第三十九話 『狐トゲーマー』
ある日のあくる日の朝な物語である。
つまり月曜月曜月曜月曜の朝の月曜日サーガのことだった。
今日が月曜日であるという事実。さらには昨今の時節が朝であるというこれまた真実。読者諸兄らはこれをまず認めて欲しい。
そう。今現在その刹那は月曜日の朝だ。
「我輩は月曜日の朝を往く給料男カバ! 今日で八連勤目ゆえに月曜日だからと億劫になることはない!」
のしのしのしのし。
月曜日の朝ということで強い男が漢気を見せている。彼はカバで給料男だった。
ああ。なんて強い男であろうか。かっけぇ。
強い男の頼もしい漢気が漂う月曜日の街中歩道にちらほら湧いているのは当然ながらこのルートを通学路にする地元女子中学在校生一同に他ならない。
のこのこ。ごろごろ。
斯くの如き恐るべき月曜朝の通勤通学ラッシュアワードシーンの類から今回エピソードは幕を開ける。
「お。幸っちじゃぁん」
「隣クラスの新聞部で情報通な幸っちじゃんかー。まったくもう。きみはなんていけない子なんだー」
地元女子中学在校生一同がちらほらと湧いてるのだから典型的地元女子中学在校生一同として知られる桜弘と叶の二匹だって当然湧いていた。
どうやらこいつらは普通に朝の徒歩通学中のようだね。
んで。登下校中の朝の路上にて主人公&ヒロインが偶然にもその折に出会いたるのは隣クラスの新聞部ガールだった。
虹会桜弘と伊塚叶の両名計二匹はのたのたと登校中な恵野幸とかいう輩と登校中にばったりと出会う破目に陥ったのである。
今エピソードの冒頭場面にはそのような次第があった。
「ここは交差点でーす! 交差点ですよー!」
少女たちがかち合ったあたりでお姉さんが交差点を呼びかけている。
この場が交差点であることを周囲に呼びかけているが別に交通安全等を呼びかけているわけではないお姉さんがいる交差点近郊が現在地点だ。
え。朝っぱらからこのお姉さん何やってんの? 暇なの?
そのような場所でのたのたしているから可哀想な幸っちは桜弘やら叶やらの面倒くさい連中に絡まれちゃうのだった。可哀想。
まったく要領の悪い輩め。地の文担当者はのたのたしている幸にひとまず苦言を呈した。
「うむ。朝ご飯を捕食中しつつ登校中な私は君らの推測の通り一年二組が誇る新聞部員な幸っちだ。君らは今日も相変わらずなようだ。もぐもぐ」
うわ。幸っちだ。
そして苦言を呈した地の文担当者は苦言を呈した相手が幸とかいう輩であることに気づいて素でびびる。びくびく。
ともあれ飛び方を忘れたおてて乗りカカポのように馴れ馴れしく絡んできた二人を朝ご飯を構えて登校中な幸は鷹揚に受け入れていた。優しい。
ドラム缶生首生物と触手生物を何だかんだ友達として認めている構えだね。いわゆる中学一年生な少女たちが送る朝の通学路ワンシーンだ。
「幸っちーっ!」
「幸っちぃいいいいいいいっ!」
のこのこ。ごろごろ。
もちろんおてて乗りカカポと化している桜弘と叶に朝の邂逅を果たした友達への接近を怠るなどという油断はない。
しゅばばばばば。
ドラム缶生首生物&触手生物のダブルスが何の警戒心の欠片も無く幸に近寄ってきたのにはそうした生態があった。のこのこ。ごろごろ。
そんでもって彼女たちが馴れ馴れしく近寄ったその刹那。
ぐみょみょめりめり。
「ぐにょぐにょぐにょー」
叶の胸元がなんと急に裂けた。
「ここは交差点ですよー!」
うわ。何やってんの叶。この場が交差点であることを伝えてるお姉さんも驚いてるじゃないか。やめてよそういうことすんの。
無論のこと胸元が裂けたといってもおっぱいが急激に成長したとかそういうことを地の文担当者は述べ述べしたいのではない。
