第二十一話 キリンという生き物
キリンという生き物がいる。
この世界で一番邪悪な生き物だ。
もちろんこの世界はこの世界であるのでヘッドに角が生えていて首の長い黄色斑な生き物をキリンとは言わない。そういうのはジラフさんと呼んだ。
ジラフさんにキリンと呼びかけると侮辱罪で死刑になるので気をつけなければいけない。礼節とマナーというやつだね。
これは小学校で普通に習う当たり前の常識なので読者諸兄らも皆さんもよく御存じであるかと思われた。
と。
まあここで地の文担当者の記述から彼女の独白に地の文を一度移行させていただきたい。
キリンという生き物がいる。
この世界で一番邪悪な生き物だ。
この世界で一番邪悪なキリンという生き物は現在この世界に三体いる。いちゃいけないのに何故か三体もいた。
キリンという生き物に父はなってみたいらしい。
私の父はそういう人だった。
小学校の悪い子とか中学校の不良とかがかっこつけてお口にする。
「俺は将来キリンになるのだ」
若気の至りでつい述べ述べしちゃう。
ワル系な周りの子たちをビビらせようとして無駄に壮大なスケールでワルぶりたいときにキリンという生き物のお名前は出てきた。
口走った当人たちは具体的な意味を理解していないだろうし叱る先生たちもよく理解しないまま彼らと稀に彼女らにバケツプリンを装備させて廊下に逆立ちさせてやる。よくある超絶平和な光景だ。
キリンは世界で一番邪悪な生き物だった。でもあまりにも邪悪すぎて普通の子たちはキリンについて深く考えたりしない。普通はそうだ。
将来の夢をキリンと書くような良くない子たちは別に珍しくない。特に男子だと高校になっても進路志望でキリンとか書いちゃうような人がいて先生にめっちゃ怒られたりすることもあるらしい。
父から実際に聞いた。というか父がそういう人だった。
ナメクジみたいに遅くとも中学校あたりで卒業してなきゃいけないワル系ぶったかっこつけの将来の夢をこの年になっても私の父は本気で抱いている。
仮に意味のわからないほどのめちゃくちゃな奇跡が起きたとして。絶対にありえないけど起きた奇跡が激うまパンケーキのように積み重なり。不運にも最悪なことに万が一億が一キリンになってしまったとしよう。
捕らぬ恐竜の皮算用としてキリンになった後のお話。それを急に繰り出せばキリンになってしまったとしても栄光とかは別に待っていなかった。
キリンになった先に待つのは大きな苦しみだけだ。
父から聞いた聞きたくもないキリンたちのお話。
とあるキリンは六六六六京六六六六兆六六六六億六六六六万六六六六年くらい続く拷問にかけられている。
とあるキリンは事実上の意思無き奴隷として便利に搾取されていた。
この世界で最も罪深くこの世界で最も愚かでこの世界で最も恐ろしい存在な三体のキリンのうちまともにキリンとして活動してるのは一体だけだったりする。
しかもそいつだってキリンになったから強くなったとかそういうのではなく上位存在に片足を突っ込んでいる存在がたまたまキリンになってしまっただけだ。
私の父は四体目のキリンに成りたがっている。
そんなものを私の父は未だに本気で目指している。
バカじゃないのかと思う。
いや違う。実際バカなのだ。
バカだしイカれてるし血が腐っている。私の父は端的に述べ述べして脳みそがおかしかった。
でもそれだけならまだよかった。バカで脳みそがおかしいだけならまだまだ我慢できる。
バカで脳みそのおかしい連中ばかりが集まる賛否両論で珍奇な仕事をしている親を父に持つということは授業参観とかで変な汗をかいたりする破目に陥ったりするということだ。率直に述べ述べして物凄く嫌だった。
めっちゃ嫌ではあるけれどそれだけなら我慢できないこともない。だって変なことでお金を稼いでいる人たちはこの世界にいっぱいいる。
