7 目標
「おはようございます。それと……今朝は、本当にありがとうございました」
しっかり7時間の睡眠を取り、一階でレイダさんに挨拶をする。
レイナさんとレイアちゃんは居なかった。部屋にいるか、レイナさんは魔法使いだと言っていたし、冒険者ギルドにでもいっているのだろうと思う。
「おはようさん。何度も言うがいいんだよ」
「はい、また泊まりに来ます。……それと、何か困り事があれば……僕が出来る範囲で必ず協力します」
(かなりお世話になっちゃったし、そのくらいはしたいな)
そういうと、困ったような表情でレイダさんは口を開いた。
「必ず、なんて言葉を軽々しく使うもんじゃないよ。……まぁ、気持ちは嬉しいけどね」
そう言ったレイダさんは、どこか悲しそうだったと思う。
(何か……いや、あんまり触れるのも良くないか)
「……肝に銘じます。それじゃあ」
「あぁ、いってらっしゃい」
そう言って、レイダさんの宿を出る。
一晩休んだ事で、ある程度やることは整理出来た。
当面の目標は、『黒龍を殺す、復讐すること』『体を元に戻すこと』『強くなること』『ルネの体を健康にすること』の4つ。
まず、『復讐する』はそのままだ。
故郷を、両親を奪ったあの黒龍に復讐する。
……そのためにはまず、黒龍の情報収集から始めないとね。
次の、『体を元に戻すこと』は、僕の体をこうなる前に戻すと言うこと。
これが呪いの様なものなのであれば、聖魔法で戻る事が可能なのでは?と考えたのだ。
だから、冒険者ギルドに着いたらセリナさんに相談してみようと思う。
『強くなること』もそのまま。
もっと強くなって、ルネとか……みんなを守れるようになりたい。
あとは、復讐するためにも強くならないといけないからね。
『ルネの体を健康にすること』は、折角癒属性の適性を貰えたのだから、ルネに元気になって欲しい。
その為に、健康になって欲しいと思う。
必要なのは、知識と癒属性の力、それと……お金、かな。
これも、セリナさんに相談してみないとね。
「……頑張らないとな」
*
「おはようござい……え?」
「エルねぇおはよー!」
朝のピークからは少しずれた冒険者ギルドに入り、挨拶をしようとすると、ルネがいた。
(スルクが帰って来てないとか……?)
少し、嫌な予感が過ぎる。
スルクについても、ある程度自分の中で整理を付けたのだ。
冷静にあの時の事を思い出してみると、スルクが僕を追放したのには明らかに何か理由があった。
少なくとも、僕はそう思う。
(そう、思いたいだけなのかもしれないけど)
「あー、ルネ、おはよう。セリナさんは?」
ルネに挨拶を返し、セリナさんの場所を聞く。
多分、セリナさんに話を聞くのが一番早いから。
(ルネは知らない可能性が高いと思うんだよね、僕だったら言わないと思うし……)
「セリナさんなら、そろそろ来ると思う」
「そっか、ありがとう」
「あ、エルくん、おはよう」
そのまま少し待っていると、セリナさんが奥から出てきた。
セリナさんの様子を見る限り、慌てた様子はなく、平常に見える。
(何かあったとかじゃなさそうかな?)
それならよかった。
「おはようございます、あの、スルクに何か……」
あったんですか。
そう聞く前に口を指で塞がれ、セリナさんはルネの方に視線を向ける。
(ルネがいる前で聞くことじゃなかったか)
頷いて、口を閉じる。
「その話はこっちで。……ルネちゃん、エルくんと少し話してくるから少し待っててね」
「はーい!」
セリナさんについて行くと、手頃な個室に案内される。
「……スルクに、何かあったんですか?」
セリナさんは袋を持ってくると、僕に手渡して言った。
「これ、スルクくんから預かったお金とエルくんの私物。何か事情があってルネちゃんを預かれないみたいなの」
「それじゃあ、スルクに何かあったわけではない……んですよね」
「……今のところは、ね」
その言葉に、ほっと胸を撫で下ろす。
しかし、口ぶりからして不穏な空気はある。何かが起こってもおかしくないような、そんな雰囲気。
(でも、今の僕にできることはないか)
「……ありがとうございます、安心しました」
「っ……。そ、それで、スルクくんからはルネちゃんはエルくんに預かってて欲しいって言伝を頼まれてるけど、引き取れる?」
ルネを僕に預ける提案をしたってことは、嫌われたわけではなさそうだ。
手持ちのお金は、今渡された元共有財産とガイの売却代の残り、それとなるべく使いたくない両親のお金だけ。
売れるものもほとんどないし、武器とか服とか、買うものが多い。
「正直、厳しいです」
「やっぱり、そうよね……ルネちゃんはエルくんと一緒にいたいって言ってたんだけど。そうだ! 二人ともうちにこない?」
突然、そんなことを言われる。
ルネをなるべく安全な場所で過ごさせたいが、これ以上迷惑をかけたくない。
「あの……えっと」
「余裕ないんでしょ? 大変な時くらい甘えてもいいのよ。ね?」
「いや、でも……」
実際、セリナさんのことは信用しているし、何かするとは思っていない。
でも、流石に迷惑をかけすぎてるような……。
かと言って、体の弱いルネを安宿に泊まらせたくもない。
「迷うくらいなら来て。私一人暮らしだし」
「……。なら……お言葉に甘えて」
「うん! 決定ね」
こんなに優しくされていいのかな。
不安になる。
レイアちゃんたちもそうだし、こんな僕に……。
「そう言えば、これからどうする予定? パーティーを組む予定はあるの?」
セリナさんの言葉に、思考を中断される。
「取り敢えず、今のところは簡単な依頼を受けて日銭を稼ぎつつ、戦闘訓練と癒属性と聖属性の練習をしようと思います」
「……ソロよね?」
「はい」
ルネは体が弱いし、僕には親しい知り合いもほとんどいない。
それに、どこかのパーティーに入りたいとも思わないし、入って足を引っ張りたくない。
「流石に一人で行かせるわけにはいかないから、できれば誰かと組んで欲しいんだけど……人が怖い?」
「そう……かもしれません」
わからない。
でも、少なくとも昨日の視線は怖かった。
なるべく、知らない人と一緒にいたくない。
前の僕を知らない人と。
「んー……それなら、奴隷を買うのは? それも怖い?」
ここで言う奴隷は、生きていくために自身を売ったものと、軽犯罪を犯したものの、情状酌量の余地があり奴隷になったものをさす。
奴隷は国公認の商人が扱っていて、誰でも買えるものではない。
ある程度の行動制限はかかり、不自由ではあるが人権自体はある。
「あんまり気は進みませんが……他の冒険者とかよりは、まだ」
「じゃあそうしようか。今日の夜空いてる? 私も一緒に行こうと思うけど」
「助かります、ちょっと怖いので」
この街にも奴隷商店はあるけど、街の端っこで僕は普段近づかない場所だ。
上流階級の人たちが住んでる方だから。
「今日は受付の手伝いでもしてもらおうかな、ルネちゃんと一緒に」
人手が足りてない筈がないし、素人の僕がそこまで役に立つとは思えない。
「いいんですか?」
「ええ。もちろん、ちゃんと働いてもらうからね?」
「それなら……出来る限り、がんばります」
ちなみにエルは勘違いしていますが、黒龍が出たりと色々異常事態で調査等に人員を出しているので、ギルドは思いっきり人手不足です。