第二話 『カ兄さん』
犠牲者Aはどこぞの高校に通う女子高生だった。
生物部期待のルーキーな犠牲者Aは一年生の身の上ながら人喰いカマキリの世話を任されている。そんなごく普通の女の子だ。
ごく普通の女子高生な彼女はその日の道行きを自転車でこきこきしている。
人喰いカマキリの餌を調達するために夕暮れの町を自転車でお散歩していた犠牲者Aはいい感じの生餌を探していた。
通う高校から少し離れた林の近くのことである。トワイライトバスターが織り成す時間外れの西日が眩しかった。
おめめを細めながら犠牲者Aは一生懸命自転車をこきこき漕いでゆく。
「よいしょよいしょ」
こきこき。よいしょよいしょ。こきこき。
自転車をこきこきして彼女はあちこちをうろうろしていた。
一生懸命なこきこきを繰り出してきた努力が報われたのであろうか。少しずつ夜へと近づく町外れにぽつんと佇む人影を犠牲者Aはやがて見つける。
「ふーふー。うーん。あれでいっかなぁ」
ぬぐいぬぐい。
少々息を乱した犠牲者Aは額の汗を拭った。
放課後から餌を探して自転車をこぎ続けてきた彼女は割と疲れている。
さっきも書いた気がするけど夕暮れの雑木林小脇の道路小脇チックな場所における出来事だった。
「我は雑木林ガーディアン。雑木林に棲んでいるガーディアンだ。雑木林に棲んでいるだけで別に雑木林を守るわけではない」
何か棒立ちしている雑木林ガーディアンと犠牲者Aはすれ違った。こきこき。
「よし。頑張って捕まえるぞ」
雑木林ガーディアンとすれ違った犠牲者Aは気合を入れる。気合を入れたのだから彼女の愛自転車は加速していった。
「俺は自転車! 風さんのように加速するぜ!」
もうひと頑張りだ。そう思った犠牲者Aは雑木林小脇道路を新鮮な自転車で走り抜ける。
「しゃきん」
悪くない速度で雑木林小脇道路小脇歩道を駆け抜ける少女は自転車上で器用に人間捕獲網を構えた。しゃきん。
人間捕獲網。これは捕獲と同時に対象を脳死植物状態にする意識破壊電撃針が仕掛けられた捕獲網だったりする。
タイミングよくがばっと振り下ろしてやると意識破壊電撃針が作動した。意識破壊電撃針は普通に脳を焼き尽くす電撃を繰り出してくるので捕獲が成功すれば人喰いカマキリ用の餌はそのまま動かなくなる。うわ。すげー便利じゃん。
いわゆる生物部員必携アイテムというやつと言えよう。こうした捕獲用アイテムを活用して世の貧乏生物部員たちは生餌を集めるのだ。
「捕獲捕獲~。人喰いカマキリの生餌の捕獲だ~」
ご機嫌な犠牲者Aは学校推奨指定の愛自転車を風さんの如くこきこきする。こきこき。
おててに構えるのはさっき述べ述べしたようにもちろん人間捕獲網の類に他ならなかった。
うむ。自転車の渦中で網の類を装備するとはなかなか器用な子だね。
ぱりぱり。ぱりりりり。
人間捕獲網の意識破壊電撃針が小気味良い音で嘶く。ひひーん。
耳元で奏でられる電撃音を犠牲者Aは頼もしく思った。
捕獲の刹那は近い。生物部の練習で培った捕獲テクニックの基づき人喰いカマキリ用の餌を犠牲者Aは的確に捕獲せんとしていた。
「俺は二体目の雑木林ガーディアン! 自転車に騎乗する女子高生がおめめ前を通り過ぎていくぜ!」
夕暮れに染まる雑木林小脇道路も残りわずかだ。
二体目の雑木林ガーディアンが出てきたことからも分かるようにそろそろ少女の人間捕獲網が生餌候補の人影に迫ってくる。
犠牲者Aは高校生なので所詮アマチュアレベルの技量しか持たなかった。
しかし日々部活を頑張っている彼女の人間捕獲網を用いた捕獲所作はなかなか堂に入っている。繰り出される構えは決して侮れないぞ。
こきこき。
「とりゃ」
侮れぬ少女が自転車の上から人間捕獲網を繰り出したその刹那。
じょきん。
「ぅえ……?」
ぴゅー。
気づけば犠牲者Aの首が落ちている。
ぱしぃいいい。
「うん。悪くない」
犠牲者Aの新鮮な生首が地面に落ちる前に生餌候補だった若い男は彼女の生首を優しく受け止めた。紳士だね。
凡ミスの影響によりちょっぴり少なめな殺人鬼ポイントを若い男はこうして稼ぐことに成功する。
「そろそろ帰ろうかな」
だからそれはきっと新鮮な殺人鬼ポイントがポインツされるのと全くの同時期的出来事であるのかもしれない。
しゅばばばばばば。
しゃきしゃきと人を殺してのけた若い男は夕暮れ時の闇へと即座に紛れた。
はい。こういうこともあるわけなので世の学生諸君は寄り道せずにさっさと帰りましょう。
地の文担当者が綴る教育的内容で知られる本作が伝えたいのはつまりそういうことなのかもしれなかった。
伊塚叶のお家。
すなわち伊塚さんのところのお家の玄関へと物語の舞台は何か急に移行する。
読者諸兄らは本作第一話にして前話が繰り出してきたラストシーンを覚えておられるだろうか。
もちろん地の文担当者は覚えていなかった。
プロット班に聞いてみたところ桜弘が叶と連れ立って叶ん家に赴くという類の旨が記されていたらしい。へー。
「お邪魔しましまぁあああああああああああああああああああああっ!?」
うわ。びっくりした。
前話のラストシーンに基づくことしばし。叶ん家の玄関先に到着していた桜弘とかいうドラム缶生首生物はおもむろなお邪魔しましまの構えを構築していた。
これは。まさか。
これなるは『お邪魔しましま』の構えだとでもいうのか!?