ぴょんぴょん飛び跳ねてアスファルコンクリに嫌がらせを繰り返してぐったりした道路からお金をせびる職業ホイッパーとか。特殊な性癖の壁さんにマヨネーズを塗りたくって秘密裏にプレイ料金を受け取るプロマヨネーズ塗りたくり職人とか。
変なお金の稼ぎ方をしている人たちは今の時代珍しくもなかった。
そういう人たちの子供だって今どきいくらでもいる。ようするに私と似たような境遇もさほど珍しくないということだ。ならこの程度のことに文句は述べ述べできない。それもまた人生だ。プロ木登り選手とかプロ人喰いトビウオライダーとかのかっこいい系な親だけが親ではないのだから。
だから。だからね。
父がキリンになりたいというだけならまだよかった。
応援はしないが好きにやってくれ。そう思えたかもしれない。
ただ。
そうじゃなかった。
好きにやってくれと応援するだけじゃ済まなかった。
キリンになるというのは生易しいことではない。
そりゃそうだ。だって存在しちゃいけない存在だし。
仮にキリンになろうとすれば普通にゼロ秒で死ぬ。
キリンになるためには致命的な才能と埒外の運命が必要だった。でもキリンになりたい父には才能も運命も両方とも足りなかったらしい。
だから父は夢を私に託した。
将来の夢を子供に託した父は伊塚叶というお名前を娘につけた。
いつかの日にそう述べ述べしていた。
いつか娘がキリンになりますように。
そんな願いを込めて。
知るかよ。バカじゃないのか。
お仕事帰りでお風呂にも入らずに血と糞の臭気を漂わせながら食卓についた血染め父がふと語ってきたお名前の来歴に「知るかよバカじゃないのか」という旨を心の底から私は思った。
自分のお名前が私は大嫌いだ。
お名前も嫌いだし苗字も嫌いだ。
父が嫌いだしこの家も嫌いだし何よりもこのボディに流れる血が嫌いだった。
私のボディに流れる血は腐りきっている。
伊塚のお家に生まれた人間は生まれながらにして血が腐っている。
実際に伊塚ブラッドが流れてる私が述べ述べするんだから間違いない。
だからキリンになりたいなんて思っちゃうし傍迷惑な夢を娘に託すなんてことができるのだ。
挙句の果てに私より才能が劣るからと放置されていた兄は気づけば何やらプロ殺人鬼になっていた。
バカじゃないのか。
全部。全部。私も含めて。このお家の人間は全員血が腐りきっていた。
触手と化した心臓がしょくしゅしょくしゅと鼓動するたびに思った。
いつか叶え。いいだろう。
いつか夢が叶いますようにと願うなら。
父が望むいつかが来る前にこの血を根絶やしにしてやる。
小学校に上がる前に私はそれを決めた。
血の根絶やしが具体的な考えになったのは彼女と出会う何日か前のことだ。五歳だったか六歳だったかのときに伊塚家を断絶させることを私は決意した。
決意した。
決意した。はずなのに。
ボディの大半が触手と化してしまったからもう人かどうかもあやふやな人生とはなかなかわからないもので……。
「あぶない。あぶない。好きになった子が女の子でよかったよ」
るんるん気分でお家を出た挙句に大好きな子の面構えを見るたびに伊塚叶はそう思う。
毎日。毎朝。いつだって。
その都度にひやりとする。いわゆる「ひやりはっと」というやつだった。
ごろごろごろごろ。
ばこーんっ。がしゃーん。
「お邪魔しましまぁああああああああああああああああああああああっ!?」
「お邪魔しましまー。みんなおはよー」
「あ。桜弘ちゃん&叶ちゃんだ」
「うわ! 誇り高き一年二組教室に一年一組の連中がカチコミ仕掛けてきた!」
「おはにょーん。一年二組の面々は君たちを軽く歓迎しよう」
「くるくるくるくるくるくる。おはようございます」
平日の朝っぱらから一年一組の隣教室――すなわち一年二組の扉が悉く破壊粉砕されてしまう。
これは。まさか。
これなるは武術的所作における『一年二組教室扉破壊侵入成功』の構えだとでもいうのか!?
