第三話 健康の価値
人をもぐもぐする四葉のクローバーを指して人喰い四葉のクローバーと呼称する場合がある。
野山山野に生息する野生の四葉のクローバー。これにおてて堅く擬態する人喰い四葉のクローバーたちは四葉のクローバーおめめ当てに寄ってきた人間をむしゃむしゃと捕食する生態を古来より有してきた。
彼もそんな人喰い四葉のクローバーの一体だ。
「四葉のクローバーですよー。完全に無害な四葉のクローバーですよー」
人喰い四葉のクローバーとして巧妙な自己アピールを行なう彼はいと哀れな獲物を今日も狡猾に待ち構えている。
人喰い四葉のクローバーは獲物を見つけると物凄い勢いで地面から根を伸ばしてきた。根をいい感じに伸ばした上で繰り出してくるのは獲物のボディに仕掛けるぐいぐいぐいぐいとした締め上げ攻撃の構えだ。
狙った獲物の骨を粉砕し内臓をお口から嘔吐させるという優美な狩りをこいつらは往々にして嗜む。
地元女子中学通学路近くの川にかかる橋の下のこと。
ちょうど橋に遮られてやや日陰になったあたりの地理環境地点における物語である。春先の朝なお年頃のお話だった。
「あ。風さんです。ちょっと通りますね」
ぴゅー。
春先の花粉をたっぷりと孕んだ風さんが昨日の雨雨雨~の残滓たる水溜りを撫でてゆく。昨日の夜は死の皆殺し雨が降っていたらしいですね。
雨上がりの朝を過ごす人喰い四葉のクローバーはお腹を満たすための朝ご飯捕食的擬態ハンティングをいつものような構えで行っていた。
そう。今現在の刹那における現在日時は火曜日の朝だったりするのだ。具体的な時刻は午前七時半とかそのへんと言えよう。
げらげらげらげら。
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああッ!?」
晴れた朝ということでお空の上でもたもたしていた雲さんがお日様に貫き殺されて断末魔の叫びをあげていた。即死である。
雲さんが死んだ。
この情景描写に読者諸兄らは混乱しておられるかもしれない。だが安心して欲しいと地の文担当者は思った。
伝説の飛来生物『空飛ぶクモさん』とこの雲さんは完全な別物となっている。
伝説の飛来生物『空飛ぶクモさん』が死んだらそりゃ一大事であるが変えの利く雲さんが死んだところでこの世界にとって痛おててではなかった。
痛おててではないのだから情景描写はお空から地上へと移る。
先ほどおめめ薬を繰り出したばかりの地の文担当者が白おめめを向きながら小脇の方角に黒おめめを向けて見ると昨日の真夜中に降り出してから明け方あたりに止んだ雨の証拠を晒すように川の水嵩が結構増していた。ましまし。
「かわかわかわ~。ましましまし~」
ましましした川の水面に先ほど雲さんを貫き殺したお日様のげらげらが元気良く注いでいたりする。げらげらげら。
死んだばかりの新鮮な雲さんを鮮やかに裂いて覗く青いお空が嵩の増した川の水面をきらきらと照らしていた。きらきら~。
ふむ。とどのつまりの昨今の世の中は通勤通学ラッシュアワード真っ盛りというわけだった。ああ。何という流麗で的確な情景的風景描写であろうか。そうした情景風景の渦中を描ききった地の文担当者の達成感に伴ってのこと。
朝の通勤通学ラッシュアワード帯な街中の方から川の方角に何かが歩いてくる。
とてとてとて。
「わあ。よつばのクローバーさんだ。わたしってばしあわせになりたいからよつばのクローバーさんほしいなぁ」
うわ。誰だこいつ。
街中からこっちの川方角に向かってきているのは謎の幼女だった。
どうやら四葉のクローバーに擬態した人喰い四葉のクローバーを見つけた謎の幼女のようだね。
謎の幼女なる輩がどこからともなくとてとてと歩いてきているのだ。とてとてとてとしたサウンドエフェクトの類も迸ろう。
地の文をろくに読まないことで知られる読者諸兄らのために地の文担当者が先ほどからしつこく地の文で述べ述べしてきた通り――今現在その刹那の時刻は雨上がりの朝な通勤通学ラッシュアワードが盛んな時間帯となっていた。
「俺は給料男! 街中を通勤してるぜ!」
らっしゅらっしゅらっしゅ~。火曜日の朝を往く強い男が力強いサウンドエフェクトを発生させている。
通勤通学ラッシュアワード真っ盛りであることを鑑みれば橋の下におめめがけて謎の幼女が現れてきたこの現状を不思議がることはできない。この世界の常識に基づく常識的な思案というやつだ。
急に出てきた謎の幼女なる新キャラは述べ述べしてやると不可思議な点が何もない天真爛漫な謎の幼女と言えよう。
その刹那。
「よつばのクローバーさん。よつばのクローバーさん。わたしのおててにつまれてくださいな」
人をもぐもぐすることで知られる人喰い四葉のクローバーのおめめ前にまで謎の幼女は接近を慣行してきた。とてとてとて。接近を果たした謎の幼女がお口にするのは新鮮な殺害予告の構えに他ならない。
新鮮な殺害予告を構えたのだから人喰い四葉のクローバーの首をおめめがけて何の容赦も躊躇いもなく謎の幼女はおててを伸ばしてきた。
しゅぴんっ。
四葉のクローバーに擬態中な人喰い四葉のクローバーにおもむろな先制攻撃を仕掛けてきた謎の幼女に警戒心の類は見られない。
先制攻撃の刹那に際して周囲の情景描写を重ねてやれば周囲の川縁にろくな人影はなかった。
人影もない川原にて謎の幼女が単独での先制攻撃を仕掛けてくる。
人喰い四葉のクローバーからすればこれは新鮮な人を捕食する絶好の好機と述べ述べすることができそうだ。
しかしその刹那。
「……チィッ!」
ぴょーん!