ごろごろごろ。
新鮮なお邪魔しましまの構えが元気よく繰り出されてしまったのだから元気よく横回転する桜弘は叶ん家の玄関扉を悉く破壊せんとした。
ふむ。これは玄関扉さんを粉砕してお家に侵入する類の構えと言えよう。礼節とマナーを弁えたやつだ。この世界においてお邪魔しましまは正式な礼節とマナーとして登録されている。
がこんっ。
しかしその刹那。
「桜弘ちゃん待ってー」
がしぃいいいいいいいいいっ。
玄関扉破壊式の上がりこみを無邪気に行なおうとするドラム缶生首生物を止める触手生物の影!
前話でドラム缶生首生物と化してしまった悲劇の少女──桜弘が首の筋力でごろごろと転がって玄関扉を破壊しようとした矢先の出来事である。
ぐいぐい。ぐぐい。
「ぐぇえええっ」
こちらに向かって伸びてきた触手に絡め取られて桜弘は構えを強制停止させられてしまった。
「どーどー。ストップ」
「あぁん? なんだこらぁ。やんのかおらぁ」
頚椎に負担がかかる停止のされ方を繰り出された桜弘は横倒しの構えを構築したまま普通にキレる。
こえぇ。キレる十代というやつなのかもしれなかった。
スリーサイズがドラム缶になったせいで最近の桜弘は移動するのに結構な体力を消費してしまう。
そしてお友達のお家の玄関先であろうと桜弘という女は普通に喧嘩ができる類の生き物だ。
玄関先での喧嘩を厭わない精神性に加えて体力の消耗も激しいとあれば「まず上がらせてお茶でも飲ませろ」という大義名分は容易く成立し得る。
ぞもぞも。もぞぞぞ。
「お。喧嘩か喧嘩か」
「戦えー。争えー。血を見せろー」
「ぼくたちは喧嘩の観戦を趣味とするレアンコイリアの家族です。特に何かするというわけでもないのでお気になさらず」
叶ん家の玄関先でのそうした喧嘩の気配を察して地中から面構えを覗かせて来たのは新鮮なレアンコイリアの家族だ。
レアンコイリアとはヘッドの先端に一対の触手を持つ節足動物である。
お邪魔しましまより連なる一連の流れに喧嘩の気配を感じ取った彼らは海底から這い出てきたのだった。海底の泥から這い出てきたことからも分かるように彼らは触手生物の一種に他ならない。本作における超重要伏線として触手は湿った泥とか土とかから生じるのだ。
喧嘩はよくないよ。
聖人の如き高潔さで知られる地の文担当者は喧嘩の構えを構築する桜弘をひとまず嗜めた。レアンコイリアほど戦いを好む嗜好は地の文担当者にはない。
「どーどー。そのまま動くなよー」
「俺はホース。ひひーん。ふふ。馬じゃないぜ。ビニール製のホースだ。今しがた馬の真似をしたのはちょっとした小粋なジョークってやつさ」
高潔な地の文担当者と野蛮なレアンコイリアたちのイデオロギー対立。この恐るべき渦中に挟まれた悲劇の少女たる叶は新鮮なホースを構えてきた。
むむ。何をするつもりだこいつ。
彼女が握るホースを根元の方角に辿ってみればその先はもちろん玄関小脇の水道さんに通じていた。
「何をするつもりだぁ」
「桜弘ちゃん。ゲロと泥塗れの髪とかボディとかをまず洗ってー。お邪魔しましまするならそれからでしょ普通ー」
「そうかもぉ」
「でしょー?」
自分の非を認めた桜弘は叶に「じゃばばばばば」と洗われる構えを見せる。少女の髪やら何やらは泥やらゲロやらで汚れきっていた。
素直な良い子だった。
じゃばばばばばばばっ。
これは。まさか。
これなるは『ドラム缶洗浄開始』の構えだとでもいうのか!?