礼節とマナーをよく弁えた構えが成功したことからも分かるように小娘二匹は朝から地元女子中学一年二組教室への侵入を無事成功させたのであった。
え。一年一組の構成員なのになんでこいつら一年二組教室に侵入成功してんの?
まあいいや。とにかくそういう感じの出来事が今回エピソード導入冒頭の場面のようだね。
そう。今現在その刹那の桜弘と叶は──栄光の地元女子中学の一年二組教室にいるのだった。時節は朝でーす。
今しがた侵入成功した地元女子中学の一年二組教室とは桜弘と叶が所属する地元女子中学の一年一組教室のお隣のクラスを指し示す。へー。
「私たちは朝っぱらから隣の一年二組に遊びに来てるよぉ」
「朝っぱらからの隣教室は何だか気分が新鮮だねー。お洒落美少女として知られる私も何だか新鮮な気分になるかもー」
その刹那。
「じょぽじょぽじょぽ」
こつこつ貯めた友情ポイントを普通に消費する第一友情連携技たる『回転式ドラム缶タックル』を贅沢に構えた『一年二組教室扉破壊侵入』の構えにより教室の扉が破壊されてからさして間を置かずにそいつは現れてくる。
むくむくむくぅ。
どこからともなく現れたのは教室の扉再生モンスターだ。
たらたら。だらだら。
現れた教室の扉再生モンスターの乱杭歯の端から結構な量の涎が垂れてゆく。
教室の扉再生モンスターの涎は高濃度の教室の扉再生液なのだ。高濃度の教室の扉再生液を涎として分泌する教室の扉再生モンスターは破壊粉砕された一年二組教室の扉に涎をふんだんにふりかけてゆく。
しゅわしゅわしゅわわぁ。
教室の扉再生モンスターとは教室の扉が破壊されたときに発生するエネルギーを糧にして生きる生き物だった。
彼ら彼女らは教室の扉が破壊された匂いを嗅ぎつける都度にこんな感じで虚空より現れてくる。
老後の趣味として教室の扉再生モンスターの餌やりを行う老後のお爺さんは教室の扉の山をリヤカーに積んで公園とかで教室の扉を破壊した。教室の扉再生モンスターへの餌やりなる平和極まりない光景は暇なとき公園とかに行けばたまに見ることができる。
わーわー。きゃーきゃー。
「教室の扉再生モンスターさんだー」
「かわいい。きゃわわー」
「めっちゃインフレ映えしちゃう~」
一年二組の教室の扉を一生懸命再生させる教室の扉再生モンスターに一年二組の連中がわらわらと群がってきた。わらわら。きゃーきゃー。
教室の扉再生モンスターはいつの時代も若い女の子に人気の生き物だ。
「可愛いから撫で撫でしちゃう」
「いっぱいエネルギーを捕食して大きくなるんだよ」
「じょぽじょぽじょぽ」
教室の扉が破壊されたときに発生するエネルギーを捕食するのに夢中で警戒心が薄れている教室の扉再生モンスターを一年二組の女子たちがわらわらと撫で繰り回してゆく。なでなで。なでで~ん。
「ふふふ。そろそろ来る頃だと思っていたぞ。もぐもぐ」
こうした騒動を華麗にスルーしてクールな新聞部員の少女がおもむろに口火を切り落としてきた。もぐもぐ。
うわ。誰だこいつ。
時系列を書き忘れていたが実は朝のホームルーム前な一年二組教室。この渦中にて半泣きのまま朝ご飯をもぐもぐと捕食しつつ何やらお話を繰り出してきた悲劇の少女のお名前は恵野幸といったりする。