胸元の肉が物理的に裂けたのだ。
「うわ。きも。叶急に何やってんのぉ?」
胸元の肉を物理的に裂くことで体内に収納したブツを取り出す所作をおもむろに構えた友を桜弘は露骨に気味悪がる。
でも叶は意外と無神経なところがあった。苦言など気にしないのがこの少女の面の皮の厚さである。
ぐちょぐちょ。ぐちょり。
「うっす。自分ケチャップっす。気合入れてケチャップやってるっす」
ぬぷり。
裂けた胸元から叶が取り出したのは新鮮なケチャップだ。プロットの役に立つ気配のない設定だがこいつはケチャラーだった。
「えいっ」
どばどばどばーっ。
取り出したばかりの新鮮なケチャップを構えた叶は幸のゆるふわヘアーにどばどばとケチャップを振りかけてやる。
ふむ。これはおはようございますの新鮮な挨拶だ。
そのような「しきたり」がある。
「なるほどね。そういうことかぁ。えいっ。えいえいっ。とりゃっ」
ぺしぺしぺしぺし。
超絶っ友だから以心伝心なので意味不明な叶の意図をようやく汲んだ桜弘は近所に生えていた苔を毟って一生懸命投げつけ始める。こちらも負けず劣らずな熱烈な朝のご挨拶だ。
「ふふふ。朝から情熱的な連中だな」
情熱的な朝のご挨拶を繰り出す二人に幸は鷹揚な構えで応じる。
自慢のゆるふわヘアーに新鮮なケチャップをどばどばとトッピングされた挙句として面構えに大量の苔を投擲された幸は二人が繰り出してきたダル絡み式朝ご挨拶に笑顔面構えで応じる心のゆとりがあった。
心にゆとりがある少女が左おててに装備するのはお茶碗だ。
無論のこと逆の右おててにはお箸が握られている。
顎の力が弱いのか。飲み込みに使う喉の筋肉が弱いのか。
叶がその身の上に宿したるケチャラー設定と同じくまるでプロットの役に立つ気配のない「尋常じゃなく食べるのが遅い」という宿業。
そんな代物を身の上に宿す恵野幸は納豆ご飯を一生懸命捕食しながら桜弘と叶に相対している。
どばどばどばどば。ぺしぺしぺしっ。
「どばどばどばー」
「えいえいっ。とりゃっ」
「もぐもぐ。もぐん」
何と言っても今日は月曜日だった。
こうした朝の一幕を見ただけで分かるとおりに何だかみんな元気いっぱいな構えを構築している。
おそらくは各々が週末にたっぷり養った英気の影響であろう。
現に幸だって元気いっぱいの上機嫌だ。
上機嫌じゃなかったら流石に反撃してる。
「けちゃっぷだ」
「けちゃっぷぅううう」
「けちゃっぷだー」
ばさばさ。ばさばさばさー。
元気いっぱいな幸のゆるふわヘアーヘッドに飛来するのはケチャップが大好物な渡りグリゴン(※堅牢な外皮を持つ魔物の一種。グリゴン種のうち「渡り」を行うものを「渡りグリゴン」と呼ぶ)たちだね。
納豆ご飯を一粒づつ一生懸命食べている幸のヘッドを渡りグリゴンたちはむんずと掴んだ。止まり木にする構えだ。
「がしーっ。へっどをわしづかみにしてけちゃっぷをなめる」
「ぺろぺろ。けちゃっぷおいしい」
「しんせんなけちゃっぷおいしいね」
飛来してくるなり幸のゆるふわヘアーヘッドに寄生を開始した渡りグリゴンたちは喜びをあらわにして幸ヘッドの新鮮なケチャップをぺろぺろする。
まさしく恵みの幸というやつだった。
ケチャップを暢気にぺろぺろしてゆく彼ら彼女らは一様に幸せそうな面構えを構築している。
「えへへ」
ヘッド上の幸せが伝わったのか幸も幸せそうな面構えを構築した。
他者の幸せを幸っちすることができる彼女は心優しく面の皮の厚い素直な良い子なのさ。ららら~。