「ちめたいよぉ」
「我慢しろ」
叶が繰り出す春先の水道水の冷たさに桜弘は泣き言を漏らした。
しかしここで不用意に仏心を見せれば薄汚れたドラム缶生首生物がお家に上がり込んでしまう。道行きをごろごろ転がったり嘔吐したりで今の桜弘ちゃんは端的に述べ述べして汚いからね。
だから桜弘の泣き言を叶は完全に無視した。
じゃばばばばばばばば。
時間外れの夕日のなか。少女たちはしばらくごしごしと洗ったり洗われたりした。
現在の桜弘のスリーサイズはドラム缶並となっている。洗ったり洗われたりという感じで表現的には軽めに描写したがホースから繰り出される水道水洗浄の折には当然として結構な量のバスタオルが必要になった。
「ごしごしー」
「さっぱりぃ」
結構な量のバスタオルでごしごしされた桜弘はまんざらでもない面構えとなる。
ドラム缶生首生物と化した少女の無駄に艶々したヘアスタイルに纏わりついていた吐瀉物の類はこれで洗い流された。
「いくらなんでも吐瀉物塗れの面構えで友達のお家にお邪魔しましまするのは流石にちょっと非常識だったかもぉ」
「分かってんなら最初から自分で洗えよぉおおおおーっ!? 次そういうことしたら首の後ろに腐ったトマトねじ込むからなぁああああああああーっ!? そこんとこ分かってんのかこらぁああああああああああーっ!?」
そして叶は情緒不安定なので何か急にキレる。
こいつは父親似の娘だ。父親の血が濃いので結構というか相当感情的な輩だったりする。唐突なブチギレは父親の血がよく流れている証左だ。
だがブチギレ叶に相対する桜弘に人の心などない。桜弘は友の唐突なブチギレとかまるで気にしちゃいなかった。
「ぷるぷるぅ~。水も滴るいい女だぜぇ~」
「あああああああああああああああーっ!? ヘアスタイル振り回して水滴らせてんじゃねえぞこらぁあああああああああああーっ!?」
「叶。うるさい。情緒不安定すぎ。近所迷惑とか考えて」
「はい」
水も滴るいい桜弘ちゃんからお茶を濁された叶は何か急に冷静さを取り戻した。
うわ。急に冷静になるなよ。情緒不安定なやつだな。
まあでも冷静さを取り戻したということは本格的なディベートの類を繰り出せる状況に陥ったということでもある。
見た感じお互いに冷静さを取り戻したわけなんでこれは本格的にディベートの類が始まると考えて間違いなかった。
今現在のその刹那。
桜弘と叶の二匹が叶ん家の玄関先にいる理由を読者諸兄らは覚えておられるだろうか。
もちろん地の文担当者は覚えちゃいない。
これは。まさか。
これなるは『玄関先お喋りパート』の構えだとでもいうのか!?
「で。これからお兄ちゃんぶっ殺すわけだけどー」
「はぁい」
「最初に私が前々から考えてた計画述べ述べしてもいい?」
「どうぞぉ」
自宅玄関先で棒立ちする叶はドラム缶直立体勢を取る桜弘に何やら新鮮なお喋りを繰り出してきた。
そう。今しがた叶ん家の玄関先にいるこいつらは叶のお兄ちゃんをぶっ殺そうとしているらしい。物騒な連中だ。
桜弘に照準を向けた少女はちょっぴり照れ照れとした面構えを見せている。
その面構えは端的に述べ述べしてお腹が立った。何照れてんだ殺すぞ。
クソ腹立つ面構えで照れ照れとする叶が繰り出そうとするのは「プロ殺人鬼と化したお兄ちゃん殺害計画」の大まかな概要だ。
忘れっぽい読者諸兄らのために再三述べ述べすると地の文担当者も半分忘れていたがこいつらは叶のお兄ちゃんを殺すためこの場にいるのだった。
↓んでここから叶のお兄ちゃん殺害計画についてのお喋りが始まります。
「えーと。私のお兄ちゃん殺す計画のお話だけどー。私ん家の玄関の天井から垂れ下がってる謎の首吊り縄で桜弘ちゃんの首をひとまず吊るします」
「うん」
「その後にお兄ちゃんが帰ってきてからー」
「帰ってきてからぁ?」
「帰ってきたお兄ちゃんが靴とか揃えてるところに私が現れてー」
「ううん?」
「半年くらい前から裏でこそこそ練習してた隠し芸を繰り出してお兄ちゃんの気を逸らーす」
「はい」
「私がお兄ちゃんの注目を集めてるところに首吊り中の桜弘ちゃんがタイミングを見計らって急に落下してくるの」
「ほぉ」
「あとは桜弘ちゃんの体重でお兄ちゃんの頚椎を粉砕するだけー」
「するだけかぁ」
「……どー?」
そして叶が前々から構想を温めていたお兄ちゃん殺害計画の全貌が今ここに明らかになった。
計画の全貌を語った叶は照れ照れと恥ずかしがっている。
いつだって何考えてるか分かんない桜弘ちゃんと相対する彼女の面構えは自作の小説を初めて友達に見せた女子中学生のような色合いとなっていた。
何照れ照れ恥ずかしがってんだ殺すぞ。
叶の煮え切らない態度に急にキレた地の文担当者は小娘のどっち付かずな態度に苦言を呈した。