裂帛の気合いと共に人喰い四葉のクローバーがバックステップを繰り出す。
バックステップの無敵フレームを謎の幼女の先制攻撃にかろうじて合わせてのけた人喰い四葉のクローバーは謎の幼女のおててを寸でのところで回避することに成功した。
すかっ。
「……む」
人喰い四葉のクローバーの首を容易にへし折る筈だった謎の幼女のおててはそれゆえに虚空を斬った。
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああッ!?」
謎の幼女のおててから斬られてしまった虚空は断末魔の叫びをあげて割とすぐに死ぬ。なむなむ。
ずざざざーッ。
「……虚空を一撃で殺すか。こいつ只者じゃねえな」
片膝をついて後方に跳んだ人喰い四葉のクローバーは謎の幼女の様を鑑み胸中に極大の警戒を抱いた。
「…………」
すん。
露骨な警戒を構える人喰い四葉のクローバーに初撃を避けられてしまった謎の幼女の面構えからは先ほどまで浮かんでいた天真爛漫な幼女スマイル式面構えが露骨に失われてゆく。
今現在その刹那。彼女の面構えに浮かぶのは天真爛漫な幼女スマイル面構えではなかった。
謎の幼女が構えるのは獲物の抵抗が激しかったことに対する苛立ちを顕にした捕食者としての面構えだ。
「……何故わかった。私の天真爛漫な謎の幼女擬態術は完璧だった筈だ」
捕食者たる正体をあらわにした謎の幼女は怒気怒気している。
どきどき。普通に怖いぜ。
バックステップ一回分の距離を確保した上で謎の幼女と人喰い四葉のクローバーは相対していた。レンジ的にはやや消極的な間合いだ。
謎の幼女が垂れ流す怒気怒気にドキドキする人喰い四葉のクローバーは戦闘を前提とした構えをあくまでも崩さない。
「擬態は完璧だった。だがよぉ。ボディに新鮮な血の臭いが纏わりついた謎の幼女なんているわけねーだろ。さてはお前さん人喰い四葉のクローバーを相当喰い荒らしてきやがったな。野蛮なお口の臭気がここまで漂ってきてるぜ」
人喰い四葉のクローバー拳法を構える人喰い四葉のクローバーは謎の幼女にブレスケアを勧めてお茶を濁した。
お茶を濁す彼は牙を剥いて嗤っている。
正体を見破られた挙句にお茶を濁された謎の幼女はまだ構えなかった。
むむ。これはお茶濁しに怯んでいる系の構えであろうか。
否。構えを構築する必要がないのだ。
だってこれから行なわれる物事は彼女にとって戦いではない。それはただの捕食シーンでしかないのだから……。
「……」
「……ッ」
一挙おてて一投足でも見逃すものかと緊張感を滲ませる人喰い四葉のクローバーは最大限の警戒を持って敵の出方を窺っていた。
対する謎の幼女は泰然と構える。結局構えるのかよお前。
「如何にも。私は人喰い四葉のクローバー喰い幼女。人間ではない。主食は人喰い四葉のクローバーだ。朝食としてお前をもぐもぐする」
「はッ。やれるもんならやってみやがれぇッ!」
斯くして捕食者同士の壮絶な死闘を幕を開けた。
その刹那。
「ごろごろごろごろごろごろぉ。おぇえええええええええっ」
「よいしょよいしょ。うんしょー」
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああッ!?」
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああっ!?」
登下校に際してドラム缶転がりが楽なルートを模索した旅路の果てに通学路を少し外れた川原の橋下ルートを発見した桜弘と叶が何か急に登場してきた。
そういや主人公&ヒロインだったもんね。こいつら。
ぷちぷちぷち。
朝の忙しい通勤通学ラッシュアワードの時間帯というわけで結構な高速回転でごろごろしている虹会桜弘は戦闘開始前ゆえに周囲への警戒が疎かになっていた捕食者二体を結構な高速でひき潰す。
自分を狩人だと思っている獲物ほど狩り易い獲物はいないのだ。
ぺちゃー。
無警戒にドラム缶から踏み潰された両者はぺしゃんことなる。可哀想だね。