一年二組な彼女は当然一年二組の構成員だった。そして情報通で知られる新聞部期待のルーキーでもある。
ものを捕食するのが物凄く遅いことに定評のあるこの女は二時間目くらいまでかけて朝ご飯を体内に取り入れるのを日々のルーティンワークとしていた。幸の捕食時間の長さは尋常ではないのだ。
たぶん顎の力とかが弱いのだろう。人体構造に詳しい地の文担当者は彼女のもの捕食速度の遅さの理由をそう推測した。
「よいしょー」
「おっとっとぉ」
がこんっ。
朝のホームルーム前ということもあり朝ご飯を全然捕食し終わらない半泣き状態異常幸に対して馴れ馴れしくダル絡みを仕掛けてくるのはドラム缶生首女に他ならない。
「久しぶりにプロ殺人鬼情報を貰いに来たよぉ! おら白状しろぉ!」
一年二組への侵入成功を果たした後に友の触手を借りて横倒しの構えから直立スタイルに構えを移行させた桜弘は直立するなりおぐおぐと凄み始めた。
おぐおぐ。おぐぐぅ。
こ、こえぇ。何という狂暴な女であろうか。
わーわー。きゃーきゃー。
「なでなでぇ」
「かわいー。ペットにしたいけど飼い主としての責任は持ちたくないなー」
「捕食したいくらいかわいい。もうたーべちゃお。がぶっ」
おぐおぐしている桜弘の背後では教室の扉再生モンスターにわらわらと群がる一年二組女子の人垣が形成されている。わらわら。きゃーきゃー。
「ちらちら。ちらーり」
強者たる自負を漂わせる恐るべき強者オーラを撒き散らしておぐおぐと凄んでいる桜弘の小脇で棒立ちする叶は先ほどから後ろをちらちらと気にしていた。
ちらちら。
むむ。何やらこの触手生物はわらわら少女たちに撫で回される教室の扉再生モンスターのことが気になるお年頃のようだ。
人の心がない桜弘とは違って可愛いものやら流行りものやらが何だかんだ真っ当に好きな叶は教室の扉再生モンスターをぐにょぐにょと撫で繰り回したい衝動をそこそこ頑張って堪えていた。ちらちら。
「がぉおおおおおおおおおおおおおっ!」
でも人の心がろくにないので新鮮な教室の扉再生モンスターとか割とどうでもいい桜弘ちゃんは葛藤する友を完全に無視してとりあえず恐るべき威嚇の構えを継続している。おぐおぐ。こ、こえぇ。
もぐもぐ。
「久しぶりにプロ殺人鬼情報を貰いに来ただと? やだ。絶対あげない。情報が欲しければ三億円払え」
教室の扉再生モンスターを見物しながらの優雅な捕食渦中に威嚇された幸は不機嫌そうな面構えを見せてお茶を濁した。
こいつら二匹と幸は友達と言えばまあ友達寄りの関係ではある。
しかし自信満々に親友と主張するほど関係が深いわけでもなかった。
常日頃からべたべたしている相手でもない連中にただで情報をやるのは普通に嫌というのが昨今の幸が抱える情勢と言えよう。
幸という名の新聞部期待のルーキーはビジネスライクな女なのだ。
「おぐおぐぅ」
「もぐもぐ」
仕事と友情を割り切るできる女恵野幸は米粒を一粒ずつお口に入れてゆくついでに平然と三億円を要求する。もぐもぐ。おぐおぐ。
いわゆる半ば手詰まりの盤面というやつだった。
しゅばばばっ。
「三億円パンチっ」
そしたら先日拾った三億円玉を右おててに握りこんだ叶が急にパンチを繰り出してくる。ぺちんっ。
「いたいっ」
入金完了!