「おずおずー」
しかし地の文担当者の大変ためになる苦言も他所にメンタルが弱い触手生物少女は友の反応をおずおずと窺う。
「おぐおぐぅ」
おずおずと様子を窺われる桜弘はおぐおぐしていた。こ、こえぇ。
お兄ちゃん殺しに限らず殺人計画というものは自分で考えているうちは完璧でも他人のおめめから見ればどうしても粗が見つかるものだ。
今まさに相対している桜弘ちゃんからもしかしたら滅多クソにこき下ろされるかもしれないという恐怖に叶はびくびくする。びくんびくん。
「叶ぇ」
「……なにー?」
段取りが悪いせいで叶ん家になかなか入らない小娘二人が半開きの玄関先扉の前で繰り広げるのはワクワクドキドキのワンシーンだった。
んで。
「聞いた感じだと完璧な作戦だと思うなぁ。非の打ち所が見当たらないもん。ほんとに完璧だよぉ。叶ってばすごぉい。いわゆるプロ殺人鬼駆除の才能とかが普通にあるのかもぉ」
特に何も考えていない桜弘は上っ面でそのような旨を述べ述べしてくる。のべのべ。何だその感想。
「そ、そうかなー。……えへへ」
初めて立案したお兄ちゃん殺害計画の概要を友から賞賛された叶は露骨にえへえへとした。
「えへへぇ」
叶の笑み面構えに釣られて桜弘も面構えを綻ばせる。
えへえへ。えへへ。
完璧なお兄ちゃん殺害計画を立案してきた叶の友達であることを桜弘は上っ面で誇らしげにしていた。桜弘は友の凄さを正面から認めてどや面構えができる系女子である。桜弘ちゃんは空気の読めるいい女なのだ。
空気の読めるいい女だからこそ──調子に乗ってる叶を調子に乗って桜弘は持ち上げまくる。よいしょよいしょ。
「頚椎を粉砕して殺すってところがいいなぁ。わびさびがあるっていうかぁ。なんていうんだろぉ。趣とか風情を感じる」
「うん。ちょっとそこは拘ったんだー。えへへ。やっぱわかっちゃう?」
のこのこ。
「おや? 叶と……あとは叶の友達かい? こんばんは。それからただいま。こんな玄関先でお喋りしてないでお家に入りなよ」
「あ。お邪魔しましましてまぁす。私は叶の超絶っ友な虹会桜弘ちゃんだったりしまぁす。よろしくね」
「お兄ちゃんお帰り。うん。そうだね。まずお家入ろうよ桜弘ちゃん」
「うん」
「えーと。何のお話してたんだっけ?」
「わびさびのお話じゃなかったぁ?」
「あー。そうそう。そうだった。でさ。全体的に丁寧な感じなんだけどー。そこから来る不意打ちで一撃で仕留めるところにカタルシスを纏めた感じでー」
「うんうん。すごぉい。叶は物知りだなぁ」
「えへ。えへへ。そ、そうかなー? そうかもー。あー。よかった」
「何がぁ?」
「桜弘ちゃんに説明してるときずっと不安だったんだよねー。でも桜弘ちゃんが太鼓判を押してくれたから私も自信が出てきたよー。じゃあ早速計画に取り掛かろうかなー」
「え。やだ」
「は? 取り掛かれよ」
今しがた帰ってきた叶のお兄ちゃんに見守られながら女子中学生ダブルスは玄関先でしばしのお喋りを楽しんだ。
「叶。何のお話をしてるんだい?」
「お兄ちゃんをぶっ殺す計画のお話だよ」
「へー」
「よぉし。叶のお兄ちゃんをぶっ殺すぞぉ」
そんな二人を眺める叶のお兄ちゃんは果たして今何を思うのか。
ともあれ桜弘と計画共有を行なったことで事前に叶が企てていたお兄ちゃん殺害計画はここにスタートを喫するのだった。スタートとしてはまず桜弘を首吊り状態で吊るすところからが始まりとなっている。
「俺は玄関先の首吊り縄。自殺にはもってこいだぜ」
けいかくかいしぃいいいい。
「よぉし! まずは私が天井の首吊り縄に首を吊るされるところからだね!」
「うん。じゃあとりあえず桜弘ちゃんを持ち上げないとねー。よいしょー。うぐぐぐぐっ。お、重くて持ち上がらない……っ」
「へー。僕をぶっ殺す計画かー」
「うん。そうだよぉ。ふんふんっ。ふんっ。そうなんだけどぉ。くそぉ。今の私はボディがドラム缶だから天井の首吊り縄に首が届かないぞぉ。これは一体どうしたらいいんだぁ」
「うぅううううううーっ。お、重い。ド、ドラム缶なだけあって重いよ……っ」
「ふむ。それならドラム缶の中身を抜いてみたらどうかな?」
「はっ! そんなおててがぁ!? 発想力があるってやつかもぉ」
「えー。でもさー。桜弘ちゃんの中身抜いたら頚椎を粉砕するための殺傷能力が下がっちゃうよー?」
「なるほどね。頚椎を粉砕する殺傷能力重視の殺人なわけだ。なら僕も手伝おうかな。よい……しょっ!」
「おぐぐぐぐっ。か、かかったっ。私の首に縄がかかったよ!」
「うっ。うぅううううううーっ! は、離すよ! あとは私がお兄ちゃんの気を引き付けるからタイミングを見て落下してきてね!」