こうした弱肉強食を経てこの世界は巡った。
「俺は槌! さっき水溜りに転んでずぶ濡れになって今は泣きそうになってるところだぜ!」
昨晩の雨の残滓の香りを濡れた槌が周囲に漂わせている。死の皆殺し大雨上がり爽やかな朝における物語だ。
「るんる~ん。一緒に登下校~」
「一緒一緒ぉ~。一緒にごろごろぉ~。おぇええええええええええええっ」
爽やかな朝なので小娘二匹は一緒にお歌を奏でている。ご機嫌なナンバーだ。
今日も今日とて桜弘と叶は一緒の登下校を繰り出してゆく。仲良しこよしで知られるこいつら二人はいつだって昨日も今日も明日も明後日も普通に超絶っ友なのでした。
ぱたぱたぱたぱた。
「昼休み~。昼休み~。優雅な優雅な昼休み~」
春先の昼空を昼休み告げバードが舞う。地元女子中学の上空あたりのことだ。
昼休み告げバード。
この面妖なる飛行型クリーチャーは昼休みになると昼休みを告げにお空を舞う優雅な生き物だとされている。結構な頻度で登場してくるので読者諸兄らは今のうちにこいつに慣れておいた方がよかった。出たがりバードなのである。
「昼休みだぁ」
昼休み告げバードの嘶きに呼応して昼休みの訪れを察した桜弘はおぐおぐとしていた。おぐおぐ。
姿は見えずともどこからか聞こえてくる昼休み告げバードの優雅な嘶きに少女はお昼休みの訪れを噛み締める。
「昼休みを迎えた桜弘の机の小脇に提げられてる俺は桜弘の新鮮なマスクだったりする! あろうことか給食の配膳に活用されたぜ!」
「ふふん。新鮮なマスクがどうしたというのだ。俺はオケラ帝国の残党だ。あらたな拠点を探している俺はこの教室を先ほどからうろうろしてる」
昼休みの類をおぐおぐと感じる桜弘が傍迷惑な直立状態で着席する机の小脇に携えられるのは当然ながら給食配膳用のマスクの類だ。
このマスクの新鮮さを見れば分かるように本作の主人公だとプロット班が主張しているこの虹会桜弘とかいう輩は本日における給食当番の類だったりしている。
新鮮なマスク越しに新鮮なしゃもじを咥えて配膳するという荒業で給食当番を乗り切った桜弘は念願の昼休みタイムへと突入してしまったのだった。
……賢明なる読者諸兄らはお気づきになられただろうか。
そう。今現在その刹那の作中時系列は前場面の朝の登下校場面からいきなり昼休みへと飛翔しちゃっていた。
ああ。なんというダイナミックな時間経過であろうか。
桜弘&叶が通う中学校は今まさに昼休みの季節だった。そういうところから今回の物語はスタートする。
「どうれ。いっちょ鬼ごっこでもしてくるかなぁ」
がろん。
兎にも角にも昼休みだった。
なので生首がドラム缶に癒着しているドラム缶生首生物たる少女はおもむろに椅子から転がり下りてくる。がろんがこんがこん。
なんだこいつ。何をするつもりだ。
がろんがろんとうるさい彼女はお昼休みのお遊びに行きたいお年頃を往々に構えていた。へー。
昼休みと言えば先生のおめめを盗んでの廊下を全力疾走してゆく文化を重んじる鬼ごっこがある種の定番とされることが多い。
昼休みに差し掛かりドラム缶が如く重い腰を上げる桜弘はそうした定番に殉じようとしているようだね。
殺人鬼から首を刎ね飛ばされてヘッドが空き地のドラム缶に癒着した影響もあり今の桜弘のスリーサイズはドラム缶だった。流石の桜弘と言えどもドラム缶体型では俊敏な所作ができない。
俊敏な身動きができないからこそ早め早めの行動が大事だということを彼女はここ二日目ほどの学校生活でよくよく理解していた。
貴重な昼休みを無駄にしないために昼休みモードへと適切な移行を成功させた彼女はごろごろと転がることで鬼ごっこへの参加を行なわんとする。
ごろごろごろ。
しかしその刹那。
「待ってー」
がしぃいいいいいーっ。
何か急に伸びてきた叶の触手から桜弘は「がちぃいいいっ」とキャッチされた。
叶とかいう桜弘と同じクラスの輩は触手生物なのでこういう風に触手を急に伸ばしてくる。
「ぐっ。う、動けぬっ」
ぷるぷる。