三億円パンチとは超高速での不正入金を行うお嬢様必殺技の一つだ。
そんな代物を朝ご飯捕食中の幸は喰らったのである。
下賎な面構えを見ただけでわかる愚民家系一族出身者な叶はもちろんお嬢様ではなかった。
しかし叶は柔道部員であるものの将来的な総合格闘技転向も視野に入れてストライカーとしての練習も裏でこそこそ行っている。
なのでこないだその辺の廊下ですれ違った空手部のパイセンを特に意味もなく急に襲っていた。その折に反撃を喰らうことで覚えたお嬢様必殺技のいくつかを叶はすでに会得済だったりする。
触手体内飼育からの後天転生が完全に終わり人間を完全にやめて半不死者の類になった叶はボディを張った新技習得を最近頑張っている。
しかし弱い。弱いのだ。
叶には確かにそこそこのキックの才能はあった。しかしパンチの才能はない。
不意打ちの右ストレートが小ダメージの単発ヒットにしかならないという悲しい現実がそこにはあった。
「いてて」
実際問題のお話としてキックと違って所詮は付け焼刃なので幸のダメージは露骨に薄い。
何だかんだで叶のバックボーンはグラップラーなのだ。
「しゃきん」
まあそういう感じで幸の新技『三億円パンチ』の構えに基づいて出会いヘッドに三億円ほど不正入金された幸はゆるふわ女子から新聞部員のものへと面構えを一瞬で切り替えてゆく。きゅぴーん。
これは。まさか。
これなるは『新鮮なプロ殺人鬼情報を素直にぺらぺら提示する』構えだとでもいうのか!?
「マンティスパイというプロ殺人鬼を知っているか?」
「しらなーい」
「全然知らないっ!」
「エリート給料男を狙う斬り裂きプロ殺人鬼だ。詳細な情報は資料としてまとめておいたからこの紙の束を喰らえっ!」
ばしぃいっ。
食事中で忙しい幸はお口より先におててを動かした。
すなわち事前用意しておいた資料塊の投擲構えである。
「俺は資料塊。ぱらぱらと儚げに舞うぜ」
投げつけられた紙の塊が紙吹雪のように舞った。
ぱらぱらぱらぁ。
まるでおめめ晦ましのようだ。
しかしおめめが悪いのでおめめにもともと頼って生きていない叶にそんなものは効かない。
「ぱしぱしぱしぱしー」
叶が投げつけてきたばらばら紙塊を俊敏に閃いた触手が的確にすかさずテクニカル空中キャッチしていった。ぱしぱしぱしぱしぱしっ。
不正入金により三億円ほど貰ったのだからすでに両者は新聞記者とお客様の関係となっている。そこに誤解も齟齬もないのだ。
「エリート給料男を狙う連続斬り裂きプロ殺人鬼かぁ。何だかありきたりなプロ殺人鬼だなぁ」
おてて早く紙塊をまとめ終えた叶の肩ごしに首から上を乗っけて桜弘がしげしげと資料を眺める。しげしげ。
プロ殺人鬼とかに興味が欠片もないというのに何故か最近プロ殺人鬼と交戦する機会に恵まれがちな桜弘は割とだるだるそうな面構えで資料を真面目に読み読みしていった。よみよみ。
もちろん興味の無さを周囲に悟られないように適当な感想でひとまずお茶を濁すことも忘れない。
桜弘は周囲への配慮ができる女の子なのだ。流石は超絶エリート女子中学生の面の皮といったところか。
「春頃に出没する謎の甲殻虫の新鮮な死骸も着々と溜まってきてさー」
「溜まってるなぁ」
「そろそろ新鮮な課外授業ポイントが貰えそうな季節だしー」
「うん」
「明日の朝あたりに通勤中の適当なエリート給料男あたり攫ってこいつおびき出してぶっ殺そうよー」
「よかろぉ」
「ふふっ。やる気満々のようだな。三億円分なんていう小銭に資料を放ってやった甲斐があるというものだ」
桜弘と同様と叶だってプロ殺人鬼なんて連中に興味などあるわけなかった。
でも興味がないことに対してもちゃんと脳みそを回せるタイプなできる触手生物な叶は触手ヘッドで回したひとまずの計画をここにひけらかす。
「じゃあ明日の朝ねー」
「はぁい」
そういうことになったので桜弘と叶は明日あたりに合法ずる休みを繰り出すことにした。
一方そのころ。
「お腹がいっぱいでもう捕食できないよぉ」
ばきばきぃっ。ばきぃっ。
「あんたら邪魔ー。どけどけー。きっくきっくー」
「そこのけそこのけぇ。桜弘ちゃんが通るぞぉ」
「ぐべっ。交通の邪魔をしたのは認めるけど暴力はよくない」
「きゃっ。転がってきたドラム缶にいきなり撥ね飛ばされちゃった」
教室の扉再生モンスターを撫で繰り回すためにわらわらと群れている邪魔な一年二組わらわら少女どもを殴り飛ばしながら桜弘と叶が退室してゆく傍らでは――
「うぇえええええんっ」
――お腹がいっぱいなので朝ご飯をもう捕食できないお年頃な幸が本格的にぽろぽろと泣き始めてしまう。ぽろぽろ。うぇえええんっ。
「俺は白米! よく炊けてるから冷めても普通に美味しいぜ!」
彼女が左おててに握るご飯碗には冷えた白米がびっしりと詰まっていた。さっきから述べ述べしているように実は本日朝だった今回場面たるホームルーム前のプレシーズンはこうした感じでお送りされる。
今回のお話もまたそういう感じなのだった。多分。
次の日の朝をしよう。朝をするのだ。朝をするって何?