ヘッドの上にたくさん幸せが乗っているのだからして本来は三億円くらい要求する情報だってうっかり滑らせた口先から溢してしまうようなお年頃を幸は構えた。
「ねえねえ。知ってる?」
「知らなーい」
「全然知らないっ!」
まだ述べ述べされていないものなど知る由も無い。
桜弘ちゃんと叶は幸の幸せを即座に切り捨ててお茶を濁した。そこに慈悲などいらない。
でも面の皮の厚い幸はそのお茶濁しを華麗にレジストした。ぴきーん。
「君らのクラス。すなわち一年一組のあたりに近頃新鮮なプロ殺人鬼が紛れ込んでいるらしいよ」
華麗なレジストに伴って三億円分のプロ殺人鬼情報を幸はうっかり口滑りさせてしまう。
自慢のゆるふわヘッドに無数の渡りグリゴンを乗せる彼女はどこかご満悦だ。
「けちゃっぷおいしい」
「ここにすんでいいかな?」
「けちゃっぷがいいよね。べっそうにしたい」
ふむ。幸のヘッドは渡りグリゴンたちの立地レビューも上々なようだね。
高評価を受けた彼女の右おててにはやはり相変わらずお箸が装備されていたし左おててにも納豆ご飯茶碗が携えられ続けている。
恐るべきことにこの少女は右利きなのだ。ひぃ。
「……へー」
プロ殺人鬼が紛れ込んでいる。
右利きであるという衝撃の事実を明らかにしたご満悦幸っちが繰り出してきた新鮮な情報に叶は一瞬ドキっとする。どきどき。
家庭の事情でそういうことにこの子はちょっぴり敏感だった。こいつ自分がプロ殺人鬼扱いされちゃったとか一瞬思ってやんの。だっせー。
しかし彼女とて今をときめく超絶エリート女子中学生なわけなのでドキっとしたのを悟られまいと的確にお茶を濁してやる。このあたりは地元女子中学在校生一同として当然の所作だ。
「そんなわけないよぉ。一組の子たちはみんな仲良しだからね。プロ殺人鬼なんて人が紛れ込んでいたらすぐに気づいちゃうもぉん」
一方の桜弘ちゃんは普段からのほほんと生きているのでお茶を濁すわけでもなく素直な気持ちを構える。
上っ面で生きているこいつは上っ面の優しさで満ち満ちしているのだ。
だから仲の良い子と仲良しである旨を平気で述べ述べできる。
「ちょっとおひるねしちゃお」
「ゆるふわしてておふとんにちょうどいいかも」
「けちゃっぷをなめなめしてまどろむ。しあわせだー」
すっかりリラックスしている渡りグリゴンたちが「ケチャップ好き」という習性を装備するのと似たような感じで虹会桜弘なるドラム缶生首生物は「誰に対しても馴れ馴れしい」という習性を装備していた。
同じ空気を吸っている。あるいは同じ建物に住んでいる。
こうした縁をすら辿り誰に対してもおてて当たり次第にクソ面倒臭いダル絡みを繰り出すのが桜弘という輩なのだ。
「あ。どうも。新鮮な小人です。ちょっとすれ違いますよ。いやぁ。失敬失敬」
そして小人が通り過ぎた。
「えいえいっ。えいっ。とりゃ」
「あ。いたい。新鮮な苔の投擲はやめてください。何の罪も無いぼくが何したっていうんですか。まったくもう」
ほら見たことか。桜弘が繰り出す馴れ馴れしさの餌食となった新鮮な小人の面構えを見れば分かるように新鮮な苔とか新鮮な小人の死骸とかを誰かとすれ違う度に投げてくるのが桜弘ちゃんだ。こいつの投擲スキルは何故か昔から無駄に高い。
この投擲スキルの高さを鑑みれば仲良しこよしな友達どもの新鮮な群れにプロ殺人鬼なんて輩が紛れ込んでいたら流石に気づくに決まっていた。
馴れ馴れしくみんなと仲良しな桜弘の上っ面は幸がうっかりこぼしたプロ殺人鬼情報に「そんなわけないよぉ」という旨の素直な反論を繰り出してあげたわけです。
それが今回エピソードの物語だった。
ばさばさばさばさ。
「けちゃっぷおいしいね」