「うんっ! ぐぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?」
斯くしてお兄ちゃん殺害計画の第一段階たる桜弘の首吊るしが成立した。
素晴らしい段取りの良さと言えよう。これはいい感じの流れだぞ。
ふれー。ふれー。がんばれー。
展開の盛り上がりを感じた地の文担当者は思わず無邪気な応援を繰り出す。
状況を的確に察することのできる地の文担当者の卓越した観察おめめの類がそこにはあった。もちろん当事者として計画の佳境に入ったことを察した叶はこの好機を逃してなるものかと追撃の計画遂行を放たんとする。
「次はお兄ちゃんが帰ってくるのを待つ!」
「僕はもう帰ってきてるよ」
「お兄ちゃんが帰ってきてるならここで私が隠し芸を繰り出してお兄ちゃんの気を逸らす!」
「ふむ。柔軟性のある殺人計画だね」
「じゃあ隠し芸やります!」
「はい。どうぞ」
「隠し芸『スカートがめくれない逆立ち』!」
「ほう。逆立ちしているのにスカートがめくれない。なるほど。スカートの内側を触手で支えているわけか。興味深いトリックの隠し芸だ」
お兄ちゃん殺害計画の第二段階たる叶の隠し芸披露も今ここに成立した。
しゃきーん。
お兄ちゃんのおめめ前にて見事な逆立ちを叶は繰り出してきたのだ。
おお。すげー。
逆立ち。
この構えについて読者諸兄らはどういった印象を喰らわれるだろうか。
少なくとも現代日本ではないこの世界における逆立ちは道連れを意味する陰湿な構えとされている。
え。なんでかって?
知らないよそんなの。
それはそういうものだからあんまり深く考えない方いい。
ともあれ逆立ちは陰湿だった。
だが陰湿であるがゆえに逆説的なあれこれでなかなか派手でセンスが良い構えとしても知られていた。
だって読者諸兄らの世界でも髑髏の柄とかあるでしょ?
この世界における逆立ちっていうのはそういう感じのあれこれだ。ダークで陰湿だからこそ逆にかっこいいとかそういう感じのあれと言えよう。
陰湿でありながらもド派手な逆立ち構え。
あからさまに注目を集める代物に加えて逆さになってるのにスカートがめくれないという怪奇現象まで添えられれば大抵の者は夢中になるに決まっていた。
今現在その刹那を逆立ちして過ごす叶は学校帰りなので制服を装備している。スカート式での逆立ちだね。
そういうのが今しがたの叶が繰り出してきた隠し芸だ。
面白半分に夫を紙縒りにするような全知全能の絶対者と相対した挙句に恐怖で失禁しまくった去年の秋ごろの某日。あの日以来の日和においてこの隠し芸をこそこそと練習することで半年前からの叶は暇を過ごしている。
半年間も裏でこそこそしてきた練習の甲斐あって今ここに叶が繰り出した陰湿なフォームは彼女に爪の垢を煎じて飲ませたコウモリ型コウモリ傘先生も満足するであろう素晴らしい完成度の構えとして構築されていた。
その刹那。
ぶちぶちぶちぃいいいいいいいいいいいいっ。
「ぐぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?」
どごーん!
ロープが千切れて上からドラム缶が落下してきた。
これは。まさか。
これなるは『お兄ちゃん殺害計画成功』の構えだとでもいうのか!?
「はぁ。はぁ。……決まったーっ!」
完璧に炸裂したお兄ちゃん殺害計画。
そんなものをおめめ当たりにした叶は露骨にテンションを狂わせ始めた。
しゃかしゃかしゃかしゃか。
うわ。急に踊りだすなよ。怖いだろ。
「私の一発芸に気を逸らされたお兄ちゃんが油断したところに繰り出される不意打ちの頚椎粉砕落下攻撃。桜弘ちゃんの完璧なタイミング調整もあって避けることは絶対に不可能に決まってる。……やった。とうとうお兄ちゃんを殺せたー! ありがとう桜弘ちゃん! 大好き! しゅきしゅき大しゅきーっ!」
そんで桜弘が落下してきた衝撃でめっちゃ立ち込めた玄関先の土埃を興奮のあまりめっちゃ吸い込んでしまった叶はめっちゃ噎せた。
「けほっ。けほっ。けほっ。ケムっ」
叶は健康志向を心がけている。健康を大事にするこいつはタバコの煙とかが死ぬほど嫌いな子だった。タバコの煙も嫌いだし土埃砂埃の類も嫌いである。
実際問題のお話として将来的に毒ガス作戦で大量虐殺を繰り出す折にもこいつは自分で使った毒ガスにめっちゃ噎せていた。けほけほっ。
「けほっ。けほっ。けほほっ」
土煙にめっちゃ噎せたせいでさっきまで爆上げだったテンションは露骨に急降下の構えを見せている。これは良くない。
だからこそ地の文担当者が何か急に叫んだ。
これは。まさか。
これなるは父親譲りの才能が光る高度な殺人トリックを巧妙に用いた『お兄ちゃん殺害計画成功』の構えだとでもいうのか!?