触手に絡みつかれて動けなくなった桜弘は焦りと共にぷるぷると震えた。
その様はまるで新鮮なプルコギを思わせる。
回転機動による高速移動を行おうとしていた桜弘は不用意にも自ら横倒しと化してしまっていた。横倒しになった状態から触手に絡みつかれたせいで桜弘の身動きは完全に封じられている。これはテーブルの上のプルコギ状態と述べ述べして差し支えない構えだ。ぷるぷるぷる。
地の文担当者が書き忘れていたが本作のヒロインと思しき触手生物系中一女子な叶は柔道部に所属していた。柔道部で日夜頑張っているこいつは当然ながら触手柔術も一通り嗜んでいる。叶の寝技は端的に述べ述べしてテクニシャンだった。
もちろん桜弘は同年代最強の生物であるからしてスタンド状態の桜弘に太刀打ちできる同年代の生物など存在するわけがない。
でも桜弘は相撲女子なので寝技をろくに知らなかった。
さしもの同年代最強の生物と言えども一度転がされた上で触手柔術の使い手から押さえ込まれてしまえばプルコギ状態と化すに決まっている。
この構えは桜弘の側からすれば普通に万事休すの構築だ。
「桜弘ちゃーん。ちょっといいー?」
「なあに?」
触手生物に絡め取られたドラム缶生首生物は抵抗の意志を示さない。すでに勝負は決していた。これ以上の抵抗は無益である。
ああ。何ということであろうか。
本作の第三話に至りここに主人公は作中初の敗北を喫したのだ。
敗北してしまったのでここから始まるのは昼休みの作戦会議となっている。
「最近の私たちってさー」
「うん」
「桜弘ちゃんのボディを取り返すためにプロ殺人鬼とかを捜してるところがあったりするじゃん?」
「そういえば捜してるところがあったりするかもぉ。叶のお兄ちゃん殺してからまだ捜せてないけどぉ」
「でさー。ほら。なんだっけ」
「なんだろぉ?」
「豆腐の道は豆腐屋へってよく述べ述べするじゃん」
「お豆腐は健康にいいからなぁ」
「だからー。そういうの詳しい子から地元在住なプロ殺人鬼について色々調べてもらったのー」
「そうなんだぁ」
「今は昼休みでちょうどいい時間帯だからこれから聞きに行こうよー。新鮮なプロ殺人鬼の情報」
「いつの間にそんなこと頼んだのぉ?」
「昨日の放課後に頼んでおいたー」
「叶は段取りの良い輩だなぁ」
「依頼してから一晩経ったわけだしー。きっといい感じに新鮮な情報が熟成されてるよー。桜弘ちゃんのボディを持ち逃げしたプロ殺人鬼もたぶんそいつが見つけてるはず」
「見つけてるはずって述べ述べされてもなぁ」
地の文担当者が書き忘れた行間における昨日の放課後の出来事だった。
情報通で知られる隣のクラスの新聞部員に新鮮なプロ殺人鬼情報を集めて欲しいと昨日の叶は秘密裏に頼み込んでいる。
今日は昨日の明日だ。
すなわち優雅な昼休み時代たる今現在その刹那は昨日の放課後から数えて一晩と午前中の授業分時間が経過している計算となる。
それほどまでに時間を置いた昨今であればきっと新鮮なプロ殺人鬼情報が全て出揃っているに違いなかった。
超絶エリート女子中学生としての卓越した脳みそをフル活用した叶はそのような旨の結論を出しちゃっている。脳みそいいなお前。
結論ありきのお喋りとして隣クラス新聞部員に新鮮な情報を聞きに行こう。そのために叶が桜弘を誘ってきたというのが今話における事の次第だった。
しかしその刹那。
おもむろに繰り出されてきた叶の提案に対し――
「正直なところを述べ述べすると今日の昼休みは鬼ごっこをしたいなぁ」
――桜弘は正直なところそのような旨でお茶を濁した。
「でもドラム缶体型だと鬼ごっこで不利だよー?」
「それもそっかぁ」
そしたら叶から的確なお茶濁し返しを繰り出されてしまう。
油断していたところにお茶濁しを正面から返された桜弘はおぐおぐとした納得を構えた。
桜弘の脳みその出来は悪くはない。でも別に天才じゃなかった。
天才じゃないからこそアホみらいな要領の良さと脳みその回転速度で天才不足を補うのが桜弘の構えとなっている。