「けちゃっぷぅううううう。みょーん」
「けちゃけちゃしちゃう。るるるるぅ」
しかしそうこうしているうちに渡りグリゴンたちの第二陣が幸のヘッドに今しがた到着してしまう。けるるるるる。
「……っ」
ばさばさばさー。
一頭あたり六十キログラム平均とされる渡りグリゴンたち計三十八頭の平均体重の合計が幸っちのゆるふわヘッドに圧し掛かった。みしみし。
だが幸は強い子なので頑張って耐える。
過酷な新聞獣ハントのため日ごろの取材練習で鍛えた首の筋肉が渡りグリゴンたち計三十八頭を必死に支えていた。
ぷるぷる。
首から上をぷるぷるさせながらも渡りグリゴン計三十八頭をヘッドで一生懸命支える恵野幸は歯を喰いしばって桜弘の方角に面構えを向ける。何か述べ述べしたいことがあるようだ。
「何だかヘッドが重いよぉ」
「寝不足じゃないかなぁ?」
ヘッドの重さを訴える幸に桜弘は苦言を呈する。寝不足はよくないよというアドバイスの構えだ。
歯を喰いしばって桜弘の苦言を受け入れた幸の右おててには常と変わらずお箸が装備されている。しかしそれが動く気配はなかった。
左おててに握られる納豆ご飯お茶碗も言わずもがな動かない。
いや。はよ食えよ。
朝ご飯をおろそかにする今どきな中一女子に地の文担当者は苦言を呈した。そんな感じの月曜朝通学路である。
地元女子中学一年一組教室。
そこは素直な良い子たちが多めに集められたわらわら少女どもの巣だ。
わらわらした少女どもがわらわらする渦中においてその生き物はおもむろなお喋りを構えてくる。
「まったくもぉ。あんなひどいことを述べ述べしてくるなんて幸っちもなかなかひどい輩だよぉ。きっと人の心がないんだろうね。温厚で知られる私も思わずぷりぷりしちゃうなぁ。ぷりぷりっ」
誰だこいつ。うわ。桜弘じゃん。
ホームルーム前の朝方一年一組教室における物語だ。
ちょっと前に一年一組の教室に侵入成功したドラム缶生首生物はあろうことかぷりぷりとしていた。ぷりりっ。まるで茹で立てのエビのようなぷりぷり具合だ。
「へッ。中学生のガキんちょにしちゃぁいいぷりぷり具合じゃねえか。将来が楽しみだな」
「えびふらいがまた逃げ出してる。ちょっと熟成させすぎたかな」
地の文担当者がおめめを向ける現在地点は朝ホームルーム前の新鮮な一年一組教室となっている。
ぷりぷりしている桜弘ちゃんの傍らでは一年一組で一番いっぱい食べる子として知れられる壱胚悔実ちゃんが自らの授業中用弁当箱から逃げ出したえびふらいを素早くかつ豪快に捕獲していた。がしぃいいいいいいっ。
まあえぶふらいのことなどどうでもよい。
「ぷんぷんっ。私は上っ面で怒ってまぁすっ」
新鮮なえびふらいの如くぷりぷりしている桜弘の方におめめを向けなおしてみれば何やらこいつは朝の登校中に幸から述べ述べされたことにぷりぷりとしたお腹を立てているようだった。
朝の通学路ver幸っちから述べ述べされたことを近くにいた友達に向けておおよそ述べ述べしてあげた桜弘は有り体に言えば上っ面で怒っている。ぷりぷり。
ふむ。これは自分のクラスにプロ殺人鬼なんて輩が紛れている事実を信じたくない構えだ。
とは言えどもこいつには人の心がないので正直に述べ述べすれば別に全く怒っていなかった。言葉の綾というやつであろう。
どれだけ腹立たしいことが起きてもどれだけひどいことを述べ述べされても心の奥底に凍てついた冷静さが残っているのが虹会桜弘とかいう輩なのだ。
「すりっぱすりっぱー。私はスリッパのお世話をする~」
「丁寧な仕事をお願いするぜ」