「俺は駆け抜ける竈! 朝ご飯を提供するために朝から街中を駆け抜けてるぜ!」
どたどたどたどた。
朝とするということで今エピソードにおける作中の舞台は先ほどまでの時系列場面から翌日の朝へと二十四時間前後いきなり飛翔していた。ひょごごごご。朝ご飯
提供を担う新鮮な竈が駆け抜けていることからもそれがよく分かる。
朝は朝でも今現在その刹那は今日となった明日の朝だった。↑の方の前場面で描かれた一年二組教室でのお話の翌日が今現在その刹那の舞台である。読者諸兄らこの場面転換についてこれてる? 大丈夫?
そんな昨日の二十四時間後の朝の街中を大質量の塊が跳ねていた。
「ぴょぉおおんっ。ぴょぉおおおんっ」
「お洒落美少女として知られる叶様は合法ずる休みゆえの制服装備を強要された挙句の果てに地元の街中に朝っぱらから佇んでるよー」
どすんどすん。
雑時系列飛翔で現れた街角では桜弘と叶が平日の朝っぱらからの棒立ちを繰り出しているのだった。
書くのが面倒くさかったから省いた描写的行間にて貯まった功徳──を課外授業ポイントに変換して得た新鮮な合法ずる休みをこいつらは満喫中のお年頃なのである。いいご身分だな。
「ぴょぉおおんっ。ぴょぉおおおんっ」
どしん。どすん。
ちなみにさっきから元気よくぴょんぴょんしているのは桜弘だ。本日の彼女の中身には新鮮なホッピングクリームがみっちりと詰まっている。
ドラム缶の中身が重厚なホッピングクリームで満ち満ちしているのだから少女は当然ぴょんぴょんする。ぴょんぴょん。
「ちゅーちゅー。おっとと。揺れる揺れる」
どすんどすん。
元気よく跳躍するドラム缶の小脇なベンチプレスに腰を下ろす叶はうまうまトマトジュースをちゅーちゅーしながら朝の優雅なひと時を楽しんでいた。
どすんどすん。
現在時節は朝である。まさしく通勤通学ラッシュアワード真っ盛りという有様と言えよう。
「ふーッ。こほーッ」
「はぁはぁ。ふー」
「うーむ。朝の通勤通学ラッシュアワードの時間帯だから給料男がいっぱいいて取捨選択に迷いがちになるなー」
「ぬぅ。ふぅううむ」
「はーはー。こはー」
どすんどすん。
叶の周囲で息を荒らげているのは街灯さんたちだね。
昨夜の発光で酷使した筋肉を休めるべく各々で休養を取る街灯さんに囲まれる花壇的ベンチプレス腰かけ少女はトマト成分を効率よく摂取しながら適当なエリート給料男をさっきから見繕っていた。しげしげ。
「ぴょぉおおおおんっ。ぴょぉおおおんっ」
どしん。どすん。
親父狩りターゲットを見定める触手生物の傍らで元気よく飛び跳ねるのはぴょんぴょんできるのが嬉しくて仕方ないドラム缶生首生物に他ならない。
プロ殺人鬼『マンティスパイ』。
これは新聞部期待のルーキーな恵野幸が繊細かつ大胆な新聞獣ハントで情報を得たプロ殺人鬼だ。
殺人鬼ウェポンのカマキリ鎌で通りすがりのエリート給料男を相手に殺人鬼ポイントを的確に稼ぐ。そして殺したエリート給料男が持っているカバンを適当な企業に売ることで副次収入を稼いでいる輩らしかった。
資料を見た限りだと見るからにやりくり上手なプロ殺人鬼であるらしい。
「私はお花さんでーす。いえーい」
「はなはな~。おはなはな~」
「ぴょぉおおおおんっ。ぴょぉおおおんっ」
どしん。どすん。
少女二名が陣取る花壇的ベンチプレス小脇では季節の下級お花さんたちがにこにこしていた。春の朝だからね。
よく晴れた春先のお空でげらげら笑っているお日様のお日様パワーを取り込んで花粉を撒き散らそうという構えだった。