脳みその回転速度を生かしたドラム缶生首女は叶のお茶濁しをあろうことか理解してしまっていた。間抜けなやつめ。
「鬼ごっこに備えて本来のボディをひとまず取り戻すべきかもしれないなぁ」
「鬼ごっこで負けると死刑になっちゃうからねー」
冷静沈着なドラム缶生首生物は叶の提案を受け入れた上でそうした結論に至るまでさほど時間を必要としなかった。
地元女子中学における鬼ごっこでの敗北はそのまま死を意味する。不用意な体型で参加するべき昼休みの過ごし方ではない。そういう結論だ。
「はぁ。仕方ないなぁ。やる気が出ないけど向かってやるとするかぁ」
「よろしい。じゃあ出発だー」
優雅な昼休みの開幕に際して執り行われた↑の高度なディベートの末に桜弘と叶は隣のクラスの教室へと向かうことになる。
「ごろごろごろぉ~」
「よいしょ。よいしょ」
もちろんその際の移動構えは触手式ドラム缶転がしが採用された。
斯くして十数秒後。
桜弘と叶が隣のクラスに赴き始めてからそれくらいの時が流れた挙句の果てに件の事件は引き起こる。
がこん。
たまたま開いていた一年二組教室扉さん用段差に桜弘がぶつかったのだ。
「はい到着ー」
「おえっ。おろろろろろ。おぇえええええええええええええええええええっ」
おろろろろろ。教室扉用のわずかな段差に引っかかった食後の桜弘は案の定嘔吐する。だって給食もぐもぐしたばかりなんだもん。
たまたま扉が開いていたために『お邪魔しましま』が出来なかったゆえの悲しい悲劇だ。
「あ。隣のクラスの桜弘ちゃんが嘔吐してる」
「おっとっとって感じ」
「給食の捕食しすぎかな? 食い意地が張ってる子なんだろうね」
わらわら。きゃーきゃー。
隣のクラスに到着した際に発生するサウンドエフェクトとして一年二組のわらわら少女たちのわらわらがふと流れた。
今しがたのわらわらを鑑みるに桜弘と叶はやはり隣クラスたる一年二組教室への到着を果たしたようである。
「ぐいぐい。ぐぐーい」
「ぐぇぐぇえええええええええっ」
教室の扉のところに首の部分が引っかかりもがき苦しむ桜弘の類を叶がぐいぐいと押し込むことで一年二組教室への侵入成功は強引に成されたのだ。
「ふふっ。そろそろ来る頃じゃないかと思っていたよ」
そして今しがた教室に侵入成功してきた二人を一年二組所属の女子生徒が何やら出迎えてくる。おもむろな出迎えを繰り出してきた彼女は恵野幸という新鮮なお名前を有していた。
がこん。がこん。
「よいしょ。えいほっと。ふー。はい直立せいこー」
「くわんくわん。……むむむ。お前は一年一組から見た隣クラスの新聞部で知られる恵野幸こと幸っちじゃないかぁ。相変わらず捕食速度が遅い子だなぁ。おぇえええええええええっ」
苦労して教室に入った桜弘は叶に起こして貰って直立構えを構築する。
それからお口を開いて吐瀉物を溢した。うわ。きたねぇ。
桜弘は相撲部員のくせに小食な輩だ。でもおっぱいを大きくするためにいっぱい捕食しようとしてくる。
胃の容量があんまりないくせに無理していっぱいもぐもぐするから割と簡単に嘔吐しちゃうところが彼女のチャームポイントだった。まあ今は桜弘じゃなくて幸のお話だからそんなことはどうでもいい。
恵野幸。
嘔吐してきたドラム缶生首生物と別に嘔吐しない触手生物の計二体を今しがた出迎えてきたこいつは桜弘と叶が所属する一年一組の隣のクラスな一年二組に生息している新聞部員だ。
小学校の頃から捕食速度が遅かったこいつは毎日泣きながら給食をもぐもぐして昼休みを優雅に潰している少女として巷では有名らしかった。
「ずびっ。ずびびっ」
こいつはマジのガチでものを捕食するのが遅い。現に今も泣きが入っていた。見てみれば半泣きの構えでちびちびと野菜炒めをお口にのそのそ運んでいる。おそらくは顎の力が弱いのだろうと地の文担当者は思った。
給食のもぐもぐが今日も遅い幸はいつものように追い詰められている。だが相手の事情都合等なんて知ったこっちゃない叶は新キャラたる恵野幸とかいう輩へとさっそく用件を繰り出さんとしていた。