そういう感じのやつが今まさに炸裂したわけなんです。そういう感じのことを地の文担当者は読者諸兄らに伝えたい。地の文担当者はそう思った。
けむけむつちけむりぃ~。
叶のテンションが急降下していることからも分かるように急降下してきたドラム缶の重量により玄関床は破壊されて伊塚宅の玄関先には濛々たる土煙が立ち込めている。けむけむ~。
「けほっ。ごほっ。ごほほっ」
にゅるにゅる。にゅちゃり。
めっちゃケムい土埃のせいで視界ははっきりしなかった。視界が悪いので触手感覚を頼りに叶は自分家の玄関先を進んだ。もちろん進行先は愛しの桜弘ちゃん方面と考えていい。
「……くわんくわん」
「桜弘ちゃーんっ!」
ひしーっ。
白おめめを向いて失神している桜弘のドラム缶ボディにおてて探りで到達した叶は愛する超絶っ友と友情の抱擁を交わした。
タバコの煙とか土埃とかのケムいのが超無理であるにもかかわらず今日の彼女はそのケムケムしさがさほど気にならなかった。
「けほっ。けほっ。ごほほっ。ごはっ」
いや。めっちゃ気にしてんじゃん。
「……くわわぁ~ん」
まあこういう感じで友情が生んだ友情お兄ちゃん殺人事件は無事成功したというのが昨今の概要である。めでたしめでたし。
追加情報として述べ述べすれば前話でもちょろっと言ったが桜弘は地元女子中学相撲部における期待のルーキーだった。
相撲部の期待のルーキーだからして彼女の首はめっちゃ鍛えこまれている。首吊り縄に吊られてしまった桜弘ちゃんではあったが普段から鍛えていたためこの場における死者はゼロ人だった。さっきから「くわんくわん」してるけどね。
述べ述べするなれば安全安心のお兄ちゃん殺害計画と言えよう。
そう。死者はゼロ人なのだ。
「桜弘ちゃーん。桜弘ちゃーん。すき好き大しゅきー。うわ。めっちゃ髪の毛さらさら。さっき水道水で洗っただけなのに何この生き物。こわ。けほっ。ごほっ。ごほほっ」
「……くわんくわん。ぴよぴよぴよ」
超絶っ友と一緒に繰り出した友情殺人の成功を確信したことで思わず友情抱擁による友情ポイント稼ぎを優先した叶の残心はすでに解かれている。
だから彼女は死者がゼロ人たるこの場における自らの背後に迫る影に気づくことができなかった。
「えいッ」
果たしてドラム缶生首生物にしがみ付く触手生物の背後に迫るは殺人鬼が装備する装備品の類たる殺人鬼ウェポンの一種『断ヘッドカニ鋏』に他ならない。
じょきん。
「……ぅえー?」
気づけば叶の首が落ちていた。
少女の新鮮な首が落下する。
ぽとり。
ごろごろ。
落下してゆく叶の首は砕けた玄関先に当たって鈍い音を奏でた。
「あ。風さんです。ちょっと通りますね」
ぴゅー。
実はさっきから開きっぱなしだった玄関の扉から春の夕べの夜な風さんが吹き抜ける。
ドラム缶が落下してきたせいで立ち込めていた土煙は親切な風さんの活躍のおかげでさほど間を置かずに晴れていった。けむけむ土煙が晴れたゆえにあまりよろしくない叶のおめめにもそれが見える。
新鮮な人喰いガニの鋏を思わせる殺人鬼ウェポンに変形したお兄ちゃんの右肘から先。
ぱちくり。
床に転がった叶ヘッドのあまりよろしくないおめめは異形のおててをかろうじて捉えた。
現在時刻的時節は午後八時に近い。だが今日はトワイライトバスター警報が出ていた。
中途半端に開いた玄関扉から注ぐ夕日色の光がプロ殺人鬼の面構えを鮮明に照ら照らしてくる。てらてら~。
夕日に照らされるプロ殺人鬼は何か急に自己紹介を繰り出してきた。
「自分を狩人だと思っている獲物ほど狩り易い獲物はいない。新進気鋭のプロ殺人鬼として売出し中の僕はこうやって今まで殺人鬼ポイントを稼いできた」
しゃきん。じょきん。じょきん。
「可愛い妹は死に妹の友達は失神済。聞いてくれる人のいないこんな状況だと名乗る意味も薄いだろうがそのあたりは様式美になるのかな」
じょきん。しゃきん。
いやそのカニ鋏しゃきんしゃきんさせてないでさっさと自己紹介しろよ。
「では改めて自己紹介をしよう。僕はプロ殺人鬼『カ兄さん』だ。センスの良い殺人鬼ネームだろう? 人喰いガニの首斬り鋏と長男であることを掛け合わせた優美な通り名だ。個人的に気に入っていたのだが……。やれやれ妹がいなくなってはこの殺人鬼ネームの格好がつかないな。変更おてて続きは面倒だというのに」
開きっぱなしの玄関扉先から差し込む夕陽に照らされる叶のお兄ちゃん改めプロ殺人鬼『カ兄さん』は今ここに殺人鬼ネーム宣誓を成功させた。
お洒落大学生のお洒落ベストに艶のあるヘアスタイルを決める叶のお兄ちゃんは母親似のお洒落さんである。
つーかお話なげぇ。
途中で地の文担当者がセンスの良いツッコミの類をいれてなかったら読者諸兄らのおめめは絶対に滑っていた。
おい。もっと読者諸兄らのおめめを労われ。駆け出しプロ殺人鬼にありがちな長台詞式自己紹介に地の文担当者はひとまずの苦言を呈した。