通勤通学ラッシュアワードのような朝の忙しい時間になれば夜にすやすやしていたお花さんたちも忙しさを見計らってこうしておめめを覚ましてくる。
どすんどしん。ぴょんぴょん。どしぃいいんっ。
「俺は給料男! 今日も元気よく出社させてもらう!」
「俺は給料男の進化系たる上級給料男! 若いもんには負けんと元気よく出社を繰り出してゆく!」
「最上級給料男な私はあくまでもスムーズな出社を心がけています。やる気ではなく結果を見せなさい。そういう気概です」
ぎらぎら。ぎらーん。
朝のお花さんたちも鮮やかな交差点近くな花壇的ペンチプレスに陣取っているのだからしてこの場からは忙しなく通勤ラッシュを繰り出す給料男たちの脂ギッシュな群れがよく見て取れた。
うむ。ここはまさに妙齢のおじさんパラダイスと言えよう。
実際問題のお話としてこれは入れ食い状態だった。
「しげしげー」
「ぴょぉおおおんっ。ぴょぉおおおんっ」
どしん。どすん。
しかし叶はそこらじゅうにうじゃうじゃいるおじさんどもになかなかおててを出さない。
さっきから飛び跳ねまくっている超絶っ友を尻おめめに叶はあくまでも慎重かつ慎重に給料男たちを見定めていた。
そうしたしばらく後の刹那。
ぴかんッ。
「ふーふー。出社だ出社。今日も頑張るぞ」
げらげら笑っているお日様の光が良質なてかりに反射する。
給料男と思しきとあるおじさんが交差点近郊を通りすがってきたのだ。
おお。物凄い面構えの脂だ。
触手由来の皮膚感覚で道行くとあるおじさんの良質なてかてかを嗅ぎ取った叶は即座に反応を示す。
「桜弘ちゃーん!」
「なあに?」
どしん。どすん。
「あそこにいる面構えがてかてかした中年のおじさんはおそらく上級エリート給料男だー! 誘き出し用の餌として丁度いいからいい具合に捕獲しよー!」
「はぁい」
ずしん。どしん。
ターゲットを見極めた叶からターゲット指定指示を出された桜弘は元気よくお返事をした。
さっきからぴょんぴょんして気合いを高めていただけあって反応は良い。返事を元気よくしたのだからやることはひとつだけだった。
「ぴょぉおおおんっ。ぴょぉおおおんっ」
どしん。ずしん。
指示を出された桜弘は元気よく飛び跳ね始める。
その様は率直に述べ述べして普通に怖かった。こ、こえぇ。
大質量の運動エネルギーはそれだけで見る者に畏怖を与える。先ほどから定期的に述べ述べしているけど本日の桜弘の中身はホッピングクリームだった。
中身がホッピングクリームなのだから当然繰り出せる新鮮なぴょんぴょんジャンプで先ほど叶が示したおじさんに桜弘が静かに忍び寄ってゆくというのが昨今の情勢に他ならない。
どしん。どすん。ずしん。
今日の桜弘はいつもの桜弘より機動力があった。隠密機動というやつだね。
どすんっ。どしぃいいんっ。
「ぴょんぴょんぴょぉおおおおんっ」
「お。ぴょんぴょんするドラム缶か。風流だなぁ」
生首付きのドラム缶が新鮮なぴょんぴょんジャンプを駆使して面構えがてかてかしている上級エリート給料男のおじさんに迫った。
大質量を伴う影が飛来してくる様子を危機感の欠片もなく眺めていた面構えがてかてかしている上級エリート給料男のおじさんは桜弘が繰り出すあまりの風流さ加減にしばらくの間ぼけーっとする。おお。何たる隠密機動か。
「その油断が命取りだぁ」
その刹那。
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
どごーん!