「ねえねえ幸っち。私が昨日頼んだプロ殺人鬼の情報どうなってるー?」
「もぐもぐ。ふん。もぐもぐ。舐め舐めするなよ叶ちゃん。ずびっ。そんなものは昨日お家に帰ってから日を跨ぐ前に全て収集済だ。もぐもぐ。うぇえええん。もうお腹いっぱいだよぉ」
「幸っちは流石だなぁ」
「えへへ。ずびびっ」
桜弘に褒められたので幸はまんざらでもなさそうな面構えを形成する。
面の皮が厚い桜弘はこうした無責任なお茶濁しで相手を意味も無く煽てるのが上手い輩だった。
まんざらでもなさそうな彼女の面構え下には結構な量の給食の残りが相変わらず聳えている。やはり顎の力が遅いのだろう。だからこんなにもぐもぐするのが下手なのだ。
その証拠に照れ照れと微笑う彼女のほっぺはもやしで膨れていた。
しなびた新鮮なもやしでほっぺを膨らませる哀れなこの小娘は新聞部における期待のルーキーだ。
栄光の地元女子中学新聞部における期待のルーキーということは情報収集のアマチュアプロフェッショナルということに他ならない。
給食の捕食におててこずる彼女の描写からその事実を地の文担当者は的確に読み取るのであった。これが読解力というやつである。
彼女が繰り出す新鮮な情報収集の技量はなかなか凄かった。だって新聞部期待のルーキーだからね。
優秀な新聞部員として知られる幸は昨日の放課後あたりに叶から頼まれていた情報を全て集めた上でこの昼休みを迎えている。有能な輩だぜ。
「だったら早く教えてよー。幸っちは気が利かない輩だなー」
だが有能なのは当たり前のことだと思うのが叶の精神性だ。
仕事依頼内容を全てこなしてこの場にいる有能な幸っちを触手生物はせっかちにも詰ってくる。頼んだ側であるにもかかわらず普通に失礼な一言を繰り出して叶はお茶を濁したのだった。
プロット班が本作のヒロインだと主張している叶とかいうこの輩は割とふてぶてしいところを有している。父親似なのだ。
愚民家系一族出身者なこいつに遠慮呵責なんてものはない。
遠慮容赦呵責なき下賎な同級生に面の皮の厚い幸は嘲笑の笑みを浮かべて相対してきた。
「ふふふっ。もぐもぐ。私は新聞部員だぞ? ならばこそ集めた情報は蒸留済で確度が高いものばかりでありその価値は計り知れない。もぐもぐ」
「へぇ。すごいなぁ」
一方その頃の桜弘は無責任なお茶濁しに徹している。こいつもこいつでなかなか面の皮が厚かった。その言動に責任能力などない。
んで。
「そうとも。私の集めたプロ殺人鬼情報にはこれだけの価値があるのだ」
しゃきん。
野菜炒めで頬っぺたを人喰いリスとか巨大ハムカツスターみたいに膨らませた幸は右おててがお箸で塞がっているので左おててで三本指を作って三本指を二人に向ける。
これは。まさか。
これなるは『スリーピース!』の構えだとでもいうのか!?
ふむ。どうやら彼女は三本指で自分の集めた情報の価値を示しているようだ。
「指が三本。指一本につき十万円と考えると指が三本で三十万円だね」
左おてての指を三本示された叶は労災換算で幸っちが示してきた情報の価値を読み取ろうとする。
指一本の事故につき十万円。
これは彼女が先日読んだ暗黒闇社会小説に出てきたお話からの逆算だ。
「違うよぉ。これはきっと三億円の構えじゃないかなぁ」
だが左おてての指を三本ほど示された桜弘は何かてきとーなことを述べ述べしてお茶を濁してくる。こいつはその場のノリでてきとーなことを繰り出して場の流れを乗りこなそうとする悪癖があった。
はい。ではどちらの説が正解なのでしょうか。
じゃん!
「ふふっ。その通りだ。私の情報には三億円の価値がある。私が収集した新鮮なプロ殺人鬼情報が欲しければ三億円持って来い。三億円渡さなければ新鮮な情報は絶対教えないぞ。もぐもぐもぐ」
給食残りの野菜炒めを半泣きで捕食している幸は嘲笑の笑みを浮かべながら正解を告げる。三億円用意すれば教えてやるよという面構えを彼女はしていた。
正解は桜弘ちゃんでした。拍手!