上っ面でぷりぷりし出したドラム缶生首生物の対処を最も得意とするのは桜弘との超絶っ友を長いことやっている叶にやはり他ならない。
しかし今の彼女は本日の飾りスリッパお世話係だ。これは重要なお仕事である。
公共施設の待合室等で棚などに飾る新鮮なスリッパの類を賢明なる読者諸兄らであればきっとご覧になられたことがある筈だ。今の叶はこれを営んでいる。
重要なお仕事を任されているがゆえに桜弘がぷりぷりし出したときに頼りになる筈の叶は一旦席を外していた。頼りにならない輩だぜ。
「ぷりぷりぃ~」
叶が何だか忙しそうであるので上っ面に燃えるぷりぷりを発散させるため近くにいた友達を捕まえて仲良くお喋りを繰り出しているというのが昨今の桜弘が構える現状だった。
叶が忙しそうだからという理由で哀れにも朝のお喋り相手として桜弘に捕獲されてしまった可哀想な子。
「このクラスにプロ殺人鬼が紛れ込んでるなんて酷い物言いだね。きっとその子は魔物だったんだよ。放課後あたりに討伐してこなくちゃ」
すなわち殺人鬼ランキング二十四位のプロ殺人鬼『狐トゲーマー』は桜弘が繰り出すお喋りを受けて素直な憤慨の面構えを見せている。
かつて彼だった彼女は狂っていた。
自分のことを超絶エリート美少女中学生だと心の底から思い込み信じ込んでいる彼だった彼女はもはや変態おじさんですらない。
ゲームの世界と自分の理想がごっちゃになった末に脳内から現実世界に流れ出てきた強固な幻想を纏う「彼女」は完全なる狐耳美少女中学生だった。
現実とゲームの境界線などもはや存在すらしない。
再三述べ述べすればプロ殺人鬼『狐トゲーマー』は狂っていた。
地の文担当者が書き忘れていたが実を述べ述べすると先週の木曜日あたりから地元女子中学一年一組の面々にこいつはしれっと紛れ込んでいる。
え? なんで紛れ込んだのかって? 仕方ないだろ狂ってんだから。
先週の木曜日くらいのお話だ。
書くのが面倒くさいからと地の文担当者が描写を省いた過去パート行間を急に述べ述べしてやると無駄に馴れ馴れしい桜弘から過去の狐トゲーマーちゃんは再三のダル絡みを受けていた。
描写を省いた先週木曜日あたりからのそうした過去行間ダル絡みおかげでプロ殺人鬼『狐トゲーマー』ちゃんと桜弘はすっかりお友達と化している。そういう次第があった。
「え。知らない子がいる。こわ」
「何かクラスメイトが一人増えてるんだけど」
「誰? あの子誰? 転校生じゃないよね? 誰なの?」
しかし描写を省いた行間の当時におけるクラスメイトたちの反響は決して芳しいものではなかったとされている。
おてて乗りカカポのように警戒心がない桜弘はともかく何か急に紛れ込んできた知らない子に対し一年一組の半分くらいの子たちは狐トゲーマーちゃんのことを上記のように普通に怖がっていた。
一年一組は素直で穏和しい子が多いクラスなのである。
知らない子が一人増えていたらそりゃ誰だって怖がるに決まっていた。
まあでもね。
「うーん。あの子誰なんだろ。まぁいっか」
「知らない子だけど桜弘ちゃんが仲良くしてるならきっと悪い子じゃないんだろうな」
「冷静に考えてみたら何だか最初からいたような気がする。知らない子っていうのは気のせいだよ。きっと。うん」
無責任かつ高度な政治的判断の挙句の果てに殺人鬼ランキング二十四位のプロ殺人鬼『狐トゲーマー』ちゃんは一年一組のみんなから割と受け入れられてしまう。
心の優しい子たちが多いあったかいクラスだね。
狐トゲーマーちゃんが恒常的に垂れ流している強固な幻想による凄まじい美少女中学生擬態能力も然ることながら恐るべきは受け入れの発端となった桜弘のダル絡みパワーだ。
