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2/18

2 力の差






 黒龍、それは、ギルド指定SSランクの魔物。


 過去には街一つを軽々焼き尽くしたとも言われている、生きる厄災。

 その時はギルドの誇るSランク冒険者である「剣姫」、「五星の賢者」の二人が討伐にあたったらしいが、討伐どころか撤退すら儘ならなかったらしい。

 実際、その戦いで「剣姫」を失ったとされている。


 討伐はまず不可能とされ、ギルドの最上位であることを認められたSランク冒険者ですら挑むことを禁じられている魔物。

 なぜなら、それで怒りを買おうものなら街や国を滅ぼされかねないからだ。


 (なんでこんなところに!)


 「……っ。まだ無事な人を助けるだけでも……」


 そう呟き、一番近い家まで走る。


 「おかあさんっ! おかあさんっ!」


 声が聞こえる。生存者がいるみたいだ。


 「無事ですか!」


 声を上げながら、扉を開ける。

 中には、涙を流している6歳程の少女が居た。

 その少女に駆け寄り、声を掛ける。


 「大丈夫? お母さんとお父さんは? 〈この身は風と共に〉風纏」


 「う、グズっ……おかあ、さんが、奥のっ、へや、で、下敷きに!」


 「……わかった。ちょっと待っててね」


 そう少女に言い残し、奥に進む。

 扉を開け奥の部屋に入ると、途端に熱気が体を包んだ。


 「ぁっつ……どこだ」


 部屋は炎に包まれ、天井には穴が空いている。

 さっきの部屋が無事だったのは、魔法によるものだったのだろう。


 風纏のお陰で煙を吸う事はないはずだが、熱は遮断しきれない。

 早く助けないと……。


 (いた!)


 目を凝らしつつ部屋をくまなく探すと、燃えたタンスに押しつぶされている女性を見つけた。

 天井が落ちた場所ではなかったことが幸いしてか、まだ息がある。


 「〈その身に風の加護を〉風纏」


 女性とタンスに風纏を掛け、タンスをどかす。

 意識はない様なので、取り敢えず背負う事にする。

 まぁ……炎に足がやられている為、意識があっても自身では動けなかっただろうが。

 一度地面を転がり、火を消す。


 「おかあさん!」


 少女のいた部屋に戻ると、声を上げて走り寄ってくる。


 「静かに。君のお母さんは生きてるよ」


 人差し指で口元を押さえながらそう言うと、少女は口を閉し、ほっとした様に胸を撫で下ろした。

 賢い子だと思う。こんな状況で、人の話を聞けるから。


 「君のお母さんは魔法使い?」


 「うん」


 「治癒魔法……怪我を治す魔法とかって使えたりするかな」


 「えっと、たぶん、できないと思う……」


 「……そっか」


 (どうするか……。できれば使えて欲しかった。このまま放置するわけにはいかないけど……)


 「……おにいちゃん、わたしと、おかあさんは、大丈夫、だから」


 「え?」


 「お隣さんの、おじちゃんとか、みんなも、助けて、あげて?」


 (……僕に、そんな力はないんだけどな)


 僕なんかよりもずっと心が強いんじゃないかと思うレベルだが、こんな少女に頼まれてはいかないわけにもいかない。

 

 「……うん、わかったよ。……任せて」


 そう言って、床に母親をそっと降ろし、玄関の扉を開ける。


 「頑張って、おにいちゃん!」


 (本当に……強いよ、君は。)


 名も知らない少女の激励を背中に受けつつ、その家を出る。



 少女にお願いされた通り、黒龍の動きを見つつ他の家を回り生きている人に片っ端から風纏を掛け、僕が黒龍の気を引いているうちに逃げる様に伝える。

 動けない人は、一緒に連れて行ってもらう様にお願いした。


 勿論、既に炎や家畜に轢かれ、手遅れだった人もいれば、黒龍に食われてしまったらしい人もいた。

 僕なんかじゃ、全員は救えない。

 それでも、僕は救える人だけでも救いたい。



 (……ここと隣で最後)


 ここは、僕が住んでいた家だ。


 「誰かいませんか!」


 (……誰も、いない?)


 少し待ってみても、何も聞こえない。


 この家は村の中心からかなり離れているからか、ほとんど炎の被害はない。

 考えられるのは、外出していた、すぐに避難した、引っ越した……くらいか。

 まぁ、最後に関しては流石にないとは思う。


 (……考えても仕方ない、か)


 今はただ、無事であることを祈ろう。


 「まぁ、僕はこれから死ぬと思うんだけどね、はは」


 なんでこんなことになったかなぁと言う思いから、乾いた笑いが湧き上がる。

 首を振り、考えを振り払う。


 (早く最後の家も確認しよう)


 その前に、父の部屋に入る。出来れば武器が欲しい。


 (そう言えば、初めて入るな)


 元冒険者である父のものであろう、ガイ戦で失ったナイフ代わりの武器となる剣を取り、状態を確認する。

 魔力を込め、炎器を発動できるようにしておく。


 (…………大丈夫。僕なんかでも、皆が逃げられるだけの時間は稼げるさ)


 パーティも追い出され、両親の無事は不明。街に特筆して交流がある人なんて数人しか居ないし、悲しむ人なんてきっといない。


 (よし)


 準備を整え、家を出た先には。










 こちらを見つめる、黒龍の姿があった。



 赤い双眼、巨大な牙、鋭利な爪。

 強者(黒龍)の全てが、弱者()に恐怖を植え付ける。


 「っ! あぁぁぁぁぁああああああああ!!!」


 その恐怖に突き動かされ、全力で走る。


 一刻も早くその場から離れろと告げる本能に従い、必死に体を動かす。



 (怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い)



 恥も外聞も投げ捨てて、ただただ逃げる。


 そんな僕に興味を失ったのか、黒龍はあっさりと視線を外した。


 (あぁ、助かっ——)







 ……。


 …………。

 僕の足が止まる。


 (違うだろ?)