ぱちぱちぱちー。わーわー。
その刹那。
三億円持って来いなんてことを述べ述べされた二人は果たして今何を思うのか。
「おぐぐっ。三億円っ。そんなの大人にならなきゃ払えないじゃんかぁ。一体どうしたらいいんだぁ」
三億円なんていう大人買いクラスの大金を要求された桜弘は素直に上っ面の絶望面構えを見せる。
そんなの大人にならなきゃ払えないじゃんかぁという面構えを中学一年生の少女は構築していた。
自分からお茶濁しで誘導しておいて自滅しに行く。
超絶エリート女子中学生にありがちな墓穴を少女は華麗に掘っていた。
「へー。三億円でいいの? 現金じゃないけど私たちならもっと高い値打ちのあるものを幸っちにこの場で渡せるよー」
でも絶望的な面構えで上っ面のどんよりを構える桜弘の一方で叶の面構えの方にはあくまで余裕の色合いが湛えられている。
「三億円以上の値打ちのあるもの? なんだそれは?」
愚民のくせに何だか普通に余裕そうな面構えをしている叶に幸は訝しげな面構えを向ける。
幸は情報通の新聞部員だ。
おめめ前の二人が愚民家系一族出身者であることも当然知っている。情報通だからね。
三億円なんてものは愚民に支払いきれるお小遣いの額ではないことを博識な中堅お嬢様たる彼女はよく知っていた。
訝しげにした上で普通にわからなかったからこそ幸は素直な質問を繰り出したわけである。素直な良い子だった。
「幸っちの健康」
そして質問を正面から浴びせ倒された叶は即座の即答を繰り出してきた。
「え」
「素直に情報を渡せば五体満足でこの場から帰してやる」
さっきから余裕のある面構えをしていた叶は情報の代金用の三億円として果たして幸の健康を提示する。
集めた情報を差し出せばその代価に恵野幸の健康なボディを差し出そう。
つまりは五体満足でこの場から帰してやる。そういうことを叶は述べ述べしてきたのだった。
「ひどくないそれ? そんなのいじめじゃん」
あんまりなことを叶から述べ述べされた幸は普通にドン引きする。普通にいじめでしょそれという非難の色合いがそのドン引きにはあった。
謙虚にも自分の価値を五不可思議円くらいだと思っている幸は叶の言葉がどういう意味なのかを即座に理解している。
今の自分は脅迫を受けているのだと彼女は察したのだ。
「なるほどなぁ。幸っちにデッドオア半殺しデッドを迫れば新鮮な情報を実質無料で入手できるって寸法かぁ。おら幸っちぃ! 私たちに新鮮な健康を害されたくなかったら早くプロ殺人鬼情報を渡すんだぁ!」
幸にちょっぴり遅れて叶の意図を桜弘も察する。
桜弘と叶は超絶っ友だ。地の文担当者が書き忘れていたが超絶っ友には伝えたいことが大抵以心伝心になるという便利スキルがあったりする。
「おぐおぐっ!」
友の意図を察した桜弘はドラム缶の上から早速おぐおぐと何やら凄み始めた。おぐおぐ。こ、こえぇ。
これは。まさか。
これなるは『昨年度のわんぱく横綱たるこの私から暴行を受けた挙句として盛大にヤマ行きたくなければ新鮮なプロ殺人鬼情報をさっさと寄越せ』の構えだとでもいうのか!?
だが安心して欲しい。
本作終盤のお話における重要伏線として今から述べ述べしてやると地元女子中学の校則では殺し合いがちゃんと禁止されていた。
しかし健康を害することは別に禁止されていない。生かさず殺さず半殺しにすれば校則には触れないのだ。
ようするに何を述べ述べしていかと申し上げますと幸の健康を害することへの躊躇いなどこいつらには欠片もないという旨を地の文担当者は読者諸兄らにお伝えしたいのである。
「……くっ」
前年度のわんぱく横綱を相手に真っ向勝負を挑めば考えるまでもなく盛大なヤマを行くに決まっていた。
さしもの幸もそんな事態は割かし焦る。順調に面の皮の厚さを育んでいる彼女とて全ボディを複雑粉砕骨折するのは普通に嫌なお年頃だった。
「……だ、だがっ。本来のボディであれば私が桜弘ちゃんに勝てる可能性など欠片もないが今の桜弘ちゃんのスリーサイズはドラム缶だ!」
「おぐおぐ。ドラム缶ボディだから何だってゆんだよぉ」
痛いのは嫌ということで自らの保身にはいつだって全力を誇る超絶エリート新聞部員の才覚を少女はすぐさま発揮し始める。
「ドラム缶ボディで俊敏に動けるわけがないのだからここは新聞部員の定石として逃げの一手を打たせてもらう! 私は健康的に生きて最終的に寿命で勝つのだ!」
がたんっ。
身の上に降りかからんとする危険を察した幸はお箸を握ったまま椅子からおもむろに立ち上がった。
危険察知は新聞部員の必須スキルである。決断の早い輩だ。
これは。まさか。
これなるは『逃亡からの寿命勝ちコンボ狙い』の構えだとでもいうのか!?