おてて乗りカカポの異名は伊達じゃない。その馴れ馴れしさと警戒心の無さはまさしく絶滅危惧種級と言えた。
そういうわけなのでクラスメイトがしれっと一人ほど補充された一年一組において桜弘と狐トゲーマーちゃんの会話は平然と継続してゆく。
「幸っちは魔物じゃないよぉ」
「でもこのクラスにプロ殺人鬼なんて輩が紛れ込んでるなんて述べ述べするような輩じゃん」
「うるさい。黙れ。今の私は駅の近くのコンビニの隣にできたしゅわしゅわケーキ屋さんの話がしたい気分なのだぁ」
「え。あ。うん」
「しゅわしゅわケーキ屋が繰り出す噂のしゅわしゅわケーキは激烈炭酸生クリームでできてるからばくばく捕食するとお口のなかでしゅわしゅわしまくるらしい。私はまだもぐもぐしたことないけど「きつゲっち」は捕食したことある?」
「ん? えー。うん。ないよ」
「え? ないのぉ? だっさ。ありえなぁい。ださださぁ」
「じ、実はあるよ。お、美味しかったよ」
「はぁ? なにそれ。お口のなかでしゅわしゅわしまくるとか怖過ぎでしょ。そんなものを美味しいと感じるとか舌の神経死んでるんじゃないのぉ? おぉい。舌の細胞さん生きてますかぁ?」
「や、やめて桜弘ちゃん! 理科の課題用に捕まえた人喰いスッポンで私の舌を元気よく引っ張るのはやめて……っ!」
ぐいぐい。ぐぐい。
「すっぽーんッ!」
そして会話の流れの末に狐トゲーマーちゃんの舌へと人喰いスッポンを用いた性的虐待を桜弘は繰り出してきた。う、うわ。めんどくせぇ。
人喰いスッポンによる性的な虐待を友に加える桜弘はけらけらと笑っている。
この少女は人の心がないところがあった。こいつは会話の流れで平気で暴力を振るってくる系の女だったりする。
面倒くさいからという理由で地の文担当者が描写を省いた先週木曜日からの過去行間パートで桜弘と狐トゲーマーちゃんはこのようにして交友を深めたのだった。
しかしその刹那。
そんな桜弘ちゃんの背後に忍び寄るクラスメイトの影!
「私のお父様が新規チェーン展開した新鮮な『しゅわしゅわケーキ屋さん』をバカにするなぁああああああああああああっ!」
何か急に一年一組所属にしてラクロス部所属な菓子山千代が唐突な登場シーンを繰り出してくる。誰だこいつ。新キャラだね。
敬愛するお父様のお店を馬鹿にされた彼女は部活由来の得物を構えていた。
すなわち新鮮なラクロススティックだ。
「えいっ」
「いたいっ」
かんっ。
新キャラたる彼女はドラム缶の横っ腹を思い切りぶっ叩いた。クリーンヒットしたのかドラム缶ぶっ叩き音が荘厳に鳴り響く。かんっ。
菓子山千代。
一年一組なラクロス部員である彼女はもちろん豪華セレブ一族出身者だった。
実家は大規模なお菓子屋さんを世界展開している。世界を見据える彼女のお父様が最近力を入れているのがしゅわしゅわケーキなのだ。しゅわしゅわ~。
「私のお父様をバカにするな」
「はい」
豪華セレブ一族の血に誇りを持つ菓子山千代は云わばお父様への敬愛の思いを込めてラクロススティックを振るったわけなんですね。
ちなみにこいつは一年一組が誇るいっぱい食べる子こと壱胚悔実と仲良しこよしだったりした。
んでこれが二発目。
「えいっ」
「いたいっ」
かんっ。え。なんで二発も殴るの? ひどい。
ともあれラクロス部員な千代ちゃんの熱い思いを二回も受け取った桜弘は普通に痛がった。ドラム缶部分はヘッドに直結している。だから振動が伝導して普通に痛いのだ。
ドラム缶に癒着した振動が生首へと伝わり「くわんくわん」となる。これは普通に小ダメージ二連発の構えと述べ述べすることができた。
