盗テクニック教本を差し上げてやってもいいです」
「えっ! そんな! 二百京円が無料になるなんてー!」
「すごぉい! 二百京円が無料になるなんてまるで弱塩基性の土から人造肉と人造パテを生み出す錬金術みたぁい!」
「ではここにサインをお願いします」
「するするぅ! サインすりゅぅ!」
「今日この店に入ってよかったー! こんな奇跡的な偶然あるんだね!」
そして黄金スーツおじさんはてかてかと嗤った。
黄金スーツおじさんの額はおじさん脂でてかてかとしている。
ああ。何と言う面の皮の厚さとお茶濁しスキルであろうか。
今しがた執り行われた準上位存在の領域に片足を突っ込んだ怒涛の契約パートに流石の地の文担当者も露骨に恐れおののいた。おののののの。
こいつそのうちこっち側に来るんじゃねえの。こわ。
だが地の文担当者が恐れおののいてなおも黄金スーツおじさんの契約パートはまだ終わらない。契約パートは契約するまでが契約パートなのだ。その点についても黄金スーツのおじさんに油断はなかった。油断無きプロフェッショナルは的確な追撃を的確に行う。
しゅばばばばばッ。
てかてかとした笑顔面構えを崩さぬ黄金スーツおじさんは美しさすら感じさせる流麗な所作で契約用の各種アイテムをすかさず机に並べていった。
的確極まりない「しゅばばばばば」の末に構築されるのは各種契約アイテムが布陣された異界の類である。
契約力学に基づく擬似的な異界陣形を真正面から浴びせ倒された桜弘と叶は黄金スーツおじさんを信用信頼するどころか信仰しつつあった。
総手尾詩灰が垂れ流す秒間カリスマの一割ほどの出力がここに構築されたと述べ述べすれば読者諸兄らにも黄金スーツおじさんのヤバさが伝わる筈であろう。
実際問題のお話としてそんな代物を喰らった今現在その刹那の彼女たちの思考はやばいことになっていた。
「早くサインしたい早くサインしたい早くサインさせてよぉ」
「早く銀行強盗の人になって早くこの店に銀行強盗を仕掛けたいなー」
短期間で洗脳され尽くされた二人はすっかり一端の銀行強盗気取りだった。
もう彼女たちは黄金スーツおじさんの意思無き奴隷であると言っていい。
ここまで様子を窺ってきた感じだと裏社会に詳しい地の文担当者から見ても物凄い契約手腕だと言えた。この黄金スーツおじさんは相当なやりおててである。
そんなこんなでごく優秀な超絶エリート女子中学生二匹を短時間で銀行強盗の人に仕立て上げた黄金スーツおじさんが――
「ちょろい仕事だぜ」
――と呟いたその刹那。
ざぎゅーんッ!
新鮮な脳天かち割り音が某ハンバーガーショップの店内に響き渡った。
ぶしゃー! びちゃびちゃぁあああ!
「うわぁああああっ! 脳漿と血飛沫が急に飛んできたせいで書類がぐちゃぐちゃになって契約書類の類にサインができなくなっちゃったぁ!」
「きゃーっ!? 急に背後から現れてきたプロ殺人鬼の類から脳みそを真っ二つにされた黄金スーツのおじさんが撒き散らした大量の鮮血のせいでサインを書く書類がぐちゃぐちゃになってサインができないよー!」
机を挟んで座っていた黄金スーツおじさんの脳天が背後から真っ二つに割られたことで大量の返り血を浴びた桜弘と叶は普通に悲鳴をあげる。
契約書類にサインができなくなったことによる混乱と恐怖に少女たちはただ震えることしかできなかった。
そう。黄金スーツのおじさんは背後から登場してきた新鮮なプロ殺人鬼に殺されてしまったのだ。
んで。今回登場するプロ殺人鬼は何か唐突に叫んでくる。
「俺はプロ殺人鬼『マチェットマト』! この店に殺されてきたトマトたちの恨みを晴らすために野生のトマトが殺人鬼化したプロの殺人鬼! これからお前たちを同胞たちと同じように瑞々しくスライスしてやる!」
プロ殺人鬼『マチェットマト』は大振りのマチェットを掲げながら元気よく自己紹介を繰り出した。