ともあれプロ殺人鬼が自己紹介したのだからやることはひとつとなっている。
「……おぐぐぅ」
しゃきん。
白おめめを剥いて失神済の桜弘の首にプロ殺人鬼『カ兄さん』は断ヘッドカニ鋏をかけた。
お。これは普通に人殺しの構えだね。
自己紹介を無事に成功させたことで殺人鬼ポイントを獲得し上機嫌を構えるプロ殺人鬼はターゲットの首をさっさとちょん切ればいいものをその前にひとまず妹の殺害計画を上からおめめ線で批評し始める。
「殺人の才能があるのは血筋かな。叶の殺人計画は完璧だった。プロ殺人鬼であるこの僕であっても計画自体に瑕疵は見つけられない」
へー。プロのおめめから見ても叶の計画は完璧だったのか。流石にあの父親の血を引いてるだけはあるのかもね。
「でも所詮は素人の殺人だ。叶の友達のこの子が首吊り縄を使って天井に潜んでいるときに上からぽたぽたと垂れてくる水滴があった。おそらくはドラム缶ボディを生かして転がってここまでやってきたとき……転がりの際に生じた汚れを玄関横の水道で洗ったのだろう」
え。ごめん。もしかして専門的な批評始まる系の構えなの?
計画が完璧とかは「ふーん」て聞いてたけどそんな専門的な説明されても読者諸兄らが困るぞ。
「道行きをごろごろと転がってきたドラム缶をそのまま家に上げたくない。なるほど素人らしい真っ当な感性だ。洗った後に吹き残した水滴が上から垂れてきたことに気づけた僕は完璧な筈の不意打ちの回避に成功したというわけだ。人殺しの才能を発揮した完成度の高い計画ではあるけれど。肝心の殺人実行部分を行うのが素人ではまさしく宝の持ち腐れだね。惜しいな。もしもプロの殺人鬼として研鑽を積めばトップランカーも夢ではなかっただろうに。では今から君を殺す。新進気鋭のプロ殺人鬼であるこの僕に殺されたことをあの世で自慢したまえ」
わー。案の定専門的な話めっちゃしてくるじゃんこいつ。まあそういう感じのことをプロ殺人鬼『カ兄さん』は長々と述べ述べしたのでした。まる。
しかしいちいちお話の長い輩だった。多分要約能力がないのだろう。地の文担当者としては親近感を覚える輩だ。
「いよいよ決着シーンだな」
「はい。喧嘩に詳しいレアンコイリアな我々としてもどちらが勝つか分からない名勝負です」
「うおー。血だー。血を見せろー」
うわ。こいつらまだいたのかよ。
レアンコイリアとはヘッドの先端に一対の触手を持つ節足動物な触手の一種とされている。彼ら彼女らが繰り出す喧嘩評論はハイレベルなことで知られていた。
だがここに至りては喧嘩に詳しいレアンコイリアの意見を取り入れる必要もないと判断したのであろうか。
妹が繰り出すお兄ちゃん殺害計画をまんまと回避してのけたことで勝利を確信するカ兄さんは本格的な決着シーンを繰り出してきた。
ぐいぐい。ぐぐぐい。
勝利の余韻もそこそこに妹の友達の首を斬り落とさんとするカ兄さんは断ヘッドカニ鋏に力を込める。ぐぐぐぐ。
断ヘッドカニ鋏は首と同じ太さの電柱さんをも容易く切断した。
もはや桜弘の首がドラム缶から切り離されるのは時間の問題と言えよう。
めりめりめりぃ。ぎぎぎぎぎぎぃいッ。
うわ。すげぇ音。
「……随分硬いな。よほど鍛えこんでいると見える」
しかし全力で歯を喰いしばった状態で失神した桜弘は意味分かんないくらい首を硬化させていた。ぱきぃいいんっ。
ぐいぐい。ぐぐい。
めりめりめりぃ。ぎぎぎぎぎぎぃい。
半ば偶然生じた咄嗟の喰いしばりにより齎された強靭な首筋肉でカ兄さんが繰り出す断ヘッドカニ鋏の切断を桜弘ちゃんはかろうじて耐える。
これぞ相撲部員の証たる素晴らしい首ぢからだ。
でも失神しちゃった桜弘はそれ以上の抵抗ができない。卓越した首の筋肉だっていずれは疲れてしまう。
むむ。やはり首切断は時間の問題というやつであろうか。
「はははッ」
歯応えのある獲物ほどプロ殺人鬼にとって高ぶるものはなかった。桜弘が繰り出す死に際の抵抗を受けたカ兄さんは苛立つのではなく逆に嗤う。
めりめりめりぃ。ぎぎぎぎぎぎぃい。みしみしみしぃいいい。
渾身の力でプロ殺人鬼は桜弘の首をドラム缶から斬り離そうとする。
でも桜弘ちゃんだって必死にそれを堪えていた。
地の文担当者が書き忘れていたがこの虹会桜弘とかいう輩は女の子なのに昨年度のわんぱく相撲で優勝してのけた怪物的女子中学生だったりする。
マジのガチの怪物なのでこいつは「同年代最強の生物」っていう通り名を所持していた。かっけぇ。
今はドラム缶生首生物と化していると言えども同年代最強の生物だけあって彼女の首ぢからは物凄いものがある。
殺人鬼ウェポン『断ヘッドカニ鋏』を一生懸命をぐいぐいするカ兄さんは昨年度のわんぱく横綱な桜弘の素晴らしい首の斬り応えに夢中になっていた。
しかしその刹那。
女子中学生に夢中なお兄ちゃんの背後に忍び寄る妹の影!