「反撃していい?」
「どうぞ」
二回も叩かれた衝撃でくわんくわんとなった桜弘はひとまずお茶を濁す。
「スッポーンッ!」
回復を見計らってからお口に装備するのは今日の理科の授業で使う予定な人喰いスッポンだ。
これなるは見るからに面倒くさいダル絡みの構えに他ならない。
「私は千代のべろにこの人喰いスッポンで性的虐待を加えたい所存です」
「私は桜弘ちゃんのお口に激烈炭酸生クリームをぶち込みたい所存だ」
そしてダル絡みの火蓋が切って落された。
見るからに面倒くさいクラスメイトと正面から相対する菓子山千代が小脇に抱えるのは選手宣誓の通りやはり激烈炭酸生クリームだった。
これは。まさか。
これなるは『隙を見計らってお口のなかに激烈炭酸生クリームを突っ込んでしゅわしゅわさせようとする』構えだとでもいうのか!?
ちなみに激烈炭酸生クリームで汚れるといけないからという理由で部活用ラクロススティックは片付け済だった。
「おぐぐぐぐぐぐぐぐぐっ」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「すっぽぉおおおおおおおおおおおおんッ」
「しゅわわわわわわわわぁああああああッ」
ダル絡み式桜弘ちゃんお喋りのヘイト管理が狐トゲーマーちゃんから菓子山千代に移ったわけなので人喰いスッポンをお口で装備する桜弘は千代に向けてのたりのたり攻撃を加える。のたのた。
どこをどう切り取っても全部が面倒くさい桜弘に正面から立ち向かう千代は周囲に激烈炭酸生クリームを撒き散らしつつ一歩も引かない構えだ。しゅわわわわわ。
一方そのころ。
「うぇえええんっ。べろが痛いよぉ」
壮絶な激烈スッポン生クリーム抗争が始まった小脇では狐トゲーマーちゃんが泣き言を漏らしている。情けないやつめ。
先ほど人喰いスッポンからべろに性的虐待を加えられたのだ。
女子中学生気分で生きている「彼女」はそりゃ泣いてしまう。実際のお話として哀れな狐トゲーマーちゃんは半泣きを構えていた。
強固な幻想により「彼女」のボディは超絶エリート女子中学生のものへとすでに全部が変換されている。しかしいくら超絶エリート女子中学生の身の上であっても人喰いスッポンでべろを虐待されたらそりゃ痛いに決まっていた。
「うぅ……。べろがべろべろしてるぅ」
なので『彼女』は普通にべろを痛がる。べろべろ。
その刹那。
「だいじょうぶ? 飴ちゃん舐める?」
「可哀想だから舐めない」
「そう。あなた優しいんだね」
「えへへ」
べろを痛がる狐トゲーマーちゃんにしれっと接近を繰り出してくるのは桜弘と同じ給食班の子にして桜弘の真後ろの席の子な磨丑炉野子だった。
何かしれっと登場してきた炉野子はおてて乗りカカポまでは行かずともおてて乗り文鳥のような馴れ馴れしさで狐トゲーマーちゃんに優しく語りかけてくる。
「桜弘ちゃんはね。体型がドラム缶だけど悪い子なわけじゃないんだよ」
「……うん。それは知ってる。先週の木曜日くらいからこのクラスにしれっと紛れ込んでた私に最初に話しかけてくれて最初にお友達になってくれたのは桜弘ちゃんだから」
「そうなんだ」
「でもいくら最初に話しかけてくれた友達だからって人喰いスッポンでべろを攻撃されるのは流石に痛いよ」
「私は痛くないよ」
「うん。でも人喰いスッポンは人を捕食するからべろだって捕食するじゃん。だから私のべろは割と重症なの」
「へー」
狐トゲーマーちゃんと炉野子はそのような感じで親睦を深めた。
読者諸兄らは第十七話のあたりを覚えておられるだろうか。