棒立ちで隙を晒していた面構えてかてか上級エリート給料男おじさんはいきなりフライングドラム缶プレスを仕掛けてきた桜弘の重量に背骨を粉砕骨折されてテクニカルKOされた。
「あ。やばぁ。殺しちゃったぁ?」
「びくんびくん」
この世界だって背骨をテクニカルKOされればそりゃ誰だって普通に死ぬ。びくんびくん。
実際の例を見てみれば上級エリート給料男顔てかてか中年おじさんは今まさに死に瀕していた。そりゃそうだ。
しかしそうはさせないのが下手人の片割れたる下手人の超絶っ友な叶の懐の深さだったりする。
「死ぬなー! 知らないおじさーん!」
示したターゲットの上級エリート給料男を桜弘が無事仕留めたのを確認してきた叶は素早く駆け出しを繰り出してからぐにょぐにょと触手を伸ばしてきた。
ぐにょぐねりょーんっ。
なんだなんだ。何をするつもりだ?
彼女が伸ばした触手に握られているのは新鮮な新聞記者の誇りにかけてお客様へのサービスを欠かさない恵野幸がお客様へのサービスとして差し出してきた新鮮な飴ちゃんだ。
飴ちゃんとは元の所有者に応じて威力が変更処理を受ける回復系アーティファクトの類だったりする。
前も述べ述べした気がするけど仮に上位存在が持っている飴ちゃんであればそれは文字通りの神器となった。あるいは超絶エリート女子中学生が所持する飴ちゃんであれば超絶エリートアーティファクトと化す。
回復系超絶エリートアーティファクトともなれば死にかけの運動不足おじさんを完全回復させるくらいは容易い。
「わたし飴ちゃん。仲良くしてね」
飴ちゃんの頼もしげな声!
その刹那。
「ぼりぼりぼり」
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああっ!?」
叶の触手によりおじさんのお口にねじ込まれた飴ちゃんは上級エリート給料男面構えてかてかの中年おじさんに噛み砕かれて即死した。ばきばきばきぃいい。
残酷にも美しい食物連鎖がそこにはある。
飴ちゃんの尊い犠牲により上級エリート給料男のおじさんの命は無事保障されたのが今話のおおまかなあらすじなのかもしれない。
「信号機さーん。この人吊るしてもらっていいー?」
「お願いしまぁす」
それから背骨が再生して逃げられてしまう前にその辺の信号機さんに頼んで少女たちはおじさんを洗濯ばさみで吊るしてもらった。
仕方ないなぁ。
そんな面構えをする信号機さんは頼りにされてまんざらでもない様子だ。
がしぃいいい。
これにて捕獲完了の構えと言えよう。
だからきっとその数十秒後に物語は始まった。
「はッ!? ぴょんぴょんとジャンプするドラム缶から急に襲われた俺は飴ちゃんの力で背骨が再生したことで今まさにおめめを覚ました!」
捕獲完了の構えからおよそ十数秒後が過ぎてから上級エリート給料男のおじさんは悠々とおめめを覚ます。ぱちくり。
寝起きと同時の状況確認を行う彼の面構えはてかてかとしていた。
彼の面構えが迸らせる良質なてかりは栄養満点な食事を取っている上級エリート給料男の証である。
しかしこの刹那に至り地の文担当者が一旦休憩を要請したので今回登場するプロ殺人鬼『マンティスパイ』の登場は次話に持ち越されるのだった。
本作はそういうお年頃である。シーユーアゲイン。