「……あれ? デッドオア半殺しデッドってなに?」
一方その頃のさっきまで「おぐおぐ」としていた桜弘は先ほど自分のお口から繰り出された『デッドオア半殺しデッド』という単語に混乱していた。
ほーら。その場のノリとテンポでてきとーなこと述べ述べするからそんなことになるんだよ。もっと自分の発言に責任を持って欲しいものだと地の文担当者は苦言を呈した。
こうしたちょっとお茶目なところがあると言えども虹会桜弘とかいう名のこの生き物は紛れもなく同年代最強の生物だ。だが同年代最強の生物である筈の彼女はあろうことか今現在はスリーサイズがドラム缶と化している。
ドラム缶ボディで素早くしゃきしゃきと動くことは流石に難しかった。
「あばよ愚民どもっ」
新聞部員ゆえの持ち前の洞察力を発揮した幸も実際そう判断している。冷静に状況を見ればすぐに分かる明らかな逃げるが勝ち状態が現状なのだ。
しゅばばばばっ。
おめめ前の給食を放置して幸は逃げ出す。あわよくば残ってる給食を全部残してしまおうという面の皮の厚い魂胆がそこにはあった。
しかしその刹那。
「逃がさんぞー」
がしぃいいいいいっ。
こっそり背後に回っていた触手柔術の使い手な叶が『触手式裸締め』の構えを幸に仕掛けてくる。
「ぐ、ぐぇえええええっ」
背後の位置取りから剣呑な代物を喰らった幸は素直に悶絶した。
触手式裸絞めは触手の柔軟性を利用した裸絞めとされている。完全に極まった触手式裸絞めを振りほどくのはたとえ恐竜であっても難しかった。
でも身の上の健康がかかっているので幸っちもなかなか諦めない。
「ぐ、ぐぇええっ。触手を生かした構えによって私は後ろから首を締め上げられてるぅううっ。く、くるちいぃっ」
「は? 苦しくないでしょ? 本当に上手い触手式裸締めは苦痛とかろくに感じさせないから。幸っちは私の締め上げが下手だって述べ述べしたいの?」
「くっ、き、危機的状況下の私だが、ぐぇえええ、ま、まだあきらめないっ! 実際問題のお話としてホイコーローお箸を選ばずという歴史的名言も存在する!」
「ホイコーローお箸を選ばずぅ? ねえねえ幸っちぃ。それって一体どういう意味合いなのぉ?」
「美味しいホイコーローはどんな箸でも美味しくいただけるという旨の意味合いであるらしいっ! ぐぇええええっ」
「そうなんだぁ。勉強になるなぁ」
「そうかなー。私ってほら体液が強酸性で唾液も強酸性だからー。大抵のお箸は割とすぐ腐っちゃうんだよねー。本当に美味しいホイコーローなら私のお箸でも美味しくいただけるのかなー?」
触手式裸締めにより意識が失われるまでの間に幸は歴史的名言についての解説を行う。博識な輩だ。
つまり何を述べ述べしたいかというと追いつめられる幸の右おててには給食のお箸が握られているという旨を彼女は述べ述べしたいらしい。
「つまり何を述べ述べしたいかというと私の右おててには新鮮な給食のお箸が握られているっ!」
「桜弘ちゃん。幸っちの右おててに元気よく噛みついて」
「これは格闘技ではなく生死をかけた新鮮な生存競争の場っ! 試合の場でこれをやれば興行的に私は死んでしまうが今現在その刹那の時節はお上品な試合の場ではなかったりするのだ! なら私の首を絞める気色悪い触手をこの箸でぐさぐさしてスプラッタなことにしてやるっ」
追い詰められた幸は右おててに握ったお箸で叶をぐさぐさとスプラッタなことにしようとした。
その刹那。
「がぶぅううううううううううううううううううううううううっ!」
「ひゃうっ!? い、いたいっ! いたいってばっ! 私のおててをもぐもぐと噛まないで桜弘ちゃん!」
ドラム缶ならではの鈍重さでそろりそろりと近寄っていた桜弘が幸の右おててに元気よく噛みついてきたのだった。
まるで餓えた人喰い鯉さんを思わせる獰猛な噛み付き攻撃である。
うむ。これは普通に痛い。
前門のドラム缶噛み付き。後門の触手式裸締め。
もはや打つおててはなかった。
情報代は三億円。自分の健康の価値は五不可思議円。
「……きゅうっ」
完全な詰みの盤面であることを悟った幸は四不可思議九千九百九十九那由他九千九百九十九阿僧衹九千九百九十九恒河沙九千九百九十九極九千九百九十九載九千九百九十九正九千九百九十九澗九千九百九十九溝九千九百九十九穣九千九百九十九秭九千九百九十九垓九千九百九十九九千九百九十九京九千九百九十九兆九千九百九十七億円のプラス収支を得た上で新鮮なプロ殺人鬼情報を二人に話そうとした矢先に叶から絞め落とされてテクニカルKOされるのであった。