校舎にバジリスクが侵入した折にふわふわとした言説で桜弘とお茶濁しバトルを繰り出していたことからも分かるように炉野子はふわふわ上位お嬢様だったりする。
彼女の言動はふわふわしていた。
上位お嬢様にふわふわ補正を掛けたふわふわお嬢様立ち回りをこいつは主なメインウェポンとしている。
だがふわふわお嬢様の常として愚民家系一族出身者の面構えとお名前を覚えるのを彼女は苦手としていた。
上流階級からすれば愚民家系一族出身者など地蟲と一緒だからね。下等生物の面構えなどいちいち見分けはつかなかった。
桜弘や叶といった高確率昇級組連中や親戚の輪乃子あたりならまだぎりぎり覚えることができる。でもそのうち■ぬその他大勢な愚民家系一族の子たちをいちいち把握するのはちょっと無理だった。
先日■んだ息恵夜締子のことも炉野子はろくに認知できていない。気づけば席の空白が一個増えてたくらいの認識だ。
「俺たちはオケラ兵団!」
「こないだから空いてるこの席を占拠してるぜ!」
「世界征服の足がかりの前線基地ってやつだ!」
何なら増えた空白を割と間を空けずオケラ兵団の連中が占拠してしまったということもあり炉野子のふわふわした知覚はクラスメイトが一人■んだことすらまともに把握していない。
だけども日頃からふわふわしている炉野子は豪華セレブ一族出身者ゆえの傲慢さを生まれ持って装備しているものの性根自体は心優しく社交的な子だった。素直な良い子である。流石の一年一組所属だ。
心優しく社交的な彼女は愚民家系出身者の子とも仲良くしたいと前々から思っていた。
最近話題になっている愚民家系一族出身者と思しき狐トゲーマーちゃんへの接近を試みる近頃の炉野子の生態にはそうした来歴がある。
「狐トゲーマーちゃんは最近学校慣れてきた?」
「うん。授業は難しくてよくわかんない。でも私は不法侵入者なおかげで課題提出とかしなくていいからそれで何とかなってる感じかな」
「へー。卑賎な虫けらの処世術って感じだね」
「は?」
「新鮮なわたあめもぐもぐする?」
「もぐもぐする。ぱくん」
「あはは。下等な愚民だけあって卑しい子だなぁ」
炉野子はふわふわ上位お嬢様だ。その知覚はふわふわしている。
ふわふわ上位お嬢様の構えゆえにクラスメイトが一人増えているという事実自体にそもそも気づいていなかった。
「愚民家系一族出身者の子が最近になって学校に馴染んできたんだろうなぁ」
狐トゲーマーちゃんをそんなおめめで炉野子は見ている。地元女子中学一年一組は今日も平和だった。
「クラス委員長なじょっちーは今の状況をどう思ってるの?」
「え? 何が?」
「私はえびふらいをばくばくと食う!」
「私はセミ。みーんみんみんみん。みーんみんみんみん」
「輪乃子は何か悩み事でもあるのでありますか? 何だか教室のなかでプロ殺人鬼と出くわしたような面構えをしているであります」
「あー。うん。まあいいか。いざとなったら電車で逃げればいいし」
概ねの総括を述べ述べするならば先週の木曜日からしれっと紛れ込み中なプロ殺人鬼『狐トゲーマー』に一年一組の子たちは概ね好意的な構えを示していた。
擬態ボディを駆使して同年代女の子をターゲットに大量殺人を繰り返してきたプロ殺人鬼を好意的に迎え入れるなどそう簡単にできることではない。
何というアットホームであったかいクラスであろうか。
「えへへ。女子中学生になってよかったなぁ」
素直で良い子たちがわらわらいるクラスに忍び込んだおかげですっかり馴染んだ狐トゲーマーちゃんはまるで本物の女子中学生みたいに笑っていた。
かつて彼だった彼女はそろそろ殺人鬼ポイントを稼ぎたいお年頃だった。