「自分を狩人だと思っている獲物ほど狩り易い獲物はいない。なるほどねー。ありがとお兄ちゃん。勉強になったよー」
体内の触手を核にしてちゃっちゃと再生した後にひとまず叶はこっそりこそこそと台所に向かっていた。
凶器となる包丁を取りに行くためだ。
自分のお家なので普通に包丁を見つけてさっさと戻ってきた叶はそろりそろりとお兄ちゃんの背後に忍び寄っている。
忍び寄ったのだからお兄ちゃんのヘッドの後ろあたりをおめめがけ妹は全力で包丁をぶっ刺してきた。
ざくぅっ!
「ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああッ!?」
背後の後ろヘッド近隣から脳みその類を包丁でぶっ刺されたカ兄さんは断末魔の叫びをあげる。
そりゃそうだ。半不死者でも無い限りそんなとこ包丁でざくざくされたら誰でも普通に死ぬに決まっていた。
高い再生力で知られるプロ殺人鬼といえども背後から脳みそを包丁でぶっ刺されればそりゃ死ぬ。
ばごーん。
案の定死んでしまったので妹に背後から脳みそを刺されたプロ殺人鬼『カ兄さん』は爆発した。
え。なんで爆発すんの?
読者諸兄らのなかにはそんな疑問を呈する方々がもしかしたらいらっしゃるかもしれない。
そう。地の文担当者が書き忘れていたがプロ殺人鬼は死の直後に爆発する生き物なのだ。何というはた迷惑な生き物であろうか。
死んだ後にも爆発という迷惑行為をばら撒くプロ殺人鬼は最初から最期まではた迷惑な種族として有名だったりする。読者諸兄らも是非気をつけていただきたい。
にわかに響いた爆発音。それから爆風。
「……お、おぐぅ」
さらには爆発で吹き上がった瓦礫に面構えをぺしぺしされたことで桜弘は失神から復帰した。
「けほっ。けほっ。えほっ。もー。ケムいのマジやだ。けほっ。まーひとまずはお疲れ様。桜弘ちゃん。おかげでお兄ちゃんを殺せたよー」
可哀想な桜弘ちゃんを叶はひとまず労う。
「うぅううう……。く、首が痛いよぉ。明日の朝練に支障出そう……。朝には首を刎ね飛ばされるし夕方さんには首をちょん切られそうになるし。何だか今日は酷いおめめにあいっぱなしで流石の私も機嫌が悪くなってくるよぉ……」
「うるせぇえええええーっ! おっきいシュークリームあげるからしゃきしゃき機嫌を直せおらぁああああああああああああーっ!」
「え。ほんと? やったぁ」
さっきからずーっと半開きの玄関扉越しのトワイライトバスター式夕日が少女たちを夕焼け小焼け色に照らしていた。
もうだいぶ暗くなってきたね。
お兄ちゃんを殺した叶と友達のお兄ちゃんに殺されかかった桜弘はひと仕事終えた達成感に包まれて仲良くお喋りをした。
だんだん暗くなってきた別れ際ほどお喋りは盛り上がっちゃう。今回エピソードはそういう感じのお話だった。
んで。
上記のお喋りの後に本作の伏線構成的に述べ述べすべきことは特になかった。
後々に重要な役割を担う伊塚宅の『冷凍』庫で暮らしていた新鮮な冷凍シュークリームに襲撃&捕食を繰り出したり。
途中でおねむになった叶の背中に大量のケチャップを塗りたくったり。
そういう軽いイベントの類は確かにあった。
でも叶のお兄ちゃん改めプロ殺人鬼『カ兄さん』の部屋やら何やらを一通り荒らしまわっても結局桜弘ちゃんボディは見つからなかったのでした。残念。
「早く桜弘ちゃんのボディが見つかるといいねー」
「うん」
確かに殺人鬼に持ち逃げされた桜弘のボディは見つからなかった。
されど本作的シナリオ上の至上目的たる桜弘のボディが仮に見つからなかったとしても二人が女子中学生という身の上であることに変わりは無い。
こいつらは明日も学校があるのだ。
「じゃあねー」
「ばいばぁい」
なのでひとまずのお別れのご挨拶をしてその日の桜弘と叶は別れたのだった。さよーならー。