 死ぬ覚悟はしたはずじゃないか。

 みんなを助けるって、あの少女と約束したはずじゃないか。


 幸い、剣は捨てなかった。今も手元にある。

 それに、逃げた方向も村の人たちが集まった方向と逆側だ。


 (死ぬのは怖い。怖いけど——まだ、戦える)


 「っ! 僕を見ろぉぉぉおおおお!!!」


 そう思い切り叫びながら、体を反転し、黒龍に向かって駆ける。

 声に反応してか、黒龍が再びこちらに体を向け、僕を視認した。

 お陰で丁度正面に来た黒龍の顔に向い跳躍し、斬りかかる。


 『そうだ。それでいい』


 その時、しゃがれた男性の声が聞こえ、脳裏に一つの呪文が浮かぶ。


 「っ! 〈炎を司りし精霊よ! その力を以ってかの者を焼き尽くせ!〉獄炎!」


 瞬間、僕と黒龍の周囲が青い炎に囲まれ、逃げ場をなくす。

 その様は、正しく炎の監獄だった。


 「ッ、ぐ!」


 その直後、黒龍の鼻に振り下ろした剣が弾かれる。

 それどころか、最も容易く折れてしまった。


 (硬過ぎだろ……!)


 手の痺れを感じつつ心の中で悪態をつきながら、もう一度跳躍する。


 「〈炎を司りし精霊よ、器に力を注ぎたまえ〉炎器!」


 折れた剣を燃やす炎の力で自身も焼かれるが、お構いなしに特攻する。


 「ガッ、ぁ?」


 次の瞬間、僕は炎の檻を突き抜け、森の一角まで吹き飛ばされた。

 そして、炎の隙間から見えた尾を振る黒龍を見て。


 風圧だけで簡単に吹き飛ばされてしまったことを、理解した。

 追い討ちをかけるように、全身が痛みを訴える。僕が生きているのは、風圧で吹き飛ばされただけだったのと、風纏のお陰だろう。

 

 (僕じゃ相手にもならないってか? はは)


 「ッ!」


 最後に、残った力を振り絞って剣を投げる。意味はないかもしれないが、少しでも気を引ければと思った末の行動だ。


 その行動が功を奏したのかはわからないが、青い炎に焼かれながらも飛び立つ黒龍を見て、安心したのか力が抜ける。

 未だに痛みは主張してくるが、意識を保てそうにない。


 (みんな、無事かな)


 ……あぁ、惨めだ。

 覚悟を決めて挑んだはずなのに、相手にもされていない。

 時間を稼げたかも怪しい上、何も出来なかった。


 (そういえば、あの魔法はなんだったんだろう)


 僕が使った、何故か使えたあの魔法。獄炎。

 僕はあんなに高出力な魔法なんて使えないし、あの時は突然頭に浮かんできた。

 それに、直前の声も気になるところだ。


 (どんなに強い魔法も、術士次第で天と地ほど差があるんだけどね)


 その思考を最後に、僕の意識は途絶えた。









 「力が欲しいか?」


 ぼんやりとした意識の中、頭を動かし状況把握に努める。

 話しかけてきているのは、40歳程度に見える黒髪黒目の男性だった。


 痛みを堪えれば体は動くが、周囲の森が不自然だ。

 風もなく、動物の鳴く声も全くない。

 あるのは、僕の鼓動と息遣いだけ。


 (物凄く怪しいけど……)


 「……誰?」


 「……ふむ。悪魔と名乗っておこうか」


 胡散臭さが増した。

 悪魔とは、伝説上いたとされている人間に近い見た目で、魔物にしては知能が高く、戦闘能力も高い魔物のことだ。

 特徴としては、魔物全般の共通点として目が赤い。それ以外は個体によって違う。

 それに——悪魔は数百年前、滅んだはずなのだ。英雄によって。


 しかし、目の前の男性は目も赤くないし、身体も人間と変わらない様に見える。


 「……なんの用ですか」


 「いや何、最初に言った通りだ。あの黒龍を殺せる可能性を秘めた、そんな力が欲しいか?」


 (……)


 力があれば、みんなを守れたかもしれない。


 力があれば、黒龍を倒せたかもしれない。


 力があれば、追放されることもなかったかもしれない。


 「……そりゃ、欲しいですけど」


 そう答えると、目の前の男性は満足そうに頷いた。


 「では、くれてやろう」


 そう言って、聞いたことのない言葉を紡ぐ。


 「え? ちょっと待ってください! 代償とか、不都合な事はないんですか!?」


 『強大な力には代償がある』

 それは、かつての英雄が残したとされる言葉。

 あの黒龍を倒せる可能性がある力をただで貰えるほど、甘い話はないだろう。


 そんな僕を置いて、男性は勝手に進めている。


 「ん? 些細なことだ。安心せい」


 「全く安心出来ませんが!」


 「そうは言っても、もう儀式も終わるしな……あ?」


 突如、僕の体が光に包まれる。

 暖かい、包みこむような心地に抗えず、僕は再び意識を失った。


 「チッ! 無理でもタダではやらねぇよ!」


 と言う、男性の焦りと怒りを孕んだ声を、朧げに聞きながら。









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